ヤニねこの大家さんはいかにして大家さんになったかの話 作:namamugi
「というわけで、こんなものを用意したわけだ」
おう也は言いながら、手に持っていた大きめのプロペラの付いた機械を庭に置いた。かなりのサイズの機械で、見ているだけでワクワクとしてくる。
「ええと……ドローン?」
おう也に呼び出されていたハメねこが、それを見て首を傾げた。
おう也は満足気に頷いて肯定する。
「おう。まあまあ高かったが、今後も役に立ってくれるだろうと思ってな」
「へー」
ハメねこはプロペラをちょいちょいと触って回したり、機体を持ち上げたりして、ドローンをいじり始めた。
「それで、ハメちゃんは何すればいいの?」
「ああ、これスマホがコントローラーになるらしいんだが、イマイチ繋げ方とか良く分からなくてな。ハメねこならそういうの詳しいかと思って頼めないか相談しようと思ったんだ」
「うーん、空撮はしてみたいなーと思ったことあるけど、ドローンはハメちゃんも使ったことないなあ。説明書とかある?」
「おう。これだ」
おう也から渡された紙の説明書と自分のスマホ、そしてドローンとを何度か見比べながらハメねこが操作していく。
「えーと……結構難しいねこれ……こうして……こう?」
ピカッピカッ
ハメねこがスマホを操作すると、触れてもいないドローンが光を放ち始める。おう也はそれを見ると年甲斐もなく興奮して言う。
「おお! なんか光ったぞ!」
「あ、じゃあ繋がったかも。そしたら今度はこっちのアプリを開いて……これでどうだ!」
ブーン。
中々の音を立てながら、ドローンが地を離れて、おう也の前へと浮き上がった。そういう機械であるとは分かっていても、やはり実際に見ると、燃えるものがある。
おう也は興奮しながら手を握った。
「おー飛んだ! すげえ! 流石ハメねこ!」
「ふふーん。もっと褒め称えていいよ!」
おう也が更にいくつか歯の浮くような褒め言葉を口にすると、ハメねこは益々鼻高々と言った様子で答えた。
「ふふふーん! それでここからどうしたらいいの?」
「おう、ええと、このドローンにカメラが付いてるんだが、それ映せるか?」
「出来るけど……え? 覗き?」
「違う! 屋根の点検をしたいんだよ。この間屋根の上に上がったんだが、危なっかしくて、出来なかったんだ」
「あー、そういうことね。オッケー」
ハメねこがスマホを更に操作すると、浮き上がったドローンがそのまま空高く上がっていく。
更にハメねこが見せてきたスマホを覗き込んでみると、屋根の上がばっちりと映し出されていた。高いところから自らのアパートをみるという初めての経験に、おう也は思わず感嘆した。
「ほー、凄いなー、ちゃんと映ってる」
「まあ、そういうもんだからね。にしても、結構画質イイねこれ。高かったでしょ?」
「ああ、まあまあな」
「今度ハメちゃんにも貸してね。空撮してみたいから」
「ああ、いいぞ」
そんなおう也とハメねこのやりとりの裏で、ドローンが屋根に近づいていく。もう屋根材の一つ一つも細かく見分けられそうだ。
その屋根を見ながらハメねこが首をひねって言った。
「……なんでところどころ吸殻が落ちてんの?」
「ヤニねこの野郎、一昨日掃除したばかりでもう汚しやがって……」
「ヤニっち、わざわざ屋根の上でタバコ吸うんだ……」
呆れ混じりにハメねこが呟き、再びドローンが少し離れて屋根の全景を映せる距離まで上がった。
おう也はその屋根を、まじまじと見ながら頷く。
「よし、気になる点はあったが、取り敢えず屋根は大丈夫そうだな。次は……雨樋か」
「雨樋……うーん、近くを見るのは出来ると思うけど、さわってガタついてないか、みたいなのは難しいよ? プロペラとか当たったらドローンが、落ちちゃうかもしれないし」
「ああ、まあ、そりゃそうだよな。うーん……なんか、棒とかつけてみるとかか?」
「変に重心ずらしちゃうのもあんまりよくないんじゃないかな。やるなら相当軽いやつにしないと」
「むう……軽い棒、軽い棒か……。ちょっと待っててくれ」
ハメねこに一言置いて、おう也は自らの部屋に駆け込んだ。
棒状のものを探し……あまり軽くて良さそうなものがなかったので、別の考え方に切り替える。
