シンデレラ殺しの魔法使い   作:ウィルソン・フィリップス

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漫画家の地雷を踏みに行こう

「読んでいてきづいたのだが、なんとも興味深い記述があるなあ。……そう、どうやらこの街のことが書いてあるらしい『漫画』だ」

 

 岸辺邸の書室で、私のページをめくりながら呟いた。

 きた。

 一番最悪の展開、ネタバレだ。

 

 

「記憶を読むと、『あの漫画』とか『あの記述』とか『あのキャラクター』という単語とともに状況を比較して書いてあるが、キミの手の記憶を読んでもそんな漫画を手にとった記録はない」

 もちろん、辻彩はそんなものは読んでいないからだ。

「どうやってかは知らないが、固有名詞をわざと使わないように記憶している。筋書きは覚えていても、場面を覚えてはいないというようだ。だが、物事をそんな風に覚えられるのか? それとも君の頭がちょいと特殊な構造をしているとでもいうのか?」

 

 ご丁寧に考察してくれている。

「更に興味深いのは、『その漫画』の記述には、この僕の能力も記載があるらしいということだ。……だが少し認識が甘いんじゃないかな?」

 

「ご存知の通り、僕のスタンド『天国への扉』は相手を本にする能力。この能力の前では、君がどんな武器を隠していようとも、秘密も、記憶も、思考さえも、等しく資料として提供される。

 君が工夫したらしいその記憶の仕方も、少し手をかければ簡単に君は僕に教えてくれるだろうさ」

 

 

 例えば私に「正直にすべてを話せ」と書き込むとか?

 だがしかし、漫画家は未だそれを実行していなかった。意外にも冷静にこの情報に穴のある本を冷静に分析しているのだ。一心不乱に漫画を書き始めるのかと思ったがそんな様子はない。読み込んでいる間にスキをつくはずが、それも許されない。

 

「まあ、未来の書いてある漫画なんて、いやはやますます興味深いな。調べる価値がある」

寧ろより冷静に注意深く私を観察しているのだ。

 四肢を封じられた今、この絶望的状況から脱出する方法はもはや交渉しかない。この頭脳プレイヤーに、口八丁で切り抜けるしかないのだ。

 だって私は、スタンド使いではないのだから。

突然謎の力に目覚めて、スタンドが使えるようになるなんてご都合主義は起こらない。私は、しっかりと前を見据えて、息を整えた。

 

 

「……もし私の記憶をネタに漫画を書くっていうのなら、先生。だったら私は一読者として、あんたに岸辺露伴という漫画家を心底軽蔑しなければならないな」

 

「……なんだと?」

 

 その言葉は琴線にふれたのか、記録をめくっていた岸辺の動きがとまる。

 食いつきはいい、興味を持たせることは出来た。次は論理展開だ。ここからはノンストップで、結論までいかなくてはならない。相手を口でねじ伏せなければならない。弱気を見せたら、そこで終了。失敗したら死ぬまで記録を剥ぎ取られ続け、殺人鬼を出し抜く未来とはさよならだ。

 

 努めて、嘲笑で顔を歪ませる。

 

「全く、ピンクダークの少年を読んで、これこそ天才の漫画だ、漫画の神様の再来だ、とか思ったのに、なんだ大した漫画家じゃなかったなぁ?」

 岸辺の眉がますますつりあがる。

 

「いいや、漫画家どころかそれ以下。同人作家レベルだね」

「……言ってくれるじゃないか? 記憶を見られたくないがゆえの煽りか? とっさに思いついた割にはいい出来だ。 僕はその台詞を無視できない。……いいだろう、僕はファンには優しいんだ。そこまで理由を言ってみるといい」

「ーーいいのか? だったら宣言しよう!」

 ここからが逆転劇。 言葉でこいつの鳩尾に一発キツイのをいれてやるのだ。

「あんたが読者が知る最高に素晴らしい漫画家なら、私の記憶はこれ以上読まないッ!」

 

 絶望的状況での勝利宣言。勿論、男の前で人差し指を突きつけてやるのも忘れない。

 岸辺露伴の地雷の上を歩き始めた自覚はあるが、そこで止まりはしない。

 

「私が『その漫画』を読んだかって? この街の未来が描いてある『あの漫画』を?」

 

 私がここで岸辺露伴の追求に、嘘をついて逃げようとするとでも?

 それとも、これが口からでまかせだとでも?

 『天国への扉』に怖気づいて、大人しくない参考資料になるとでも?

