ヤニねこの大家さんはいかにして大家さんになったかの話 作:namamugi
「ふう……」
キャベツの水やりと庭の掃除を終えて、ヤクねこは一息ついた。
大家の代理を任されて、今日で三日目だ。
初日こそ加減が分からずに、庭やアパートの前の汚れを0にしようと、必死になって掃いたり擦ったりで、朝から夕暮れまで延々と掃除を続けてしまったが、三日目ともなると、ほどほどにやるべきことをこなせるようになっていた。
「おお、おはようさん。ヤク子は今日も早いねー」
「あ、カンサイさん、おはようございますっす」
アパートから出てきたカンサイに挨拶する。ここ3日、彼女は毎日この時間帯に出てきている。起きる時間が疎らだったり、そもそも起きてこなかったりするヤニねことはえらい違いだ。
「今日もバイトっすか?」
「やね。夏休みやからって結構入れてるんや。授業ない今のうちに稼いどこ思ってな」
「あー、なるほど。さすが大学生っすね」
自分も同じことを考えてバイト先を探していて……今のところ全敗であることは黙っておく。変な気を使わせたくはなかった。
「まあ、同じ大学生でも、アル子のやつはそういうの全っ然なくて毎日酒浸っとるけどね」
「あ、あはは……」
昨日の夜にヤニねこと一緒になって、アルねこの部屋に押しかけ、酒盛りしていた身としては笑うしかない。そのせいで今朝は起きるのがキツかった。
「そういや、大学生でも高校生でもないヤニ子のやつは、なんか新しいバイト見つけたらしいで」
「あ、らしいっすね。なんか金持ちの家に上がり込めるから涼しくていいとか言ってました」
「あー、そっちはもう一昨日クビになったみたいよ。クソ高いツボ割ったとかで。それで昨日は、ネコ語の翻訳機の開発の為に一日中ニャーニャー言うてるだけのバイトしてたらしいわ」
「す、凄いバイトっすね」
機械の前でひたすらニャーニャー言ってるヤニねこを想像してしまい、思わずどもる。……そんなバイトなら自分にも出来るだろうか。
「まあ、言ってることがわけ分かんなすぎてどこまで本当かは分からんかったけど」
カンサイが苦笑する。そしてそのままヤクねこの方をジッと見つめた。
「……ま、元気そうでよかったわ」
「な、何すか、急に」
「大家のおっちゃんから言われとってん。たまに、あんたの様子見てやってくれってな」
「そんな……大丈夫っすよ」
「みたいやね。あのおっちゃん、心配しいなんや」
カンサイが肩を竦めた。背の高い彼女がすると、いかにも様になる動作だ。
「カンサイさんは……今のバイトって、どうして決めたんすか?」
「うん? ウチは町田の親戚んとこで、どっか近くで趣味の合うバ先ないかな思って探して、そのままって感じやね」
問いかけに、カンサイが思い出すように空を見上げ、何かを思い出したのか、ふふっと笑った。
「まあ、元々こういうのが好きやったから」
言いつつ、クルッと回って自分の服を見せてくる。カンサイはこのアパートでは珍しく……というか唯一、オシャレに気を使うタイプだ。服は日替わりで雰囲気が変わるし、髪型や小物にも気を使っている。
ボロボロのシャツしか着ないようなヤニねこや、楽だからとTシャツばかり着ているヤク自身とは違う。
(自分がカンサイさんと同じバイト先になっても、ついていけないだろうなー)
オシャレは流行にも敏感でなければならないらしい……と、何かの雑誌に書いてあった。その観点で言えば、自分はハメねこよりも向いていないかもしれない。
「あー……自分、花とか好きなんすけど、バイトするなら花屋とか向いてるっすかね?」
思い付いた考えを言ってみる。実際、花の知識には多少自信があった。
(まあ……違法な植物を見分けられるのは……あんまり自慢にはならないかもしれないっすけどね)
「あー……まあ、時と場合によるんちゃうかな。好き言うても、例えばヤニ子の奴がタバコ屋で働いたって、店内のタバコ吸い尽くすかボヤ起こすかくらいしか想像できんし」
カンサイがヤニねこの部屋の方を眺めながら答えた。
言われるまま、ヤニねこがタバコ屋で働いているところを想像し……
「たしかに先輩ならやりそうかも……全部自分のだーって言って、全然売ってくれなさそうな気がするっすね……」
「やろ? まあ、バイト決めるなら選り好みせんと取り敢えずやってみて、合わなきゃ次行く、くらいでええんちゃうかな……っと、もうこんな時間か。行ってくるわ」
「あ、い、いってらっしゃい」
言いつつ手を振り、小走りで去るカンサイを見送る。
――この人は、自分と違って、履歴書の消せない一行で悩むようなことはないんだろうな
……という心の奥底の呻きに蓋をして、ヤクは掃除に戻った。