俺は街を歩いた。
まずは情報が必要だ。
この時代の人間から話を聞く。
そう考えていた。
しかし、歩けば歩くほど、分からないことばかりだった。
「まことみらい市」
分かったのは,この街の名前だけだった。
道を走る車。
建物。
看板。
人々の服装。
俺が知っている2122年の街とは、何もかもが違う。
それでも、立ち止まっているわけにはいかなかった。
俺は、この時代について知らなければならない。
そして――
元の時代へ戻る方法を探さなければならない。
そう考えながら歩いていた。
その時だった。
「――あっ,すみませ〜〜ん!」
遠くから少女の声が聞こえた。
俺が振り返る。
一人の少女が、こちらへ走ってくる。
明るいオレンジ色の髪が、走るたびに揺れている。
「待ってー!」
少女はそのまま俺の前まで駆けてくると、勢いよく立ち止まった。
肩で息をしている。
やがて呼吸を整えると、少女は俺を見る。
青緑色の瞳が、まっすぐ俺に向けられていた。
「あの!!」
「何だ。」
「少し、お話を聞かせてもらえませんか?」
「俺に?」
「はい。」
少女は元気よく頷いた。
それから、俺の服装を上から下まで見る。
「……。」
「何だ。」
「いえ……。」
少女は少しだけ首を傾げた。
「ちょっと珍しい服装だなって。」
「そうか?」
「はい。」
少女は俺の顔を見る。
「なんだか……今の時代の人じゃないみたい。」
「……。」
俺は黙った。
その言葉が、妙に胸に刺さった。
その通りだ。
俺は、この時代の人間ではない。
「後ろの大きなマーク,すごく似合ってますね!!」
「え…これか??」
「はい!すごくカッコいいです!!」
確かに,俺の学ランには,後ろに紋章が入っている。織田木瓜とか言うものだ。
「……。」
少女の言葉に,何と言葉を返せば良いか分からなかった。
だが、目の前の少女はそんな俺の心情など知る由もなく、話を続ける。
「あ!申し遅れました!私,「キュアット探偵事務所」の明智あんなと言います!」
そう言いながら,彼女は自身の名前,顔写真が入った手帳を見せてきた。
そして,そこからともなく話を続けた。
「実は今、ある事件を調べているんです。」
「事件?」
「はい。」
少女はそう言って、手にしていた一枚の写真を取り出した。
「これ、見てもらえますか?」
俺は写真を受け取った。
写真には、一人の人間と、一匹の犬が写っていた。モノクロで,色は分からない。
飼い主らしき人物が、犬を抱いている。
二人――いや、一人と一匹は、とても嬉しそうな表情をしていた。
「この子なんです。」
少女が写真の犬を指差す。
「依頼人さんのペットで,カイちゃんっていう名前の犬なんですけど、白色の可愛いワンちゃんなんです。けど,昨日からいなくなってしまったんです。」
「いなくなった?」
「はい。」
少女は頷いた。
「昨日の散歩で目を離したすきに,消えてしまったみたいで。」
「それで、この写真を手掛かりにしているのか。」
「そうです!」
少女は少しだけ嬉しそうに答えた。
「写真に写っている場所とか、この子がよく行くところとかを調べてるんです。」
「なるほど。」
俺はもう一度、写真を見る。
最初に目に入ったのは、当然、犬だった。
だが――
その時。
俺の視線が、写真の片隅で止まった。
「……。」
街並みの奥。
建物の陰。
そこに――
奇妙な機械が写っていた。
俺は無意識に写真を少し近づけた。
「……これは?」
「え?」
少女が俺の顔を見る。
「どうしました?」
俺は何も答えず、写真を見る。
機械の形。
配置。
その周囲に並んでいる装置。
高さはあまりなく,黒っぽい金属製で,円形のリングのようなものが取り付けられている。
しかし,このアングルでは全容は確認できない。
一つ一つを確認する。
完全に同じものではない。
だが――
2122年で目にした、あの装置によく似ている。
胸の奥がざわついた。
「これは……。」
思わず言葉が漏れる。
しかし、俺はそこで口を閉じた。
俺が2122年から来た。
そんなことを言っても、この少女たちが信じるとは思えない。タイムスリップなど,信用してもらえるわけがない。
