ヤニねこの大家さんはいかにして大家さんになったかの話 作:namamugi
アパートに戻ったおう也を、箒を持ち替えて、チリトリとゴミ袋を持った大家が出迎えた。
「あら、お帰りなさい、早かったのね」
「あ。どうも、戻りました」
頭を下げると、大家は、そうそう、と思い出したように言ってくる
「朝お話してた獣人の住めるアパートだけど、もう一つあったわ」
「え?」
「人が借りて、ペットとして獣人を住ませるの。ペットだから、飼い主がちゃんと管理して飼ってあげるのよ。それだと、アパートとしても、何かあったらちゃんと人間が責任持ってくれるんだーって安心できるから」
「ペット……」
その単語に、心に少し暗いものが落ちたのを自覚する。表情も少し暗くなったかもしれない。
幸い、大家はそれに気付かずに、明るく続けてきた。
「勿論、ペット可のところで、ちゃんと大家さんには許可を取らないとダメだと思うけど……。人間の子とお付き合いしている獣人がペットとして同棲、なんてことは結構あるんじゃないかしら?」
「ははは……」
苦笑いでしか返せない。
(獣人は結局……人口の三割以上を占めてるこのにゃがみ原でも、名目上はともかく、実質的には、人間と対等には見られてないってことなんだろうな……)
大家に改めて礼を伝えて部屋に戻る。
ガチャリと鍵を閉めると洗面台で手を洗い、ちゃぶ台の前に胡座をかいて座った。
ぼんやりと思い浮かべる。
ーー昨日出会った獣人達はこれからどうなるのだろうか。
やはり、あの監獄のような獣人寮に入れられるのか。
何とか稼ぎ先を探して高い家賃のアパートに入るのか。
あるいは、人間の彼氏でもいるなら、ペットとして同棲? するのだろうか。
……どの選択をしたとしても、あまり、明るい未来があるようには思えなかった。
(俺が心配したってしょうがねえことではあるけどな……何が出来るわけでもねえのに)
軽く横になった後、暫くゴロゴロし……はあ、と溜息を吐いてから、引っ越してからまだ一度も開いていなかったノートPCを段ボールから取り出し、電源につないで起動する。そして立ち上げた馴染みの検索エンジンに文字を打ち込んでいく。
獣人 住居 にゃがみ原
獣人 アパート にゃがみ原
獣人 アパート 安価 にゃがみ原 町田
獣人 賃貸 オススメ にゃがみ原
獣人 賃貸 喫煙 にゃがみ原
獣人……
「あー、もう、違う違う。だからこんな事したってしょうがないんだって」
気付けば日が落ちていた。探せど探せど、求めた情報は落ちていない。より正確に言えば、あるのかもしれないが、表立って書いてないから分からない。
はあ、と溜息をついて、食事をとるために外に出る。
と、アパートを出たあたりで、何冊かの漫画を、紐でまとめて抱えた男とすれ違いった。
そういえば上には漫画家先生が住んでいるという話だった。
軽く会釈し、漫画に目をやる。覚えがある。ネットで見たタイトルだ。たしかにドラマにもなっていた。
不動産を手がける男の話だ。借り手がつかず、赤字を垂れ流すアパートに、どうすれば魅力を持たせ、価値を生み出せるか。貸し手、借り手、世間の三方良しを目指して主人公が駆け回る。
(…………いや、何馬鹿な事考えてるんだ。俺は……。何のノウハウもなしに出来るわけが……)
ブルブルと頭を振り、正気に戻れ、とばかりに自分の頭を小突く。しかし、それでも、頭に浮かんだ一つの可能性が消えない。
(……一応、念の為、調べてみるか)
我ながら馬鹿なことを考えている、とは思いつつ、予定を変えて、最寄りのコンビニでお茶とお握りとサラダだけ買って部屋に戻る。
「ええと……」
お握りを頬張りつつ、ノートPCを再び起動する。
アパート 経営 素人 副業 にゃがみ原
アパート 経営 獣人
アパート 一棟 購入 経営 副業
アパート 経営 獣人募集 にゃがみ原
アパート 獣人 にゃがみ原 補助金
……
「結局どうなのか、分からんなこれ……」
いい加減目が疲れて来たので、仰向けに倒れて目を閉じて休める。
『初心者でもできる』
『会社員こそアパート経営』
『安定した不労所得』
と、勧める記事も無数にあるが、一方で、
『素人が手を出すと失敗する』
『サラリーマン大家破産』
と、絶対に手を出すな、と警告してくる記事も無数にある。
(両極端過ぎてネット見てるだけじゃ何とも言えん……。当たり外れがあるってのはそうなんだろうが……。そうなると、自分でシミュレーションしてみるしかないか)
ペットボトルに残っていたお茶をゴクリと飲み干し、サラダをかき込んで、空になった容器を片付けると、机の空いたスペースに、まだ空けていなかった別の、その他と、書いていた段ボールのテープをビリビリと剥がし、奥の方から電卓とノートを取り出した。
(まずは適当な物件を例にして……いや、ちょうどいい。このアパートで考えてみるか。今二部屋埋まってて、一部屋が俺で、家賃がこれで、管理費があって、いや、獣人を入れるなら補助金がつくようになるんだったか、けど、後は税金が……)
情報の検索と計算、そして計算した内容をノートにメモすることを繰り返していく。
検索、計算、メモ、検索、計算、メモ、検索、計算、メモ、検索、計算、メモ、検索、計算、メモ、検索、計算、メモ、検索、計算、メモ、検索、計算、メモ……。
翌日が引っ越してから初出勤だというのに、夜が更けて朝が来ても、おう也がその作業をやめることはなかった。