――翌日。
俺たちは、宝生美術館に来ていた。
館内は、いつもより人が多い。
昨日届いた怪盗団ファントムの予告状。
その影響だろう。
受付の女が、電話越しで誰かに事情を説明している。
「……ええ。そうなんです。怪盗から首飾りを守ると……。」
おそらく,オーナーだろうか。俺は黙って、その話を聞いていた。
怪盗。
首飾り。
予告状。
どれも俺にとっては、さほど重要な話ではない。
俺の頭に残っているのは――昨日、予告状の左上に表示されていた数字だった。
2122。
あれは偶然なのか。
それとも――。
「予告状なんて、名探偵への挑戦ね! ファントムの好きにはさせない!」
みくるが、胸を張って言った。
その隣では、あんながポチタンを抱き上げている。
「うん! ポチタンもミスティックの衣装を着て、やる気満々だよ!」
ポチたんは、嬉しそうに声を上げていた。
二人とも、この事件に立ち向かう準備はできているらしい。
だが――。
俺は、昨日の数字のことを考えていた。
2122。
俺が生きていた時代。
なぜ、あの数字が予告状に記されていたのか。
俺には、まだ分からない。
「……。」
黙り込んでいると、あんなが俺の顔を覗き込んできた。
「……信長さん?」
「……何だ?」
「大丈夫ですか……?」
俺は、あんなを見る。
そして、短く答えた。
「……ああ。」
そう答えたものの――。
俺の中では、まだ一つの疑問が消えていなかった。
あの予告状に記された、**「2122」**という数字。
あれが何を意味するのか。
考えていた、その時だった。
大きな階段の上から、誰かが降りてくる。
俺は顔を上げた。
みくるが、その人物を見つける。
「あ! あれって!」
あんなも続いて声を上げた。
「きっと、テレビで見たオーナーさんだ!!」
どうやら、昨日のニュースにも出ていた人物らしい。
みくるが、すぐに前へ出る。
「宝生さん! 初めまして! キュアット探偵事務所の小林みくるです!」
続いて、あんなも頭を下げる。
「明智あんなです!」
二人が挨拶をする。
――だが。
宝生は、二人のことなど見向きもしなかった。
そのまま、まっすぐこちらへ向かってくる。
いや。
正確には――。
俺ではない。
宝生が向かっているのは、あんなが抱いているポチたんだった。
「……?」
俺が見ている前で、宝生はポチのすぐそばまで近づく。
そして、顔をぐっと近づけた。
「なんて可愛いポーチなの!?」
「……。」
あんなの口が、ぽかんと開いた。
どうやら、あまりにも突然のことだったらしい。
宝生は、さらにポチを見つめる。
「譲ってくださらない!?」
「ダメです!! 友達ですから!!」
あんなが即座に答えた。
だが,宝生はそれでも諦めない。
「星明かりのプリンセスの警護はあんたたちに任せるから、ねっ!?」
「ポ,ポチタンは譲りませんけど、星明かりのプリンセスは任せてください!」
あんなが少し怒った顔で言い返す。
その隣では、みくるが少し引いたような表情をしていた。
「……。」
思ったよりも、随分と強引な女だ。
しかし、みくるはすぐに気を取り直す。
「守ってみせます!」
それでも宝生は、まだポチを諦めていない。
「なぜ! 少し触らせて貰うだけでもいいから!」
「……。」
俺は二人と宝生のやり取りを黙って見ていた。
だが――。
さすがに、やりすぎだ。
「おい。」
俺が声をかける。
宝生が、こちらを向いた。
「ん?」
俺は宝生を見据える。
「その辺にしろ。うつけ。」
「う……うつけ!?!?」
宝生が目を丸くする。
俺は構わず続けた。
「二人が困っているではないか。」
「な……! 誰に向かって……! 大体、あんたは……!?」
宝生が何か言おうとする。
だが、その言葉を遮った。
「俺はこの者たちの助手だ。」
「じょ、助手?」
「ああ。助手だ。」
俺は淡々と答えた。
宝生は俺をしばらく見つめる。
「助手の分際で……。」
何やら納得していないようだ。
だが、すぐに視線をポチへ戻す。
「まあいいわ。気が変わったら譲ってちょうだいね!」
そう言い残すと、宝生はようやくポチから離れていった。
