ヤニねこの大家さんはいかにして大家さんになったかの話 作:namamugi
「もしもし……ヒキか? どうだそっちは? ……ああ、まあ、何もないならいいんだ。俺の方はこれから帰りの飛行機に乗るんで暫く連絡がつかなくなるから……あ、ちょっと待て、まだ切るな……切りやがった……」
スマホを仕舞い、はあ、と溜息を吐く。
「まあ、便りがないのは無事な証拠か……」
トナランド国際空港。トナランドの玄関口と言われるその場所で、おう也は帰りの飛行機の時間を待っていた。
出張は無事終わり、町中の候補地は確認し終え、1000枚を超える写真を撮影している。帰国してからまとめるのも大変な作業になるだろう。
「まあ、それは帰ってから考えるとして……まずは飛行機に乗り遅れないようにしないとな」
帰国してアパートに着いたのはそれから半日ほど経った後だった。
2週間も離れているともっと懐かしさが出るかとも思ったが、見慣れたアパートは見慣れたアパートのままだ。
軽く周りを1周見回ってみるが、特に火事のような焦げ跡もなく、ゴミに溢れている、ということもない。
(ヤクのやつ、上手いこと大家をやれたのか)
内心で感心しながら、まずは自分の部屋に向かって荷物を下ろす。そのまま洗濯物の仕分けをしようとして……後に回そうと決める。まずは仕事を労うのが先だ。
階段を上がり、ヤクの部屋に向かう。
念の為ヤニねこの部屋を通りすがった時に鼻を鳴らしたが、特に異臭もない(とはいえ、ヤニ臭いはヤニ臭いが)。
「ヤク、長いことありがとうな」
「あ、大家さん、とうぞっす」
コンコン、ノックをすると、内からガチャリとヤクが部屋の扉を開けた。
ヤクは……大家の来訪に驚くこともなく……むしろ、胸を張っているような仕草で紙と封筒を渡してくる。
「大家さん、お帰りっす。これ、家賃とハンコもらったやつっす」
「おお、すまんな」
言いつつ、受け取る。そして紙と封筒を、確認し……。
「!?」
もう一度数え直す。しかし結果は変わらない。
念の為、更にもう一度数え直すが、やはり変わらない。アパートの住人全員分の家賃と書類が揃っている。
「や、ヤニねこのやつからも家賃を取れたのか!?」
「っす。結構大変でしたけど、なんとか」
大家の驚愕の声に、ヤクは更に胸を張った様子で、どこか誇らしげに答えた。
「凄いな、俺あいつから日付通りに家賃取れたことほとんどないぞ」
「いやあ、とは言っても自分も運が良かっただけなとこあるんすけど」
心底感心した様子でおう也が言うと、ヤクは謙遜しながらも鼻高々といった様子が隠せずに答えた。
「回収行った時は自分も金がないから払えないって言われてたんすけど、掃除の手伝いとかして、なんとか粘ってる内に偶々妹さんが来て、それで払ってもらえたんすよ」
「凄いな、粘り勝ちってことか」
「いやあ」
しきりに感心したおう也の様子に、ヤクが照れくさそうに顔をそらす。
実際、ウソは言っていない。まるでヤニねこ自身から回収できたかのような言い方をした自覚はあったが、苦労したのも本当なのだ。少しくらい話を盛ってもいいだろう、とヤクは自分を納得させていた。
「じゃあ、今度からは毎回ヤクに家賃回収は頼もうか……」
「い、いやいや! 本当に自分も運が良かっただけなんで! そう何度も幸運は続かないと思うので勘弁してほしいっす!」
冗談めかして言うおう也に、ヤクが慌てて答えた。おう也は頷いて続ける。
「はは、冗談だ。俺も戻ってきたからには、大家として仕事しないとな」
「けど、やってみて思ったっすけど、大家さん、体大丈夫っすか? 自分、大家の仕事だけでも結構手一杯だったっす。それ考えたら、大家さんは大家の仕事と、会社での仕事と、毎日毎日朝から夜まで体が休まる時間がないんじゃないかって」
「あー……まあ、忙しいのはたしかだけどな」
頬を軽く掻きつつ、アパートを買ってからの日々を思い返す。たしかに、あまり時間に余裕のある生活が出来ていたとは言い難い。
「けどまあ、以前の最繁忙期……一番忙しくなる時期は、それこそ会社の仕事だけで朝から深夜まで仕事して、帰って寝たらすぐ翌日の仕事。みたいなことも結構あったんだよ。それに比べればな」
「た、大変っすね、それ……」
「あの時は流石にヤバかったな……。まあでも、それでも俺はマシな方だったんだ。当時の上司は帰りすらせずに仕事して、連続32時間勤務で上の方と保険組合の方から面談入れられてたからな……」
「す、凄いっすね……」
まあな、と頷いて同意する。別に当時の上司も特別身体が丈夫な人間というわけでもなかったが……責任感はたしかにある人だったのだ。
「あの人、あの時は終盤全然頭働いてなさそうだったもんな……。流石に帰ってくれって無理やり帰したら、翌日は半日寝過ごして、ヤケクソ気味にそのまま代休にしてたよ。無茶なんてするもんじゃないってことだな」
「も、元も子もないっすね……」
苦笑しながらヤクが答える。おう也も釣られて苦笑しながら肩を竦めた。
「まあ、今となっては懐かしい思い出だ。ヤクも、そのうち働き出しても、忙しいからって無理はするんじゃないぞ」
「い、いやいや、むしろ大家さんの方っすよそれ! 自分も出来る限り手伝うんで、その、会社の方が忙しくなるようならいつでも言ってください!」
「ありがとなヤク。その時は頼むよ」
言い切ったところで、ポケットに手をやり、封筒を取り出す。
「それと、忘れない内に、これな」
「ええと、これって……」
「バイト代だ。残りは後払いだって言ったろ。ヤニねこからの家賃回収もしてくれたから、少し色付けておいたぞ。開けてみろ」
「こ、こんなにありがとうございます!」
そそくさと封筒を開けたヤクの表情が明るくなるのを見て、おう也はたしかに自分が仕事を任せたのは正解だったと確信した。そのままもう一つ、持ってきていた袋に手を伸ばす。そのままゴソゴソと中を探り、トナランドで獣人から買った織物を一つ取り出した。
「あと、こっちはお土産だ。トナランドの獣人村の特産品らしい」
「お土産もありが……あれ、これは……」
ハラリハラリ。
織物に絡まっていたらしい3枚の写真が落ちた。あの黒衣の獣人におまけしてもらったブロマイドだ。そう言えば一緒にしていた。
「あ、それは獣人村の様子が知りたくて……」
おう也の言葉を待たずに、ブロマイドを見たヤクの頬に朱が差した。一度おう也の顔を見て、すぐにブロマイドへ視線を戻す。
そう言えば貰った時は暗くて、獣人が写っていることくらいしか確認していなかったが、改めて見れば、どの写真もやたらと肌色の面積が多い。
なるほど、ブロマイドと言うだけのことはある。大当たりと言っていたのも、そういう意味だったのだろう。
「お、大家さん、こういうのが趣味だったんすね」
上擦った声でヤクが言う。おう也は頭を掻きむしりたくなる衝動を押さえながらなんとか叫んだ。
「違う! 誤解だ!」