「三郎叔父。一郎叔父がようやく身を固めるらしいですよ」
「本当ですか!?」
年上の甥である大河新次郎が差し出した封筒に、大神三郎は思わず身を乗り出した。
差出人は大神一郎。十歳上の実兄である。
「いやあ、ようやくか……」
三郎は受け取った封筒を眺めながら、しみじみと頷いた。
「兄貴、昔からモテモテでしたからね。
誰と結婚してもおかしくないとは思ってましたけど」
「あはは……」
「まあ、俺はエリカさん以外なら誰でもいいです」
「そ、そこまで言うんですか?」
「出来れば、さくらさんかマリアさんあたりなら安心なんですが
あ、レニさんもいいですね」
「安心って……」
「兄貴を任せるなら、ですよ」
新次郎が何とも言えない顔をした。
三郎は気にせず封筒を裏返す。
「で、相手は誰なんです?
招待状を見れば分かるんですかね?」
「ええ。ちゃんと書いてありますよ
ぼくはもう見ました」
「どれどれ……」
封を切り、中身を取り出す。
日時と会場を読み飛ばし、新郎の隣に並んだ名前を探す。
そこに書かれていた名前を見て、三郎の眉がわずかに上がった。
「へぇ……」
「……どういう反応なんですか、それ?」
「別にー?」
「でも、何か思ってますよね?」
「いやいや。兄貴が選んだなら、俺から言うことなんて――」
「どうした?」
真後ろから声がした。
「そんなに意外な相手だったか?」
「うわっ、兄貴!?」
「一郎叔父!?」
二人揃って振り返る。
大神一郎が腕を組んで立っていた。
「なんだ、その驚きようは」
「いや、別に何も言ってないんですが……」
「でも三郎叔父、『エリカさん以外なら誰でもいい』って――」
三郎はゆっくり新次郎へ顔を向けた。
「……新次郎さん
密告は感心しませんよ」
「ええっ!? ぼくのせいですか!?」
「……三郎
お前は昔から……」
一郎がそこで言葉を止めた。
何やら考えたあと、ため息をつく。
「いや。昔よりひどくなったな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「褒めてない」
「ですよね」
三郎は招待状を畳んだ。
「まあ、それはともかく。おめでとう、兄貴」
「ああ。ありがとう」
一郎が笑う。
三郎も笑って、招待状を返した。
兄の結婚話をこうして本人の前で好き勝手に茶化している。
1年前までなら考えられなかったことだったが、今さらそれを口にする気にはならなかった。
「あ、そういえば三郎叔父」
新次郎が手を打った。
「ぼく、昴さんの性別がようやく分かったんですよ」
「へぇ
どっちだったんだい?」
一郎が食いついた。
「女だったから結婚するって話ですか?」
「ええっ!? どうしてそうなるんですか!」
新次郎が慌てて三郎を見る。
三郎は構わず続けた。
「いや、だって。兄貴もこれで身を固めるんでしょう? となれば、残るは新次郎さんだけじゃないですか
話の流れとしても自然ですよ」
「残るって……」
「で、昴さんじゃないなら、誰と
「だ、誰とって……」
「ジェミニさん?
サジータさん?
それともダイアナさん?」
「三郎叔父?
ちょ、ちょっと待ってください!」
「あるいはラチェットさん?」
「なんでラチェットさんまで出てくるんですか!?」
「じゃあ……」
三郎は急に真顔になった。
「まさか、リカリッタ!?」
「な、何を言ってるんですか、三郎叔父!」
「違うんです?」
「そういう話じゃありません!」
「はっはっは!」
「笑い事じゃないですよ!」
「新次郎
俺も手伝うよ」
一郎が静かに呼んだ。
「兄貴?」
「三郎は昔から、調子に乗ると止まらないからな
俺の時もエリカくんやさくらくん、アイリスに色々吹き込んでくれたのを忘れたとは言わせないぞ……!」
「いや、あれは向こうから聞……」
「一郎叔父……!
お願いします……!!」
新次郎の顔がぱっと明るくなった。
「だからって、二対一は卑怯ですから!」
「先に新次郎をからかったのはお前だろう」
三郎は一郎と新次郎を交互に見る。
どうも旗色が悪い。
「ならば――三十六計、逃げるにしかず!!」
「あっ!」
「三郎!」
三郎はそのまま部屋を飛び出した。
*
「――で、逃げてきたと」
「ああ……」
神山誠十郎は呆れた顔で三郎を見た。
「ホント、何やってるんですか。中将閣下とあろうお人が」
「中将閣下はやめてくれ。俺としては、もう辞めたつもりなんだ」
「退役願を通してから言ってくださいよ」
「何度出しても却下されまくるんだからしょうが無いだろ?
陸軍から見たら裏切り者なのにな、俺。
いつまで籍を置かなくちゃいけないんだ?
