第四話 魔王軍幹部の警告
イリウスとめぐみんが仲良くなるまで、それほど時間はかからなかった。
正確には、友達というより競争相手。
もっと正確に言えば、放っておくと周囲へ被害を出す悪友同士である。
「今日の私は、岩トカゲを十一匹討伐しました」
「僕は十二匹です」
「一匹差ですか……。ですが、こちらには爆裂魔法があります。魔法の威力を考慮すれば、実質的には私の勝利ですね」
「討伐数の勝負ではなかったのですか?」
「細かいことを気にしてはいけません」
「お前たち、毎日それをやるつもりか?」
クエスト帰りの冒険者ギルド。
同じテーブルへ座るイリウスとめぐみんは、冒険者カードに記録された討伐数を見せ合っていた。
俺の前には、その日の収支を書き込んだ帳簿がある。
イリウスの加入後、討伐クエスト自体は驚くほど楽になった。
目的地へ連れていき、魔物を指さし、斬っていいと許可する。
たったそれだけで、大抵の戦闘は終わる。
問題は、戦闘よりも目的地へ連れていくまでにあるのだが。
「カズマ。明日はクエストを休みにしませんか?」
めぐみんが言った。
「別に構わないけど、何かあるのか?」
「イリウスへ爆裂魔法を見せる約束をしたのです」
「いつの間にそんな約束をした」
「つい先ほどです」
「初耳だぞ」
めぐみんは不敵な笑みを浮かべ、隣のイリウスへ目を向けた。
「剣で岩を斬った程度で最強を名乗られては困ります。真の最強とは何か、私の爆裂魔法で教えてあげるのです」
「僕は最強を名乗った覚えはありません」
「それでも、勝負は受けるのでしょう?」
「はい」
「受けるなよ」
どうやら二人の間では、勝負を挑まれたら受けるのが当然らしい。
「カズマさん。めぐみんは毎日、爆裂魔法の修練をしていると聞きました」
「修練という名目で、近くの廃城を爆破してるだけだ」
「日々鍛錬を欠かさない姿勢は立派だと思います」
「ほら見なさい。イリウスもこう言っています」
「お前はイリウスの純粋さを利用してないか?」
「何のことでしょう」
めぐみんは露骨に目をそらした。
イリウスは人の言葉を疑わない。
つまり、めぐみんが「爆裂魔法には毎日の鍛錬が必要」と説明すれば、その言葉をそのまま信じる。
「それに、イリウスがいれば帰りが楽になります」
「本音が出たな」
爆裂魔法を撃った後、めぐみんは魔力を使い果たして動けなくなる。
これまでは俺が背負って帰っていたのだが、最近はイリウスを運搬役として狙っているらしい。
「僕でよければ、お運びします」
「お前も簡単に引き受けるな!」
「困っている仲間を助けるのは、当然ではありませんか?」
「めぐみんは自分から動けなくなってるだけだ!」
イリウスは首を傾げた。
「ですが、カズマさんも同行されるのでしょう?」
「どうしてそうなる」
「単独行動は禁止と言われましたので」
正論だった。
イリウスをめぐみんと二人で行かせる。
目的地は街から離れた廃城。
片方は方向音痴。
もう片方は魔法を一発撃てば歩けなくなる。
確実に遭難する組み合わせだ。
「……分かったよ。俺も行く」
「さすがカズマです」
「最初から俺を連れていくつもりだったな?」
「何のことでしょう」
こうして俺は翌日、二人の爆裂散歩へ付き合うことになった。
◇
アクセルから離れた荒野に、その古城は建っていた。
石造りの城壁は崩れ、窓も扉も失われている。
誰も住んでいない廃城。
少なくとも、めぐみんはそう信じていた。
「今日も絶好の爆裂日和ですね」
めぐみんが満足そうに杖を構える。
空は晴れ渡り、風も弱い。
周囲に人家はなく、爆裂魔法を撃つには確かに適した場所だった。
「待て。始める前に確認するぞ」
