新・信長公記 〜信長くんと2人の名探偵〜   作:ごじょう

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今回で第1話終わり!


第1話「1999」⑤

「……。」

 

俺は拳を握る。

 

あの怪物が何なのかは分からない。

 

あの二人が何をするつもりなのかも分からない。

 

だが、あれが危険なものであることだけは分かる。

 

ならば――。

 

俺は二人に言われた通り、その場から離れることにした。

 

建物の陰を抜け、怪物の姿が見えなくなるところまで歩いていく。

 

「……。」

 

足を止めた。

 

静かだった。

 

先ほどまで聞こえていた音も、ここまで来れば遠い。

 

俺は振り返った。

 

もう、あの二人の姿は見えない。

 

「……これでいい。」

 

自分に言い聞かせるように呟く。

 

あの二人の言った通りにした。

 

俺がここに残っても、何ができるわけでもない。

 

それに――。

 

俺には、やらなければならないことがある。

 

「俺は……帰らなければならない。」

 

2122年。

 

俺がいた未来。

 

俺は、そこからここへ来た。

 

あの奇妙な機械。

 

あの空間。

 

そして、あの音。

 

「ピッ。」

 

「ピッ、ピッ……。」

 

「ピーーーーーッ……。」

 

あの音が鳴った直後、俺はここへ飛ばされた。

 

偶然とは思えない。

 

ならば、あの怪物とあの音にも何か関係があるはずだ。

 

「……。」

 

だが。

 

俺はそこで、あることに気づいた。

 

もし、あの怪物によって何かが起きているのだとしたら。

 

もし、あの音が俺をここへ飛ばしたものと同じものなのだとしたら。

 

「このまま離れていていいのか……?」

 

足が止まる。

 

俺は、もう一度後ろを見る。

 

遠くから、かすかに何かが聞こえた。

 

「……ピッ。」

 

心臓が跳ねる。

 

「……!」

 

あの音だ。

 

間違いない。

 

「ピッ、ピッ……。」

 

また聞こえる。

 

俺のいた時代で聞いた音。

 

俺をこの時代へ連れてきた音。

 

そして今、あの怪物の近くから聞こえている。

 

「……まさか。」

 

俺は気づいた。

 

このまま逃げれば――。

 

俺が帰るための手掛かりまで、失うかもしれない。

 

「……ふざけるな。」

 

俺は踵を返した。

 

「俺は、まだ……。」

 

走り出す。

 

「帰る道を……自分から捨てるわけにはいかない!」

 

さっきまで遠ざかっていた現場が、再び近づいてくる。

 

足音が大きくなる。

 

呼吸が荒くなる。

 

そして――。

 

建物の角を曲がった瞬間。

 

俺の目に飛び込んできたのは――。

 

「……何だ、あれは。」

 

先ほどの少女たちだった。

 

だが。

俺が知っている二人とは、まるで違う。

 

一人は、長いピンク色の髪をなびかせながら、怪物の前に立っていた。

 

その身を包んでいるのは、先ほどまで着ていた服ではない。

 

華やかな衣装。

 

そして、その瞳には強い意志が宿っている。

 

「……あの少女は……。」

 

俺は思わず足を止めた。

 

もう一人も同じだった。

 

紫色の髪を大きくなびかせながら、怪物の攻撃をかわす。

 

二人は互いに声を掛け合いながら、怪物へ立ち向かっている。

 

「アンサー!」

 

「ミスティック!」

 

二人が同時に駆ける。

 

怪物の腕が振り下ろされる。

 

「危ない!」

 

俺は思わず声を上げた。

 

だが――。

 

紫色の髪の少女”アンサー”が身を翻す。

 

紙一重で攻撃をかわした。

 

そのまま宙へ跳び上がる。

 

「はあっ!」

 

強烈な一撃。

 

怪物が後退する。

 

続いて、ピンク色の髪の少女”ミスティック”が駆ける。

「今だよ、アンサー!」

 

「うん!」

 

二人の動きが重なる。

 

一人ではない。

 

 

二人で戦っている。

 

互いを信頼し、互いの動きを理解している。

 

