俺は、未来というものを知っている。
少なくとも、俺が生きているこの時代については。
2122年。
人は空を飛び、遠く離れた場所にいる者とも、一瞬で言葉を交わす。
かつての世では想像すらできなかったものが、当たり前のように存在している。
街には無人の車が走り、人間が直接触れることなく動く機械がそこら中にある。
目の前に浮かぶ映像。
遠く離れた人間と、まるで目の前にいるかのように話すことのできる技術。
病で失われるはずだった命さえ、救われるようになった。
――未来。
俺にとって、それは未知のものではなかった。
生まれた時から、俺は未来の中にいた。
だからこそ――
俺は、未来を知っているつもりでいた。
だが。
人間というものは、何百年経とうが変わらない。
欲があり、争い、誰かを信じ、誰かを疑う。
自分の力を試し、他人より上に立とうとする。
そして時に――
「まだ誰も見たことのないもの」を求める。
俺も、その一人だった。
天下統一。
それは、俺が生まれた時代には存在しない言葉ではない。
むしろ、過去の歴史を知る者ならば、誰もが知っている言葉だ。
俺の名――
織田信長。
歴史に名を残した男。
その名を持つことを、俺は嫌ってはいない。
むしろ、その名に恥じぬ生き方をしたいと思っている。
だからこそ――
俺は、自分の目で確かめたかった。
まだ誰も見たことのないものを。
誰も知らない世界を。
未来の、その先を。
……それが、あの日の始まりだった。
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その日、目が覚めると、俺はいつもとは違う場所にいた。
「……?」
目を開ける。
見慣れない天井。
身体を起こす。
周囲を見渡す。
薄暗い部屋だった。
壁際には、見たことのない装置がいくつも並んでいる。
大小さまざまな機械。
その中で,一際存在感を放つものがあった。
光を放つ画面。
複雑に絡み合った配線。
黒っぽい金属製の、小さな装置。高さは、人の腰ほどもない。
その中央には、円形のリングのような部品が取り付けられている。
側面からは細いケーブルが何本か伸び、正面には小さな表示部分らしきものが見えた。
一見すれば、何に使うものなのかも分からない。
「……ここは、どこだ。」
返事はない。
立ち上がる。
頭が重い。
身体に異常はない。
少なくとも、怪我をしたわけではなさそうだ。
だが――
何かがおかしい。
妙だった。
空気が重い。
耳の奥で、低い音が鳴っている。
「……?」
耳を澄ます。
ブーン……。
機械の音。
だが、それだけではない。
何か別のものが混ざっている。
言葉では説明できない。
本能が告げていた。
ここに長くいてはいけない。
俺は目の前の黒い金属製の装置に近づいた。
画面に、いくつもの数字が表示されている。
「……何だ、これは。」
数字が高速で切り替わる。
2122。
2037。
1782。
そして――
「……1999?」
その数字だけが、一瞬、画面の中央に浮かび上がった。
俺は眉をひそめた。
「1999……?」
これは年代を表しているのか。それとも他に意味があるのか。
なぜそんな数字がここに表示されている?
その答えを考えるより先に――
――ドンッ!!