俺は二人を交互に見る。
「イリウス。めぐみんが爆裂魔法を撃っても、絶対に張り合って城へ突っ込むな」
「分かりました」
「めぐみん。今日は一発撃ったら帰る。それ以上はなしだ」
「私が一日に一発しか撃てないことを知っているでしょう」
「昨日、魔力回復薬を買おうとしてただろ」
「あれは今後の研究のためです」
「金は貸さないからな」
めぐみんが残念そうに舌打ちした。
「では、始めます」
杖の先が廃城へ向けられる。
大気が震え、周囲の魔力が一点へ集まっていく。
初めて間近で本気の爆裂魔法を見るイリウスは、真剣な表情でその光景を見つめていた。
「黒より黒く、闇より暗き漆黒に――」
めぐみんの詠唱が荒野へ響く。
光が膨れ上がり、空気そのものが張り詰めた。
「エクスプロージョン!」
強烈な閃光。
次の瞬間、廃城の一角で巨大な爆発が起きた。
石造りの塔が吹き飛び、轟音とともに崩れ落ちる。
衝撃波が荒野を走り、俺はとっさに腕で顔を覆った。
土煙が晴れた後。
そこには、城壁の一部が完全に消し飛んだ廃城と、満足そうに地面へ倒れためぐみんが残っていた。
「ふっ……今日も、良い爆裂でした……」
「毎日あれをやられて、よく城が残ってるな」
「どうです、イリウス。これが爆裂魔法です」
めぐみんが地面に伏せたまま、得意げに尋ねる。
イリウスはしばらく崩れた城を見つめていた。
「素晴らしい魔法です」
「当然です!」
「僕の剣では、あれほど広い範囲を一度に破壊できません」
「分かればよいのです。これで最強がどちらか――」
「ですが、発動までに時間がかかりすぎます」
めぐみんの笑顔が固まった。
「魔力を集めている間に接近されれば危険です。撃った後も動けないのでは、一人での使用には向きません」
「……カズマ」
「何だ?」
「イリウスが急に冷静な分析を始めました」
「戦闘のことだけは冷静なんだよ、こいつ」
「威力は本当に素晴らしいと思います」
「取ってつけたように褒めないでください!」
めぐみんが地面を叩く。
「ならばイリウス。あなたなら、この城をどこまで斬れますか?」
「今日は剣の勝負をする約束でしたか?」
「今、決まりました」
「では――」
「やめろ!」
剣へ手をかけたイリウスを止める。
「城ごと斬るな! ただでさえ、めぐみんのせいで半壊してるんだぞ!」
「誰も住んでいないので問題ありません」
「それを誰が確認した?」
「私です」
「どうやって?」
「人がいるなら、毎日爆裂魔法を撃っている時点で出てくるでしょう」
「出てこられない事情があるかもしれないだろ!」
「カズマは心配性ですね」
その時。
崩れた城の奥から、何かが落ちるような大きな音が響いた。
俺たちは一斉に黙った。
「……今、何か聞こえなかったか?」
「石が崩れただけでしょう」
めぐみんが答える。
続いて、城内から苦しげな叫び声が響いた。
『またかあああああっ!』
「絶対に誰かいるだろ!」
「風の音です」
「あんなに感情のこもった風があるか!」
俺は今すぐ謝りに行くべきだと言ったのだが、めぐみんは断固として拒否した。
相手が出てこない以上、廃城には誰もいない。
今の叫び声も風か幻聴。
そう言い張るめぐみんをイリウスが背負い、俺たちはアクセルへ戻った。
そして、その三日後。
廃城の住人の方から、俺たちを訪ねてきた。
◇
「魔王軍幹部だああああっ!」
街の外から聞こえた冒険者の叫びに、ギルド内が騒然となった。
昼食を取っていた者は武器をつかみ、酒を飲んでいた者まで一瞬で酔いが覚めた顔になる。
俺たちも他の冒険者とともに、街の正門へ向かった。
「本当に魔王軍幹部なのか?」
「門の前に一人で立ち、街の代表者を出せと要求しているそうです」
