第一話 道端に落ちていた美少年
その日、俺たちはいつも通り、何とも締まらないクエスト帰りだった。
「だから、私が悪いのではない! あの程度の攻撃で吹き飛ばされるとは、あのゴブリンどもが軟弱すぎるのだ!」
「攻撃を当てられないお前が言うな! おかげで討伐より、お前を縄からほどく方に時間がかかったんだぞ!」
「カズマ、縄からほどく時はもっとゆっくりでもよかったのだぞ? できれば人目のある場所で、罵りながら――」
「おい、こいつを仲間にした奴は誰だ!」
「カズマではありませんか」
隣を歩くめぐみんが、何を今さらという顔で言った。
そうだった。俺だった。
先日、パーティーに正式加入したクルセイダー、ダクネス。
見た目だけなら金髪碧眼の美人騎士。能力だけなら、圧倒的な防御力を持つ頼れる壁役。
しかし、その実態は攻撃がまるで当たらないうえ、敵の攻撃を受けることに異常な喜びを見いだす変態である。
正直、返品できるなら今すぐ返品したい。
「でも今日は大漁だったじゃない! 私の活躍のおかげね!」
「お前は最後に宴会芸をしただけだろうが!」
得意げに胸を張るアクアへ突っ込む。
ゴブリン討伐の最中、なぜか花鳥風月を始めたこいつのせいで、敵だけでなく依頼主の農家まで困惑していた。
「何よ! 疲れているみんなを元気づけてあげたんでしょう!? むしろ追加報酬をもらってもいいぐらいよ!」
「依頼主に『もう二度と畑で水をまき散らさないでくれ』って言われただろ!」
「それは照れ隠しよ」
「お前の前向きさだけは本当に見習いたいよ!」
こんな調子で言い争いながら、俺たちは初心者の街アクセルへ向かっていた。
既に夕方だ。
城壁の向こうから、夕食を準備する煙がいくつも上がっている。今日の報酬なら、屋台で肉を買っても少しは余るだろう。
今夜は何を食べようか。
そんなことを考えていた時だった。
「カズマ。道端に何か落ちています」
めぐみんが足を止めた。
「拾うなよ。どうせろくなものじゃない」
「まだ何かも確認していませんが」
「この世界で道端に落ちているものなんて、爆発するか、噛みつくか、借金を押しつけてくるかのどれかだ」
「随分と具体的だな……」
ダクネスが呆れたようにつぶやく。
俺だって、好きでこんなに警戒心が強くなったわけではない。これまでの経験が、俺を慎重な大人へ成長させたのだ。
「人よ! 人が倒れているわ!」
警戒心とは無縁の駄女神が、俺たちを置いて駆け出した。
「あっ、おい! 待てアクア! 罠かもしれないだろ!」
「こんな美少年を道端に置いておく罠があるわけないじゃない!」
「美少年?」
その一言に引かれ、俺たちもアクアの後を追った。
城門から少し離れた街道脇。
そこには確かに、一人の少年が倒れていた。
年齢は十二、三歳ぐらいだろうか。
柔らかそうな金髪に、白い肌。閉じられた目を縁取るまつ毛は長く、顔立ちはそこらの貴族令嬢よりも整っている。
少年だと聞かなければ、俺も少女と間違えていたかもしれない。
そして少年の下には、どう見ても庶民が敷物にするような品ではない、見事な刺繍入りの外套が敷かれていた。
倒れているというより、妙に上品な格好で横になっている。
「生きているか?」
俺が声をかけると、少年の腹から盛大な音が響いた。
静まり返る俺たち。
少年は目を閉じたまま、わずかに頬を赤くした。
「……生きては、いるようだな」
「死因は空腹ですね」
「まだ死んでない」
めぐみんの言葉へ突っ込んだ直後、少年がゆっくりと目を開いた。
澄んだ青い瞳だった。
少年は俺たちを見上げると、慌てて身を起こした。そして服についた土を払い、何事もなかったかのように背筋を伸ばす。
その動きの一つ一つが、妙に洗練されていた。
「お見苦しいところをお見せしました。助け起こしていただき、感謝いたします」
十二歳ほどの子供とは思えない、丁寧な口調だった。
