よう実短編集   作:カツカレー!

8 / 9
制服の交換をする女子たち

体育の授業の後。

 

汗ばむ陽気の中、女子生徒たちは着替えるため、

喧騒と共に女子更衣室へと流れ込んでいた。

 

熱気と制汗スプレーの香りが混ざり合う空間。

そこには、堀北クラスの面々が揃っている。

 

「……ふぅ。ようやく終わったね」

 

長谷部波瑠加は、額に浮かんだ汗を拭いながら、

自分のロッカーの前で一息ついた。

 

彼女は基本的に特定のグループに属さず、

三宅や幸村、といった元綾小路グループで過ごすことを好む。

 

そのため、こうしたクラス女子が密集する場所では、

どうしても壁際で静かに過ごすのが常だった。

 

しかし、その恵まれたプロポーションは、

本人の意思に関わらず注目を集めてしまう。

 

「ちょっと長谷部さん、相変わらず凄いバストだよね。それ、重くないの?」

 

声をかけてきたのは、クラスの女子のリーダー格、軽井沢恵だった。

 

いつもの勝ち気な笑顔で、遠慮のない視線を長谷部の胸元に向ける。

 

「ひゃ、や、やめてよ軽井沢さん……。そんなジロジロ見ないで」

 

長谷部は思わず腕で身を隠すように身を縮めた。

 

彼女にとって、この身体のラインはどちらかと言えばコンプレックスに近い。

 

好奇の目に晒されるのは、何度経験しても慣れるものではなかった。

 

「あはは、そんなに照れなくても。

でも本当に、同じ女子として羨ましいっていうか、不思議っていうか」

 

軽井沢の隣にいた佐藤麻耶も、目を輝かせて加わる。

彼女は長谷部の後ろの席ということもあり、時折言葉を交わす仲だ。

 

「ほんと、スタイル良すぎ!

スラッとしてるのに出るべきところは出てるっていうか。モデルさんみたいだよね」

 

「もう……ウンザリ。そういうのは他でやってよ」

 

長谷部は溜息をつき、逃げるように着替えを急ごうとする。

 

しかし、女子特有の「スタイルの話題」という火種は、

一度燃え上がると容易には消えない。

 

「そこまでにしなさい、軽井沢さん。あまり彼女を困らせるものではないわ」

 

冷徹、かつ理知的な声が響く。

 

クラスを実質的にまとめている堀北鈴音だった。

 

彼女は既に制服に着替え始めており、乱れのない動作でボタンを留めている。

 

「あ、堀北さん。固いこと言わないでよ、ただのコミュニケーションだって」

 

軽井沢は悪戯っぽく笑うと、今度はその視線を堀北へと向けた。

 

「……?何かしら」

 

「ほうほう……なるほど。

堀北さんも、脱いでみると意外となかなか……。着痩せするタイプなのね」

 

「なっ……!?」

 

堀北の眉がピクリと跳ねる。

 

軽井沢の視線は、堀北の細いウエストから適度に主張のあるラインをなぞっていた。

 

「軽井沢さん、あなただって成長しているでしょう。

人の身体を物色するなんて、品性を疑うわ」

 

「えー、私はまだまだだよ。でも堀北さん、

いつもピシッとしてるから気づかなかったけど、結構ポテンシャル高いじゃん」

 

佐藤も一緒になって「確かに! 堀北さんもスタイルいいよね」とはしゃぎ始める。

 

いつの間にか、更衣室の一角はクラスの女子たちが集まり、

ちょっとした品評会のようになっていた。

 

女子たちのテンションが最高潮に達した頃、

佐藤が手を叩いて名案を思いついたように言った。

 

「ねえ、ねえ!せっかくこれだけ盛り上がってるんだし、

みんなで『制服の交換こ』してみない?」

 

その場が一瞬、静まり返る。

 

「交換……?何を馬鹿なことを」

 

堀北が即座に切り捨てるが、軽井沢は逆に身を乗り出した。

 

「あ、それ面白いかも!

誰が誰の格好をしたら似合うか、みたいな。着こなしの勉強にもなるし」

「嫌よ。そんな非効率的で意味のないこと」

 

「私も……パスかな。恥ずかしいし」

 

堀北と長谷部は拒否反応を示すが、クラスの「陽キャ」の勢いは止まらない。

 

「えー、いいじゃん!減るもんじゃないし、今回だけ!