ダクネスが険しい顔で答える。
「外見は黒い鎧をまとった首なし騎士。間違いない。デュラハンだ」
「デュラハン?」
「強力なアンデッドです。生前は優れた騎士だった者がなることが多く、死の宣告や呪いを操ると言われています」
めぐみんが説明する。
「首がないなら、どこで物を食べるのかしら?」
「今、それを気にするなよ」
アクアの疑問を無視し、俺は隣のイリウスを見る。
いつもの安物の剣を腰へ下げ、真剣な表情で前を見ていた。
「イリウス。敵が何を言っても、勝手に動くなよ」
「分かっています」
「必ず俺に確認する。覚えてるな?」
「はい」
返事だけは立派だった。
俺たちが門へ着くと、既に大勢の冒険者が集まっていた。
だが、誰も門の外へ出ようとしない。
門前の街道に、異様な騎士が一人で立っていた。
漆黒の鎧。
脇へ抱えられた兜。
本来なら頭があるはずの場所には、何もない。
兜の中から青白い光が揺らめき、不気味な声が響く。
『この街に、毎日のように我が城へ爆裂魔法を撃ち込む頭のおかしい魔法使いがいるだろう!』
集まった冒険者たちの視線が、一斉にめぐみんへ向いた。
「人違いです」
めぐみんが即答した。
「無理があるだろ」
『出てこい! 毎日毎日、来る日も来る日も爆裂魔法を撃ち込みおって! 我が配下は怯え、城は崩れ、私は落ち着いて仕事もできん!』
「魔王軍幹部にも仕事があるのですね」
イリウスが感心したようにつぶやく。
「そこに興味を持つな」
『特に昨日の一撃! 危うく私の部屋が完全に崩れるところだったぞ! 既に壁がなくなり、夜風が直接入ってくるのだ!』
少し気の毒になってきた。
「カズマ。私たちは留守ということにして、帰りませんか?」
「もう見つかってるよ」
デュラハンの兜が、こちらを向いた。
『貴様だな、頭のおかしい爆裂娘!』
「誰が頭のおかしい爆裂娘ですか!」
「爆裂娘の部分は否定しないんだな」
『なぜ毎日、私の城へ爆裂魔法を撃ち込む!』
「そこに爆発させやすい廃城があったからです」
『廃城ではない! 私が住んでいる!』
「でも誰も出てこなかったではありませんか」
『毎日、爆発直後に倒れて運ばれていくから話す機会がなかったのだ!』
言われてみれば、その通りだった。
デュラハンは怒りに震えながら、兜をめぐみんへ突きつける。
『我が名はベルディア! 魔王軍幹部が一人、デュラハンのベルディア! 此度は貴様へ警告を与えるために来た!』
「警告ですか?」
『今後、我が城へ爆裂魔法を撃ち込むな!』
内容としては極めて常識的だった。
周囲の冒険者たちも、どう反応すればいいのか困っている。
「わざわざ警告だけのために来たのか?」
俺が尋ねると、ベルディアの兜がこちらを向いた。
『本来ならば、この場で斬り捨ててもよいのだぞ。だが、私は騎士だ。まだ幼い娘を不意打ちするような真似は好まん』
「意外とまともだな」
『誰がまともだ! 私は魔王軍幹部だぞ!』
「自分からまともじゃないと否定するなよ」
ベルディアが何か言い返そうとした時。
俺の隣から、イリウスが一歩前へ出た。
「ベルディアと名乗りましたね」
『何者だ、小僧』
「ただの旅の剣士、イリウスです」
周囲の冒険者たちが、そっと目をそらした。
ベルディアはしばらく無言でイリウスを見つめる。
兜の奥の青い光が、わずかに揺れた。
『ただの旅の剣士だと?』
「はい」
『その顔、その金髪。そして隠す気があるとは思えぬ王家の紋章……。なるほど、貴様が――』
「人違いです」
イリウスが即答した。
『まだ何も言っていないのだが』
「よく似ていると言われます」
『ベルゼルグ王国の第二王子、イリウスではないか!』