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宝生に案内されながら、俺たちは美術館の中を歩いていた。
展示室には、様々な美術品が並んでいる。
宝生は一つ一つの展示品について説明していたが、俺は説明を聞きながら、館内の構造にも目を向けていた。
出入り口。
展示室。
廊下。
そして、防犯カメラ。
昨日の予告状のせいか、館内には多くの記者が集まっている。
出入り口には、十台以上もの防犯カメラが設置されていた。
――警戒は相当なものだ。
やがて、俺たちは予告された二十時まで、それぞれ手分けして館内を調べることになった。
俺は館内の通路を確認し、あんなは美術館の間取りや防犯カメラの位置を調べている。
しばらくして、俺は別の場所からあんなの姿を見つけた。ただ,もう一人,俺の知らない少女もいた。
二人が何かを話していた。
だが、俺のいる場所からは、その声までは聞こえない。
俺は気にせず、二人のもとへ歩いていった。
「あんな。ここの間取り、どうなって……」
そこまで言って、俺は足を止めた。
「……?」
俺は二人を見た。
どうやら、何か話をしていたらしい。
だが、俺が来たことで、少女がこちらを振り向く。
その顔を見て、俺は一瞬だけ昨日のことを思い出した。
なぜかは分からないが。
だが、今はそれよりも調査だ。
俺は少女とあんなの様子を見ながら、黙って立っていた。
少女は、あんなに向かって話を続けている。
「騒動になる前から首飾りが好きな人はたくさんいた。」
俺は、その言葉を聞いた。
あんなは黙っている。
少女は、展示ケースの中にある「星明かりのプリンセス」を見つめていた。
「何がそう、引きつけるのかしら。」
あんなが少し考える。
「んんっと。よくわからないけど……」
そして、あんなは笑った。
「みんなの想いが集まってキラキラ輝いているから、ですかね!」
「……。」
少女は何も答えなかった。
ただ、静かに目を閉じる。
その表情から、何を考えているのかまでは分からない。
――その時だった。
向こうから、みくるの声が聞こえてきた。
「あんな! 信長さん!」
あんなが振り返る。
「みくる! 今行くよ!」
あんなは少女の方へ向き直った。
「失礼します!」
そう言って、あんなは俺たちの方へ駆けてくる。
俺もみくるのいる方へ向かおうとした。
その時――。
俺の背後で、少女が何かを言った。
だが、俺には聞き取れなかった。
俺は振り返らなかった。
そのまま、みくるのもとへ向かう。
――あの少女は、一体…。
俺の中には、そんな疑問だけが残った。
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予告された時間まで、あと少し。
私は,手元の時計を見た。
「予告の時間まで、あと5分……。」
あと五分。
怪盗団ファントムが、星明かりのプリンセスを狙っている。
私たちは、その瞬間に備えて警備体制を確認していた。
隣では、あんなも時計を見ている。
「もうすぐ……だね。」
「うん。」
私は小さく頷いた。
けれど――。
私の頭の中には、別のことが引っかかっていた。
2122。
昨日の予告状に記されていた、あの数字。
信長さんがいたという時代。
でも、本当にあれは年代を表しているのだろうか。
もしかしたら、全然違う意味なのかもしれない。
私は、もっと調べたかった。
予告状に書かれた「2122」が何なのか。
誰が、何のためにあの数字を記したのか。
信長さんのタイムスリップと、本当に関係があるのか。
でも――。
今日は怪盗団ファントムから首飾りを守ることに手一杯だった。
結局、数字については何一つ調べられていない。
「……。」
悔しかった。
探偵なのに。
目の前の事件に集中するのは当然だけど、それでも――。
あの数字を放っておいていいとは思えなかった。
私は気持ちを切り替えるように、宝生さんへ声をかけた。
「宝生さん、危ないですから部屋に下がっていた方が……。」
すると、宝生さんは胸を張った。
「これほどの警備体制、怖がることはございませんことよ! 星明かりのプリンセスも絶対に盗ませませんわ!」
これだけの警備があれば大丈夫かな?
