女神転生で終末箱庭ゲーム実況 作:RTSは奥深い
もはや全てが影の中。
狂気、血肉、宴……その果てに自らに鎖を巻き付け、棺から引き摺り出された奴隷だけが。
唯一、心の影に指先を届かせる。
──『ひゃはっはははははっっハハハハ!!!!?』
ざらりざらりと黒い砂が口に入る。
現実でないと理解せども、吐き気が己を襲ってくる。
だからこれも夢だと分かる。
乱射する拳銃の音、視界を掠める金色の線、弾ける肉体、終わらぬ戦い、破壊されていく庭。
全てが目まぐるしく変わる中、己に出来たことはただ争いを見つめることだけ。
そんな現実なぞ、とんだ悪夢でしかない。
故にこそ、現実は夢であらねばならず────ああ、そうか。
この黒い砂は、己の舌が──。
「今日も墓地? マリアさん」
「────」
ただでさえ人気の少なさから静かさが満ち足りてるハコニワの中でも、時が止まったか空気が澱んだかと錯覚するような「街」の外郭。枯れた木と小さな石が積み重なったささやかな墓地。
心を遠くに向けていた女性は話しかけられた途端に呼吸を思い出したかのように肩を揺らし、それからなるべく普段通りの振る舞いで見知った相手の方へ顔を向けた。
「すみません、ちょっぴりぼうっとしてました」
「そう? 私には飛び降り自殺でもしそうに見えたけどね」
「……そうですかね」
「だって地獄に落ちたがってそうな顔じゃん。……うん、調子悪いみたいだね。言い返し力が足りてないよー」
がざがさと歩くたびに枯れ葉が鳴る。
ハコニワは四季が四方に分かれて伸びていくが、此処は秋と冬の間に建てられた墓地だ。
九人の小さくも勇敢な戦士を弔った場所としては寂しいものだが、雰囲気としてはこの上ないほど有っている。
「すみません」
「ありゃ、こりゃ完全に参ってるね。さては寝てないなー?……ほれ」
「ひゃあ」
突然頬に当てられた熱に、反射的に
見れば何処の自販機から盗んだきたのか、あったかコーンの缶だった。
終末から逃げれば暫く食べられないだろう味。普通の手段では死なない世界ではちょっとした飲食も腹に苦痛が溜まり続ける行いだが……既に常に消化器官が正常に働くように研究は改良されている。
「ありがとうございます」
「感謝なら昨日来た喰奴の連中に言いな。待って来たのは彼ら。私は別に命掛けてないから」
「……はは、そうします」
聖女はおずおずとその缶を受け取り、こくりと小さな一口を付ける。
甘く芯から温める味。外が本来春な事を思えば随分季節外れだが、今のマリアには丁度良いものだった。
「……私を庇って、九人の子供達が神のお膝元に向かいました」
「そうだね。その日の朝にハコニワに限定すれば回復が機能を復活させる研究が完了して、みんながマリアさんがいればまだ未来はあるーって思った直後だったね」
「私は何もしてあげられませんでした」
「そう思うならそうかもね。だとすればこの子達は何もできない人の為に無駄死にした訳だ」
「──ッ無駄なんかじゃありません!」
思わず声を荒げ、それからハッと冷静になり、頭を下げ謝罪する。
雪はマリアの一連の反応を見て……ため息にも満たない呼吸を一拍入れて、彼女の手を引いて立たせた。ざらりと落ち葉に足が沈む。
「マリアさんは優しいね。それにとっても聡い。私が発破をかけようとしたって直ぐに見破っちゃうみたいだ」
「……ごめんなさい……心遣いに感謝します」
「いいよ別に。元気にするの失敗したしー……うん、私が言いたい事は全部分かってそうだし──」
腕が引っ張られる。何処かへとマリアを連れ出そうとしていた。
レベルはすでに対等、本気で引っ張れば抵抗する余地もなく連れ出せたが……込められる力は小さく、マリアに選ばせるものだった。
立ち直れずとも進むか、ここで足を止めるかを。
「なぜ」
私に選ばせようと。
そう続けられようとした口が雪の言葉に遮られる。
「私達はね、別に死ぬのが怖い訳じゃ無い。
というより、もう既に"死に魅入っている"」
「それは私の研究が…いえ、確かあれは感染を防ぐもの……ならば」