「……。」

 

俺は言葉を失った。

 

先ほどまで俺の腕を掴み、

 

「ここにいてください!」

 

そう言っていた少女。

 

あの少女が――。

 

今は、自分よりも遥かに大きな怪物へ向かっていく。

 

「どうして……。」

 

恐ろしくないのか。

 

俺なら、どうする。

 

あんなものを目の前にして、逃げずに立ち向かえるのか。

 

「……。」

 

そのとき。

 

怪物の攻撃がアンサーを捉えた。

 

「――っ!」

 

吹き飛ばされる。

 

「アンサー!」

 

地面を転がる。

 

「……!」

 

俺は思わず一歩踏み出した。

 

だが。

 

アンサーは、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……まだ。」

 

その声は震えていた。

 

それでも、立ち上がる。

 

拳を握る。

 

そして怪物を見据える。

 

「まだ終わってない!」

 

再び走り出す。

 

「……!」

 

俺は、その姿を見つめた。

 

怖くないわけじゃない。

 

傷つかないわけでもない。

 

それでも――。

 

誰かを助けるために、前へ進んでいる。

 

「……あの少女。」

 

俺は小さく呟いた。

 

さっきまで俺のことを心配していた少女。

 

自分よりも見ず知らずの俺を安全な場所へ逃がそうとした少女。

 

そして今は――。

 

自分自身が危険な場所に立っている。

 

「……強いな。」

 

その言葉が、自然に口からこぼれた。

 

だが、俺にはまだ分からない。

 

この少女たちが何者なのか。

 

なぜ、あの怪物と戦っているのか。

そして――。

 

なぜ、あの音が俺のいた未来と同じなのか。

 

俺はただ、その戦いを見つめていた。

 

そのとき。

 

紫色の髪の少女”キュアアンサー”がこちらへ一瞬だけ視線を向けた。

 

「……!」

 

目が合う。

 

「どうして……!!」

 

彼女の声が聞こえた。

 

だが、すぐに怪物へ向き直った。

 

「今は――!」

 

彼女が叫ぶ。

 

目の前では、二人の勇敢な少女が再び怪物へ向かっていく。

 

その姿を見つめながら、俺は勇気をもらえた気がした。

 

俺は初めて、この1999年という時代に、自分から踏み込んでいく決意をした。

 

――その瞬間だった。

 

「グオオオオオオッ!!」

 

怪物が、突然こちらを振り向いた。

 

「……!」

 

その赤黒い瞳が、俺を捉える。

 

「何……?」

 

思わず息を呑んだ。

 

怪物の周囲で、黒い影が渦を巻き始める。

 

「……まずい!」

 

もう一人の少女、キュアミスティックの声が飛んだ。

 

「学ランの人! 逃げて!!」

 

「何?」

 

次の瞬間。

 

怪物の腕から、黒い塊が放たれた。

 

「――っ!」

 

一直線に、俺へ向かって飛んでくる。

 

速い。

 

避ける――。

 

そう思った時には、もう遅かった。

 

「くっ……!」

 

身体が動かない。

 

黒い影が、目の前まで迫る。

 

――その瞬間。

 

 

「学ランの人!!」

 

聞き覚えのある声が響いた。

 

「――!」

 

誰かが、俺の前に飛び込んできた。

 

「な――!?」

 

次の瞬間。

 

ドンッ!!

 

凄まじい衝撃音が響いた。

 

「――っ!!」

 

目の前で、小さな身体が大きく弾き飛ばされる。

 

「……!」

 

俺は目を見開いた。

 

紫色の髪が宙を舞う。

 

白と紫の服装が、俺の目の前を横切る。

 

そして――。

 

「……っ……!」

 

地面に叩きつけられたのは、紫色の髪の少女”アンサー”だった。

 

「おい!!」

 

俺は駆け寄った。

 

「大丈夫か!?」

 

アンサーは地面に手をつき、必死に身体を起こそうとしている。

 

 

「……だい……じょうぶ……。」

 

「どこが大丈夫だ!」

 

俺は彼女の腕を見る。

 

衣装が大きく傷ついている。

 

