シンデレラ殺しの魔法使い   作:ウィルソン・フィリップス

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天才漫画家に勝つ方法

「何の目的があってそんなスケッチをしているんだい?」

 

「暇つぶしです」

 

 

 にべもなく言い切る。

 案の定漫画家はその答えに満足しないらしく、ノートをつつきながらさらに続ける。

 

「暇つぶしを数か月も? 最初は曲を聴きながらだったのに、今じゃペンばかり走らせている」

 テラスでのスケッチは想定以上に目立っていたようだ。

 随分と前から気づいていたのだろう。CDプレイヤーを使っていた頃などだいぶ初期の方だ。それに緑のヘアバンドを見かけた途端目をつけられないよう、視線を外したり、席を立ったりして目を合わせないよう努めていたが、それもどうやら無意味ということだろう。

 だがしょうがないとも思う。テラスにずっといたが、この岸辺露伴という男は毎日通学で通る東方や広瀬並みに目撃頻度が高いのだ。フットワークが軽すぎだろう。

 

 

 そうこう考えているうちに、今度は勝手にノートを取り上げぱらぱらとめくり始めていた。

 

「もし絵の上達のためだと言うのなら尚更おかしい。ノートの最初のページから君の絵は全く上達していない。スピードは速くなれど、絵に工夫をするという意図が全く見受けられない」

 

 岸辺は勝手にノートをめくりながら指摘する。

 彼の指摘は最もだった。例え小学生でも、これほど書けば少しは上達するだろう。

 

「貴方に関係ないでしょう」

「関係あるね、僕が、気になるんだ」

 

 ああ、本当にこの人はなんというか、漫画家だなあ、と思う。

 こういうのを天才というのか、いや違うか。

 

「わざわざ君のような若い女が友人と遊ぶ時間まで削って行う、非創造的な暇つぶし。それを行う君のメンタリティー、色々と推測はできてもやはり確信まではいけない。僕はそこに、非常に興味がそそられる」

 そういって男は目を少し細める。

 

 まずい。まずいな、これはまずい。

 このまま「答え」を出し渋り、反抗的な態度をとれば、その時には「天国への扉」がくるだろう。いまこの時点で彼の「漫画」がどの程度の成長段階にあるかはわからない。

 だが、もし、万が一だが。

 彼と私の波長があい、さらには彼の能力が既に一瞬で拘束力をもつようになっていたのなら、私の様子見という目的にはかなわないし、何より恐らくこの街で最凶の能力者たるこの男に最悪の印象を与えてしまう。

 特に最悪なのが、よりにもよって岸辺露伴だということだ。

 もし運悪く、この男の興味を、いや正確に言うなら取材対象足りうる面白さを私に見出したなら、私はただの本となり毟り取られて死ぬか、操り人形になり下がる。

 この男と接触するのはもっと後の予定なのに、まさかこんなつまらない女に向こうから接触してくるなんて大誤算である。

 

 

「貴方はそれを知ってどうするんです? 」

 

 無論その答えを読者たる私は知っていた。

 

「僕の漫画の材料にする」

 

 岸辺露伴の目的は、恐らくいつもテラスで絵ばかり描いている謎の女の行動の心情を理解し、取材することだ。だったら逆にこの不可思議な女を凡庸に貶め、尚且つそれを上回る別の価値のあるネタが彼の前にぶら下げればよい。より緊急性があり、より人間性に踏み入る内容の話だ。

 

 わざと一旦視線を左上に向け、それから一度唾を飲み込み、ためを作る。

「……人を、探してるんです」

 他人の情景を盗用するなんて、なんとも最低だとは思っている。しかしこの男を切り抜けるにはこれしか思いつかなかった。

「誰を?」

「その、男の人を」

「名前は?」

「知らないです」

「背格好は職業は?趣味、職歴、年齢は?」

 

 しつこい、しつこい、しつこい。

 瞬きをしないよう、防御姿勢をとらないようにするので精一杯だ。

 よほど興味があるのか。だが、この男から私に対する興味を失わさせなければならない。

 

「知らないです」

 チープでしょうもない、ありがちな女の思考回路をこの男に提供しなければならない。細心の注意を払って、自然な微笑みを浮かべる。

 

「前にここで私が風邪で朦朧としていた時に缶珈琲とハンカチをくれたんです」

「で?」

「それだけです」

 急に岸辺は失望した顔をする。

「それだけか? それで恋したとでも?」

「まさか、ただお礼が言いたいだけですよ。それに風邪で朦朧としていて何話したかも覚えてません」

「何とも乙女チックな話だな。今時そんな話が流行るのか?」

「知らないですよ。だからこれは私の暇つぶしなんです。覚えてもいない顔を探してるんです。私の綺麗な思い出に細やかな感傷をつけようとする作業にくちださないでください」

「ありがちな話だな」

「でしょう? それに、もう少ししたら止めますよ」

「なんだ、飽きたのか?」

「惰性で続けてたようなものです。貴方に会えてようやく踏ん切りもつきました」

 極め付けに余裕そうな顔で微笑んでやる。

 岸辺露伴の追求は止まった。

 

 完璧、正に完璧な感傷に浸る脳みそがお花畑のクソ女を出せたと思う。

 無論先程の缶コーヒー云々など口から出まかせである。そもそも、風邪の時に助けてもらったエピソードは東方の話だ。東方はその思い出を指針に、信念を持って生きてきた。だからこそ彼の行動は輝く。……だが、私の演じるクソ女はどうだろうか。

