【カオ転N次】アビャゲイルの投下所ハーメルン支部、あるいは〝魔界都市現地民ブルース〟 作:アビャゲイルこと三三三巳
知らず、ゴクリと喉が鳴る。
ジワリと、額に鈍い汗が少し滲んでくるのを実感する。
緊張する。
もうだいぶこのシェルターの住民として馴染んできたという自覚はあるが、それでも一向に慣れる気がしない。
この夜神シェルターの実質的な支配者であらせられる、
◇◆ ◇◆ ◇◆
自分がそうだという自覚はなく、むしろ平等主義者という自認があったが、しかし自覚なく差別をごく自然にするのだからたちが悪い、とアジア人の「同業者」に半笑いで指摘されたことが彼にはある。
彼が自分のその無自覚な悪癖に気づいたのは間違いなく『この御方』のおかげだ。
忘れもしない。一目見た時から呼吸をするのを忘れそうになったのを。
忘れもしない。『黄色人種はすべからく白人種よりも美しいなんてありえない』、なんてありえない、と自分の中の差別心と言う唾棄すべき感情があったという事を自覚した瞬間を。
コツリ。コツリ。コツリ。
足音。それが、合計9つ。
彼自身を含む、『あの御方』とその『双子の御息女様方』の護衛。一人につき三人組での護衛。
そのうち一人は必ず女性を選抜。
何せ彼女たちはもちろん女性だ。「そういった」緊急時には必ず女性性のものが必要になる。
……かの御方々に護衛は不必要。むしろ我々九人は足手まといにしかならないであろうことは彼は、彼らは自覚していた。
しかしそれでも、その際は〝
そうこうしているうちに、この屋敷―ー否、「神殿」において、もっとも高貴なるもののためにある豪華な装飾をちりばめたドアの前に立つ。
――彼、イリアス・ジェヴォ―ダンにとって最も崇敬を寄せる存在は別にある。
だが、何の因果か、その存在は自らこのドアの向こうにいる『御方様』の従僕へと下った。
そのことについて思うところはもちろんある。――あった。
だが、時間がたつにつれ、『御方様』のお人柄を知るにつれ、そんなわだかまりはもう胸中には一遍も残ってない。
このドアの向こうにいる『御方様』に傅く事に、もはやためらいはない。
トントン、トントン
と2回ずつに分ける4回のノック。
ここは日本ではあるが、『御方様』はそう言った事には頓着しない。
――頓着させるように進言するべきか、否か、少々悩むが。
「夜神シェルター防衛隊長イリアス・ジェヴォ―ダン、まかりこしました」
「――少々お待ちを」
中から、女性の声。
少々低めの、ハスキーボイス。
――事実、この声の主は
もちろんそんなことおくびにも出さない。
この声の持ち主は、自分よりはるかに、いろんな意味で格上なのだから。
ガチャリ。
かすかなドアノブが回る音。
しっかりと油をさしたドアは音もなく開く。
とたん、護衛達の鼻腔をくすぐる、『
――月という遠いところにある天体に、香りもなにもあったものではないと思うが、しかしそうとしか形容しようがない。
嗅いだ途端に、脳裡に煌々と月光を振りまく満月を想像させる香なのだ。
これを月の香りといわずしてどう表現すればいいのか。
不快ではない。決して不快とは感じない。
むしろずっとこの香りに包まれていたいと思ってしまう。
そんな香りを前触れに、その〝月光〟はその容貌を表す。
そう、月光だ。
いと気高きその満月が、人の形をとってこの現世に降臨なされた。
腰まで届く、漆黒の闇を思わせる黒髪は、瞬く星々のような艶を前髪のあたりにぐるりと輝かせている。
書いてもいないのに奇麗な弧を描く眉の下では、つぶらな潤んだ眼差しが、月光をたたえてこちらを見据えている。
やや小ぶりな、歪みが全く無い鼻梁に、桜の花を思わせるつぼみのような唇。
首から上だけでも湿り気の多いため息をつきそうなのに、首から下はもう『暴力』だ。
どう見積もっても100cmは超えているであろう息が詰まりそうなサイズのその乳房。
その官能の爆弾は重力を振り切ってその先端を天に向けて震えているのだからたまらない。
砂時計を思わせるほど引き締まった脇腹は不摂生という言葉をつゆほども想像させず、
続く臀部と太もものその線はどこまでも柔らかだ。
身長165㎝。
バストサイズ110のMカップ。
ウェストサイズ62で、ヒップサイズは91。
この御方がガイア連合の低俗な出版社に乞われ出した写真集では、そんな現実感の湧かない数字が明記されていた。
イリアスの隣に立つジェイクが視線を臀部に向け、しかし慌てて御方様の口元に固定する気配。
気持ちはわかる。奴は『ケツ星人』だ。
無表情のまま、内心苦笑するイリアス。
『オッパイ星人』のイリアス自身も、視線を谷間に向けるのを必死にこらえて口元に固定し続けている。
今回の『公務』で出来うる限り豪華な漆黒のドレスを着装し、大胆に深い谷間をさらしているから、その苦労も一入だ。
その御方の澄んだよく映る鏡のような瞳孔に、必死に無表情を装うイリアス・ジェヴォ―ダンの顔が写っている。
いかつい角ばった白人種の顔に、サングラスを付けて目元を隠し、金髪をツーブロックに短く刈った威圧的な、いかにもな黒いスーツを着こなした顔が。
イリアスは下腹部に気合を込める。
ようしそのまま無表情を貫けよ、俺。
間違っても口元を野卑にだらしなく下げるんじゃねえぞ俺。
俺はこのシェルターの誇り高き防衛隊長だという仮面をしっかりかぶり続けるんだ。
「「「おはようございます、亜湖様」」」
角度を守って、頭を下げる護衛一同。
そう必死に気持ちを引き締めるイリアスの内面を知ってか知らずか。亜湖が口を開く。
「はい皆様、今日も一日、よろしくお願いします」
鈴が震えるような、澄んだ声。
これだけでも「ほう……」とため息をこぼしそうになるのを、「ハッ」と短く答えて、もう一度軽く頭を下げることでごまかす。
彼女はこのシェルターの支配者のみならず、ガイア連合が誇る不世出の歌姫でもある。
かのガイア連合の中枢をつかさどる、恐ろしき魔人の群れたる『黒札』の、鋼鉄でできた
気を強く持たねば、たちまち腰砕けとなって護衛どころではなくなる。
ともあれ――さあ公務の始まりだ。
今回の公務は、『出張』。
かのおぞましき、ガイア連合が誇る「三大ディストピア」シェルターとして悪名を轟かす、
『月架手町シェルター』への商取引だ。
「ぷふっ、隊長さん、私たちには全く眼中になかったね」
「仕方ないよ、お母さん綺麗だし。必死に鉄面皮を取り繕おうとしてるのがなんか笑える」
「こらこら貴女達、失礼ですよ」