その下から、赤い傷が見えていた。

 

「……!」

 

俺は言葉を失った。

 

俺を庇った。

 

この少女は――。

 

俺の代わりに、攻撃を受けた。

 

「なぜ……。」

 

思わず声が漏れる。

 

「なぜ俺を庇った!」

 

キュアアンサーは苦しそうに顔を上げた。

 

そして、俺を見る。

 

「だって……。」

 

息を整えながら、かすかに笑った。

 

「……怪我したら、危ないから。」

 

「……!」

 

その言葉に、胸を突かれた。

 

さっきまで、俺を安全な場所へ連れていこうとしていた少女。

 

今度は自分が傷ついてまで、俺を守った。

 

「……貴様……。」

 

俺はゆっくり立ち上がった。

 

拳が震えている。

 

怒りだった。

 

自分でも分かるほど、身体の奥から怒りが込み上げてくる。

 

俺は怪物を睨みつけた。

 

「……ふざけるな!!」

 

声が辺りに響き渡った。

 

「……!」

 

キュアミスティックが振り返る。

 

俺は構わず、怪物へ向かって叫ぶ。

 

「何の罪もない人間を、平気で傷つけるのか!!」

 

怪物は、何も答えない。

 

ただ、黒い影をまといながらこちらを見ている。

 

「貴様らの目的はなんだ!!」

 

一歩、前へ出る。

 

「なぜ、こんなことをする!」

 

さらに一歩。

 

「何故、何の関係もない人間を巻き込む!!」

 

声に怒気が滲む。

 

「答えろ!!」

 

怪物が低く唸った。

 

「……未来など……必要ない……。」

 

「……何?」

 

その言葉を聞いた瞬間、俺は目を細めた。

 

「未来……?」

 

その言葉だけが、妙に引っかかった。

 

未来。

 

俺が、この1999年に来てしまった理由。

 

そして、俺が帰らなければならない場所。

 

「……貴様。」

 

俺は怪物を睨みつける。

 

「未来という言葉を……知っているのか。」

 

怪物は答えない。

 

ただ、黒い渦が再び大きくなっていく。

 

そのときだった。

 

「……っ。」

 

背後から、小さな声が聞こえた。

 

振り返る。

 

アンサーが、地面に手をついていた。

 

「おい!」

 

俺はすぐに駆け寄る。

 

「無理をするな!」

 

彼女は何とか身体を起こそうとしている。

 

だが、腕に力が入らない。

 

「……っ……。」

 

もう一度、立とうとする。

 

膝が震える。

 

「まだ傷が……!!」

 

俺は思わず彼女の肩へ手を伸ばした。

 

「動くな!」

 

「……。」

 

キュアアンサーは一瞬、俺の方を見る。

 

その瞳には、痛みが浮かんでいる。

 

それでも――。

 

「大丈夫。」

 

「大丈夫なものか!」

 

「……ううん。」

 

彼女は小さく首を振った。

 

そして、ゆっくりと息を吸う。

 

キュアアンサーは、怪物の方を見る。

 

その視線の先には、まだ依頼人がいる。

 

黒い渦の中に捕らわれたままだ。

 

「まだ、助けなきゃいけない人がいる。」

 

「……。」

 

俺は言葉を失った。

 

彼女は、震える足に力を込める。

 

「……っ。」

 

ゆっくりと身体を起こす。

 

「おい……!」

 

俺は支えようとする。

 

だが、彼女は自分の力で立とうとした。

 

 

一度、膝が折れかける。

 

「アンサー!」

 

ミスティックが駆け寄ろうとする。

 

「その傷……本当に大丈夫なの!?」

 

「大丈夫!」

 

アンサーは手を上げて制した。

 

そして――。

 

 

もう一度、立ち上がる。

 

「……っ……。」

 

痛みを堪えているのが分かる。

 

それでも、彼女は倒れなかった。

 

真っ直ぐに怪物を見据える。

 

「私たちが……。」

 

声はまだ震えていた。

 

それでも、その言葉には迷いがなかった。

 

「私たちが……行くよ、ミスティック!!」

 

アンサーが立ち上がった。

 

