新・信長公記 〜信長くんと2人の名探偵〜   作:ごじょう

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第2話スタートです〜


第2話「名探偵と未来人」①

「俺は――」

 

その人は、静かに口を開いた。

 

そして、まっすぐに私たちを見つめながら言った。

 

「織田信長だ。」

 

「…………。」

 

「…………。」

 

私とみくるは、しばらく何も言わなかった。

 

いや。

 

言えなかった。

 

頭の中が、完全に止まっていた。

 

――織田信長。

 

今、この人は。

 

なんて言った?

 

「……織田……?」

 

私が恐る恐る聞き返す。

 

「ああ。」

 

男は、何でもないことのように頷いた。

 

「織田信長だ。」

 

「…………。」

 

もう一度、みくるを見る。

 

みくるも私を見る。

 

お互いに、何かを確認するような目だった。

 

――聞き間違いじゃないよね?

 

――うん。たぶん。

 

そんな無言の会話を交わして。

 

そして――。

 

「「織田信長ぁぁぁ!?!?!?」」

 

私たちの声が、街中に響き渡った。

 

「うわっ!?」

 

さすがの信長さんも、少しだけ目を見開く。

 

「な、なんだ急に……。」

 

「だ、だって!!」

 

私は思わず信長さんを指差した。

 

「織田信長って、あの織田信長!?」

 

「どの織田信長だ。」

 

「どのって……!」

 

みくるも完全に混乱している。

 

「織田信長っていったら、あの織田信長でしょ!?」

 

「だから、そうだと言っている。」

 

「「いやいやいやいや!!!」」

 

また声が重なった。

 

「落ち着け。」

 

「落ち着けないよ!!」

 

「無理だよ!!」

 

私もみくるも、完全にパニックだった。

 

だって――。

 

織田信長。

 

学校の歴史の授業で習った。社会の教科書にも載っていた。

 

戦国時代を代表する武将で,天下統一を目指した人物。

 

私は頭を抱える。

 

「待って待って待って……。」

 

何度考えても分からない。

 

「織田信長って……何百年も前の人だよね?? なのに、なんで1999年にいるの!?」

 

「それは俺も分からん。」

 

「じゃあ、なんで2122年に!?」

 

自分で言ってから、私はさらに混乱してきた。

 

そうだ。

 

この人は2122年から来たと言っていた。

 

でも――。

 

「……じゃあ、2122年には織田信長がいるの?」

 

「俺がいる。」

 

「そういうことじゃなくて!!」

 

思わずツッコんでしまう。

 

みくるも頭を抱えた。

 

「……ちょっと待って。整理しよう。」

 

「うん! そ、そうだね!!」

 

みくるは探偵らしく、一度深呼吸した。

 

そして、指を一本立てる。

 

「まず――この人は2122年から来た。」

 

「うん。」

 

私は頷く。

 

みくるが二本目の指を立てる。

 

「そして、名前は織田信長。」

 

「うん。」

 

三本目。

 

「えっと,織田信長って、何をした人だっけ…??」

 

「えっと…待ってね。」

 

この前の歴史の授業で習った知識を,片っ端から思い出していった。

 

授業中,眠かったなぁ…。

 

私の中に,いくつかの言葉が思い浮かんできた。

 

「安土城!」

 

「そう!!」

 

「天下統一!」

 

「うんうん!!」

 

「本能寺の変!」

 

「その調子!!」

 

「えっと……何だっけ……。あ!!桶狭間の戦い!」

 

「そう!」

 

「……あれ?」

 

私はふと、みくるを見る。

 

「桶狭間の戦いって……何年だっけ?」

 

「えっと……。」

 

みくるが必死に記憶を辿る。

 

「確か……1560年……?」

 

「1560年……。」

 

私は指を折りながら考える。

 

「この人が来たのは?」

 

「2122年。」

 

「…………。」

 

「…………。」

 

私とみくるは、もう一度信長さんを見る。

 

信長さんは、何をそんなに騒いでいるのか分からないという顔で、こちらを見ている。

 

「1560年に桶狭間の戦いがあって……。」

 

みくるが呟く。

 

「うん。」

 

「その織田信長が……。」

 

「うん。」

 

「2122年から来て……。」

 

「うん。」

 

「今、1999年にいる……。」

 

「うん。」

 

私は、頭の中で数字を並べてみる。

 

1560。

 

1999。

 

2027。

 

2122。

 

……。

 

「…………。」

 

分からない。

 

全然分からない。

 

「ちょっと待って。」

 

私は頭を抱えた。

 

「1560年って、1999年より前だよね?」

 

「うん。」

 

「2122年って、1999年より後だよね?」

 

「うん。」

 

「じゃあ、織田信長って……。」

 

私は信長さんを見る。

 

「過去の人なの?」

 

「未来の人なの?」

 

「…………。」

 

信長さんが、ほんの少し眉をひそめる。

 

「何だそれは。」

 

「え?」

 

「俺は、2122年に生きていた。」

 

「…………。」

 

「そして今は、1999年にいる。」

 

「…………。」

 

