ヤニねこの大家さんはいかにして大家さんになったかの話 作:namamugi
「……暇にゃ」
風呂に入って着替えたヤニねこがテレビの前で欠伸を噛み殺しながらつぶやいた。
台風の中から戻った後、結局、ヤニねこはおう也の部屋に居座っていた。
「……」
おう也は特にそれに何も言わない。そんなに退屈なら帰れ、とはかなり言ってやりたかったが、そんなことよりも、ヤニねこにつけられた泥汚れはかなりしつこく、濡れ雑巾で必死に擦っても中々落ちないのだ。
「……何もやってねーにゃ」
玄関から廊下にかけての掃除がようやく一段落し、おう也が居間に戻ったところで、ヤニねこがザッピングをしながらつまらなそうに言った。
「そりゃ台風だからな……ニュースばっかだろうよ」
おう也がカーテンをそっと開けて外の様子をうかがいながら言う。雨は変わらず激しい。まだまだ台風の中だ。
「……」
そんなおう也を尻目に、ヤニねこは自然にポケットからタバコを出して咥え……。
「あ、バカ野郎お前、タバコ吸うなら部屋出て吸え!」
「にゃあ……」
火をつけられる前に飛び込んでタバコを取り上げる。ヤニねこは不満そうに声をもらしながらおう也の方を見た。
「……おめえ、なんか面白いことするにゃ」
「なんでだよ……」
「客をもてなすにゃ」
「お前は、どっちかと言うと居直り強盗だろ……」
「じゃあ……酒出すにゃ。出さなきゃ命はねえにゃ」
「本当に強盗っぽく言うんじゃねえよ。まあ、掃除終わったら、少しくらいならな……」
聞いているのかいないのか、ヤニねこが立ち上がっておう也からタバコを取り返した。そのまま咥え直してから歩き出す。
「タバコ吸ってくるにゃ」
「お前なあ、さっきから人に掃除をやらせておいて何か思うとこはないのか?」
おう也が後ろから声をかけるが、ヤニねこから期待する反応が返ってこないのには慣れている。……悲しいことに。
(なのに無理矢理手伝わせると、全部自分がやったとか嘯きやがるんだから、全くどうしたもんかって感じだよな……)
「……まあ行ってこい。俺は掃除してっから」
「にゃ。ニャーが戻ってくるまでにキレイにしとくにゃ」
「何様なんだお前は……」
ヤニねこは特に答えず、そのままガチャリと部屋から出た。
「戻ったにゃ」
「あ、どうもー。世話になりますー」
「ハゲちゃんお酒ー」
「増えてる……」
ようやっと部屋の掃除が終わった頃に戻ってきたヤニねこ……そして何故か後ろについて来たカンサイとアルねこに、おう也は頭を抱えて呻いた。
「にゃ。タバコ吸うついでにアルねこのところでツマミをもらってきたにゃ。カンサイも一緒だったから連れてきたにゃ」
「いや連れてきたにゃじゃなくてだな……」
「ハゲちゃんお酒ー。ヤニちゃんからいいお酒あるって聞いたよ〜」
「そんなこと一言たりとも言ってねえ……」
「え? ヤニ子から大家さんがみんなで酒飲もう言うてたから来い言われたんですけど……」
「ヤニねこお前、適当なことを……」
「そんな感じのこと言ってたにゃ」
「お前の耳は自分に都合のいいことしか聞き取れないのか……」
ヤニねこがおう也の困惑を素知らぬ顔でやり過ごし、おう也が更に頭を抱えて呻く。
カンサイがそんなおう也の様子を見ながら首を傾げた。
「ええと……なんか、迷惑やった?」
「ああ、いや、そういうわけじゃないんだが……」
「にゃ。気にせずに寛ぐにゃ」
「お前が言うな!」
我が物顔でテレビの前の席に戻ったヤニねこがサラリと言うのには流石に突っ込むが、やはりヤニねこは素知らぬ顔だ。
「ここだっけ……お、新しいの入ってる」
「あ! アルねこお前勝手に人の秘蔵のモンを……」
「猫椿……いい日本酒だ〜」
「ニャーにも飲ませるにゃ」
いつの間にか台所へ移動していたアルねこが、シンク下の収納を開けていた。水道管の裏に隠していたはずの日本酒を、迷いなく取り出して掲げている。それを見たヤニねこが勝手知ったりと言わんばかりにコップを食器棚から下ろした。
「バカバカ、それは何かいいことがあった時のために用意したもんでだな……」
「じゃあ台風記念にゃ」
「全然いいことじゃねえだろ!」
「記念記念〜早く開けよ!」
ヤニねことアルねこがノリノリで準備を進める。おう也は一瞬視線を彷徨わせ……カンサイへと向けた。
「カ、カンサイ、お前からも何か……」
カンサイはおう也に目を向け……酒に目を向け……もう一度おう也に目を向け、そして目を閉じた。
「すまん、大家さん。桐箱に入った酒、ウチ、初めて見たかもしれん! お猪口とか持ってきた方がいいんかな?」
「み、味方がいねえ……」
おう也が呻くが最早誰もそれを聞いてはいない。アルねこがスポンッと猫椿の封を開けた。
「ああ……」
もはや取り返しがつかない。開けてしまった以上は……飲むしかないのだ。
「大家はいらねえにゃ?」
ヤニねこがトクトクとコップに酒を注ぎながら言ってくる。
――桐箱に収められた、とっておきの日本酒。それを普段使いのコップに遠慮なく注いでいる。どう考えても、そんな雑な扱いをする酒ではない。ないが、もはやそれを元に戻す術はない。
「飲むわ! こうなりゃヤケだ畜生!」
おう也は自らのコップを差し出した。