サボタージュで除籍狙おうにも、退役年金が惜しい……」
「……予備役に入れただけでも御の字じゃないですか」
「そこが救いかなあ……」
三郎は椅子に深く座り、天井を仰いだ。
満州華撃団を率い、第二次降魔大戦を戦い抜いて陸軍中将まで昇った男が、実兄と甥に追いかけられて逃げ込んできた。
その落差に呆れたのか、神山はもう一度ため息をついた。
「それにしても……三郎さん、ずいぶん変わりましたね」
「まあねー」
「ええ。前は、こんなふうに笑う人じゃなかったでしょう」
三郎が神山を見る。
「俺が初めて会った頃なんて、何を考えてるのか全然分かりませんでしたよ。
全く笑いもせずに、
まるでどこか遠くを見てるような」
「酷い言われようだな」
「違います?」
「……いや
違わないか……」
三郎は諦めたように笑った。
窓の外では路面電車が走っていた。
ベルの音に混じって、往来のざわめきが聞こえる。
どこかでは子供が騒いでいるらしい。
三郎はそちらへ目をやった。
「変わったよ。戦争が終わってから、特にな
ただ、満州の皆には今の方が良いってよく言われるよ」
「そうですか」
「ああ」
神山はそれ以上聞かなかった。
代わりに、少し間を置いてから口を開いた。
「三郎さん
ずっと聞きたかったことがあるんですけど」
「どうした?
珍しいな。言ってみなよ」
「どうして、ここまで出来たんです?」
三郎が神山を見る。
「満州華撃団のこともそうです。
世界華撃団連盟も、陸軍の一件も」
三郎は何も言わなかった。
「もちろん、全部を三郎さん一人でやったなんて思ってません。鹿沼子爵もいた。鉄幹さんもいた。軍にも政界にも、協力した人は大勢いた」
「ああ」
「でも、三郎さんはいつも早すぎた」
三郎の指が、椅子の肘掛けを一度叩いた。
「何かが起きてから動いたんじゃない。そのずっと前から準備していた。満州華撃団も、兵器も、陸軍との関係もそうです」
「…………」
「幻庵葬徹の時だってそうでした」
神山はそこで三郎の顔を窺った。
表情は変わらない。
「幻庵が何を狙っているのか、その先で何が起こるのか。三郎さんは、最初から知っていたみたいだった」
「それで?」
「幻庵を処断したあと、世界華撃団連盟まで押さえた」
「乗っ取った、でいいよ
厳密には、実際に乗っ取ったのは迫水さんだけど」
三郎が苦笑した。
「綺麗に言う必要はない。俺がやったのは、そういうことだ」
「……そうですね」
「そこは否定してくれよ」
「自分で言ったんでしょう」
「神山くん、前より容赦なくなったな」
「誰のせいだと思ってるんですか」
「え、俺?」
「他に誰がいるんです?」
「……神崎司令とか?」
三郎は笑った。
「もう司令じゃないじゃないですよ」
「おっと、そうだった
……それで?」
「第二次降魔大戦でも同じでした。帝鍵も、幻都も、降魔皇も。三郎さんは、必要になる前から手を打っていた
偶然ってだけじゃ到底、説明がつきません」
神山は三郎から目を逸らさなかった。
「そうだな」
「まるで、最初から何が起きるのか知っていたみたいに」
今度は三郎が黙った。
外を走る電車の音が、やけに大きく聞こえた。
「……鋭いな」
「否定しないんですか?」
「ここまで言われて否定しても無駄だろ。
そもそも、否定できないしな」
三郎は立ち上がり、窓際まで歩いた。
往来をしばらく眺める。
「もう、全部終わったんだしな
最後の切り札も使わずに済んだ
……まさに、完全勝利だ」
「……三郎さん?」
「神山くん」
三郎が振り返った。
「今から話すことは、だいぶ荒唐無稽に聞こえると思う」
「今更でしょう」
「それもそうか」
三郎は笑った。
「聞いてくれるか?」
「ええ。聞きますよ」
三郎はしばらく神山を見ていた。
やがて窓際を離れ、元の椅子へ戻る。
「俺、人生二周目なんだ。
実は、大神三郎として生きるのは今回で二回目なんだよ」
神山は何も言わなかった。
三郎も急かさない。
「……信じられない話ですけど」
「だろ?」
「でも、三郎さんが言うと妙に納得できますね」
「そうか?」
「今までのことを考えたら、それくらいじゃないと説明がつきませんよ」
「ははっ。違いない」
三郎は背もたれに身体を預けた。
「話すと長くなるよ」
「構いません」
「本当に長いけど?」
「聞きますよ」
「……ありがとう」
三郎は少し考えてから、口を開いた。
「じゃあ、俺が一回目の人生を終えたところから話そうか」
*
一度目の人生を終えた時、大神三郎は五十を過ぎていた。
兄と甥はとうにいなかった。
姉は一人で死なせた。
妻となった女も失った。
自ら戦場へ送り出した息子も、帰ってはこなかった。
何十年も足掻いて、それだった。
権力も手に入れた。人も集めた。使える技術は何でも使った。
それでも足りなかった。
どこで間違えたのか。
何が足りなかったのか。
死ぬ間際まで考えていた。
そして、最後に思った。
もし、もう一度やれるなら、今度こそ___
必ず間に合わせる。
多分続きません……