ベルディアが叫んだ。
周囲が静まり返る。
少しして、冒険者の一人がわざとらしく声を上げた。
「へえ、この坊主、王子様に似てるのか!」
「ああ、驚いたな!」
「俺たちはまったく気づかなかったぜ!」
皆がイリウスへ合わせてくれている。
『いや、どう見ても本人だろう! なぜ全員で知らぬふりをしているのだ!』
「僕はただのイリウスです」
『王族の顔ぐらい魔王軍も把握しているわ!』
魔王軍幹部から見ても無理があるらしい。
イリウスは腰の剣を抜いた。
「めぐみんは、僕の仲間です。彼女へ危害を加えるというのなら、相手になります」
『ほう……』
ベルディアの雰囲気が変わった。
怒鳴っていた時とは違う。
兜の奥の光が細くなり、イリウスの立ち方を観察している。
『そのような安物の剣で、私と戦うつもりか?』
「剣は相手を斬れれば十分です」
『小僧。私はデュラハンだ。魔王軍でも最高位に近い騎士。一撃で斬れる相手だと思うな』
「では、何度か斬ります」
『……そうか』
ベルディアが背中の大剣へ手をかけた。
イリウスも静かに剣を構える。
派手な構えではない。
だが、その場にいた全員が息を呑んだ。
巨大ガエルや岩トカゲを相手にした時とは違う。
イリウスは目の前の敵を、明確に強敵として見ている。
それでも、恐れてはいない。
「正々堂々の決闘を望みます」
『よかろう。魔王軍幹部ベルディア、その挑戦を――』
ベルディアの言葉が止まった。
剣へ伸ばしていた手が、ゆっくりと下がる。
『……いや、待て』
「どうしました?」
『騎士同士の決闘は、戦う理由を明らかにしてから行うものだ』
「確かに、その通りです」
「納得するなよ」
さっきまで怒鳴り散らしていたデュラハンが、急に時間を稼ぎ始めた。
俺にはそう見えた。
ベルディアはイリウスの剣を警戒している。
戦えば無傷では済まない。
もしかすると、自分が負ける可能性まで考えているのかもしれない。
やがてベルディアは、何かを思いついたように兜を持ち上げた。
『そうだ。決闘どころではなかった』
「何かあったのですか?」
『イリウス王子。貴様がこの街にいる間、王都が魔王軍の別働隊に狙われている』
イリウスの表情が変わった。
「王都が?」
『ああ。特に狙われているのは、貴様の双子の妹――アイリス王女だ』
俺はすぐにベルディアの意図を察した。
嘘だ。
こいつはイリウスを戦場から追い払おうとしている。
「イリウス、待て。こいつの話をそのまま信じるな」
『我が配下から報告があった。今頃、王城は襲撃を受けているだろう。急がなければ、妹の命はないぞ』
「アイリスが……!」
「待てって言ってるだろ! それは――」
イリウスの姿が消えた。
強烈な風だけが残り、街道の砂埃が舞い上がる。
ものすごい速さで走り出したのだ。
アクセルの東。
王都とは反対方向へ。
「そっちじゃない!」
俺の叫びは、既に届かなかった。
その場に残された全員が、遠ざかっていくイリウスの背中を見送る。
ベルディアまで沈黙していた。
『……王都は逆ではないのか?』
「お前が言うな!」
『いや、私は正しい方角へ走るものだとばかり……』
「知らねえよ! どうして敵のお前まで困惑してるんだ!」
ベルディアは少し考えた後、重々しくうなずいた。
『結果的には、戦場から排除できたのだからよしとしよう』
「やっぱり嘘だったのか!」
『何のことだか分からんな』
首がないのに、露骨に目をそらした雰囲気を出している。
「卑怯ですよ!」
めぐみんがベルディアを指さした。
「正々堂々の決闘を装い、嘘でイリウスを追い払うとは!」
『毎日、住居へ爆裂魔法を撃ち込む者に卑怯と言われたくない!』
「話をそらさないでください!」