「それだけだ。」

 

「いや、それだけじゃないよ!!」

 

思わず叫んでしまった。

 

みくるも横で頭を抱えている。

 

「歴史上では1560年とか1582年とかの話なのに……。」

 

「うん……。」

 

「その人が1999年に来て……。」

 

「うん……。」

 

みくるが両手で頭を抱えた。

 

「「全く分からぁぁぁん!!!!!」」

 

「なぜそこまで混乱している。」

 

信長さんだけが、ものすごく冷静だった。

 

「だって!」

 

私は信長さんを指差す。

 

「目の前に織田信長がいるの!?」

 

「だから俺は織田信長だ。」

 

「そういうところ!!」

 

「何がだ。」

 

「普通、もっと驚くでしょ!!」

 

「なぜ俺が自分の名前を聞いて驚く。」

 

「そうじゃなくてぇぇぇ!!」

 

みくるまで思わず叫ぶ。

 

「私たちからしたら、歴史上の人物なんですよ!!」

 

「……。」

 

「教科書に載ってるんですよ!?」

 

「そうか。」

 

「社会の授業で習ったんですよ!?」

 

「そうか。」

 

「本能寺の変とか!!」

 

「……本能寺?」

 

信長さんが少しだけ反応する。

 

「それがどうした。」

 

「「いや、そこ!!!」」

 

また私たちの声が重なった。

 

「そこが一番重要なの!!」

 

「……。」

 

信長さんは、しばらく私たちを見ていた。

 

そして――。

 

「……お前たちは、歴史を知っているのか。」

 

「知ってるよ!」

 

「もちろん。」

 

「俺のことも?」

 

「知ってる!」

 

「……。」

 

信長さんは少し黙った。

 

「……そうか。」

 

ほんの一瞬だけ、その表情が変わった。

 

けれど、それが何を意味するのか。

 

その時の私には、まだ分からなかった。

 

ただ一つ分かっていたのは――。

 

目の前にいるこの人が。

 

私たちの知っている「織田信長」と同じ名前を持っていて。

 

それなのに。

 

私たちが知っている歴史とは違う場所からやって来た。

 

とんでもなく不思議な人だということだった。

 

「……あの。」

 

みくるが恐る恐る口を開く。

 

「はい?」

 

「私、まだ一つ確認したいことがあります。」

 

「何だ。」

 

「信長さんは……歴史上の織田信長本人ではないんですか?」

 

「ああ。」

 

「じゃあ……。」

 

みくるが少し間を置く。

 

「あなたは『織田信長』なんですか?」

 

信長さんは、静かに答えた。

 

「俺は――織田信長のクローンだからだ。」

 

「…………。」

 

「…………。」

 

またしても、私たちは固まった。

 

数秒後。

 

「「クローン!?」」

 

街中に、二度目の絶叫が響き渡った。

 

「……。」

 

信長さんは、そんな私たちを見ながら、静かに息を吐いた。

 

「……そうか。」

 

信長さんは、静かにそう呟いた。

 

「何が『そうか』なの!?」

 

「クローンはクローンだ。」

 

私たちが知っている「織田信長」という名前。

 

その名前を聞いた時の私たちの反応を見ても、信長さんはどこか落ち着いていた。

 

まるで――。

 

自分が私たちの知っている歴史上の人物と、同じ名前を持っていることを、ずっと前から分かっていたみたいに。

 

「……。」

 

私は、そんな信長さんを見つめた。

 

そして、ふと思った。

 

この人も――。

 

私と同じなのかもしれない。

 

「……信長さん。」

 

「何だ。」

 

「信長さんは……。」

 

少しだけ迷う。

 

「1999年に来る前って、どんなところにいたの?」

 

「2122年だ。」

 

「うん。」

 

「俺がいた場所は、俺にとっては当たり前の場所だった。」

 

信長さんは、少し遠くを見るような目をした。

 

「見たことのない建物も、見たことのない機械もあった。だが、それが普通だった。」

 

「……そっか。」

 

「だが、気づいた時には、それが全てなくなっていた。」

 

「なくなった?」

 

「ああ。」

 

信長さんは、あの時のことを思い出すように続けた。

 

「目の前の景色が歪んだ。」

 

「……。」

 

「そして、気がつけば1999年だった。」

 

私は黙って聞いていた。

 

その話を聞いていると――。

 

自分が1999年に来た時のことが、頭の中に浮かんできた。

 

知らない場所。

 

知らない街。

 

知らない時代。

 

そして――。

 

私が知っていた2027年は、どこにもなかった。

 

「……私も。」

 

思わず、口から言葉がこぼれた。

 

「ん?」

 

信長さんがこちらを見る。

 

「私も、同じだった。」

 

「……。」

 

みくるが私を見る。

 

「……あんな?」

 

私は、ゆっくり息を吸った。

 

今まで、みくるには話してきた。

 

だけど。

 

改めて信長さんに話すとなると、少しだけ不思議な気持ちになる。

 

「私も……未来から来たんだ。」

 

信長さんの表情が、初めてはっきりと変わった。

 

「……何?」

 

