「俺は……。」
口を開く。
未来から来た。
そう言えばいい。
俺は、2122年から来た。
ここは1999年で、俺は時間を越えてここへ来た。
信じてもらえるかどうかは分からない。
それでも、今の俺が置かれている状況を説明するには、それしかなかった。
「俺は――」
その時だった。
「ピッ。」
「……!」
俺は息を呑んだ。
聞き間違いではない。
この音……。
「ピッ……。」
もう一度。
小さな電子音が、静かな空間に響く。
俺は反射的に周囲を見回した。
どこだ。
どこから聞こえている。
「ピッ、ピッ……。」
――間違いない。
この音を、俺は知っている。
2122年。
俺が、あの場所にいた時に聞いた音だ。
あの機械。
あの異様な空間。
そして――。
「ピッ、ピッ、ピッ……。」
音が、速くなる。
俺の背筋に冷たいものが走った。
あの時と同じだ。
「そんなはずはない……。」
思わず、声が漏れる。
だが、もし。
もし、この音があの時と同じものなら――。
「あの子が危ない。」
「え?」
みくるが俺を見る。
俺は立ち上がった。
「貴様。」
「は、え……。貴様!?」
「……あやつのもとに戻るぞ!!」
「えっ?」
「急げ!!」
俺は駆け出した。
「ちょ、ちょっと待って!」
みくるもすぐに後を追ってくる。
「どうしたの!? 何があったの!?」
「今の音だ!」
「音?」
「ああ!」
俺は振り返らない。
「俺がここへ来る直前にも、同じ音を聞いた!」
「……ここへ来る直前?」
「ああ!」
足を止める暇などない。
俺は走りながら、言葉を続けた。
「俺がいた場所には、見たことのない機械があった!」
「機械……?」
「突然、その機械から音が鳴った!」
「今の音と同じ?」
「そうだ!」
「それで……何が起きたの?」
「音が、どんどん速くなった!」
俺は前だけを見据える。
「最初は一度だけだった!」
「ピッ……。」
「それが――」
「ピッ、ピッ……。」
「次第に間隔が短くなった!」
みくるが息を呑む。
「じゃあ、その後は!?」
「最後に、長い音が鳴った!」
「長い音……?」
「ピーーーーーッ、とな!」
その瞬間。
俺の脳裏に、あの光景が蘇る。
歪む空間。
崩れていく景色。
身体を包み込む、あの眩い光。
「その直後――」
俺は拳を握り締めた。
「俺は、ここにいた…。」
「じゃあ、この音は……」
「分からん!」
俺は叫ぶ。
「だが、俺がここへ来た時と同じ音だ!」
「……!」
「同じ音が、今ここで鳴っている!」
一刻も早く。
頭の中に、嫌な予感が膨らんでいく。
もし同じ現象なら。
もし、あの時と同じように時間そのものが歪んでいるのなら。
「あの音が聞こえた以上、放ってはおけん!」
「……え,ええ!」
みくるも走る。
その時――。
「ピッ。」
「……!」
俺たちは同時に顔を上げた。
今度は、はっきり聞こえた。
近い。
「ピッ、ピッ……。」
さらに近い。
「……あんな!」
みくるが呟く。
俺は走る速度を上げた。
「急ぐぞ!」
「ええ!」
「間に合わなくなる前に――!」
俺たちは、音のする場所へ向かって走った。
「ピッ、ピッ、ピッ……。」
音が、さらに速くなる。
そして、その先から――。
「ピーーーーーーーッ!!」
轟音が響いた。
「――っ!」
俺は目を見開く。
「あの音だ……!」
みくると顔を見合わせる。
もう、迷っている暇はない。
俺たちは一気に駆け出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ピーーーーーーーッ!!」
耳をつんざくような音が、突然、辺り一帯に響き渡った。
「――っ!」
あまりの大きさに、私は思わず両手で耳を塞ぐ。
頭の奥まで直接響いてくるような、不快な電子音。