『そらしているのは貴様だ!』
めぐみんと魔王軍幹部が言い争いを始めた。
どちらも同じぐらい子供っぽい。
「イリウスを追わないと」
俺が駆け出そうとした時、ダクネスが前へ出た。
「カズマ、待て。この男を放置して追うのは危険だ」
「でも、あいつ一人じゃ王都どころか次の村にも着けないぞ!」
「この場には大勢の冒険者がいる。先に魔王軍幹部を退かせるべきだ」
ダクネスは大剣を構え、ベルディアの前へ立った。
「仲間を卑劣な手で追い払ったこと、後悔させてやろう」
『クルセイダーか。貴様も私と戦うつもりか?』
「当然だ」
ベルディアが兜を小脇へ抱え、片手をダクネスへ向けた。
『ならば、その勇気に免じて贈り物をやろう』
黒い光がダクネスを包む。
禍々しい紋様が鎧を通り抜け、首筋へ刻まれた。
「くっ……!」
「ダクネス!」
俺たちが駆け寄る。
ダクネスは首筋を押さえながらも、どこか恍惚とした顔をしていた。
「身体の内側へ、冷たいものが入り込んでくる……。これが高位アンデッドの呪い……!」
「そんな場合か! 何をされた!」
『死の宣告だ』
ベルディアが答える。
『その女は一週間後に死ぬ。助けたければ、爆裂娘を連れて我が城へ来い。私を倒せば、呪いは消える』
めぐみんが唇をかみしめる。
「私をおびき寄せるために、ダクネスを……」
『元はと言えば、貴様が毎日城を爆破したからだ!』
「それはそれ、これはこれです」
『何も別ではない!』
ベルディアは怒鳴った後、大きく外套を翻した。
『警告はしたぞ。これ以上、我が城へ爆裂魔法を撃ち込むな。そして呪いを解きたければ、覚悟を決めて来るがいい!』
「待ちなさい!」
アクアが前へ出た。
「さっきから偉そうにしているけど、たかがデュラハンの呪いでしょう? 私を誰だと思っているの?」
『何だ、この青い娘は』
「アークプリーストにして、アクシズ教のご神体! 女神アクアよ!」
『頭のおかしい者がもう一人いたか』
「何ですって!?」
ベルディアは相手にせず、黒い霧に包まれて消えた。
その直後。
「セイクリッド・ブレイクスペル!」
アクアの浄化魔法がダクネスを包む。
首筋に刻まれていた黒い紋様は、光に触れた瞬間、跡形もなく消え去った。
「……消えたな」
ダクネスが自分の首へ触れる。
「当然よ! あの程度の呪い、私にかかれば朝飯前なんだから!」
アクアが胸を張る。
周囲の冒険者たちから歓声が上がった。
魔王軍幹部の呪いを一瞬で解いたのだから、今回ばかりは文句なしに活躍している。
「何よ、カズマ。その顔は。もっと私を褒めてもいいのよ?」
「いや、普通にすごいと思ってる」
「そ、そう? ならもっと大きな声で言いなさいよ!」
「調子に乗るな」
とはいえ、これでダクネスの命は助かった。
あとはイリウスを探すだけだ。
「問題は、あいつがどこへ行ったかだな……」
俺はイリウスが消えた方向を見る。
王都とは逆。
その先には森と山、そして辺境の村がいくつもある。
最悪の場合、再会まで何日かかるか分からない。
「心配ありません」
めぐみんが言った。
「イリウスは王都へ向かったのでしょう? いつか自分で反対方向だと気づきます」
「自分で気づける奴なら、王都からアクセルへ来る途中で山を越えてないんだよ!」
◇
結局、イリウスはその日の夕方に見つかった。
捜索隊を組む相談をするためギルドへ戻ると、本人が酒場の隅でおとなしく座っていたのである。
「カズマさん」
俺たちを見つけたイリウスが立ち上がる。
「ちょうどよかったです。王都への道を尋ねようと思っていました」
「ここへ戻ってこられたのか?」
「はい。街道を進んでいる途中で、王都とは反対方向だと教えられました」