「私は――。」

 

少しだけ間を置く。

 

「2027年から来たの。」

 

「2027年……。」

 

信長さんが、その数字を繰り返す。

 

「そう。」

 

私は頷いた。

 

「私も、1999年に来るなんて思ってなかった。」

 

「……。」

 

「気がついたら、何もかも知らない場所にいた。」

 

信長さんは黙って私を見ている。

 

「だから、最初はすごく怖かった。」

 

私は1999年の街を見渡す。

 

「街も違う。」

 

「人も違う。」

 

「私が知ってるものも、ほとんどない。」

 

そして――。

 

「2027年に戻る方法も分からなかった。」

 

信長さんが静かに尋ねる。

 

「……今もか?」

 

「うん。」

 

私は頷いた。

 

「まだ分からない。」

 

「……そうか。」

 

信長さんは、それ以上何も言わなかった。

 

でも。

 

その「そうか」という言葉が、さっきまでとは少し違って聞こえた。

 

きっと。

 

初めて分かったのだと思う。

 

自分だけではなかったのだと。

 

私は少し笑う。

 

「だからね。」

 

「?」

 

「信長さんの気持ち、少し分かるよ。」

 

「……。」

 

「知らない時代に来て、帰る方法も分からない。」

 

私は信長さんを見る。

 

「それって……結構、不安だよね。」

 

信長さんは、しばらく黙っていた。

 

そして――。

 

「……ああ。」

 

小さく頷いた。

 

「不安だ。」

 

その言葉を聞いて、私は少し驚いた。

 

信長さんは、もっと強い人だと思っていた。

 

何が起きても動じない。

 

一人でも平気。

 

そんな人だと思っていた。

 

でも。

 

「……そっか。」

 

私は少しだけ笑った。

 

「信長さんも、ちゃんと不安なんだね。」

 

「……何だ、それは。」

 

その言葉を聞いて、胸の奥が少しだけ温かくなった。

 

――この人も同じなんだ。

 

未来から来て。

 

帰る場所を失って。

 

それでも、前を向こうとしている。

 

私は、ふとみくるを見る。

 

みくるは何も言わずに、私たちの会話を聞いていた。

 

そして――。

 

「だったら。」

 

みくるが口を開いた。

 

「なおさら、一人にしておけないね。」

 

「……みくる。」

 

「だって、あんなも同じだったでしょ。」

 

「うん。」

 

私は頷いた。

 

「私も最初は、帰る方法が分からなかった。」

 

 

信長さんを見る。

 

「だから……信長さんの気持ち、少し分かるよ。」

 

「……。」

 

信長さんは何も言わなかった。

 

けれど、その表情は先ほどまでとは少し違っていた。

 

私は、そんな信長さんに笑いかける。

 

「だったらさ!私たちと一緒に、タイムスリップのことを調べよう!」

 

「……。」

 

信長さんが、少し驚いたように私を見る。

 

「俺と……?」

 

「うん!」

 

「一緒に?」

 

「そう!」

 

私は大きく頷いた。

 

「信長さんがどうして2122年から1999年に来たのか。」

 

「……。」

 

「どうして、あの機械が1999年にあったのか。」

 

「……。」

 

「あの変な電子音は何なのか。」

 

みくるも続ける。

 

「そして、どうすれば元の時代に戻れるのか。」

 

「……。」

 

「全部、一緒に調べよう。」

 

信長さんは、しばらく黙っていた。

 

そして――。

 

ゆっくりと、私たちの前に歩み出る。

 

「……なるほど。」

 

「?」

 

「ならば。」

 

信長さんは、私たちをまっすぐに見つめた。

 

「では――。」

 

一拍。

 

「探偵の貴様らに依頼しよう。」

 

「……え?」

 

私は目を丸くする。

 

信長さんは続けた。

 

「俺を――」

 

そして。

 

「元の時代に戻してくれ。」

 

「…………。」

 

一瞬、言葉が出なかった。

 

みくるも驚いた顔で信長さんを見る。

 

「……依頼、って。」

 

「ああ。」

 

「私たちに?」

 

「そうだ。」

 

信長さんは頷いた。

 

「お前たちは探偵なのだろう?」

 

「うん……!」

 

「ならば、俺は依頼人だ。」

 

信長さんは腕を組む。

 

「俺は元の時代に戻らねばならん。」

 

「……うん。」

 

「そのために必要なことなら、俺も協力する。」

 

みくるが静かに頷いた。

 

「分かった。」

 

そして私を見る。

 

「どうする、あんな?」

 

私は、迷うことなく答えた。

 

「もちろん――。」

 

信長さんを見る。

 

「引き受けます!」

 

「……そうか。」

 

信長さんが、ほんの少しだけ笑った。

 

こうして。

 

2122年から1999年へやって来た未来人――織田信長。

 

そして、2027年から1999年へやって来た私。

 

1999年を生きる名探偵・みくる。

 

三人の間に、一つの約束が結ばれた。

 

――織田信長を、元の時代へ帰す。

 

それが。

 

私たちの、新しい依頼だった。

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