「っ……!」
部屋全体が大きく揺れた。
床が震える。
壁が軋む。
装置から火花が飛ぶ。
「何だ!?」
一歩後ろへ下がる。
だが、その瞬間――
景色が歪んだ。
「……!?」
壁が伸びる。
床が遠ざかる。
天井が沈む。
まるで、この世界そのものが水面になったかのように、すべての景色が揺らいでいく。
「何だ……これは……!」
俺は壁に手を伸ばした。
だが、触れられない。
壁そのものが、俺の手をすり抜けるように歪んでいる。
上下の感覚がなくなる。
身体が浮く。
「くっ……!」
足を踏ん張る。
だが、踏ん張る場所がない。
俺の身体が――
何かに引っ張られている。
前でもない。
後ろでもない。
上でも、下でもない。
もっと別の方向。
存在そのものを、どこかへ引きずり込まれるような感覚。
「離せ……!」
腕を伸ばす。
何かを掴もうとする。
だが、何もない。
「俺をどこへ連れていくつもりだ……!」
答えはない。
ただ、目の前の景色だけが崩れていく。
その瞬間――
俺は、ある可能性に気づいた。
「……まさか。」
時間。
そうだ。
これは――
時間だ。
俺は、時間そのものに呑み込まれている。
「……時間を……越えているのか……?」
信じられない。
未来から過去へ。
そんなことが、本当に起きるのか。
だが、目の前の光景が、それを否定させてくれない。
数字が次々と流れていく。
2122。
2075。
2027。
2010。
2005。
そして――
1999。
「……1999……。」
俺はその数字を見つめた。
なぜだ。
なぜ、1999なんだ。
誰が俺をそこへ送ろうとしている?
何のために?
俺はまだ――
何も成し遂げていない。
天下統一を目前にして討たれたわけでもない。
戦場で敗れたわけでもない。
ましてや、誰かに負けたわけでもない。
なのに――
「俺が、こんなところで終わると思うな!」
叫ぶ。
声が歪む。
自分の声さえ、遠ざかっていく。
「俺は……!」
手を伸ばす。
「俺はまだ……何も……!」
その時に聞こえた。
ピッ,ピッ,ピッ,ピッ,ピッ,ピッ……。
微かに,タイマーの音がする。
「こ…これは…。」
その瞬間――
ピーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!
「......っ!!!!」
耳をつんざくような電子音。
その瞬間,目の前が白い光に覆われた。
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――1999年
「――っ!!」
身体が落ちる。
「うおっ……!」
ドサッ!!
地面に叩きつけられる。
「……っ。」
しばらく、動けなかった。
痛い。
間違いなく、地面がある。
俺はゆっくりと身体を起こした。
「……ここは……。」
顔を上げる。
空。
建物。
道路。
見知らぬ街。
だが――
何かがおかしい。
俺は立ち上がり、周囲を見渡した。
道路を走っている車。
街に立ち並ぶ建物。
店の看板。
人々の服装。
どれも、俺の知っている2122年とは違う。
「……。」
一台の車が目の前を通り過ぎた。
俺は思わず目で追う。
「……遅い。」
車そのものは知っている。
だが、明らかに古い。
街を歩いている人々も、俺の知っている未来の人間とは違う。
そして――
電柱。
紙の看板。
公衆電話。
俺は一つ一つを見つめる。
「……これが……。」
口から、言葉が漏れた。
「1999年……。」
俺は、未来から来た。
そう思っていた。
未来なら、何もかも知っている。
未来なら、何が起こるか分かる。
そう思っていた。
だが――
今の俺には、何一つ分からない。
ここがどこなのか。
なぜここへ来たのか。
どうすれば元の時代へ帰れるのか。
「……。」
俺は空を見上げた。
2122年の空と、何も変わらない。
同じ空。
同じ太陽。
同じ世界。
それなのに――
俺は、自分の知っている世界から切り離されてしまった。
「……過去に来てしまった。」
誰に言うでもなく、呟く。
「ならば――」
拳を握る。
「必ず戻る。」
俺は、ここで終わるつもりはない。
どれだけ時代が違おうと。
どれだけ分からないことがあろうと。
俺は俺だ。
織田信長だ。
そして――
俺にはまだ、やるべきことがある。
「……まずは、ここがどこなのか調べるか。」
そう呟いて、歩き出す。
だが。
この時の俺は、まだ知らなかった。
この1999年で――
俺が、二人の少女と出会うことを。
そして、その出会いが――
俺自身の未来だけではなく、2122年という未来そのものを変えてしまうことを。
俺はまだ知らなかった。
1999年と2122年。
二つの時代を巻き込む、巨大な事件の始まりになることを。
気が向いたらまた書きます。