ヤニねこの大家さんはいかにして大家さんになったかの話 作:namamugi
翌朝。
引っ越しの片付けを続ける前に、おう也はちょうどアパートの前を掃除していた大家を捕まえていた。
「獣人が借りられる部屋?」
「はい。そういうのがあるのかと思って……。例えばその、高校を出たばかりの獣人が独立したとしたら、にゃがみ原で住む場所ってどの辺りになるんでしょうかね? インターネットで見てもちょっと分からなくて……」
「そりゃ表立って獣人禁止なんて書いたら差別だからねえ。うーん……少なくともこの辺だと思い当たらないねえ」
「にゃがみ原の三割は獣人ってことなら、市内のどこかには住んでいるのかと思ってんですが……」
「と、言われても……家を持ってたりするわけじゃなくて、賃貸でってことだろう? もうちょっと山の方には獣人寮なんかもあるけど」
「獣人寮?」
「市営の獣人専用の集合住宅。あんまりいい噂は聞かないとこだけどね」
「はあ。ちょっと失礼します」
手元の端末に文字を打ち込んで検索すると、にゃがみ原市の公式ホームページに行き着いた。
曰く、
『獣人の生活様式に適応した、国内初の獣人専用公営住宅』
『全ての獣人を守る砦』
『低所得獣人への強力な住宅セーフティネット』
と、一周して胡散くさい文句が並んでいる。大家はそれをのぞき込むと、ふん、と鼻で笑った。
「実際には、狭いところにベッドを押し込んだタコ部屋だとかで、人間は入居出来ないんだけど、そもそも人間が住める環境じゃないんだとか。まあ、おかげで路上生活してる獣人はグッと減ったらしいから、ありがたいことなんだけどね」
「……」
そう言われるとしまうと何とも言えない。実際、タコ部屋は言い過ぎにしても、狭いスペースでの集合住宅であれば、あまり悠々とした空間ではないであろうことは想像出来た。少なくとも、プライベートという言葉とは無縁だろう。
「後は……ああ、大したことないのに、やたらと高い家賃とってる、ペット可のアパートは獣人オーケーだったりするみたいよ。そもそも獣人に荒らされることを前提にした家賃設定だから。そういうところは獣人の大好きなタバコとかもオーケーだったりするみたいね」
「な、なるほど……」
「まあ……高校出たばっかりでお金のない獣人が借りられるような金額じゃないと思うから……やっぱり、獣人寮になるんじゃないかしらねえ。ごめんなさいね、私もあんまり詳しくなくて」
「いえ、ありがとうございます」
おう也は礼の言葉とともに頭を下げると、アプリで地図を開いて検索をかけた。
「あれじゃ、ほとんど監獄じゃねえか……」
トボトボ歩いて引き返す。
獣人寮、というのがどんなところか見た帰りである。
中の様子こそほとんど見えなかったが、高いコンクリートの壁の上には鉄条網が張り巡らされ、分厚い鉄の門が唯一の出口となっているあたりに、察するものがある。
建物自体には装飾らしい装飾はなく、箱形のコンクリートの塊といった印象で、街並みから切り離されたように建っていた。
幸い、都市部ではない為か、スペースだけは広そうなので、タコ部屋に押し込まれる、ということではなさそうだったが……。
(獣人を守る為に強固な建築で人間からも離してる……ったって、これじゃあいくらなんでも、なあ……)
ネットで見つけた解説記事に目を通しながら、独りごちる。
昔はにゃがみ原でも獣人に対して石を投げたり、住んでいる建物に嫌がらせしたり、といったことがあったらしい。
そういったことから、獣人を守る為に強固な囲いや建物を用意し、更に獣人同士の結束を高める為に獣人しか入居できないようにした……という名目で建ったとのことであるが……。
(家賃は格安……で、いくらでも滞納可。ただし、退去時は絶対に精算……ってことは、入居は出来ても、退去させることを考えてない、というか退去させないぞってことだろ……。やっぱり入居じゃなくて隔離とか収監って方が適切だよなあ、これ)
はあっと溜息を吐く。
昨日出会った……なんというか、個性豊かな喫煙獣人達も、他に行き場がなければ、結局はここに来るのだろうか。……きっと、来るのだろう。この町はそういう仕組みになっているように見える。
(後は……見た目変わんないのに、極端に高い家賃のアパートか。ええと、この辺だと……ここか)
地図を見ながら暫く歩いた後に現れた目の前のアパートを見上げる。
「……たしかに、なんで高いかはちょっと分からないか」
ポツリと口の中で呟く。
建物の外見は普通のアパートと変わらないように見えた……というか、普通よりも一段……なんというか、古めかしい。ありていに言うとボロい。
「あんた、なんか用かい?」
「あ、いえ、すいません」
そのアパートの敷地の中かららドスの効いた低い声で話しかけられて、思わず一歩後ずさる。
無骨そうな背の高い男がこっちを見ていた。年の頃は大谷とそう変わらないだろう。おう也もガタイの良さには自信があったが、目の前の男もそう変わらない。
「獣人向けのアパートってどんなところがあるのか調べてまして……こちらがそうだと伺ったので……」
「うちは獣人向けじゃない」
ピシャリと。
厳しい口調で表情を歪めながら男が返した。
「タバコ可にして、その分……相応に家賃を上げたら、たまたま獣人が集まってきて、人間が寄りつかなかっただけだ」
「な、なるほど……いや、普通は獣人はあまり歓迎されないと聞いたんで……」
「そりゃ誰も歓迎なんてしてねえだろ。礼儀がねえし、敷地は汚すし、部屋は使い物にならなくなるし……このアパートも近いうちに潰して、土地だけ売ろうと思ってんだ」
「潰す?」
穏やかでない物言いに、思わず聞き返すと、男はフン、と鼻息を荒くして苛立たしげに返してくる。
「ああ。見ての通りのボロアパートだ。もう建物には値段なんかつかねえよ。だから、今さら部屋を汚されたところで大して変わらねえ。獣人を受け入れてんのも、それが一番の理由だ」
「な、なるほど……いや、失礼しました……」
その場を退いて頭を下げる。再び顔を上げると、ぷかぷかとアパートから白い煙が上がるのが見えた。
(……このアパートが解体されてしまったら、今住んでいる獣人達はどうなるんだろうな)
余計な想像を振り払うように、頭を振り、早足で歩くが、嫌な想像が後から後から湧いてきて、留まるところを知らない。
(獣人が……あいつらが普通に暮らせるようなとこは、ないもんなのか)