第二話 五人目の加入試験
道端で拾った自称「ただの旅の剣士」を連れてアクセルへ戻った俺たちは、ひとまず冒険者ギルドへ向かった。
理由は単純だ。
腹を空かせたイリウスに、飯を食わせるためである。
「遠慮せず食え。どうせ代金は貸しだからな」
「ありがとうございます、カズマさん。この御恩は必ずお返しします」
そう言って、イリウスは焼き魚へ綺麗にナイフを入れた。
食前の祈りからナイフとフォークの使い方まで、すべてが妙に優雅である。騒がしい冒険者ギルドの一角だけ、王城の晩餐会にでもなったようだった。
ただし。
「イリウス。それは骨だ。食べなくていい」
「そうなのですか?」
「お前、魚を食べたことがないのか?」
「あります。ですが、いつも骨を取り除いた状態で出されていましたので」
どこの御曹司だ。
いや、どこの王子様かは全員知っているのだが。
本人だけが隠せていると思っているので、俺たちも知らないふりを続けている。
隣ではダクネスが背筋を伸ばし、食事中のイリウスを見守っていた。
「水をお持ちしました」
「ありがとうございます、ダクネスさん」
「い、いえ! この程度は当然の――」
「ダクネス」
俺が低い声で呼ぶと、ダクネスは我に返った。
「……仲間として当然のことだ」
「お前、完全に従者になってるじゃねえか」
「仕方がないだろう! 幼い頃から王家への礼節を叩き込まれてきたのだ! あの方を前にして平静でいられる方がおかしい!」
「声が大きい! 本人が普通の旅人だと言っているんだから、今はそれで通せ!」
俺たちが小声で言い争っている間も、ギルド内の視線はイリウスへ集まっていた。
冒険者たちはひそひそと囁き合い、事情を知っていそうな者は気づかないふりをしている。
なかには、飲んでいた酒を置いて姿勢を正す者までいた。
これで身分を隠せていると思えるのだから、ある意味大物である。
「ねえイリウス君、この唐揚げも食べる?」
「よろしいのですか、アクア様?」
「もちろんよ! その代わり、私を敬ってもいいのよ?」
「既に敬っております。アクア様は女神様なのでしょう?」
「そうよ! 分かってるじゃない!」
アクアが満面の笑みで唐揚げを差し出した。
「待て。お前、どうしてアクアが女神だと信じているんだ?」
「アクア様ご本人が、そうおっしゃっていました」
「それだけで信じたのか?」
「はい。ご本人が自分は女神だとおっしゃる以上、疑う理由はありません」
「こいつ、想像以上に危ういぞ……」
俺が頭を抱える一方、アクアはいたく感動していた。
「カズマ! この子、見る目があるわ! 私、この子なら信徒にしてあげてもいい!」
「信徒にしてやる側が食事を奢らせようとするな」
「イリウス君。これから困ったことがあったら、何でもこのアクアお姉さんに相談しなさい。女神の知恵で解決してあげるから」
「はい、アクア様。よろしくお願いいたします」
「やめろ! そいつに相談する前に俺へ言え!」
ただでさえ人を疑えない王子様なのだ。
アクアの言うことまで無条件で信じるようになったら、命がいくつあっても足りない。
向かいの席では、めぐみんが頬杖をつきながらイリウスを観察していた。
「それにしても、先ほどの剣技は見事でした。あれほどの腕を持ちながら無名とは、なかなか怪しいですね」
「僕はまだ修行中の身です」
「修行中? あれでですか?」
「はい。剣の道に終わりはありませんから」
「ほう……」
めぐみんの赤い瞳に、対抗心の炎が宿った。
まずい。
こいつは強い、珍しい、格好いいのどれかに反応すると、すぐに面倒なことを始める。
「では、私と勝負しませんか?」
「お断りします」
「即答!?」
「屋内で爆裂魔法を撃とうとしそうなので」
イリウスが真顔で答える。
めぐみんは杖を取り落としそうになった。
「な、なぜ分かったのです?」
「先ほどから、何度も杖へ手を伸ばしていましたので」
戦闘関係になると、急に察しが良くなるらしい。
「しかし、いつか安全な場所でなら、ぜひお相手をお願いします」
「いいでしょう! 剣と爆裂魔法、どちらが優れているか決着をつけようではありませんか!」
「爆裂魔法を人へ向けるなよ」
イリウスが食事を終えたところで、俺は本題を切り出した。
「それで、お前はこれからどうするんだ?」
「冒険者になります」
迷いのない答えだった。