「誰に?」
「親切な行商人です。その方がアクセルまで馬車へ乗せてくださいました」
「名前は? 金は取られなかったか? 何か契約書に署名しなかっただろうな?」
「別れ際に、幸運を呼ぶ首飾りを買いました」
「やっぱり買わされてるじゃねえか!」
イリウスの首には、見覚えのない木彫りの飾りが下がっていた。
どう見ても、道端で拾った木片へ紐を通しただけの品だ。
「いくらだった?」
「手持ちの銀貨をすべて」
「お前の金は俺が管理してたはずだろ!」
「念のため、靴の中へ隠していた分です」
「隠し財産まで持ってたのか!」
「カズマ。王族には、緊急時の資金を分散して持つ習慣があるのだ」
ダクネスが小声で説明する。
「もっと有効な緊急事態に使ってくれ!」
俺はイリウスの正面へ座った。
「まず確認する。王都が襲われたという話は嘘だ」
「嘘?」
「あのデュラハンは、お前と戦いたくなかった。だから妹が危ないと言って、お前を戦場から追い払ったんだ」
「ベルディアは騎士です。正々堂々の決闘を約束しました」
「その後で決闘を避けただろうが!」
「ですが、魔王軍幹部が事実ではないことを口にするとは――」
「敵なんだから嘘ぐらいつく!」
イリウスは本気で驚いていた。
王城では、正直で高潔な者たちに囲まれて育ったのだろう。
それ自体は悪いことではない。
だが、ここは王城ではない。
相手は魔王軍幹部である。
「いいか、イリウス。新しい規則を追加する」
「単独行動禁止と、金銭管理のほかにですか?」
「ああ。敵が何か言っても、すぐには信じるな」
「相手を疑うのですか?」
「少なくとも、俺に確認しろ」
俺は自分を指さした。
「妹が危ないと言われても、街が襲われたと言われても、宝があると言われても、まず俺を見る。俺が本当だと言うまで勝手に動くな」
「カズマさんの判断を信じるということですね」
「そうだ」
「分かりました」
イリウスは真剣な顔でうなずいた。
「今後、敵の話を聞いた時は、必ずカズマさんへ確認します」
「本当だな?」
「はい。約束します」
素直な返事。
真っすぐな瞳。
嘘をついている様子はない。
だからこそ不安だった。
「カズマ、安心してください」
アクアが俺の肩へ手を置いた。
「イリウス君は賢い子よ。同じ手には二度とかからないわ」
「お前に言われると、余計に不安になる」
「何よ!」
めぐみんはイリウスの向かいへ座り、頬を膨らませていた。
「それにしても、勝負の途中でいなくなるとは感心しません」
「勝負?」
「私の爆裂魔法と、あなたの剣。まだ決着がついていません」
「次は僕が城を斬る番でしたね」
「そうです。明日、もう一度行きましょう」
「お前ら、ベルディアの警告を何も聞いてなかったのか!」
「城へ爆裂魔法を撃つなとは言われましたが、剣で斬るなとは言われていません」
めぐみんが平然と答える。
「屁理屈を言うな!」
「では、僕が城を斬り、めぐみんが残骸へ爆裂魔法を撃つのはどうでしょう」
「素晴らしい提案です」
「悪化してる!」
ダクネスは二人を見ながら、どこか微笑ましそうに笑っていた。
「年の近い友人ができたのだ。少しぐらい大目に見てもいいのではないか?」
「あの二人を大目に見たら、古城が地図から消えるぞ!」
俺の叫びが冒険者ギルドへ響く。
結局、その場では二人を説得し、翌日の爆裂散歩は中止にさせた。
だが数日後。
呪いをかけたはずのダクネスも、毎日城を爆破していためぐみんも現れないことに腹を立てたベルディアが、アンデッドの軍勢を率いて再びアクセルへやって来ることになる。
そして、その肝心な時に限って。
俺たちの最強剣士は、またしても道に迷っていた。