「アンサー!」

 

ミスティックが心配そうに声を掛ける。

 

「その傷……!」

 

俺は思わず目を向けた。

 

先ほど、俺を庇ったときに受けた傷。

 

衣装は大きく傷つき、腕にも赤い傷が残っている。

 

それでも――。

 

「大丈夫。」

 

アンサーはそう言った。

 

その声には,僅かな迷いも一切なかった。

 

「まだ、動ける。」

 

その目は、怪物を真っ直ぐに見据えていた。

 

その先には、黒い渦に囚われた依頼人がいる。

 

「だから……助ける!!!」

 

「……。」

 

俺は、その言葉を聞いていた。

 

傷ついている。

 

それでも、この少女は逃げようとしない。

 

ミスティックが一瞬だけ黙った。

 

そして――。

 

「……うん。」

 

アンサーの隣に並んだ。

 

「一緒に行こう。」

 

「うん!」

 

二人が同時に構える。

 

怪物が低く唸った。

 

「グオオオオオオオオッ!!」

 

次の瞬間。

 

黒い影が、二人へ向かって一気に押し寄せる。

 

「来るよ!」

 

「うん!」

 

アンサーが地面を蹴った。

 

「はあああああっ!!」

 

黒い影を紙一重でかわす。

 

そのまま怪物へ向かって跳躍した。

 

「アンサー!」

 

ミスティックも続く。

 

「今だよ!!」

 

「分かった!」

 

二人の身体を、桃色と紫色の光が包み込んでいく。

 

「……!」

 

俺は思わず目を細めた。

 

光が重なっていく。

 

まるで、二人の力が一つになっていくようだった。

 

「私たちは――!」

 

 

アンサーが叫ぶ。

 

「過去に囚われない!」

 

ミスティックが続く。

 

「未来へ進む!」

 

二人が空中で並ぶ。

 

そして――。

 

「「これが私たちのアンサーだぁぁぁぁ!!!!」」

 

――ドォォォォォォォン!!

 

凄まじい衝撃音が響き渡った。

 

二人の攻撃が、同時に怪物へ叩き込まれる。

 

「グオオオオオオオオオッ!!」

 

怪物の身体が大きく吹き飛んだ。

 

黒い影が砕け散る。

 

「……!」

 

俺は息を呑んだ。

 

だが――。

 

怪物はまだ倒れていない。

 

黒い身体を震わせながら、ゆっくりと立ち上がろうとしている。

 

「過去に……戻る……。」

 

その声が響く。

 

「……!」

 

アンサーが怪物を見る。

 

「もう、戻らなくていい。」

 

「……。」

 

「あなたが後悔していることは、消えないかもしれない。」

 

アンサーは一歩、前へ出る。

 

傷ついた身体。

 

それでも、その足は止まらない。

 

「でも――。」

 

ミスティックも隣に立った。

 

「これから先の時間は、変えられる。」

 

俺は、その言葉を聞いていた。

 

未来。

 

その言葉が、また俺の胸に引っかかった。

 

俺自身が、未来から来た。

 

そして今、目の前にいる二人は、その未来を守ろうとしている。

 

「だから――。」

 

アンサーが拳を握る。

 

「前を向こう!」

 

アンサーは、その姿を見つめていた。

 

そして――。

 

「大丈夫。」

 

静かな声だった。

 

「過去は、消えないけど…。」

 

ミスティックも続ける。

 

「だから……これからを大切にしよう。」

 

その言葉は,まるで俺自身に向けられているようだった。

 

そしてその瞬間,目の前の黒い影が,空へと消え去った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

眩い光が弾けた。

 

黒い影が、完全に消えた。

 

さっきまであれほど大きかった怪物の姿も、跡形もなく消えていく。

 

そして――。

 

その中心から、一人の女性が姿を現した。

 

同時に、私たちを包んでいた光も消えていく。

 

変身が解けた。

 

「……あんな。」

 

「うん。」

 

私たちは顔を見合わせる。

 

どうやら、終わったみたい。

 

私はすぐに、依頼人の女性へ駆け寄った。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「……う……。」

 