「僕は世界を見て回りたいのです。城……ではなく、実家にいた頃は、書物でしか外の世界を知ることができませんでした。自分の目で町を見て、人々と話し、魔物と戦ってみたいと思っています」
途中で盛大に言い間違えていた。
周囲の冒険者たちも聞かなかったふりをしている。
「冒険者なら、まずは登録ですね」
めぐみんが受付カウンターを指さした。
「能力値を測り、適性のある職業に就くのです。私のようなアークウィザードや、ダクネスのようなクルセイダーは上級職に分類されます」
「そして私はアークプリースト! 最上級職よ!」
アクアが得意げに胸を張る。
「カズマは冒険者です」
「おい。俺だけ紹介が短くないか?」
「最弱職ですから」
「最弱じゃない、万能職だ!」
どうせ何を言っても虚しいので、俺は立ち上がった。
「まあいい。登録するなら付き合ってやる。ただし、本当に冒険者としてやっていけるかは、能力値を見てからだ」
「分かりました」
イリウスは素直にうなずいた。
こうして俺たちは、食事を終えたイリウスを受付カウンターへ連れていった。
◇
「お名前は?」
「イリウスです」
受付のお姉さんの手が止まった。
イリウスの顔を見る。
服から覗く王家の紋章を見る。
背後で必死に首を横へ振る俺を見る。
「……家名は?」
「ありません。ただのイリウスです」
「かしこまりました。ただのイリウス様ですね」
絶対に分かっている。
受付のお姉さんは相当なプロだった。
登録用紙へ「イリウス」とだけ記入し、何事もなかったように説明を続ける。
「十二歳ですと、登録自体は可能ですが、危険性の低い依頼から受けていただくことになります。薬草採取や町中のお手伝いなどですね」
「剣には自信があります」
「ですが、魔物との戦闘は大変危険です。まずは訓練を――」
「一度測定してみてはいかがだ?」
ダクネスがおそるおそる口を挟んだ。
「イリウスは、その……剣の心得がある。結果を見てから判断しても遅くはないだろう」
「そうですね。では、このカードへ手を置いてください」
受付のお姉さんが一枚のカードを差し出す。
イリウスが言われた通りに触れると、カードの表面へ次々と文字と数値が浮かび上がった。
「……え?」
最初に声を漏らしたのは、受付のお姉さんだった。
その顔から営業用の笑みが消える。
何度かカードを裏返し、光へ透かし、最後には予備の測定器まで持ち出した。
「どうしたんです?」
「少々お待ちください。機器の故障かもしれません」
もう一度測る。
結果は同じだった。
受付のお姉さんが震える声で数値を読み上げる。
「筋力、敏捷性、耐久力、器用さ……すべて、測定可能範囲の上限を大幅に超えています。魔力も非常に高いです。特に剣士系の適性は……この年齢では、あり得ないほどです」
周囲が静まり返った。
数値を盗み見た冒険者たちが、一斉に息を呑む。
「やはり、勇者の血が……」
ダクネスの呟きを、俺は肘で止めた。
「すごいじゃない、イリウス君! きっと私の祝福のおかげね!」
「ありがとうございます、アクア様」
「違う。お前は今、何もしてない」
「カズマ、女神の祝福とは常に信徒へ注がれているものなのよ」
「さっき信徒にしたばかりだろうが」
受付のお姉さんは興奮を隠しきれない様子で、職業の一覧を並べた。
「これほどの能力値があれば、ほとんどの上級職を選択できます! ソードマスターはもちろん、条件さえ満たせばクルセイダーも可能です。将来的には、王国でも有数の冒険者になれるでしょう」
「目立たない職業はありますか?」
イリウスが真剣に尋ねた。
「……はい?」
「僕は目立つつもりがありません。ただの剣士として、静かに冒険をしたいのです」
ギルド中の視線を集めている本人が言う。
「でしたら、基本職の戦士という選択肢もありますが……これほどの適性を捨てるのは、あまりにも惜しいかと」
「俺と同じ冒険者って職業もあるぞ。最弱職扱いされてるが、すべての技能を習得できる」
「カズマさんと同じ職業ですか」
イリウスの表情が明るくなる。
嫌な予感がした。
「では、僕も冒険者に――」
「待て待て待て!」
俺は慌てて止めた。
俺が冒険者を選んだのは、能力値が平凡で、上級職へ就けなかったからだ。
こいつほどの素質があるなら、わざわざ最弱職を選ぶ必要はない。
何より、俺と同じ職業で圧倒的に活躍されたら、俺の立場がなくなる。
「お前にはソードマスターが向いている! 何となく名前も普通っぽいだろ!」
「ソードマスターが普通……?」
めぐみんが怪訝な顔をした。