少年は胸へ手を当て、優雅に一礼する。
その瞬間、服の隙間から金色の飾りが見えた。
翼と剣を組み合わせたような紋章。
どこかで見た覚えがある。
俺が思い出すより先に、隣のダクネスが息を呑んだ。
「その紋章は……! まさか、イリウス殿――」
「ダクネス!」
俺は素早くダクネスの口を塞いだ。
「むぐっ!?」
「お前は少し黙っていろ! 話がややこしくなる!」
見れば、城門の前に立つ騎士たちも少年へ気づいていた。
一人は慌てて敬礼しかけ、隣の騎士に腕を引かれている。通りがかった商人まで少年の顔を見るなり、深々と頭を下げかけて、何も見なかったように去っていった。
……何だ、こいつ。
嫌な予感しかしないぞ。
「ところで、あなたは?」
俺が尋ねると、少年はわずかに胸を張った。
「僕はイリウス。ただの旅の剣士です」
ただの旅の剣士は、そんな外套を敷物代わりにしない。
ただの旅の剣士を見て、騎士や商人が頭を下げようとしたりもしない。
そして何より、顔が王都で売られていた王家の肖像画にそっくりだった。
いや、待て。
イリウスという名前にも聞き覚えがあるぞ。
確かベルゼルグ王国には、アイリス王女と双子の――。
「イリウス殿下、なぜこのような場所に……!」
俺の手を振りほどいたダクネスが、とうとう口走った。
「人違いです」
少年は穏やかな笑みで即答した。
「しかし、そのお顔と紋章は――」
「よく似ていると言われます」
「先ほどイリウスと名乗られたではありませんか!」
「同じ名前の者ぐらい、王国中を探せば何人かいるでしょう」
いないと思う。
少なくとも、王子と同じ顔で王家の紋章を身につけたイリウスは一人しかいないと思う。
だが、本人は完璧に正体を隠せているつもりらしい。
面倒事の気配を敏感に察した俺は、全力で話を合わせることにした。
「なるほど。ただの旅の剣士イリウスか。うん、どこからどう見ても普通の旅人だな」
「カズマ!?」
「ダクネス、世の中には深入りしない方がいいこともあるんだ」
「でもこの顔、アイリスって子にそっくりね」
アクアが少年の顔を覗き込む。
「双子みたい。親戚なの?」
「よく言われます」
「そうなのね!」
アクアは一瞬で納得した。
こいつだけは、本当に何も分かっていないらしい。
イリウスは立ち上がろうとしたが、再び腹が鳴り、その場へふらついた。
「おっと」
俺はとっさに肩を支えた。
軽い。
いくら子供とはいえ、まともに食べていないのが分かるほどだった。
「お前、いつから何も食べていないんだ?」
「昨日の昼からです」
「金は?」
「ありません」
「荷物は?」
「この剣と外套だけです」
腰には、飾り気のない剣が下げられている。
王族が持つような宝剣ではない。街の武器屋で初心者向けとして売られていそうな、ごく普通の剣だった。
「王じょ……実家を出た時には、旅費を持っていたのでは?」
ダクネスが危うい言い直しをする。
「持っていました。しかし道中で、親切な商人と出会いまして」
嫌な予感がした。
「その方は、戦災孤児へ食事を届ける仕事をしているそうなのです。あと少し資金があれば、多くの子供を救えると聞きました」
「まさかとは思うが……」
「旅費はすべて、その方へお渡ししました」
笑顔で言うイリウス。
俺は額を押さえた。
「騙されてる! それ、絶対に騙されてるから!」
「いいえ。あの方は、僕の目を見て約束してくださいました。『この恩は決して忘れない。成功したら倍にして返す』と」
「詐欺師がよく言うやつだよ!」
「さらに、この壺を買えば運気が上がるとも」
「壺まで買わされてるじゃねえか! その壺はどうした!」
「道に迷っている途中で、困っていた方へ差し上げました」
「救いようがねえ!」
俺の叫びが街道へ響いた。
王子様というのは、悪意に触れずに育つとここまで無防備になるのか。
「道に迷ったと言いましたが、どこへ向かっていたのです?」
めぐみんが尋ねる。