女性が、ゆっくりと目を開ける。

 

「私……何を……。」

 

「もう大丈夫です。」

 

みくるが、優しく声を掛ける。

 

「怪物は消えました。」

 

「……怪物……?」

 

女性は不思議そうに辺りを見回した。

 

そして――。

 

何かを思い出したように、突然顔を上げる。

 

「……あの子は!?」

 

「……!」

 

私も息を呑んだ。

 

怪物を倒した。

 

依頼人を助けた。

 

でも――。

 

あの子が見つかっていない。

 

「カイちゃん……。」

 

女性の表情が、みるみる曇っていく。

 

「まだ……見つかってない……。」

 

「……。」

 

私はみくると顔を見合わせた。

 

そして、すぐに頷く。

 

「探しましょう。」

 

「うん。」

 

私たちが立ち上がろうとした、そのときだった。

 

「……探しているのは、こやつか?」

 

「……え?」

 

聞き覚えのある声。

 

振り返る。

 

そこにいたのは――。

 

「学ランの人……!」

 

その腕の中には。

 

「……!」

 

一匹の犬が抱えられていた。

 

「えっ……!」

 

女性も、その姿を見て目を大きく見開く。

 

「あなた……!」

 

犬は女性の姿を見た瞬間、嬉しそうに身体を動かした。

 

「ワン!」

 

「カイちゃん!」

 

女性が駆け寄る。

 

学ランの人は、すぐに犬を地面へ降ろした。

 

すると――。

 

カイちゃんは一目散に女性のもとへ走っていった。

 

「カイちゃん!!」

 

女性はその場にしゃがみ込み、カイちゃんを両手で抱きしめる。

 

「よかった……!」

 

その目から、涙がこぼれた。

 

「本当に……よかった……!」

 

カイちゃんも嬉しそうに鳴きながら、女性の腕の中へ顔を埋めている。

 

「ごめんね……。」

 

女性は何度もカイちゃんの身体を撫でる。

 

「ごめんね……。もう、絶対に離さないから……。」

 

その姿を見ていると、胸の奥が少しだけ温かくなった。

 

「……よかった。」

 

私が呟くと、隣にいたみくるも小さく頷いた。

 

「うん。」

 

これで、やっと本当に事件が終わったんだ。

 

そう思った。

 

でも――。

 

私は、ふと気になった。

 

学ランの人は、どうしてあの子を見つけたんだろう?

 

私は彼の方を見る。

 

「学ランの人。」

 

「何だ。」

 

「どうしてあの子を?」

 

学ランの人は、少しだけ視線を逸らした。

 

そして、静かに答えた。

 

「……怪物が消えたときだ。」

 

「え?」

 

「お前たちが怪物を倒した直後、あの女から妙なものが消えただろう。」

 

「……?」

 

私は、さっきの戦いを思い出す。

 

怪物が消える直前。

 

依頼人を包んでいた黒い影が、全部消えていった。

 

「その直後だ。俺の後ろで,犬が怯える鳴き声がした。」

 

学ランの人は、建物の方へ視線を向ける。

 

「すると――あそこの影に、こやつが隠れていた。」

 

「建物の影……?」

 

「ああ。」

 

彼は頷いた。

 

「震えていたからな。」

 

「……。」

 

私は建物の影を見る。

 

確かに、そこなら私たちからは見えにくい。

 

あの子は、ずっとそこに隠れていたんだ。

 

怪物に怯えていたのかもしれない。

 

「それで、見つけたんだ……。」

 

「ああ。」

 

学ランの人は、それ以上多くを語らなかった。

 

「ありがとう、学ランの人!」

 

私は思わず笑った。

 

「礼を言われるほどのことではない。」

 

「でも、ありがとう。」

 

「……。」

 

学ランの人は何も言わなかった。

 

ただ、女性とカイちゃんの姿を静かに見つめている。

 

その表情は、どこか安心しているようにも見えた。

 

女性はカイちゃんを抱きしめながら、何度もその身体を撫でている。

 

「もう……離れないからね。」

 

その言葉を聞いて、私は少しだけ微笑んだ。

 