ね? クラスの親睦を深めるためだと思ってさ」

 

軽井沢の強引な誘いと、佐藤のキラキラとした懇願の目。

 

さらには周囲の松下や王美雨たちも「ちょっと見てみたいかも」と便乗し始める。

 

「……今回だけよ。二度と誘わないと約束するなら」

 

「……私も、一回だけなら」

 

二人の防御壁は、多数決という名の同調圧力によってあえなく崩壊した。

 

◯

 

更衣室の中で、奇妙な交換会が始まった。

 

それぞれが自分の制服を脱ぎ、相手に手渡していく。

 

「はい、堀北さん。私の制服、ちょっと着崩すのがポイントだからね」

「……努力はしてみるわ」

 

数分後。

 

更衣室の鏡の前に立ったのは、いつもとは全く違う印象の少女たちだった。

 

まず周囲を驚かせたのは堀北だった。

 

彼女は軽井沢の制服を着、スカートを短く調整。

 

さらに、軽井沢のトレードマークである高めのポニーテールに髪を結い上げている。

 

「あら……意外と、悪くないわね」

 

鏡を見る堀北の表情は、どこか照れくさそうだが、拒絶の色はない。

 

凛とした顔立ちに、ギャル風の着こなし。

 

そのギャップが、彼女の持つクールな美しさを逆に引き立てていた。

 

「すごい! 堀北さん、めちゃくちゃ似合ってる!

ギャル風の堀北さん、強キャラ感がすごいよ!」

 

「本当だ……。モデルの撮影みたい」

 

松下やみーちゃんから絶賛の嵐が巻き起こる。

 

堀北は「ふん、形だけよ」と鼻を鳴らすが、その頬はわずかに赤らんでいた。

 

対する軽井沢は、堀北の制服を着用。

 

リボンを喉元まで隙間なく結び、

スカートの丈も膝立ちしても床につくほど正統派な長さに。

 

髪はアイロンでストレートに下ろしている。

 

「どう?清楚系恵ちゃん、降臨って感じ?」

 

「……気持ち悪いほど、普通ね。でも、確かに品は良く見えるわ」

 

堀北の毒舌混じりの評価だが、

実際、軽井沢の整った顔立ちは、

清楚な装いにすると驚くほど「育ちの良いお嬢様」に見えた。

 

しかし、平和な称賛だけで終わらないのが、この交換会の残酷なところだった。

 

「……ねえ、これ。どういうことかな」

 

恨めしそうな、消え入りそうな声が聞こえてきた。佐藤麻耶である。

 

彼女は長谷部波瑠加の制服を着ていた。しかし――。

 

「ぶかぶか……。特に、胸のところがスカスカしてて、なんか心まで寒いよぉ……」

 

佐藤が着た長谷部の制服は、明らかにサイズが合っていなかった。

 

長谷部のプロポーションに合わせて仕立てられた上着は、

佐藤が着ると不自然に余り、胸元には虚無の空間が生まれている。

 

「あはは……ごめんね、佐藤さん」

 

長谷部が苦笑いしながら謝るが、彼女の方も状況は深刻だった。

 

彼女は佐藤の、ややタイトに仕立てられたギャル風制服を着ていたのだが――。

 

――パチィィィン!!

 

静かな更衣室に、硬質な音が響いた。

 

「「「あっ」」」

 

全員の視線が長谷部の制服の胸元に集まる。

 

そこには、耐えきれずに弾け飛んだ第二ボタンが、無情にも床を転がっていた。

 

「き、きつすぎるよ……息ができない……」

 

長谷部は顔を真っ赤にして、はだけた胸元を必死に手で押さえる。

 

佐藤の制服は、長谷部の規格外のボリュームを収めるにはあまりに無力だった。

 

「…………」

 

佐藤は弾け飛んだボタンと、

自分のスカスカな胸元を交互に見て、ついにその場に膝をついた。

 

「格差社会だ……。同じJKなのに、こんなの、あんまりだよぅ……!」

 

「あーあ、佐藤さん泣いちゃった。みーちゃん、慰めてあげて」

 

「お、おー……よしよし?」

 

軽井沢が笑いながら指示を出し、更衣室は混沌とした笑いと涙に包まれた。

 

結局、ボタンは松下が裁縫セットを借りてきてその場で直すことになり、

騒ぎは収束へと向かった。

 

元の制服に戻った一同は、どこか晴れやかな、あるいは疲れた表情で更衣室を出る。

 

「もう二度としないからね。本当に、心臓に悪いわ」

 

堀北はいつものポニーテールを解き、ストレートの髪をかき上げた。

 

だが、その足取りは以前よりも少しだけ軽やかだ。

 

「私も……次は、もっとゆとりのある制服の子と交換したいな」

 

長谷部も、苦笑いしながら同意する。

 

「えー!あたしはまたやりたいな。次はクラス全員でやってみる?」

 

軽井沢の悪戯っぽい提案に、

堀北と長谷部は同時に「「絶対、嫌」」と声を揃えた。

 

夕日に照らされた廊下を歩く少女たちの背中。

 

クラスの壁や実力至上主義の緊張感から、

ほんの一時だけ解放された、彼女たちの等身大の放課後だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。