そもそも、俺自身がなぜ1999年にいるのかすら分かっていない。
ならば――
今は余計なことを話す必要はない。
俺は何事もなかったように写真を見続けた。
少女は俺の様子を不思議そうに見ている。
「……何か知っていますか?」
「……。」
俺は答えない。
「この辺りのこととか。」
「……。」
「この子を見たとか。」
俺は写真の犬を見る。
「犬は見ていない。」
「そうですか……。」
少女は少し残念そうな顔をした。
そして、写真を覗き込む。
「この子、すごく可愛いんですよ。」
「……そうだな。」
「依頼人さんも、すごく心配してて。」
「大切なペットなんだな。」
「はい。」
少女は頷いた。
「だから、絶対に見つけてあげたいんです。」
その言葉には、迷いがなかった。
俺は少女を見る。
事件を解決することそのものよりも、
目の前で困っている人間を助けたい。
そんな気持ちが、その表情から伝わってきた。
「お前は――」
俺が口を開きかけた、その時だった。
「――あんな!」
別の少女の声が聞こえた。
振り返る。
少し離れたところから、一人の少女がこちらへ駆けてくる。
長いピンク色の髪が、風に揺れている。
緑色の瞳が、俺と先ほどの少女を交互に見た。
「もう、急に走り出さないでよ。」
「だって、事件の手掛かりになるかもしれないんだもん。」
「だからって、知らない人にいきなり声をかけちゃ駄目でしょ。」
ピンク色の髪の少女は、小さく息をついた。
そして俺に向き直る。
「すみません。」
「……。」
「急に声をかけてしまって。」
「構わない。」
「ありがとうございます。」
少女は丁寧に頭を下げた。
先ほどの少女,“あんな”とは違う。
こちらの少女は落ち着いている。
周囲をよく見ているようだった。
「私も,同じキュアット探偵事務所で探偵をやってます,小林みくるです。」
彼女もあんなと同様,自身の手帳を見せてきた。
確かに,ちゃんとした事務所で働いているのだということは伝わる。
だが,こんな小さな子が…?
そんな疑問も,今は考えないこととした。
二人のやり取りを見ていると、どうやらこの二人は一緒に行動しているらしい。
みくるが写真を見る。
「それで、何を聞いていたの?」
「この人に、カイちゃんを見てないか聞いてたの。」
「なるほど。」
みくるは頷いた。
「あなたは、この辺りを歩いていたんですか?」
「ああ。」
「どのくらい前から?」
「……少し前からだ。」
「犬を連れた人は?」
「何人か見た。」
「この写真の犬に似た犬は?」
「……覚えていない。」
「そうですか。」
みくるは少し考える。
「最後にこの犬が目撃された場所が、この近くなんです。」
「そうなのか。」
「はい。」
「ならば、もう少し詳しく探した方がいい。」
「私たちもそう思っています。」
みくるが頷く。
あんなが横から口を挟む。
「だから、この辺りをもう一回見て回ろうと思ってるんです。」
「そうか。」
「あなたも、何か思い出したら教えてくださいね。」
「ああ。」
あんなはにこっと笑った。
その時、みくるが俺の手元にある写真を見る。
「……その写真、何か気になるところがありますか?」
俺は一瞬、言葉を失った。
「……なぜそう思う?」
「さっきから、ずっと写真を見ていますから。」
「……。」
「犬を見ているというより……。」
みくるの視線が俺の手元に落ちる。
「写真の別のところを見ているような気がして。」
鋭い。
だが――
みくるも、写真の中の機械には気づいていない。
俺が見ている場所までは分かっていても、そこに何があるのかまでは分かっていないようだった。
「……気のせいだ。」
「そうですか?」
「そうだ。」
みくるは俺の顔を見る。
しばらく黙っていたが、それ以上は追及しなかった。
あんなはというと、写真の犬を見ている。
「この子、どこに行っちゃったのかな……。」
「……。」
「早く見つけてあげたいね、みくる。」
「ええ。」
二人の会話を聞きながら、俺はもう一度、写真を見る。
犬。
飼い主。
1999年の街並み。
そして――
あの機械。
この機械は何だ。
なぜ、ここにある?