余計なことを言うな。
「剣を使う職業だと分かりやすいし、目立たない目立たない!」
「なるほど。では、ソードマスターにします」
「決めるのが軽いですね!?」
受付のお姉さんが驚いている。
こうしてイリウスは、上級職ソードマスターとして冒険者登録を終えた。
職業を得たことで、ただでさえ異常だった能力値に補正まで加わっている。
これだけを見れば、文句なしの即戦力だ。
だが、数値だけでは実戦で役に立つか分からない。
ダクネスという、能力値だけなら一流の前例がいるからだ。
「イリウス。正式に仲間になる前に、一度だけ腕を見せてくれないか?」
「先ほどの狼では不足でしたか?」
「あれは一瞬すぎて、何をしたか見えなかった。俺たちのパーティーで一緒に戦えるか確かめたいんだ」
「分かりました」
受付のお姉さんへ相談すると、ギルド裏手の訓練場を借りられることになった。
話を聞きつけた冒険者たちまで、ぞろぞろとついてくる。
既に見世物になっているのだが、イリウスはまったく気づいていなかった。
◇
訓練場には、試し斬り用の丸太が立てられていた。
その背後には、訓練場と倉庫を隔てるための巨大な岩が置かれている。
「こちらの訓練用の剣をお使いください」
職員が差し出したのは、使い古された安物の剣だった。
刃こぼれこそしていないが、名剣とは程遠い。
「もっと良い剣を用意しましょうか?」
「いいえ。こちらで十分です」
イリウスは剣を受け取り、軽く振って状態を確かめた。
構えは自然だった。
力みも、気負いもない。
ただ丸太の前に立っているだけなのに、それまで騒いでいた冒険者たちが次第に静かになっていく。
「では、始めます」
イリウスが一歩踏み込んだ。
剣が振られた。
俺が認識できたのは、それだけだった。
大きな音も、派手な光もない。
イリウスは既に剣を振り終え、元の姿勢へ戻っていた。
「……失敗ですか?」
アクアが首を傾げる。
丸太には変化がない。
「いえ」
イリウスが答えた直後。
丸太の上半分が、斜めにずれた。
切断面は磨かれたように滑らかだった。
それだけではない。
丸太の背後にあった岩にも細い線が走り、音を立てて真っ二つに割れた。
さらにその向こうの倉庫の壁へも、浅い切れ目が入っている。
訓練場が沈黙に包まれた。
「……今のは、剣の切れ味か?」
俺が尋ねると、職員が勢いよく首を横へ振った。
「ただの訓練用の剣です! 昨日、一本銀貨数枚で購入した物です!」
「安物ですね」
「そんな剣で岩まで斬るなよ!」
イリウスは申し訳なさそうに剣を返した。
「すみません。少し力を入れすぎました」
「少しでこれなのか?」
「空腹が収まり、思ったより力が戻っていたようです」
俺は割れた岩を見る。
続いて、腰に安物の剣を下げた美少年を見る。
こいつがいれば、今後の討伐クエストは格段に楽になる。
俺が敵を見つけ、めぐみんが広範囲を吹き飛ばし、アクアが回復と浄化を担当する。ダクネスが敵を引きつけ、イリウスが斬る。
今まで問題児しかいなかったパーティーに、ついにまともな戦力が加わるのだ。
「カズマ、どうやら決まったようですね」
めぐみんが悔しそうに腕を組んだ。
「認めましょう。剣の威力だけなら、私の爆裂魔法に次ぐものがあります」
「岩一つ斬っただけで、よくそこまで上から言えるな」
「ですが、いずれ私の爆裂魔法が上だと証明します」
「張り合うなよ」
ダクネスは感極まった様子で、割れた岩を見つめている。
「何という剣圧……。あれをこの身で受け止めたなら、私は一体どうなってしまうのだろう……」
「死ぬと思うぞ」
「そ、そうか……!」
「何で嬉しそうなんだ」
一方、アクアはイリウスの肩へ手を置き、偉そうにうなずいていた。
「なかなかの剣技だったわ。私の加護を受けた者として、恥ずかしくない戦いをしなさい」
「はい、アクア様!」
「だから、お前は何もしてないだろ!」
俺は三人を黙らせ、イリウスの前に立った。
「分かった。俺たちのパーティーに入ってもらいたい」
「本当ですか?」
「ああ。だが、条件が二つある」
俺は指を二本立てた。
「一つ。単独行動は禁止だ。どれだけ急いでいても、勝手にどこかへ行くな。行動する時は必ず俺たちの誰かに伝えろ」
「ですが、一人の方が早く動ける場合も――」
「お前の場合、早く動いた分だけ目的地から遠ざかるだろうが」
「先ほどは、たまたまです」
「王都からアクセルへ来る途中で、森を二つと山を一つ越えた奴が言うな」
