【望月ころも先生公認「蚊ニキ」二次創作】蚊ニキの蚊ニッキ(日記) 作:くまく
朝、急いで学校に行こうと玄関のドアを開けたら、蜂がいた。
いや、蜂ネキというべきか。
お兄ちゃんと同じくらいの大きさで、オレンジ色の体に黒い縞模様。おしりに針があって、頭の触角には赤いリボンがついてる。ぱっちりした目にはまつげ。口には赤い口紅。細い手足は4本。羽根は4枚。なんだか、可愛らしい蜂だった…蜂にしてはデカいけど。
西園寺 香(さいおんじ かおり)と名乗ったその蜂は、お兄ちゃんがいるか訊いてきた……今の今までお兄ちゃんに親しい女性がいる……なんて聞いた事もないし、その気配を感じたことも無い。
でも、と私は思い返す。
お兄ちゃんは部活を引退した夏ごろから、やけに身だしなみを気にしだした。それまで部活で多忙だったせいもあるけど……お肌の手入れしだしたり、髪型を整えてみたり。
……蚊に髪があるのかは知らないけど。代わりに触角を整えてたっけ。
それにしても、お兄ちゃんが年齢相応に色気づいてきた……てことは?
(え、まさかのまさかだけど……このひと、お兄ちゃんのカノジョ?)
おしゃれに目覚めたのは、カノジョができたから…で説明がつく。そして、蚊ニキのカノジョが蜂ネキなら、虫同士だからバランスが取れてる……のかな?
(お兄ちゃん、どうすんの?カノジョ来たけど…!?)
小声で後ろにいるだろう兄に問いかけると、こつ然と姿が消えていた。
(え…どこに……て!)
私の背中越しに、ぶるぶる震える感触がする。
てことは、私の背中にぴったりくっついて隠れてる……ってコト。気のせいか、汗を大量に流してる気がする。
(ちょっと、お兄ちゃん!どうすんの?カノジョじゃないの!?)
(ち、ちちち……違う!)
小声でお兄ちゃんとヒソヒソやり取りしていると、香さんが「どうかしましたか?」と首を傾げるものだから、慌てて手をぶんぶん振った。
「い、いえ!なんでも。ちょっとGがいただけなんで!」
「あら」
西園寺さんはニッコリ笑うと、とんでもないことをおっしゃる。
「Gなら退治が得意ですわ。よろしければ、私に任せていただいても……」
「だ、大丈夫です!今日はママがいるので、きっと退治してくれるはずなんで!!」
私の発言を聞いた西園寺さんは、なぜか嬉しそうに顔をほころばせる。
「まぁ、優様のお母様がご在宅ですのね?これはぜひともご挨拶を差し上げねば」
なんて。どこに隠し持っていたのか、風呂敷に包まれた箱を取り出した。
セレブに縁がない私でさえわかる。その風呂敷はきっと絹でできていて、伝統工芸品並みに品がよい品だと。だから、包まれた箱もきっと桐とかで…とんでもない高級品に違いない。
(え……と、どういうこと?西園寺さんはお兄ちゃんに朝から会いに来て…でもお兄ちゃんは怯えて隠れるし、カノジョじゃなくて……それなのに手土産持参でママに挨拶したいって……???)
一度にいろんな情報が入ってきて、混乱しそうだ。
でも、なんとなくわかる。
このひとは家に入れちゃいけない……って。
「あ、あの!ママももうすぐ出かけるって言ってました。だから、また今度でいいですか?」
「あら。なら、なおさらすぐお会いしなければいけませんわね。お時間は取りませんから」
(話が通じない……!)
なんだか、お兄ちゃんが怯える理由が見えてきた。
西園寺さんはお淑やかで大人しいお嬢様にみえて、けっこう強引なひとだ。
(てか、もう時間がヤバい!完璧遅刻じゃん!!)
チラッと玄関の壁時計を見ると、もう8時5分を指してる。今からダッシュでずーっと走ったとしても、教室に着くのは20分過ぎるだろう。遅刻確定で、気分もズーンと下がる。
すると……
ぶぅん、と羽音が聴こえたかと思うと、目の前にお兄ちゃんが羽ばたいていた。
「お兄ちゃん!」
「さ、西園寺……いい加減にりこを……妹を解放してやってくれ!学校に遅刻しちまうだろ」
震えながらも、お兄ちゃんは西園寺さんにきっぱりと言った。
「まぁ、優様」
西園寺さんはお兄ちゃんを目にした途端、頬を赤らめ瞳を潤ませ、周りにハートと薔薇を飛ばし始めた。
「相変わらず麗しいですわ……お体の造りが平坦で平凡な妹御様にも、なんてお優しい……」
(ん…体が平坦?平凡??)
なんか、気のせいか……チクッとした言葉が紛れていたような…?
「学校をお遅刻するのは大変ですわ。よろしければ私の運転手付きのお車でお送りいたしますわよ?もちろん優様もご一緒に」
西園寺さんの提案は、今の私には魅力的だ。車ならあっという間に到着するだろうし、遅刻は免れるだろう。けど……ね。さすがにそれはできない。いくらお兄ちゃんの知り合いでも、見ず知らずの人の車に乗るなんて。
「すいません、申し出は嬉しいんですが、私は遠慮します」
「そ、そうだゾ!オレたちはちゃんと自分で行くから。西園寺も早く学校行けよ」
私の後に続いて、お兄ちゃんも勢い込んでそう言うと、西園寺さんはしゅん……としょげかえる。気のせいじゃなく、触角もしおしおと垂れ下がってた。
「……そうですか……私の全てが……ご迷惑なのですね……」
うるり、とおおきな瞳が潤む。あ、こりゃ泣くな……と思うと胸が痛むけど……仕方ない……。
……と。
スッ、と虫サイズのハンカチが、西園寺さんに差し出された。
「な、泣くなよ……西園寺も親切で言ってくれたんだろ?悪気がないのはわかってるからさ」
「優様……」
「それに、泣くより笑顔でいたほうがいいゾ☆彡そのほうがHAPPYになれるからな♪そら笑顔、笑顔!」
あらら、と私は肩を竦める。お兄ちゃんはあれだけ嫌がってたわりに、普通に接してるじゃん。励ますためにニマっと笑顔作ってるし。
西園寺さんは「ありがとうございます」と受け取ったハンカチで、そっと目元を押さえた。
「やはり……優様はお優しいですわね。どんな人にも親切で……妹御様がどんなにわがままでも……その身を投げ出してまで車からもお守りされて」
西園寺さんの言葉に、なんだか私への毒というか棘があるような?ちくちくと胸が刺される痛みを感じてると…後ろから素っ頓狂な声が聞こえた。
「やだ、りこったらまだ学校行ってなかったの?仕方ないわね。車出してあげるから、先に駐車場に行ってらっしゃい。お兄ちゃんもついでに送ったげるから」
ママが少し怒りを滲ませながらそう言ってくれて、ホッと息を吐いた。これで、遅刻は免れそうだ。
……と。油断した隙に、西園寺さんはいつの間にか玄関先に来てママへぺこりとお辞儀をした。
「まあ、優様のお母様でいらっしゃいますか?私、優様のクラスメイトの西園寺香と申します。つまらないものですが、こちらをどうぞお収めくださいまし」
「あら、まあ……これはご丁寧に」
ママもさすがに突然の出来事で、巨大なクエスチョンマークを顔に浮かべながらも、そつなく対応してる。
「では、失礼いたします。優様、また学校で」
ぺこり、と再び頭を下げた西園寺さんはそのまま出ていったけど……なんだか胸にもやもやが残った気がした。