なぜ俺が2122年で見たものに似ている?
そして――
俺が1999年に来たことと、何か関係があるのか?
考えていると、あんなが俺の顔を覗き込んできた。
「……どうしたんですか?」
「何がだ。」
「ずっと難しい顔してますよ。」
「……そうか?」
「はい。」
あんなは少し笑った。
「もしかして、この子が心配なんですか?」
「……犬が?」
「はい。」
「……。」
俺は少しだけ黙る。
「…ああ。まぁ,そうだ。」
「へぇ。優しいんですね!」
あんなは俺を見る。
「それじゃあ,私たち行きますね! お時間いただいて,ありがとうございました!」
「ありがとうございました。」
そう言って,二人は振り向き,歩いていった。
だが――
この機械を調べる必要があることは,直感で分かる。
それならば、この二人と行動するのが一番早い。
「……お前たち!」
「はい?」
あんなが振り向く。
「この写真の場所へ行くのか?」
「はい!」
あんなは元気よく頷いた。
「まずは、この子が最後にいた場所を調べます。」
そう言って、写真の中の犬を指差す。
「もしかしたら、近くにいるかもしれないですから。」
「そうか。」
俺は写真を見る。
そして、もう一度、その片隅に写っている機械へ目を向けた。
やはり気になる。
あれが何なのか。
なぜ、1999年の写真に写っているのか。
そして――
なぜ、俺が2122年で見たものによく似ているのか。
確かめる必要がある。
「ならば――」
俺は写真から目を離し、二人を見る。
「俺も同行させろ。」
「え……。」
あんなが目を丸くする。
だが、次の瞬間にはぱっと表情が明るくなった。
「一緒に来てくれるんですか?」
「ああ。」
「本当ですか?」
「……ああ。」
「やった!」
あんなは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、三人で探しましょう!」
「……。」
俺は少しだけ戸惑った。
なぜ、そこまで嬉しそうにするのだ。
「この子、絶対見つけましょうね!」
「ああ。」
「私たち、こういう事件を解決するのが仕事なんです。」
「そうか。まだ小さそうなのに,よく頑張っているな。」
「はい!」
あんなは大きく頷く。
「だから、困ってる人がいたら放っておけないんです。」
その言葉に、俺は一瞬だけあんなを見る。
真っ直ぐな目だった。
迷いがない。
その隣では、みくるが黙ってこちらを見ていた。
「……。」
何も言わない。
ただ、俺を見ている。
俺はその視線に気づいた。
「……何だ?」
「いえ。」
みくるは静かに首を横に振った。
「何でもありません。」
そう言いながらも、みくるの視線は一瞬だけ俺の手元の写真へ向けられた。
そして、すぐにあんなを見る。
「それじゃあ、行こう。」
「うん!」
あんなが先に歩き出す。
「早く行きましょう!」
「ちょっと、あんな。そんなに急がなくても大丈夫だよ。」
「だって、早く見つけてあげたいんだもん!」
二人の少女が歩き始める。
俺も、その後を追った。
その時――
後ろから、みくるの視線を感じた。
振り返る。
みくるは何も言わず、こちらを見ていた。
目が合うと、すぐに前を向く。
「……。」
妙な少女だ。
何を考えているのか、よく分からない。
俺はそれ以上気にせず、二人について歩き出した。
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突然現れた、この男性。
どう考えても普通じゃない。
最初は、ただの聞き込みの相手だった。
あんなが先に声をかけて、依頼人さんのペットを見ていないか聞いただけ。
それだけのはずだった。
服装も少し変わっている。
この時代の人とは、どこか雰囲気が違う。
でも、それだけなら、そこまで気にすることではない。
世の中には、いろいろな人がいる。
少し変わった服装をしている人だっている。
だから最初は、特に怪しいとは思っていなかった。
――でも。
写真を見せた瞬間だった。
この人の様子が、明らかに変わった。
それまで淡々としていた表情が、一瞬で変わった。
写真を見たまま、動かなくなった。
何かを見つけたように。
何かを――
知っているように。
私は、その時からこの人を注意して見るようになった。
「この子を見ませんでしたか?」
そう聞いた時、この人は犬についてはほとんど反応しなかった。
「犬は見ていない。」
ただ、それだけ。
でも、その後も写真を何度も見ていた。
しかも――
犬ではない。
写真の別の場所を見ている。
私は、それに気づいていた。
あんなは気づいていない。
あんなは写真に写ったペットのことばかり考えている。
「この子、どこに行っちゃったんだろう。」
「早く見つけてあげたい。」
そんなことを考えているんだと思う。
それは、あんならしい。
困っている人がいたら、すぐに助けようとする。
今回だって、依頼人さんが大切にしているペットだから、絶対に見つけたいと思っている。
でも――
この男性は違う。
この人が見ているのは、ペットではない。
写真の中にある、何か別のものだ。
そのことが、どうしても気になった。
私はもう一度、写真を見る。
依頼人さんとペット。
そして、1999年の街並み。
写真を見ただけなら、普通の写真にしか見えない。
でも、この人にとっては違うらしい。
「……。」
何があるんだろう。
何を見つけたんだろう。
そう考えていたときだった。
『俺も同行させろ。』
…って。私は思わず彼を見てしまった。
事件の調査に、自分からついてくる?
