【望月ころも先生公認「蚊ニキ」二次創作】蚊ニキの蚊ニッキ(日記) 作:くまく
ワックでさくらと別れた後、私は駅前の道をとぼとぼ歩いてた。
私たちが住むのは、そこそこ人口も多い地方都市。穏やかな秋晴れの土曜日だけあって、電車通りの人通りは多い。
昔ながらの商店街の中に新しいお店も混在していて、さくらに買い物に誘われたけど、気分が乗らなくて断った。
街路樹のイチョウ並木もかなり黄色に染まり、風に乗って黄金色の葉が落ちてくると、ふと金木犀の甘い香りが鼻をくすぐる。
そういえば、と香りのもとがあるお店の前で足を止めた。
昔ながらの駄菓子屋。
古びたトタン屋根と色褪せ錆びついた看板。朽ちかけた木造の壁。たばこやと書いた今は開かない小さなガラス窓。店内から道ギリギリまで棚が置かれ、所狭しとお菓子やおもちゃや雑誌に雑貨が置かれてる。
キレイな整った外観のコンビニとは真逆の、昭和から時が止まったような雑然としたお店だ。
でも、お兄ちゃんと何度も来た思い出がある。
お店の奥には和室があって、襖越しに見えた小さな庭には金木犀の木がある。昔は便所のある庭には臭いを誤魔化すため、金木犀が植えられたんだよ。と駄菓子屋のおばあちゃんに教えてもらったっけ。
「……懐かしいなぁ」
なんとなく……本当になんとなくだけど、ピノでも買って帰ろうかな、と思った。
まだマンゴー味はあるかな?と冷蔵ケースを覗くと、店の奥から声をかけられた。
「あら、もしかしてりこちゃん?」
「あ、こんにちは」
店の奥から出てきたのは駄菓子屋で店番していたおばあちゃんの娘のみさきさん。たぶん40代くらいで、上の住居で同居してたと思う。ぺこりと頭を下げると、少しだけシワが増えた顔が、パッと明るくなった。
「あらあ、すっかり大きくなっちゃって。もう中学生なんだねえ。今日は学校帰り?」
「あ、はい。部活の帰りで…あの、おばあちゃんは?」
「最近膝を痛めてね。今日はその病院で……付き添い出来なかったから心配なんだけど…本人はバスで一人で行ける!って頑固なんでね…」
やれやれ、と肩をすくめるみさきさん。
相変わらず昔気質の頑固なおばあちゃん…変わらないな、とちょっと笑えた。
「そろそろ帰る、ってライム来たから、迎えに行きたいけどね……あら?」
みさきさんの声が気になってそちらを見たら、あっ、と声が上がりそうになった。
なんでか知らないけど、お兄ちゃんがおばあちゃんをおんぶしながらこちらに向かってきてたから。
そのやや後ろに、自転車を押したお兄ちゃんの友達のケン
さん。自転車の籠には、お兄ちゃんのリュックとおばあちゃんの荷物だろうカバンが入ってた。
「あらあら、優くん!わざわざありがとね!」
みさきさんが慌てて駆け寄るけど……私は、すぐに足を踏み出せなかった。どころか、皆から背をそむけた。
今朝、あんだけひどい事を言っちゃったから、気まずいし…何より気恥ずかしい。
(謝らなきゃいけないのはわかってる……でも)
お兄ちゃんも、あんな雑誌に興味あると思うと……なんかキモい……って、生理的な嫌悪感もあって。
さくらと違って、もやもやが拭えない。割り切れない。
(だから、さくらに“かわいい”なんて、子ども扱いされちゃうんだろうけど)
「ありがとうね!優くん。ほんと助かったわ」
「バス停からですから、そんな大したことしてないです。でも、オレはいつでも、オールオッケー♪ですー★」
「ケンくん…だっけ?あなたも荷物ありがとうね」
「いえ、俺も帰りついでっすから」
ビッ!とサムズアップしてるだろうお兄ちゃんと感謝するみさきさんの会話を聞いていると、なんだか自分が嫌な人間って思えてきちゃうんだ。
お兄ちゃんは、息切れして汗だくでも、秋晴れに似合う爽やかな笑顔。対して私はもやもやして、胸に重苦しいわだかまりがある。こんな爽やかさに似つかわしくない…。
このまま帰ろうかな、とリュックの紐をギュッと両手で掴む。
(いいや…どうせ私がいなくても……)
帰ろう、と足を踏み出した時。
