ヤニねこの大家さんはいかにして大家さんになったかの話 作:namamugi
雨粒が窓を叩く音が部屋に響く。
おう也は一人テレビをつけ、茶を淹れながらぼーっとしていた。
台風の影響とはいえ、久々のなんの用事もない休日だ。
何をしようか、何もすまいか。ーーいっそ眠ってしまおうか。
そんなことをふわっと頭に浮かべつつテレビを眺める。
「こちらにゃがみ原市です。にゃがみ川も氾濫しかけています! 大変危険な水位です!」
「にゃがみ川が……ちけえな」
スマートフォンで地図アプリを起動する。
幸いにして今はまだ避難の指定区域などには入っていないが、これからのことを思えば、情報は入念に取っておいたほうがいいだろう。
「ええと、ここの辺だと避難指定の施設は……」
「あっ! 獣人です。何やら獣人が雨具も付けずに川に近付いて来ています……」
「君、危ないから戻って……!」
「にゃあ。カエル取るのにゃ……」
「ぶっ」
聞き覚えのある、というか聞き覚えしかない声がテレビから響いて思わず吹き出す。
恐る恐るスマホから顔を上げてテレビを見ると……案の定そこにあったのは見知った顔だった。
「ヤニねこ……あのバカ何考えてんだ!?」
「今回は偶々無事だったから良かったですが、本当にやめてくださいね。命の危険があるんですよ?」
「すいません。二度とさせませんので、はい……」
「本人の危険だけじゃないんです、助けようとする人の二次災害、三次災害ということもありえます。どれほどの迷惑をかけているかを……」
「ニャーは何も悪いことしてないのに……」
「バカお前! ちょっと黙ってろ! ……いや、本当にすいません。俺の方から言っておきますので、はい……」
「はあ……。本当、お願いしますよ」
どうにか頭を下げて解放され。
警察に解放されても雨は止まない……どころか更に激しくなっている。全身雨具で固めたおう也はともかく、普段着のヤニねこには過酷かもしれない……。
「にゃあ……。カエル取りたかったにゃ」
やっぱり、過酷でもなんでもないかもしれない。
雨に打たれながらもまったくこりた様子もなく、気楽に言ってくるヤニねこに、おう也がはあ、と溜息を吐いた。
「お前なあ。大体、何でこんな時にカエル捕りなんだよ」
「焼くと美味いにゃ」
「……マジで?」
かなり予想外だった答えに思わず口元に驚愕を浮かべて聞き返すが、ヤニねこはあっけらかんと返してきた。
「大家食ったことねえにゃ?」
「いや、そりゃないが……食えるのか、そもそも」
「たんぱく質にゃ」
カエルを焼いているところ……そしてそれを口にするところを想像し、思わず気分が悪くなってきたのをなんとか振り払うと、おう也は額に手を当てた。
「いや、そういう問題じゃなくてだな……。いいか、そこら辺のカエルってことは単純に考えて、そこら辺のものを食ってるってことだ。ということは、腹の中にはそこら辺の虫やらゴミやらが入っている可能性も全然あって、腹を壊す可能性が……」
「近い未来、犬のうんこ食いそうなやつの言うことじゃねえにゃ」
「誰が食うかそんなもん!」
全力で突っ込む。
どんな人生を送れば犬の糞を口にすることになるというのだろうか。
「にゃ。ニャーは日頃の行いがいいから腹は大丈夫にゃ」
「何一つとして大丈夫な要素がねえ……」
「大家もカエルとってみるにゃ?」
「少なくともこんな台風のど真ん中じゃ絶対やらねえよ……」
「台風だからこそ、テンション上がってやりたくなるにゃ」
「……なんだろうな。大分バカ野郎お前、って言いたくなる反面、もう、一周回って素直にすげえって言いたくなる気持ちもあるんだよな……」
「にゃ? 尊敬するにゃ?」
「……いやけど、それはそれとして間違いなくこいつはバカ野郎なんだよなあ……はあ……」
もう一度溜息を吐く。気付けば見慣れたアパートの前だ。おう也は軒下に入りながら、ヤニねこの部屋を指差した。
「ほら、もう出るなよ、今度は迎えに行かねえからな」
「にゃ」
ヤニねこは短く答えると、そのまま階段を上がっていく。その姿を見届け、おう也は変わらず止みそうもない雨に、空を仰いだ。
「はあ……ったく、こんな雨の日に歩かせやがって」
呟きながら部屋まで戻って……玄関で動きを止める。
当たり前だが、全身ビショビショだ。このまま部屋に入れば部屋まで濡れてしまうだろう。
「……風呂でも入っておくか」
言いつつ、玄関で雨具を外して、水滴が室内に入らないように、取っ手に引っ掛ける。
それでもまだ雨具の中まで雨が入り込み、濡れている部分も多い。なるべく水を室内に入れないよう、慎重に浴室に移動して行く。
そのまま一風呂浴びて、しっかりと全身の水を拭き、着替えたところで部屋に戻り……思わず動きを止めた。
「にゃ?」
「なんで人ん家でくつろいでやがんだお前……」
テレビの前でヤニねこが寝そべって尻を片手で掻いていた。おう也がおやつにと思っていた煎餅をもう片手に、バリバリと食べている。
「おめーがもう出るなって言ったにゃ。カエルも取れなかったから、ニャーの部屋には食う物がねえにゃ。しばらく大家の部屋で過ごすにゃ」
「あれはそういうことじゃ……」
言いかけて、気付く。
ヤニねこの服はさっき迎えに行った時のまま……つまりはビショビショでドロドロだ。
玄関から部屋まで、跡がしっかり残っていて、ついでに食べこぼした煎餅がそこらに散っている。間違いなく大掃除が必要だろう。
「……せめて自分の部屋で風呂入って着替えてから来てくれ……」
色々口に出かけた文句を封じておう也は疲れたように呻くと、浴室に雑巾を取りに戻った。