私は少し驚いた。
普通なら、この事件にここまで首を突っ込む理由なんてない。
私たちは、初対面だ。
さっきまで名前すら知らなかった相手だ。
しかも、依頼人さんから頼まれたのは、いなくなったペットを探すこと。
普通の人なら、
「知らない。」
「見ていない。」
それで終わる。
わざわざ私たちについてくる必要なんてない。
なのに、この人は違った。
写真を見た途端に何かを気にして、
その写真が撮られた場所へ行くことを、自分から申し出た。
どう考えてもおかしい。
この人は、写真の中に何かを見つけている。
それは間違いない。
問題は――
何を見つけたのか。
私は男性の顔を見る。
表情はほとんど変わっていない。
何を考えているのか、分からない。
質問しても、必要最低限のことしか答えない。
写真についても、詳しいことは何も話そうとしない。
まるで、何かを隠しているみたいに。
……この人はいったい、何者なんだろう。
私は心の中で考える。
もしかすると、依頼人さんのことを知っている?
それとも、以前この場所に来たことがある?
あるいは――
写真に写っている何かと関係がある?
いくつもの可能性が頭に浮かぶ。
でも、どれも確証はない。
だからこそ、決めつけることもできない。
探偵として、分からないことを分からないままにしておくわけにはいかなかった。
少なくとも、この人が何かを知っている可能性は高い。
だったら――
一緒に行動して、確かめればいい。
私は、もう一度男性を見る。
この人が何を知っているのか。
なぜ写真に反応したのか。
そして――
なぜ、そこまでして私たちについてこようとするのか。
それを調べる必要がある。
もちろん、警戒はしておく。
何か分かったわけではない。
この人を信用していいと決まったわけでもない。
でも、今のところ、この人が私たちに危害を加えようとしている証拠もない。
それなら――
事件の手掛かりになる可能性がある以上、調べる価値はある。
隣を見る。
あんなは、すっかり乗り気になっている。
「一緒に探しましょう!」
さっきまでの警戒心など、ほとんどない。
本当に、あんならしい。
私は思わず小さく息を吐く。
……あんなは、もうすっかり仲間のつもりなのかな。
そんなことを考えてしまう。
でも――
私自身も、少し興味が湧いてきていた。
この人と写真に写ったものの間には、何か関係がある。
それだけは間違いない。
ならば、この人についていけば、その答えに近づけるかもしれない。
私は歩き出す二人を見る。
あんなは先を歩いている。
男性は、その少し後ろを歩いている。
その横顔は、やっぱり何を考えているのか分からない。
私はその姿を見ながら、心の中で呟いた。
――この人、絶対に何か隠している。
まだ、その正体は分からない。
でも――
この事件を追っていけば、きっと何かが見えてくる。
私は警戒を解かないまま、二人の後を追った。
そして、もう一度だけ写真を見る。
依頼人さんとペットが写った、一見すると何の変哲もない写真。
その中に隠された、小さな違和感。
そして――
その違和感に、ただ一人、明確に反応した男性。
私は、この人が何者なのかを確かめることにした。
それが、私たちと――
この不思議な男性との最初の事件の始まりだった。
またいつか〜