さっきまで聞こえていた「ピッ、ピッ」という音とは、明らかに違う。
それはまるで――。
何かが、最後の段階へ進んだことを知らせる警告音のようだった。
「な、何……!?」
私は恐る恐る顔を上げる。
その目の前で――。
黒い影が、渦を巻いていた。
「……!」
さっきまで何もなかった空間に、真っ黒な渦が生まれている。
ぐるぐると。
まるで空間そのものが捻じ曲げられているかのように、激しく回転している。
そして――。
その黒い渦の中心から。
一本の腕が伸びた。
「……え?」
私は、一瞬、何が起きているのか理解できなかった。
黒い影の中心から伸びた腕。
その手が――。
依頼人さんへ向かって伸びている。
「……!」
「やめて!」
私は、とっさに一歩踏み出した。
「その人を離して!」
依頼人さんを助けなきゃ。
そう思って、手を伸ばす。
けれど。
黒い腕は止まらなかった。
「いや……!」
依頼人さんの身体が、黒い渦へ引き寄せられていく。
「やめて……!」
必死に抵抗している。
けれど、まるで身体そのものが吸い込まれていくように、少しずつ渦の中心へ近づいていく。
「きゃぁぁぁぁ!!!!」
「依頼人さん!!」
私は、さらに一歩踏み出した。
けれど――。
間に合わなかった。
依頼人さんの身体が、黒い渦の中へ呑み込まれる。
「――っ!」
次の瞬間。
黒い渦が、大きく膨れ上がった。
「……!」
空気が震える。
黒い影が一気に広がっていく。
そして――。
ズズズズズ……。
何かが這いずるような、不気味な音が響いた。
「な……何……?」
私は、その場から動けなかった。
黒い渦の中心で、何かが蠢いている。
大きい。
どんどん大きくなっていく。
人間の姿ではない。
動物でもない。
何なのかすら、分からない。
ただ――。
そこにいる。
それだけで、身体が震えるような存在だった。
そして。
黒い渦が、ゆっくりと消えていく。
その中から現れたのは――。
「……なに……これ……?」
私は、思わず後退りしてしまった。
目の前に立っていたのは…。
真っ黒な怪物だった。
身体全体が、まるで黒い影そのもののように染まっている。
けれど。
目がない。
鼻もない。
口もない。
顔と呼べるような、はっきりとしたパーツが何一つ存在していない。
ただ、真っ黒な身体だけがそこにある。
まるで――。
巨大なのっぺらぼう。
「……。」
私は、言葉を失った。
こんなの。
初めて見た。
今まで見たどんな怪物とも違う。
そして何より――。
あの依頼人さんは。
どこにもいない。
「……あんな!」
その時。
後ろから、声が聞こえた。
「……!」
聞き慣れた声。
私は、すぐに振り返る。
「みくる!」
みくるが、こちらへ走ってくる。
その後ろには――。
「……学ランの人!」
私は、みくると一緒に走ってきた学ランの人の姿を見つけた。
さっきまで離れていたはずなのに。
二人とも、こちらへ駆けつけてくれたらしい。
私は、すぐに二人のもとへ駆け寄った。
「無事だったんですね!」
学ランの人は、私を見る。
「ああ。」
けれど。
その視線は、すぐに私の後ろへ向けられた。
「だが――。」
その表情が、僅かに険しくなる。
「……あれは何だ。」
「……。」
私は振り返る。
そこには――。
さっきの黒い怪物が立っている。
「私にも分からない。」
自分でも驚くほど、声が震えていた。
「私も……こんなの初めて見た。」
「もしかして……。」
みくるが、怪物を見つめながら口を開く。
「また怪盗団ファントムが……?」
「でも――。」
みくるの視線が、周囲を探す。
「ニジーやアゲセーヌの姿が見えないわ。」
「……!」
私は、はっとした。
確かに。
怪盗団ファントムなら――。
あの二人がいるはず。
少なくとも、今まで私たちが見てきた怪物とは違う。
