ヤニねこの大家さんはいかにして大家さんになったかの話 作:namamugi
「げ、ヤク……」
まだ早朝と言っていい時間帯。部屋から出てきたハメねこが、箒を持って庭掃除していたヤクを見て、心底嫌そうに呻いた。
ヤクねこは掃き掃除を続けつつ、ジト目で返す。
「何がゲッだよ。これから補習か?」
「ぐ〜っ。ヤクにそれ言われると滅茶苦茶腹立つ〜」
「何言ってんだか」
本気で悔しそうに地団駄を踏む姿には、鼻で笑うくらいがちょうどいい。
ハメねこはちっと舌打ちすると、そっぽを向いた。
「ふん。あーあ、大家ちんだったら車出して送ってくれるんだけどなー。代理の人は役に立たないなー」
「お前、あんま大家さんに迷惑かけんなよ。あの人、毎日朝から掃除して、仕事は夜帰ってきてて、ああ見えてクソ忙しいんだぞ」
念の為、忠告する。
学生のヤクねこやハメねこと違って、大家には夏休みもない。会社勤めをしながらのアパート経営が、いかに大変なのかというのは、数日大家の仕事を代行しただけのヤクねこにも、何となくわかった。
一方のハメねこは、そっぽを向いたまま、ツーンとした口調で返してくる。
「いいのー。大家ちんもハメちゃんみたいな超有名配信者を車に乗せられるんだから、喜んでやってるのー」
「関係あるかよ、バーカ」
言っても分からないのは……残念ながら予想していた。
そして、そんな時は取り敢えず補習になったことと合わせて『バカ』と罵っておけば、ハメねこが心底悔しがるのも、成績が帰ってきてから数日の反応でよくわかっている。
案の定、ハメねこは歯を食いしばりながら、ギギギッとヤクねこの方を向き直りつつ呻いた。
「ぐう〜、ムカつくー」
「ったく。人が教えてやろうかっつってんのに、自分でやるからいいとか言いながらこれなんだから、バカ以外の何でもないだろバーカ」
予想通り過ぎる……上に、本当に、心底悔しがってくれるものだから、ヤクとしても、もう少しこのことをいじってやろうという気にもなってしまう。
(まあ……こいつが本当に私よりいい成績取り出したら、そうも言ってられないだろうけど……この分じゃ高校卒業までなさそうだな)
そんなことを思っていたヤクに対して、ハメねこは向き直っていた顔を再び、プイッとそっぽに向けた。
「ふん! ヤクなんかに教わってたら、逆に全科目補習になってたね。ハメちゃんが自分で頑張ったから補習も2つだけで済んだんだよ!」
「言ってろ。先生も嘆いてたぞ。今年こそは夏休みを補習なしで過ごせると思ったのにって」
言っていた先生の、絶望感の漂う顔を思い出すと、ハメねこへの補習いじりは、むしろ足りていないのではという気すらしてくる。
『あんなにここは出るから絶対覚えとけよ! って言ったのになあ……』とぼやいていた時の先生の表情は、それくらいには印象的だった。
「ふーんだ。ハメちゃんも補習中に聞いたけど、去年補習になった人に比べれば全然出来がいいって先生言ってたよ。去年は全科目補習になったくせに、一度も補習に来なかった超問題児がいて、そのくせ、平気で新学期にくる図太さを見せて来るヤバい奴だったって」
「下見てどうすんだよ。そりゃ探せばそういうやべえのもいるだろ」
呆れて返す。
昔の不良なんかは学校内でバイクを取り回し、窓ガラスを全部割っていた、みたいな噂は聞いたことがある。
だが、それよりはマシだから、と言って今学校をサボってタバコを吸っていたらそれも十分に問題になるだろう。自分より下がいるからと言って、自分の問題が軽くなる訳ではないのだ。
だがハメねこはそれに勢いを削がれた様子もなく、ふふん、と笑いながら続けてきた。
「その超問題児、木に登って蜂の巣を食べたり、校庭でタバコ吸ったりしてたんだって」
「……お前それもしかして……」
「先生個人情報だからって、名前は伏せてたけど……たぶん、ヤクと同じこと考えたよ、ハメちゃんも」
ハメねこの言いたいことが分かった……というか、分かってしまった。とても残念なことに。
今度は、ヤクの方が少しオドオドしつつ、視線を泳がせる。
「いや……ヤニねこ先輩はその、あれだよ、なんていうか、その、つまり…………自由なんだよ、うん……」
明らかにヤクが逃げたことを察したのだろう。ハメねこがますます調子に乗りながら続けてくる。
「ふふん。だからヤクがハメちゃんの補習のことを言うと、ヤニっちにも同じこと言ってるようなもんだってこと、忘れないでよねー」
「こいつ、ヤニねこ先輩を盾にしやがって……」
ヤクが悔しそうに歯ぎしりした。ハメねこはそんなヤクを見て更に調子を上げようとし……ハッとした様子でスマホを見た。
「あっ、時間ヤバい……ヤクと阿呆みたいなことしてる場合じゃなかった。じゃーねー行ってくる!」
言いつつ、だっと駆け足でその場から立ち去る。
ヤクは内心、阿呆みたいなことってなんだよ、と呼び止めて話を続けたくなったが、流石に補習に間に合わせられないこととどちらが優先かを判断し、ハメねこの背に一言告げた。
「おう。真面目に補習、受けてこい」