そう思った、その時。
「それはどうだろうな。」
「……え?」
声のした方を見る。
信長さんだった。
「……なっ。助手の方……。いつの間にここへ……。」
宝生さんが驚いている。
信長さんは、まるで何事もなかったかのように立っていた。
「ずっと前からいた。それよりも――」
信長さんは、宝生さんをまっすぐ見た。
「奴らはプロではないのか? こんな警備を敷いたところで、盗まれることには変わらないと思うが。」
「あなた! 誰に向かって口を聞いているんです!!」
宝生さんが声を荒らげる。
「あ……。」
あんなが慌てて二人の間に入る。
「そうだよ信長さん……。宝生さんは、あくまでも今はお客様なんだから……。」
信長さんは少し考えるように私を見る。
「そうか。すまない。」
「……。」
素直に謝るんだ。
少し意外だった。
私はそんな信長さんのところへ近づいた。
そして、ずっと気になっていたことを尋ねる。
「信長さん、数字の手がかり、何か見つかった?」
信長さんは、私を見る。
「私たち、首飾りを守るのに必死で……。」
あんなも、申し訳なさそうに続ける。
「……。」
信長さんは、しばらく黙っていた。
けれど――。
「構わん。」
その一言に、私は顔を上げた。
「目の前のことに集中しろ。俺のことなどに構うでない。」
「信長さん……。」
「でも……あの数字の手がかりが……!」
思わず、私は言ってしまった。
すると、信長さんは落ち着いた声で言った。
「首飾りを守る。そうすれば、自ずとあの怪盗団にも行き着くだろう?」
「……!」
その言葉を聞いて、胸の奥が少しだけ軽くなった。
そうだ。
確かに、今は焦る必要はない。
「今の最優先事項は、怪盗から首飾りを守ることだ。貴様らは探偵だろう。」
「……はい!」
私は、強く頷いた。
そうだ。
今は、目の前の事件に集中しなければならない。
怪盗団ファントムから、星明かりのプリンセスを守る。
それが、今の私たちの仕事だ。
――その時だった。
突然。
パッ。
美術館内の照明が、一斉に消えた。
「……!」
真っ暗になる。
「停電!!?」
あんなの声が響いた。
「まあぁ!!」
宝生さんの驚いた声も重なる。
そして――。
私は息を呑んだ。
来た。
予告された時間が、ついに始まった。
私は息を呑みながら、館内を見渡した。
あんなも、信長さんも、警備員の人たちも、それぞれの場所で身構えている。
けれど――。
何も起こらない。
一秒。
二秒。
三秒。
静かな時間だけが流れていく。
「……。」
怪盗団ファントムは、まだ現れない。
「すぐに非常電源を!」
警備員の一人が叫んだ。
その声から、わずか五秒後。
館内の照明が、再び点いた。
「……あれは!」
私は思わず声を上げた。
「ファントムのカード……!」
ショーケースの前。
そこには、いつの間にか一枚のカードが置かれていた。
私は急いで駆け寄る。
そこに書かれていたのは――。
『怪盗団ファントム参上。星明かりのプリンセスはすり替えられた偽物。悪しからず。』
あんながカードを読み上げる。
「『星明かりのプリンセスはすり替えられた偽物。悪しからず』……。」
その瞬間。
「何ですってぇぇ!!??」
宝生さんが叫んだ。
そして、慌ててショーケースへ駆け寄る。
「お待ちください!」
宝生さんが中身を確認しようと、ロックへ手を伸ばした。
――その時。
「……!」
私は気づいた。
「だめ! 罠です!!」
「ええ!?」
宝生さんが驚いて振り返る。
「偽物だと思わせて、確認のために鍵を開けさせる……!」
私はショーケースを見つめた。
「でも……中身は本物!!」
その瞬間だった。
「その通り。」
背後から、声が聞こえた。
「……!?」
振り返る。
そこには、警備員の格好をした女性が立っていた。
「鍵を開けた瞬間……。ケースの中身をもらう。」
女性は、静かに笑う。
「古典的なトリック……。」
――次の瞬間。
目の前が、一気に煙に包まれた。
「きゃっ……!」
何も見えない。
「マコトジュエルが盗られた……?」
あんなの声が聞こえた。
そして――。
「……あんな。みくる。」
信長さんの声。
「ないぞ。」
「……え?」
「首飾りが。」
「……!?」
私はショーケースの方を見る。
煙の向こう。
そこにあるはずだった星明かりのプリンセスは――。
消えていた。
「……!」
「追いかけよう。」
私はすぐに走り出した。
「あんな!」
「うん!」
私たちは、煙の向こうへ駆けていった。