この人は、カイちゃんを本当に大切に思っていたんだ。

 

だからこそ、あんな怪物に利用されてしまった。

 

でも――。

 

もう大丈夫。

 

「これで……事件は終わったのかな。」

 

私が呟く。

 

「うん。」

 

みくるが頷く。

 

「依頼人も無事。カイちゃんも見つかった。」

 

「これで一件落着だね!」

 

私は笑った。

 

すると、学ランの人が小さく呟いた。

 

「……一件落着。」

 

その言葉を、確かめるように繰り返している。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

依頼人の女性は、何度も私たちに頭を下げた。

 

「本当に……ありがとうございました。」

 

その腕の中には、カイちゃんがいる。

 

さっきまであんなに不安そうだったカイちゃんも、今ではすっかり落ち着いている。

 

「いえいえ!」

 

私は笑顔で答えた。

 

「カイちゃんが見つかって、本当によかったです!」

 

「はい……。」

 

女性はカイちゃんを抱きしめる。

 

「この子がいなくなってしまって、本当にどうしようかと思っていたので……。」

 

「もう、大丈夫ですよ。」

 

みくるが優しく微笑む。

 

「ちゃんと見つかりましたから。」

 

「……ありがとうございます。」

 

女性はもう一度、深く頭を下げた。

 

そして――。

 

カイちゃんを抱いたまま、ゆっくりと歩いていった。

 

その後ろ姿を、私たちは見送る。

 

「……。」

 

しばらくして。

 

その姿が見えなくなったところで、私は小さく息を吐いた。

 

「よかったね、みくる。」

 

「うん。」

 

みくるも頷く。

 

「これで、本当に一件落着。」

 

「そうだね!はなまる解決!!」

 

私は笑った。

 

だけど――。

 

隣にいるもう一人の人を見る。

 

学ランの人。

 

さっきまで怪物と戦っていた私たちを、ずっと見ていた人。

 

「……。」

 

学ランの人は、何も言わずに立っていた。

 

どこか遠くを見るような目をしている。

 

「……。」

 

私は少しだけ気になった。

 

そのときだった。

 

学ランの人が、こちらを向いた。

 

「……忠告を無視して、すまなかった。」

 

「え?」

 

突然の言葉だった。

 

私は目を瞬かせる。

 

「忠告って……。」

 

「貴様らは、俺に安全な場所にいろと言った。」

 

学ランの人は、静かに続けた。

 

「それなのに、俺は戻ってきた。」

 

「……。」

 

私は何も言えなかった。

 

確かにそうだ。

 

私たちは、危険だから離れていてほしいと言った。

 

それなのに彼は戻ってきた。プリキュアだってことも見られちゃったし…。

 

「……迷惑をかけてしまった。」

 

「そんな――。」

 

私はすぐに口を開こうとした。

 

でも。

 

学ランの人は、そのまま続けた。

 

「お前が俺を庇った。」

 

その言葉に、私は少し驚いた。

 

「……。」

 

 

「俺のせいで、お前が傷を負った。」

 

「……。」

 

私は思わず腕を見た。

 

確かに、少し痛む気がする。

 

でも――。

 

「大丈夫だよ。」

 

私は笑ってみせた。

 

「これくらい、平気。」

 

「……。」

 

学ランの人は、何も答えない。

 

その表情には、後悔が滲んでいた。

 

「俺が戻らなければ、貴様があんな目に遭うこともなかった。」

 

「……そんなこと。」

 

私は首を振る。

 

「あなたのせいじゃないよ。」

 

「だが――。」

 

「違うよ。」

 

私は、少し強く言った。

 

「私が勝手に飛び込んだだけだから。」

 

「……。」

 

「それに。」

 

私は、少しだけ笑う。

 

「助けることができてよかったって思ってる。」

 

学ランの人が、わずかに目を見開いた。

 

「……。」

 

私はそのまま続ける。

 

「依頼人さんも助かったし、カイちゃんも見つかった。」

 

「……。」

 

「だから、そんな顔しなくていいよ。」

 

学ランの人は、しばらく黙っていた。

 

そして――。

 

