ヤニねこの大家さんはいかにして大家さんになったかの話 作:namamugi
キャベツは葉が大きく広がっているため、風の抵抗を受けやすく、台風のような強風をまともに受けると、株ごと浮き上がってしまったり、葉がちぎれてしまったりしやすい野菜である。
対策としては「防虫ネットで全体を覆って風圧を逃がし、株元を土寄せでしっかり固定すること」が最も効果的。
加えて、長時間の浸水状態にならないよう、周りにしっかり水が流れるような排水用の溝を掘る、または掃除をして、雨水が溜まらない通り道を作っておくと尚良し。
「ふう……。こんなもんか」
額の汗を拭いながらおう也が立ち上がった。
ネットで調べた台風からの守り方を菜園のキャベツ達に施すのは中々の労働ではあった。だが、ここまで育ってきたキャベツ達を全滅させない為には間違いなく必要な一助である。土曜の朝にもかかわらず、いつもよりも更に早起きしたかいあって、朝のニュースが始まる頃には全ての作業を終えることができていた。
「こっちもオーケーっす」
「おう、ありがとな、朝から」
「いえ、どうせ午後から台風くる話で、暇してたので」
一緒に作業していたヤクが手を挙げる。おう也の出張中、代わりに世話をしてくれていたので思い入れがあるかと思い、協力を頼んだのだ。
ヤクは、なんならおう也よりも手際よく作業を進めていた。ひょっとしたら花屋や植物園などが向いてるのかもしれない。
「よし、じゃあ片付けて……どっか、朝食でも食いに行くか。ヤク、お前もどうだ? 頑張ってくれたし、奢るぞ」
「いいんすか? じゃあ、ご馳走になるっす」
そのまま泥だらけになった服を着替えてアパートの前で合流することにし……実際に向かうと余計なのが一人くっついていた。
「なんでお前までいるんだヤニねこ……」
「にゃ。ベランダでヤニ吸ってたら、下で大家が奢るって話してたから、ニャーも奢ってもらうことにしたにゃ」
「したにゃじゃねえ! ヤクは一緒に庭仕事を頑張ってくれたから奢るって話で、何もしてねえお前に奢る理由はねえぞ!」
おう也が当然のツッコミを入れるが、ヤニねこはなんてこともなく、ポンッととなりのヤクの肩を叩いた。
「んじゃ、ヤクが奢ってもらったのをニャーが貰うにゃ」
「ぇ゙。自分すか?」
「ヤクは別のを追加で大家に奢らせるにゃ。それで丸く収まるにゃ」
「収まってねえ! ヤクを中に挟んでロンダリングしてるだけじゃねえか!」
「ロンダ……? 何にゃそれ」
「ロンダリングってのはだなあ……」
「あ、あの、大家さん」
ヤクがオズオズと手を挙げ、2人のやりとりを遮った。空に目を向け、様子を伺っている。
「どっちにしても、そろそろ出ないと、台風来る前に安全に帰ってこれなくなる可能性があるっす」
「ぐむ……まあしょうがねえか。取り敢えず行くぞ」
「っす」
「にゃ」
「お前にゃ言ってねえ!」
結局ヤニねこは近くのファミレスまで付いてきた上に、おう也から一品奢らせる約束まで取り付けた。
道すがら、おう也は頑として拒絶したのだが、そうすると今度はヤニねこは四つん這いになった挙句、おう也をペットに餌を与えない、飼い主失格だと、大声で言いふらし始めたのだ。
誰が誰のペットで飼い主だ! と全力で突っ込んだのだが、ヤニねこは全く聞く耳を持たず、むしろボリュームを上げてくるくらいだった。
このままでは、ご近所様にどんな悪評が立つか分からない。流石におう也は白旗を上げ、一品奢る約束でどうにか収めたのだ。
(あいつには世間体ってものがないから、いくらでも俺を道連れにできるってのは盲点だったな畜生)
ファミレスで食事を摂りながら、おう也はチラリとヤニねこがいた方――今はトイレで席を外している――に目をやってひとりごちた。
実際、ヤニねこのやったようなことをすれば、普通はまず白い目で見られるのはヤニねこであるし、それが分かるから普通はやらない。
しかし、元々白い目で見られることに慣れている(というか気にしない)ヤニねこにその理屈は通じない。
(ヤクに悪いことしちまったな。よく働いてくれたお礼なのに、何も動いてねえヤニねこにまで奢ることになったから、お礼って感じじゃなくなっちまった)
「ちょっと、風が強くなって来ましたね」
既に食事を終えたヤクが窓の外を見ながら呟いた。ビュウビュウ、という感じではないが、風に舞った木の葉がたしかに舞い上がっている。
「だな。雨が降ってきたらあっという間にビショ濡れになっちまいそうだ」
同じく食事を終えたおう也が箸を置いた。少しゆっくりコーヒーでも飲んで軽く一息ついてから、というのは難しそうだ。雨が降り出す前に帰るべきだろう。
ヤクが視線を戻して懐に手を入れ、ふと気付いたようにその動きを止めた。
「ここ……タバコはダメなんすよね?」
「ん? ああ、まあにゃがみ原市内であるが、そもそも禁煙だな。吸いたいなら外に出てからだな」
「っす。今はやめとくっす」
「……ヤク、お前は台風対策大丈夫か?」
「あー……。一応部屋閉め切るくらいはするつもりっすけど、それ以外は特段、やってないっすね。やっぱりああいうのちゃんと備えようとするとお金かかるんで」
「金か……。まあ、そうだよな。どうしたって後回しになるよな。結局確率……というかまあ、リスクの問題だし」
「リスクっすか?」
「ああ。起こるか起こらないか分からんけど、万が一起こったらヤバいことにどこまで備えるかって話だ。備えるってのはどうしたって金がかかる」
「ああ……まあ、そうっすね」
「台風が来るってのはまあ明らかだが、それでなにが起こるかは分からんからな。俺も、まあ、なるたけ金をかけない方向で備えはしたが……」
「ニャーはバッチリ備えたにゃ」
いつの間にかトイレから戻ってきたヤニねこが、ドンッとソファに腰を下ろした。
おう也は一瞬感心しかけ……すぐに言っているのがヤニねこであることを思い出すと、ジト目になりながら言った。
「お前この前余裕だなんだ言ってなかったか? なに備えたんだよ?」
「煙草買い溜めておいたにゃ。コンビニとか閉まってもこれで安心にゃ」
「……食糧とか水は?」
「にゃ? 食糧は大家の部屋に行けばあるし、水は降ってくるにゃ。足りないのはヤニだけにゃ」
「お前には絶対やらねえ……」
おう也は頭を抱えて呟いた。