 

「そいつはYESだ。私はもちろんその『冒険漫画』を読んだことがある」

 

 まさかの工程に男は未だ余裕を崩さないが、困惑げだ。

 

「私は一部とはいえ、その漫画を通してあんたの過去も、未来も知っているぞ。これからケガをして休載になることも知っている。昔近所の年上の女の子に『露伴ちゃん』と呼ばれていたのも知っている。大体のことは分かるのだ」

 怒涛の勢いで話しまくる。

「だからこの街にいるスタンド使いがどいうかもわかるし、いつどこにいれば、スタンド使い同士の戦いに遭遇するかもわかる。そいつがどんな過去を持っていて、どれほど素晴らしい経験を持っているかもね。あんたには垂涎ものだろう」

 

「それもその漫画に描いてあったからか?」

「そうだ」

 

「だったら、なおさら僕は……」

「いいや、読まないね。問題なのは、未来が書いてあることや、スタンド使いの情報があることなんかじゃあない!」

 

 ピシリと、指を突き付けていってやる。

 

 

 

「あんたにとっちゃご近所の情報でもな、私のなかにあるその知識は、『他の漫画に書いてあったこと』だからだよ!」

 

 

 漫画家はとうとう得意げな顔をやめた。

 

 

「ようやくわかったようだな。貴様がいまやろうとしていることは、他人の漫画に描いてあることをネタにして、自分の漫画に取り入れる盗作行為なんだよ」

「馬鹿な。君の妄想の漫画だろッ!」

「いいや、違うね。妄想なんかじゃない。あの感動は、あの笑いは、あの悲しみは、怒りは、妄想なんかじゃない。この『ツジアヤ』にとって、紛れも無くそれは、未来の知識ではなく、漫画のあらすじで、そしてあんたは尊敬するべき『漫画の作者だ』!!」

 

 滅茶苦茶な論理だ。

 だが、問題は筋が通っているかじゃない。この男のプライドに関わる問題か、否かという事なのだ。

 プライドの高いこの漫画家は、そのプロ意識故に絶対にこの主張を看過できない。

 

「仮にだ、本当に私の妄想だとして、それは私の頭のなかにある話のネタ、ということになる。あんたは、スタンドなんてセコい手を使ってパクって、最高に面白いと思える漫画が作れると思っているのか?!」

 

 私の記憶を読む目的が、最高の漫画を書くことなら、その目的にたる手段であるという前提を崩してやればいい。

 これでこの男は折れるはずだ。

 

 そのままじっと男を見つめる。

 どういう反応をするのか。冷や汗が顎にしたるのを感じる。永遠にも思えた数秒後、漫画家はぼそりと呟いた。

 

 

「……やられたよ」

 

 

「参ったね……話したこともない赤の他人が、明らかに僕という人間を理解している。それは明らかに異常で、その原因はその記憶の中にあるというのに僕は手を出すことが出来ない。完敗だ」

 気づけば、紙になっていた手はいつの間にか元に戻っていた。

 これ以上の害意を見出すことができない。よほどさっきの言葉がきいているのだろう、少し落ち込んだ表情だ。ちょっと可哀想になってフォローの言葉を続ける。

 

「……それに、別に私の記憶がなくても貴方はいい漫画をかくし、少し待っていれば私が読んだ出来事も貴方も自分で経験するさ」

「それは事実か?」

「私にとっては事実だよ。これから貴方は素晴らしい経験をすることになる。ファイルや記憶越しじゃない、その眼で直にね。だが、いまここでこんなズルをしたら、実際に経験した時のリアリティや、臨場感はきっとなくなってしまう。……そんなことをしたら『ピンクダークの少年』にとって大きな損失だよ」

 

 まっすぐと、その青緑の瞳を見据える。

 私より少し高い位置にある綺麗な瞳だ。信念のある人間の瞳だった。

 ああ、想像していた通りの人間なのだと、思う。

 

「はぁ、そこまでファンに言われたんじゃ、やめるしかないじゃないか」

 しばらくだまりこむと、男は格好をくずした。つられて私も臨戦態勢をとく。

「OK、僕は君の記憶をみない。何なら、僕自身に今日あったことを忘れると書き足してもいい」

「ありがとう、岸辺さん。でもそうしてくれるとありがたい。……だけど、どうせ書き込むなら本に描いてあったことを忘れる、っていうのにしてくれるといいなぁ」

「なぜ?」

 想定外の提案までしてくれるとは驚きだった。だが、そこまでやってくれとは思わない。

 私の回答が意外だったのが、素直に聞いてくる。

「だって、好きな漫画の作者と知り合えたんだもん、忘れられたら嫌じゃない?」

 

 

 

 

「……サインはいるかい?」


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