みくるは、目の前の黒い渦――。
そして、その中心から生まれた怪物をじっと観察していた。
「それに……。」
みくるが呟く。
その目が、黒い影を追う。
「この不気味で真っ黒な影……。」
「……。」
私は、黙ってみくるの言葉を聞いていた。
「怪盗団ファントムなら、こんな影ではないはず!」
「……!」
私も、そう思った。
怪盗団ファントムが生み出す怪物は――。
今まで見てきたものとは、明らかに違う。
あの人たちは、ウソをエネルギーにして怪物を生み出す。
けれど。
今回の依頼人さんは――。
「後悔……。」
私は、ふと呟いた。
そうだ。
依頼人さんは、事件が起こる前からずっと後悔していた。
「あの日に戻れたら」と。
何度も。
何度も。
過去をやり直したいと願っていた。
そして――。
あの電子音が鳴った。
黒い影が現れた。
そして今。
依頼人さんは、怪物になった。
「……。」
私は、目の前の怪物を見つめる。
ウソじゃない。
これは――。
後悔をきっかけに生まれた怪物だ。
「……怪盗団ファントムじゃ…ない…?」
気づけば、私はそう口にしていた。
みくるも、静かに頷く。
「ええ。」
学ランの人も、黒い怪物をじっと見つめている。
「……。」
誰も、まだ答えを知らない。
この怪物が何なのか。
なぜ、依頼人さんから生まれたのか。
そして――。
あの「ピーーーーーーーッ!!」という音は、一体何だったのか。
ただ一つ、分かっていることがある。
これは。
私たちが今まで知っている怪盗団ファントムの事件,マコトジュエルに関する出来事とは――。
何かが違う。何もかもが違う。
そう感じた瞬間。
目の前の真っ黒な怪物が、ゆっくりとこちらを向いた。
「学ランの人!」
「何だ。」
私は学ランの人の腕を掴んだ。
「こっち!」
「おい!」
そのまま、怪物から離れるように走る。
「何をする!」
「いいから!」
学ランの人は抵抗しようとする。
でも、私はその腕を離さなかった。
少しでも怪物から遠ざける。
建物の陰まで来たところで、私はようやく足を止めた。
ここなら、少なくとも怪物の正面からは見えにくい。
私は学ランの人の腕を離した。
「ここにいてください!」
「……何?」
「私たちが何とかしますから。あなたは安全なところへ!」
学ランの人は、信じられないものを見るような顔をした。
「貴様……何を言っている。」
「え?」
「何とかするだと?」
声が低くなる。
「貴様らが、あれと戦うつもりなのか。」
「……。」
私は怪物を見る。
依頼人さんは、まだそこにいる。
助けを待っている。
「そうです。」
私は、はっきり答えた。
「だから、ここにいてください。」
「待て。」
学ランの人が私の前に立つ。
「貴様らも危険だ。」
「分かってます。」
「ならば逃げろ!」
「できません!」
私は首を横に振った。
「どうしてだ。」
「依頼人さんを置いていけないから。」
私は怪物の方へ視線を戻す。
「私たちは、あの人を助けるためにここまで来たんです。」
「……。」
学ランの人は黙り込んだ。
「助けを求めている人がいるのに、逃げるなんてできません。」
私は一度だけ、学ランの人を見る。
「だから――」
怪物の方へ向き直る。
「ここにいてください。」
「おい!」
背後から声が飛んでくる。
「貴様、本当に分かっているのか! あれがどれほど危険なのか!」
私は振り返った。
学ランの人の表情は、今まで見たことがないくらい険しかった。
本気で私たちを止めようとしている。
だけど――
「大丈夫です。」
私は笑った。
「私たちなら。」
そう言って,私はあの怪物の方へ向かって走り出した。
「待て!」
背後から学ランの人の声が響く。
「おい!」
私は振り返らない。
今は、目の前の依頼人さんを助けることが一番だから。