「……そうか。」

 

短く答えた。

 

でも。

 

その声には、まだ何かを抱えているような響きがあった。

 

そして彼は、私たちから少し離れる。

 

「……では、俺は行く。」

 

「え?」

 

私は思わず聞き返した。

 

「行くって……どこへ?」

 

「分からない。」

 

「……。」

 

学ランの人は、遠くを見る。

 

「だが、ここに長く留まるわけにはいかない。」

 

「どうして?」

 

「俺には、やらなければならないことがある。」

 

その言葉を聞いて、私は少しだけ不安になった。

 

「やらなければならないこと……?」

 

「ああ。」

 

彼はそれ以上答えない。

 

そして、私たちに背を向ける。

 

「待って!」

 

私は思わず呼び止めた。

 

学ランの人の足が止まる。

 

「……何だ。」

 

私は彼の背中を見る。

 

どうしてだろう。

 

このまま行かせてはいけない。

 

そんな気がした。

 

「学ランの人。」

 

「……。」

 

「みくるから聞きました。」

 

「……?」

 

彼が振り返る。私は彼をまっすぐ見る。

 

「さっきの、タイマーみたいな音。」

 

「……。」

 

学ランの人の表情が変わった。

 

ほんの一瞬だけ。

 

でも――。

 

私は見逃さなかった。

 

「あなた、あの音を聞いたことがあったんですよね?」

 

「……。」

 

「私たちが聞いたときも、依頼人さんには全然聞こえてなかった。」

 

私は一歩、彼に近づく。

 

「なのに、どうしてあなたには聞こえてたんですか?」

 

学ランの人は答えない。

 

「……。」

 

私は、彼の顔を見る。

 

「どうして?」

 

もう一度、尋ねる。

 

しばらく沈黙が続いた。

 

すると、今度はみくるが口を開いた。

 

「私に話してくれましたよね?」

 

「……。」

 

「『俺がここに来た時と同じだ』って。」

 

学ランの人の目が、わずかに動く。

 

みくるは真っ直ぐに彼を見る。

 

「私は、あの言葉がずっと気になっていました。」

 

「……。」

 

「『俺がここに来た時と同じ。』」

 

みくるは、その言葉をもう一度繰り返す。

 

「それは、どういう意味なんですか?」

 

「……。」

 

学ランの人は黙っていた。

 

私も黙って、その顔を見る。

 

今までとは違う。

 

明らかに、この人は何か大きなことを隠している。

 

そんな気がした。

 

「……。」

 

長い沈黙。

 

やがて。

 

学ランの人が、ゆっくりと口を開いた。

 

「……そうか。」

 

低い声だった。

 

「やはり、隠し通すことはできないか。」

 

「……。」

 

私は息を呑む。

 

彼は一度、空を見上げた。

 

1999年の空。

 

私にとっては当たり前の空。

 

でも――。

 

この人にとっては、違うのかもしれない。

 

「俺は……。」

 

彼は言葉を選ぶように、ゆっくりと話し始めた。

 

「この時代の人間ではない。」

 

「……え?」

 

私の胸が、ドクンと鳴った。

 

みくるも目を見開く。

 

「この時代の人間じゃない……?」

 

「ああ。」

 

彼は静かに頷いた。

 

「俺がいたのは――。」

 

一瞬、言葉が止まる。

 

そして。

 

「2122年だ。」

 

「……。」

 

頭の中が、真っ白になった。

 

「2122……年?」

 

思わず聞き返す。

 

彼は頷いた。

 

「俺は、2122年から来た。」

 

「……未来……?」

 

私の口から、自然にその言葉が漏れた。

 

「そうだ。」

 

私は何も言えなかった。

 

未来。2122年。

 

私が生まれた2027年よりも、ずっと先の時代。

 

そんなところから――。

 

この人は?

 

私と同じ,タイムスリップしてきたってこと…?