「アクセルです」
俺たちは無言で、すぐそこに見えるアクセルの城壁を指さした。
イリウスは城壁を見て、それから自分が歩いてきた方向を振り返る。
「……あと三日はかかると思っていました」
「お前、今までどこを歩いてきたんだ?」
「王都を出てから、森を二つと山を一つ越えました」
「普通に街道を進めば、どれも通らないはずだぞ」
「地図の通りに歩きました」
「その地図、上下が逆だったんじゃないのか?」
イリウスは懐から折り畳まれた地図を取り出した。
案の定、上下が逆だった。
「……これは驚きました」
「驚いているのは俺だよ!」
このまま放っておけば、間違いなくまた遭難する。
それ以前に、空腹の子供を置き去りにするのは目覚めが悪い。
相手がとんでもなく面倒そうな王族だとしてもだ。
「仕方ない。とりあえず、街まで来い。何か食わせてやる」
「よろしいのですか?」
イリウスの顔が明るくなった。
その笑顔だけ見れば、家出した王子ではなく、年相応の少年に見える。
「ただし、食事代は貸しだからな。余裕ができたら返せよ」
「もちろんです。この御恩、必ずお返しします」
イリウスは胸へ手を当て、また優雅に頭を下げた。
直後。
街道脇の草むらが大きく揺れた。
「カズマ、何か来ます!」
めぐみんの警告と同時に、草むらから巨大な一つ角の狼が飛び出した。
初心者殺しほどではないが、この辺りでは厄介な肉食獣だ。
狼は最も小柄なイリウスへ狙いを定め、地面を蹴った。
「危ない!」
ダクネスが前へ出ようとする。
めぐみんは杖を構え、アクアは俺の背後へ隠れた。
だが。
誰かが動くより先に、イリウスの姿が消えた。
一筋の銀光が走る。
次の瞬間には、狼がイリウスの背後へ落ちていた。
低い音を立てて、その巨体が地面を滑る。
角だけが根元から綺麗に切断されており、狼は白目をむいて気絶していた。
イリウスはいつ抜いたのかも分からない剣を鞘へ戻す。
「皆さん、お怪我はありませんか?」
本人は何でもないことのように尋ねてきた。
俺たちは返事もできず、倒れた狼とイリウスを交互に見る。
「い、今、何をしたのです?」
めぐみんが珍しく動揺していた。
「峰で打っただけです。空腹でしたので、少し加減を誤りました」
「あれで弱っているのかよ……」
装備は安物の剣。
身体は空腹でふらつくほど衰弱している。
それでも、俺には剣を抜いた瞬間すら見えなかった。
なるほど。
確かに、ただ者ではない。
ただの旅の剣士では絶対にないが。
「これで、少しは御恩を返せたでしょうか?」
「むしろ討伐素材が増えたな……」
「では、アクセルへ参りましょう。こちらですね」
イリウスは晴れやかな顔で歩き出した。
俺たちが来た方向へ。
「待て待て待て! そっちはアクセルと逆だ!」
「しかし、先ほど地図を見たところでは――」
「もう地図を見るな! いいから俺たちについてこい!」
「分かりました、カズマさん」
素直に返事をしたイリウスが、俺の後ろへつく。
その様子を見ためぐみんは、楽しそうに笑った。
「凄腕の剣士でありながら、一人では目的地にも着けないとは。なかなか面白い人材ではありませんか」
「面白がるな。絶対に厄介事になるぞ」
「ふふっ。守るべき王族から正体を隠してほしいと命じられ、陰ながらお守りすることになるとは……これもまた、騎士として背徳的な状況だな……!」
「お前は少し黙ってろ」
「ねえカズマ。王子様みたいな子を拾ったんだし、今日は高いお酒を頼んでもいいわよね?」
「どうしてそうなる!」
こうして俺たち四人は、正体を隠せているつもりの王子様を拾った。
剣を持たせれば、恐らく誰よりも強い。
だが一人で歩かせれば、夕食にすらたどり着けない。
この時の俺はまだ知らなかった。
この日拾った少年が、俺たちのパーティーにとって最強の戦力となり――同時に、アクアにも負けないほど手のかかる五人目になることを。