因習村出身の中卒がダンジョンで死にかける話 作:ろーわんろー
「――って、わけらしいけど。まあ今更だと思うんだよね、こんなのはさ」
受付で配られた配布資料に一通り目を通すと、僕はそう言って肩を竦めた。
辺りを見渡せばそこは学校の体育館ほどの広いエントランスで、目の前を大勢の人々が行き交っていた。時々怒号が聞こえてくるが、誰も気にする様子はないのでよくあることらしい。
AGは全国各地に支部を持っており、ここはその内の一つだ。
手元に視線を戻し、何枚かの紙が綴じられた資料を眺める。
そこに書いてあったのは、ダンジョンが生まれてから今に至るまでの歴史を要約したものだ。
とはいえ、記載された内容は僕にとっては知っている事実だけだったし、何ならAG設立に至るまでにはもっと色々ゴタついていたはずだが、そこは綺麗に省かれている。
僕は資料から早々に視線を切って、傍らへと目を向けた。
「ダンジョンが現れてから、十年か。僕らがまだ五、六歳の頃だったっけ」
「そうね」
僕の呟きに応える声がある。
僕の目線の先、僕と同じように長椅子に座り、エントランスの片隅をじっと見つめる少女。
僕の幼馴染である
艶のある長い黒髪を髪紐で結び上げ、一筋に纏めている。それを首元でぐるぐると巻いているので、傍目から見ればマフラーを巻いているように見えるかもしれない。
彼女の奇異な出で立ちは出身である村の事情が関わっており、彼女は生まれてから一度も髪を切ったことがないのである。
故に、長く伸びた髪が邪魔にならないように首元に巻き付けているのだ。
「村が珍しくざわついていて、皆そわそわしてたわ。誰も彼も浮足立って、何だか酷く滑稽だった」
「そうそう。皆してパニクっちゃってさ。神主の爺さんなんか、もう震えてたもんな」
「『おお、■■■■様が、■■■■様が目を覚ましてしまう』とか、『早く捧げなければ、村が滅ぶぞ』とか、もう大変だったわ。私が何を言っても落ち着かないんだもの」
円は顔の向きはそのままに、口の端だけを僅かに歪めて薄く微笑んだ。
基本、常に無表情の彼女にしては珍しい。久しく見ない笑みだった。
僕はそれを横目に、エントランス内で縦横無尽に動き回る人集りを見て、軽く息を吐いた。
「……まだかな」
ちらりと、僕はエントランス内に設置された時計に目をやった。
時刻は午後一五時三十二分。僕と円が来たのは大体午後十四時ぐらいだったはずなので、かれこれもう一時間以上は経っていた。
今日僕らが来たのは、冒険者の登録申請をするためだ。
必要な書類や証明書は既に提出済み。後はAG職員との面談が終われば、晴れて僕らはAG所属の冒険者だ。
だというのに、僕らはこうして待ちぼうけを喰らっている。
横にいる円もどこか退屈そうに足をプラプラと揺らしていた。
「ねえ、奉太郎」
不意に、円が僕の名前を呼んだ。
僕は円に首を向けて、「何?」と問いかけた。
「私たちは、これから冒険者になるのよね?」
「そうだよ」
「ダンジョンに入って、怪物と戦ったりするんでしょう?」
「うん」
「草とか花とか、石とかを拾って、売って、お金を稼ぐのよね?」
「そうなるね」
「――出来るのかしら。私たちに」
円はそう言って、ほんの少し顔を伏せた。
その瞳の奥に一瞬、不安の影が差したのを僕は察する。
表情こそ変わらないものの、円は別に無感情という訳ではない。
怒りもすれば、悲しみもする。不安にだってなるだろう。
「大丈夫だよ」
僕は敢えて気楽に、余裕たっぷりに頷いてみせた。
円を村から連れ出したのは僕だ。
円が一八歳を迎える前に何としても村から抜け出さなければならなかったとはいえ、円にはかなり負担をかけてしまっている。
強がりだと円には見抜かれてしまうかもしれないが、不安があるなら少しでも支えになってやりたかった。
「僕らなら出来るさ」
僕がそう笑いかけると、円はただ「そう」とだけ言って、そのまま口を閉ざした。
――職員はそれから十分後にやってきた。
■
「いやー、すいません。どうも今日は朝から忙しくて、もうてんてこ舞いでして。本部にも人を寄越せと何度も何度も言っているんですが、昨今は何処もかしくも人手不足でしょう? 今いる人材でどうにかするしかないわけで、もう本当参っちゃいますよ」
あはは、とハイライトの消えた笑みを浮かべる中年の職員に、僕は「はあ……そうなんですか」と曖昧に相槌を打った。
職員に応接室らしき小部屋へと案内された僕と円は、二人並んでパイプ椅子へと腰を下ろしていた。
「――で、お二人はパーティを組んで冒険者になりたい、というお話でよろしかったでしょうか?」
「……ええ」
「いやあ、いいですね。冒険者志望の方には
職員はまた笑って、ペラペラと書類を捲った。
「で、一応確認もしましたが、特に犯罪歴も見当たりませんし、親御さんの許可もあるみたいですね。なら問題なし、ってことでいいかな」
「……ッ!」
僕は机の下で拳を握った。
よし、第一関門は突破した。
僕と円は未成年だ。冒険者に年齢制限はないが、流石に保護者の許可は必要となる。
僕の両親はとっくに死んでいる。引き取られた先では僕は腫れ物みたいなものだから、許可を求めればこれ幸いとばかりに印を押された。
問題は円の方だ。円は村にとって重要な存在だから、まともに交渉したところで許可は降りない。
よって、書類を偽装することにしたのだが、バレなくて良かった。
だが、これで安心するのはまだ早い。
「じゃあ、次は適応試験を受けてもらいますね」
職員は何となしに、僕らへとそれを告げた。