古紙回収用に溜めていた新聞紙を取り出してグルグルと巻くと、細長い棒状になったところでテープで止める。決して丈夫とは言い難いが、取り敢えず今日くらいはこれでもつだろう。
「待たせたな、こんなんでどうだ?」
新聞紙を持って部屋から出て、再びハメねこの元へ向かう。
ハメねこはそれには答えず、ジッとスマホを覗き込んでいた。
「……? おい、何見て……」
「あ、大家ちん。見て見て、ヤニっち部屋だとパンツ丸出し」
「ぶっ」
思わず吹き出す。
ドローンはいつの間にか屋根から下り、2階のベランダの前に移動して、部屋の中のヤニねこを映し出していたのだ。
「お前これ普通に覗きじゃねえか!」
「いーじゃん、せっかくドローンあるんだしー」
「良くねえだろ! 犯罪だぞ犯罪」
「ヤクの部屋もさっき見たけど、なんか怪しい植物が……」
「だあーもー、とにかく、ドローン戻せ!」
「はーい」
大人しく両手を挙げたハメねこがドローンを呼び戻す。やってきたドローンの下部におう也はテープで細長く丸めた新聞紙を固定すると、その場から離れた。
「……よし、付いたぞ。どうだ? 動かせそうか?」
「ちょっと待ってー」
ハメねこがスマホを操作し、ドローンが上下に揺れる。まだ使い始めてから僅かな時間しか経っていないのに、ハメねこはかなり操作に習熟したようだった。
「うん、これくらいなら大丈夫そう」
「よし、じゃあ雨樋のとこまで頼む」
「オッケー」
ドローンが再び屋根へと浮かび上がる。そのまま今度は脇の雨樋の近くまで移動し、その姿をカメラで映し出す。
「金具の緩みとかは……なさそうか?」
「うーん、触ってないから何とも言えないけど、見た目は大丈夫そう、かな?」
「まあそうか……。かと言ってドライバー持って飛ばしてもどうにもならねえし……まあ、一旦見た目はオーケーってことで、今度は付けた棒でつついてみてくれ」
「はいはい」
ドローンが再び上昇し、下に付けた新聞紙で雨樋を、ちょいちょい、と叩く。雨樋は特に動く様子もなく、その場に固定されている。
「まあ、こんなもん……か?」
「分かんないけど、そんな簡単にポロっといっちゃいそうな感じではなさそうに見えるね」
「うーん……」
「あっ、ヤニっち」
「なぬ?」
「もうズボンは履いてるよ?」
「パンツが見たいんじゃない!」
カメラの中ではベランダに出たヤニねこがヒョイッと欄干に飛び移り、そのまま軽く跳躍して屋根の上へと移動していた。そして懐に手をいれると煙草を取り出して、口に咥える。
「おー、身軽。流石ヤニっち」
「あの野郎……屋上で吸うなって言ったろうに……ハメねこ、近付けるか?」
「出来るけど、近付いてもこっちの声は通せないよ?」
「むっ……。じゃあこう、うまいこと×を書くみたいな感じで動かせないか?」
「うーん……やってみるね」
煙草を燻らせるヤニねこの前へとドローンが移動した。そのまま斜めへの移動を繰り返す。
流石にヤニねこもドローンの存在に気づいたようで、こっちを見てくるが……。
「なんか……伝わってはなさそうだね」
「ぬう」
ダダッとアパートの方に近付いて、おう也は手でメガホンを作った。そのままできる限りの大声で叫ぶ。
「おーい、ヤニねこー! 屋根の上で煙草を吸うんじゃねー!!」
「うーん、ヤニっちの反応なし……もうちょっと大きく動いてみて……」
「ごらあ、ヤニねこ、てめえこら、こっちを見ろー!」
叫び疲れてきた大家の声がダミ声混じりになっていく。
その後ろで、ハメねこが動揺した様子で言った。
「あれ? なんかヤニっち、こっち見て身構えてる?」
「ヤニねこ! おーい! 俺の話を聞けー!」
「あっ。ヤバい」
ブーン
地上のおう也にすら聞こえるような音を出しながらドローンが屋根から飛び出した。その後を追うかのようにヤニねこが飛び出してくる。だが、ヤニねこにはドローンのような飛び続ける力はない。
ヒューー……。
「ぐべ」
「にゃあ……」
気付いた時にはもう遅かった。
屋根の上から落ちてきたヤニねこの、もろに下になる形でおう也が押し潰され、ヤニねこと二人揃ってその場で倒れ込む。そんな二人の上に、静かにドローンが着地した。
「ふう。セーフ」
「アウトだろ……」
おう也は潰れながら答えた。