イリウスは不服そうだったが、やがてうなずいた。
「分かりました。カズマさんの指示に従います」
「二つ目。金は全部俺が管理する」
「カズマ! 子供のお金まで奪うつもりなの!?」
「お前と詐欺師から守るためだよ!」
「私を詐欺師と同列にしないで!」
「普段の行いを振り返ってから言え!」
俺は改めてイリウスを見る。
「お前に金を持たせると、困っている奴へ全部渡すだろ。それに、怪しい壺や幸運のお守りを買わされる」
「ですが、善意を疑うのは失礼ではありませんか?」
「疑うのは俺がやる。お前が何か買いたい時は、俺に相談しろ」
「分かりました」
イリウスは懐へ手を入れ、何かを取り出した。
「では、こちらをお預けします」
俺の手のひらへ置かれたのは、重厚な金色の印章だった。
明らかに、そこらの小銭とは格が違う。
「何だ、これ?」
「実家の金庫を開けるための鍵です」
「重すぎるわ!」
俺は慌てて返した。
「金庫ごと管理させようとするな! 冒険者として稼いだ金だけでいい!」
「そうなのですか?」
「あと、その印章は人前で出すな! 正体を隠したいんだろ!」
「はい。僕はただのイリウスですから」
ギルドの全員が温かな目でこちらを見ていた。
もう誰も突っ込む気はないらしい。
「それじゃあ、今日からよろしくな、イリウス」
俺が手を差し出す。
イリウスは一瞬だけ驚いた顔をしてから、嬉しそうにその手を握った。
「はい。よろしくお願いします、カズマさん」
こうして、イリウスは正式に俺たちの仲間となった。
最強の剣士。
魔王軍幹部とすら正面から戦えそうな、桁外れの身体能力を持つ少年。
これからの冒険は間違いなく楽になる。
この時の俺は、少しだけそう思っていた。
◇
「ところで、イリウスはどこへ行ったのです?」
ギルドへ戻ってから、めぐみんが尋ねた。
「受付に剣を返しに行っただろ。もうすぐ戻ってくるんじゃないか?」
俺たちはテーブルで待った。
五分。
十分。
二十分。
戻ってこない。
「おい、まさか……」
嫌な予感がして、ギルド内を探し回る。
受付にもいない。
訓練場にもいない。
外へ出た様子もない。
冒険者たちまで巻き込んで捜索した結果、イリウスはギルド奥の倉庫で発見された。
木箱が積まれた部屋の中央に立ち、真剣な顔で周囲を見回している。
「何をしてるんだ、お前は!」
「カズマさん。ちょうどよいところへ」
イリウスは安心したように笑った。
「受付から皆さんのところへ戻ろうとしたのですが、どうやらギルドの構造は複雑なようです」
「受付から俺たちの席まで一本道だよ!」
「そうでしたか」
「途中で関係者専用の扉を三つ通らないと、倉庫には来られないぞ!」
「近道かと思いまして」
「二度と近道を探すな!」
俺が叫ぶと、捜索へ参加していた冒険者たちが笑い出した。
先ほどまで最強の剣士を見る目をしていた彼らは、今では完全に迷子の子供を見る目になっている。
評価が一瞬で「王国最強の天才剣士」から「一人にしてはいけない子供」へ落ちていた。
「カズマ」
めぐみんが俺の袖を引く。
「本当に仲間へ入れてよかったのですか?」
「今さら言うな。俺もちょうど考えていたところだ」
ダクネスは胸へ手を当て、真剣な顔でうなずいた。
「心配するな。イリウスの身は、私が責任を持ってお守りする」
「お前に任せると、わざと危険な道を選ぶだろ」
「では私が案内するわ!」
「アクアは真っ先に迷う側だ」
「何よ! ちゃんと道ぐらい分かるわよ!」
「この前、トイレへ行って酒場の厨房から戻ってきた奴が言うな!」
俺はため息をつき、倉庫の中央に立つイリウスへ手を差し出した。
「とにかく、出るぞ。俺の手を離すなよ」
「そこまでしていただかなくても、一人で戻れます」
「現に戻れていないだろうが!」
イリウスは少し恥ずかしそうにしながら、俺の手を取った。
俺は十二歳の子供を引率するように、倉庫からギルドの酒場へ戻る。
その後ろを、めぐみん、アクア、ダクネスが騒ぎながらついてきた。
戦力だけなら、間違いなく最強。
生活能力まで含めると、間違いなく要介護。
こうして俺は、三人の問題児に加えて、四人目の面倒まで見ることになった。
俺たちのパーティーに足りなかったものは、本当に戦力だったのだろうか。
もしかすると一番必要だったのは、俺以外の常識人だったのではないだろうか。
そんな俺の疑問へ答えてくれる者は、どこにもいなかった。