 

「……じゃあ。」

 

私は、さっきの音を思い出す。

 

「さっきの音も……。」

 

「ああ。」

 

「2122年で聞いた音なの?」

 

「そうだ。」

 

彼の返事には迷いがなかった。

 

「俺がここへ来る直前にも、あの音を聞いた。」

 

「……!」

 

私とみくるが顔を見合わせる。

 

「……2122年。」

 

みくるが、信じられないというように呟いた。

 

「未来から……来たってこと?」

 

「ああ。」

 

学ランの人――いや。

 

今まで私たちがそう呼んでいた彼は、静かに頷いた。

 

「俺は、2122年から来た。」

 

「……。」

 

私は何も言えなかった。

 

頭の中で、今までの出来事が次々につながっていく。

 

写真を見たときの、あの反応。

 

あの機械を見つめていた目。

 

私たちには分からなかったものを、彼だけが知っていた理由。

 

そして――。

 

あの電子音。

 

私たちが聞いた、あの不思議な音。

 

彼は、あの音を知っていた。

 

それどころか――。

 

あの音が鳴った直後に、この1999年へ来た。

 

「じゃあ……。」

 

私は、ゆっくりと彼を見る。

 

「あなたが、この時代に来たのは……あの音が原因なの?」

 

「……そうだ。」

 

「……。」

 

やっぱり。

 

繋がっている。

 

あの音と、この人。

 

そして――。

 

怪物。

 

私たちは、まだ何も知らない。

 

でも。

 

目の前にいるこの人が、今回の事件の鍵を握っている。

 

そんな気がした。

 

私は彼の顔を見る。

 

すると――。

 

ふと、あることに気づいた。

 

「……あ。」

 

「どうしたの?」

 

みくるが私を見る。

 

私は、彼から目を離さないまま言った。

 

「そういえば……。」

 

「……?」

 

「私たち、まだあなたの名前を聞いてない。」

 

「……。」

 

彼の表情が、ほんの少しだけ変わった。

 

私は続ける。

 

「ずっと『学ランの人』って呼んでたけど……。」

 

少しだけ申し訳なくなって、私は苦笑した。

 

「……よく考えたら、変だよね。」

 

「……。」

 

彼は答えなかった。

 

ただ、私たちを見ている。

 

その目が、ほんの一瞬だけ揺れたように見えた。

 

みくるも、静かに彼を見る。

 

「……そうですね。」

 

みくるが口を開く。

 

「2122年から来たということは分かりました。」

 

「……。」

 

「でも――。」

 

みくるは、一呼吸置いた。

 

「あなたが、誰なのかはまだ分かりません。」

 

「……。」

 

その言葉に、彼は目を伏せた。

 

長い沈黙。

 

風が吹く。

 

1999年の街を、夕方の風が静かに通り抜けていく。

 

「……俺が誰なのか。」

 

彼が、ぽつりと呟いた。

 

「……。」

 

私は黙って待った。

 

彼は、しばらく何かを考えているようだった。

 

やがて――。

 

ゆっくりと顔を上げる。

 

その目は、さっきまでとは違っていた。

 

覚悟を決めたような目。

 

「……俺の名を聞きたいのか。」

 

「……うん。」

 

私は頷いた。

 

みくるも静かに頷く。

 

「はい。」

 

彼は私たちを見つめた。

 

そして――。

 

一度だけ、静かに息を吐いた。

 

「……そうか。」

 

その声は低かった。

 

「ならば、名乗ろう。」

 

一歩。

 

彼が、私たちの方へ歩み寄る。

 

私は思わず息を呑んだ。

 

彼が口を開く。

 

「俺は――。」

 

一瞬。

 

ほんの一瞬だけ、時間が止まったように感じた。

 

そして。

 

彼は、真っ直ぐに私たちを見据えて言った。

 

「織田信長だ。」

 

「……。」

 

頭の中が、真っ白になった。

 

「……織田……信長……?」

 

みくるも、目を見開いている。

 

私は彼を見る。

 

目の前にいる、学ラン姿の男性。

 

ずっと「学ランの人」と呼んでいた、この人。

 

その正体は――。

 

織田信長。

 

そして彼は。

 

私たちが知っている歴史上の人物ではなく――。

 

2122年から、この1999年へやって来た未来の人間だった。

 

 




次回から第2話に入ります〜
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