 切り貼りした黄金の景色は、なんの信念もない下らない感傷によって完全に褪せている。まさに彼の言う、グッとくる。そういう人間からはほど遠いだろう。だが、それこそが私の今振る舞うべき人間像だ。

 

「残念だ」

「ええ、私もお役に立てず残念です」

 こんなくだらないミスで、頭の中をみられてたまるか。岸辺露伴という難敵をやり過ごした喜びに口角が上がりそうになるのを堪える。

 

「それではこのあたりで失礼します。夕飯の支度をしなくてはならないので」

 

 つとめて慌てないように立ち上がり、岸辺の手にあるノートを取り返そうとした。

 その時だった。

 

 

『待て』

 

 

 謎の言葉によって、伸ばした手は止まっていた。

 いや、そうではない。

 わかってはいた。これは岸辺が私に向けて発した言葉だと。しかしそうじゃない、問題なのはそうではない。

 

 

 

 動かせなかったのだ。

 

 

 

 動かせない状況とか、そんな意味じゃない。腕を動かそうと、首を振ろうと、足をあけようとも、体は動かなかった。頭では動かしているつもりなのに、実際は微動だにしていない。それはまるで身体が勝手に別の命令で動いているように。

 そう、まるで『天国への扉』を発動させたかのようだった。

 

 

「座りたまえよ」

 

 

 私の身体は再び椅子の背に重心を預ける。リラックスした体勢とは裏腹に、冷や汗がダラダラとでていた。

 

 なぜ? どうして?

 もちろん私は彼の漫画など読んじゃいない。

 

 いったいどのタイミングで?

 そんな隙はなかったはずだ。

 

「やはり奇妙だ。ツジアヤ」

 

 もう記憶を読まれている。

「ツジアヤ、年齢は26歳、職業は高校生。未だ処女で、お腹に盲腸の手術痕があり、自慢は一度も病気になっていないこと。一人っ子で、年の離れた弟にコンプレックスを持つ。ますます、興味深い……まるでバラバラだ」

 

 まさか自分が「そういうこと」になっていたなんて初めて知ったが、驚いている暇はなかった。

 こうしているうちにも進行は進みすでに握力はない。ノートを掴もうとした手はイラストのあるページの上に、パラバラとロール紙のように崩れていった。

 岸辺は構わず本になってしまった私を読んでいる。屈辱だ。この男は確か見知らぬ少女の初潮まで読むようなクソ野郎ではなかったか? まるで知らない相手に自身のケツの穴を晒すような情のない状況に、怒りと羞恥心で顔が真っ赤になっているのを感じる。

 

「君の記憶は奇妙に途切れ、更には明らかに矛盾している箇所がある。まるで『別人の』記憶と混ざっているみたいだ」

 

 ご名答、正解者には賞品を、ってか? ふざけるな、これ以上見られてたまるか。

 

 

「どうして身体が動かないの? 貴方私に何かしたの?!」

 興味を本からズラさなければならない

 

「演技する必要はないぜ? 君が『岸辺露伴』を知っているとここに書いてある。おやおや……何回カフェの前を通ったのか、僕の家の位置まで……熱狂的なファンなのか?」

「そうよ、貴方のファンよ!」

「……いいや違うな。この僕の『天国への扉』を知っている。ナント、効果や射程距離。今後の成長まで書いてあるじゃないか? ははーん、だから本にされてから注意を逸らすべくペラペラ話し出しているのか」

 

 ダメだ、作戦を立てたところでたちどころに読まれてしまう。

 承太郎も言ったが、 思考をよまれたらどうしようもない。突破口を探すべきなのに、頭の中はどうしてとか、まるで役に立たない思考でいっぱいだった。

「焦っているな? なぜ『天国への扉』の攻撃を受けたのか疑問に思っている。なるほど、効果は知っていても使い所が分かるわけじゃないようだ。……お礼代わりに教えてあげよう」

 

 岸辺はわざとらしく、テーブルの上に開かれたままのノートをトントンとつついて見せた。

 そこには、ノートには拙いスケッチの合間に、明らかに違うタッチの『コートを着た少年のイラスト』があった。

 

 ……ああ、そうだ。思い出した。

 広瀬康一も言っていたじゃないか?

 岸辺露伴というスタンド使いの倫理観、そして服従させるという能力も充分に脅威だが、最も気をつけるべきは、その『スピード』だと。

 

 この男は話の内容に私の意識を集中させる一方で、ノートに漫画を描き、なおかつパラパラ漫画にすることで、私に漫画が見えていることを気づかせなかったのだ。

 なんと巧妙。

 なんと卑劣。

 この漫画家には紳士さの欠片もない。

 

「今までこんな奇妙なことはなかった。いや、不自然な知識と記述にもそうだが、『天国への扉』という脅威と、『僕』という人間性を知って尚、数ヶ月に渡り人通りの多いカフェに姿を晒すなんて行動をし続けた思考回路! 全くもって興味深いッ!」

 

 彼は視線を紙面からずらさないまま、 狂人じみた笑みを漏らしていう。

 

 

 

「こいつは僕の家で資料の読み込みが必要だなぁ?」

 

 

 

 指先に見える『岸辺露伴に従う』との言葉通り、私はうなづいて立ち上がった。


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