「ちくっ」
首すじに、つんっと触れた感触。
「りこ、どうしたー?駄菓子屋にいてもう帰るなんて早いゾ?」
いつの間にかお兄ちゃんが、真後ろにいた。
いつもと変わらない、笑顔で。
「あ……」
「今日はほんとありがとうねー。お礼にお菓子一つ持っていきなさい」
私が言いよどんでいると、みさきさんが謝礼に、とそう申し出て。お兄ちゃんは「アザす!」とピッ!と敬礼をした。
「あ、でもちゃんと買いますよ!」
ポケット(構造的にどこにあるか謎)から小銭入れを出したお兄ちゃんは、小銭を2つみさきさんに渡し冷蔵ケースからピノを取り出した。
「やっぱ、みんなで分けて食べたほうが美味いからー☆」
なんて。いつまでもいい人ぶっちゃって…。
「さ、ケンもりこも、座って座って。あ、みさきさんもおばあちゃんもよかったら食べましょう」
お店の前にある古びた木製のベンチに、いつの間にか座らされてた。
ケンさんは自転車脇に立って、お兄ちゃんは空中ホバリング。みさきさんは店番があるから、とおばあちゃんはありがとうね、でもいいよと遠慮して2人はお店へ引っ込んだ。
「ほら、りこも遠慮するな。食べよう」
お兄ちゃんがピノをピックに刺して差し出してくれても、素直に口にできない。
しばらく気まずい時間が流れるなか、突然、ケンさんがガバッと頭を下げた。
「ごめん、りこちゃん!コイツが持ってた雑誌は実は俺ので、家に置いておくとマズイから、一時的に預かってもらっただけなんだ!」
ケンさんが真相を告白してくれたけど…。
だからって、年頃の女の子としては複雑。ハイそうですか、と納得はできない。
「……お兄ちゃんも、ああいう雑誌、好きなの?」
私が聞くと、お兄ちゃんがガチッと固まった。
「あ、大丈夫。コイツ修行僧並みに興味無さそうだから」
「……ほんとに?」
ケンさんが擁護してくれるものの…お兄ちゃんはもじもじと恥ずかしそうに両手をくねらせてた。
「と、年頃の男子としましては……ちょっぴり興味ありまして…少しだけ…拝見しました…ハイ」
「……少しだけ?」
「……か、かなり……」
私が白い目で見ると、お兄ちゃんは更に滝のような汗を流し始めた。すると、ケンさんが涙を流しながら笑いお兄ちゃんの背中を叩く。
「あっはっは!なんだ、優。おまえもそれなりに男だったんだな!いーぜ!今度は違うの貸してやるよ」
「もう〜!女の子の前でそんな話ししないでよ!ノンデリだよ2人とも!!」
私がふくれっ面で腕組み抗議すると、お兄ちゃんはしおれた菜っ葉みたいにしゅん、となってた。
「す、すまん……やっぱこういうの、嫌だよな……」
そこで、ふとさくらの言葉が頭をよぎった。
“そーゆーことに興味があるのは正常だよ”
(……私も、妹として少しは成長しなきゃね)
深呼吸してから、すう、と息を吐いて言葉を口にする。
「べ、別に……それくらいいいよ。でも、私に見えないようにしてよね!」
素直じゃない言い方しかできないけど……
これが、今の私の精一杯。
それから、と心臓がバクバクする。手汗がすごくて少し手が震えたけど、勇気を振り絞って一番いいたいことをお兄ちゃんに伝えた。後悔しないために。
「……それと、今朝……ごめん、ね。私……ひどい言い方した……」
遂に、言った。
さっきより心臓がうるさい。恥ずかしくてお兄ちゃんの顔が見れない……けど。
スッ、と再び差し出されたピノ。
「まぁ、いいって。過ぎたことだし!それよかホラ、ピノ溶けちまうから食べろよ」
差し出したピノは、私が一番好きなマンゴー味。
お兄ちゃんはバニラが好きなのに……どこまでも、お人好しなんだから。
ガシッと箱ごとピノを奪った私は、バクバクとピノを食べる。すると、お兄ちゃんが「こらー!」と慌てて止めに来た。
「オレのピノだぞ!全部食うなよ」
「へ〜んだ、早い者勝ちだよ!」
あっかんべーしながら、久しぶりに大声で笑う。
なんだか、胸に爽やかな秋風が吹いたような気がした。
(お兄ちゃんのスケベ疑惑 終)