この世界を脅かす死の誘い。自殺を誘う精神的感染症。
人々に移ると分かっているそれはマリアの手により抑制と感染防止まで対策が進んでいた。
ハコニワに閉じこもっていれば進行しない所まで。しかし……ハコニワの住民は全員、次の世界に向かうための資材を集める為に一度は外に出ている。その際に感染し、外にいる間に徐々に蝕まれるのは防げない。
「そうだけど、そうじゃない」
「ッですが! なんで黙って……いえ…なら何故、貴女は…雪は死んでないのですか?」
霊的な第三の眼、マリアの身体を構成する或る聖者の眼により検診し、既に症状が通常なら自殺している領域にあると看破する。
外があの有様だから、その渦中に何度も飛び込んで他より一際進行したのもあるだろう。既にいつ理由なき自殺を行ってもおかしく無いのに……雪は今もマリアを前に進ませようとしていた。
「まだ私は死んじゃいけないから」
「それは…」
「そりゃ死にたいよ、今もさ。頭の中で黒く淀んだ静寂に触れたいと思ってる。私の本能がそう叫んでいる。でもね、それは死んでいい理由にはならないんだ」
単に死ねないから死んでない……なら、外はあんな阿鼻叫喚になってない。
外の狂人達のように死に触れようとして身体を壊し、しかし壊れず死なない矛盾。
その泥沼に陥らない心得を、雪は言う。
「今死んだら、マリアさんが悲しむから。分かりづらいけど葛葉さんやゴウトもそうじゃないかな。
だから死んでない。私が死ぬより二人が悲しむ姿を見たくないから死んでないんだ」
「……それだけですか?」
思わずマリアがそう言ったのも無理はない。
だって、マリアと雪は会って間もない。葛葉に至っては殆どの時間を外の探索に使っていて、顔を合わせたのも数回だけだ。
そんな相手を悲しませたくない。それだけで死の誘惑に抗えるのかと。
「うん、それだけだ。たった一つのか細い光。たったそれだけを理由に、私は……"私達ハコニワの全住民"は、全てを放り出して死ぬ誘惑に勝ち続けている」
「……!?」
ずさりと落ち葉が掻き分けられる音。
マリアが一歩、理解出来ない物を前に後に引いた音。
「ああ良かった。どうやら私はマリアさんに教えられる事が有ったらしい」
「……ッ理解出来ません! 出来ないったら出来ないんです!」
「でも、眼を逸らし続けるのは辛いよ。自分の心に嘘をつくのはね」
「ッッ……!」
掴まれた腕を引く。離れない。逃がさない。
……その言葉を聞くのを拒絶する選択肢がない。
それを聞けば自分は死を恐れず立ち上がる予感がした。だからこそ死にたくなくて本能的に逃げようとする。善き者であれと釘刺され、その通りの心を持った者の悪あがきだった。
聞けば必ずこの安寧の箱から自ら離れると、自分自身の善性に確信していたから。
「……恨みますよ」
承知の上だった。
/一生出来ないことだった。
「──死は怖くない。それでも怖いものは、誰かをここに遺すこと。そして悲しませること。
マリアさん。この病は共に死ぬ安心感こそが毒で、誰かが側で死にたくないと足掻いてくれるのが特効薬だ。それが死なない理由で──いや、これは飾りすぎか。もっと真っ直ぐに言うなら」
「────」
「───"友達"置いて誰が死んでやるもんかって事!!」
それは絆の証明。
どれだけ短くとも確かに紡がれた友愛の象徴。
病に打ち勝ち続けんとする愚者達が棺を叩く
「だから、選んでよ」
既に全てが遅きに失した世界。
生きたいならば眼を閉じ
世界だけを救いたいなら次の、次の、そのまた次の。
旅をして新たな絆を新たな世界で紡ぐべきだろう。
それでも尚、今、ここで、この世界で。
自分自身の
目の前の
「……はぁ。なんてイジワルな」
────眼を開け、立ち上がるといい。
「
どれだけ聖人聖女の遺物を掻き集めようと古き骨だけでは一人も作れない。
月日は残酷にも肉を土塊に、眼を溶かし、脳に蛆を生やす。
骨を埋める為の肉、霊験を込める為の双眸、素体となる脳──生きるのを諦めず、世界を救う為の素質ある者が必要だった。
だから殺めた。
幼い子供を、一人分。