FINAL FANTASY VIII 父さんは、息子の青春を知らない 作:Kurumimogomogo
光が消えた。
意識が戻るより先に、額が痛んだ。
「……っ」
鋭い。
古傷が疼くような痛みではない。皮膚を裂かれたばかりの、生々しい熱を伴った痛みだった。
ラグナは目を閉じたまま、ゆっくり息を吸った。
薬品の匂い。柔らかいベッド。遠くで聞こえる人の気配。
そして何より自分ではない身体。
(入れた)
そこに驚きはなかった。
そのために来たのだから。
アルティミシアとの戦いは終わった。
時間圧縮も解けた。
仲間たちは戻った。
リノアも。ゼルも。セルフィも。キスティスも。アーヴァインも。
ただスコールだけが戻らなかった。
身体はエスタにある。
呼吸もしている。心臓も動いている。
なのに、その中にいるはずのスコールが目を覚まさない。
だからラグナは、エルオーネに頼んだ。
彼女の力が何をするものなのか、今のラグナは知っている。
かつて自分やキロス、ウォードが感じていた「妖精さん」。
あれが、エルオーネの力によって過去の自分たちへ接続されていたスコールたちだったことも、
本人から聞いた。
ならば逆に自分をスコールへ送ることはできないか。
息子が帰れなくなったその直前へ何が起きたのかを見る。
それがラグナの考えだった。
そしてエルオーネは、やってみると答えた。
だからスコールの中にいること自体は、予定通りだった。
問題は
(……スコール?)
スコールの意思がないことだった。
「大丈夫そうかい?」
女の声がした。
ラグナは目を開けた。
白衣姿の女性が、自分の顔を覗き込んでいる。
医者。いや。
ここがガーデンなら、保健医だろうか。
「額が……痛いです」
女性は、そりゃ痛むだろうね、とでも言いたげに傷の状態を確認すると、
瞳の動きまでじっくり観察した。
意識はしっかりしているらしい。
そして。
「名前は?」
ラグナは一瞬、黙った。
「…………」
危ない。ラグナ。
と言いそうになった。
今の自分は。
「スコール」
「スコール・レオンハート」
女性は満足そうに頷いた。
どうやら記憶に問題はないと判断されたらしい。
(いや)
(けっこう問題あるんだけどな)
もちろん言わない。
話を聞いているうちに額の傷の原因も分かった。
サイファーと訓練中に互いに本気になりすぎたらしい。
女性は、訓練くらい少し手加減したらどうだ、と呆れている。
「サイファー……」
ラグナは小さく呟いた。
知っている名前だ。
未来で何度か聞いた。
ただスコールとの関係を詳しく知っているわけではない。
どうやら相当長い付き合いらしい。
保健医は、サイファーは言って聞くような性格ではないから、相手にしなければいい、と話した。
「…………」
ラグナは考えた。
未来のスコールならなんと答える?
分からない。自分なら。
「逃げるのも、なんか違うしな」
そう答えた。
保健医が少しだけ目を細めた。
「……あんた、今日は妙に素直だね」
「え?」
「いや。何でもないよ」
まずい。早くも何かがずれている。
保健医の名前はカドワキ先生。
それも会話の中で知った。
彼女はスコールの指導教官へ連絡を入れた。
キスティス。その名前を聞いて。
ラグナは少し安心する。
(キスティスか)
知っている相手だ。少なくとも知らない人間ばかりよりはいい。
向こうは自分をラグナだとは知らない。
カドワキが連絡をしている間。
ラグナはベッドの上で、自分の手を見ていた。
動かす。握る。開く。自由に動く。
(スコール)
もう一度呼ぶ。
(いるか?)
何もない。これは予定と違う。
ラグナが過去にエルオーネの力を受けた時、自分自身の意識が消えたことなどなかった。
妖精さんはあくまで自分の中にいた。
それなのに今は身体を動かしているのはラグナ。
スコール本人がどこにもいない。
(……どういうことだよ、エル)
そしてもう一つ。額がずきんと痛んだ。傷が新しい。
未来で見たスコールにも同じ傷があった。
だがあれは完全に塞がった傷だった。
「…………」
ラグナはゆっくり周囲を見た。
(ここいつだ?)
考え込んでいると医務室の扉が開いた。
足音。ラグナは何気なく顔を上げる。
そして目を見開いた。
「…………」
知っている。知らないはずがない。何年離れていても。
どんな場所で会ってもラグナが、その顔を見間違えるはずがなかった。
(エル)
エルオーネ。
自分がエスタまで追いかけて。
ようやく取り戻した、大切な家族。
未来で自分をスコールへ送った本人。
「エ……」
声をかけようとした。その瞬間
「っ……!」
額がずきん、と強く痛んだ。
思わず顔をしかめる。
反射的に手を伸ばしかけ、傷へ触れる寸前で止めた。
「いってぇ……」
ほんの数秒それだけだった。顔を上げた時にはエルオーネは、もうこちらを見ていた。
いやラグナをではない。スコールを、その瞳に浮かんでいるものを見て。
ラグナは声を失った。懐かしさ。安堵。それから
少しの寂しさ。
「スコール……」
エルオーネは静かに言った。
「また会えたね」
「…………」
ラグナは何も言えなかった。
エルオーネは、それ以上何も告げず。
医務室を出ていった。
扉が閉まる。
「…………エル」
今度は間に合わなかった名前だけが小さく漏れた。
追いかけようとしてラグナはベッドから身体を起こしかけた。
また額が痛む。
「痛っ……!」
「こらこら」
カドワキ先生の声が飛んでくる。
「大人しくしてな」
「いや、今の子」
言いかけてラグナは止まった。
「…………」
今のエルオーネ。
なぜここにいる?
記憶の糸が繋がった。
「あ……」
そうだ。
エルオーネから聞いたことがある。
レインが亡くなったあと。
エルオーネとスコールは孤児院へ行った。
その後オダイン博士から逃げるため一時期エルオーネはガーデンに保護されていた時期がある。
(そっか)
ラグナは閉じた扉を見る。
(この頃か)
未来で自分を送り出したエルオーネが今は同じガーデンのどこかにいる。
そしてスコールを知っている。
「…………」
胸の奥にいくつもの感情が浮かんだ。
会いたい。
話したい。
抱きしめたい。
どうしてここへ来たのか聞きたい。
未来へちゃんと戻れるのかも聞きたい。
けれど当然今のエルオーネは未来の出来事など知らない。
(ダメだな)
ラグナは小さく息を吐いた。
(あのエルに聞いても、分かるわけないか)
それに今エルオーネが見ていたのは自分ではない。
スコールだった。
(……知ってるんだな)
ラグナは思う。
(この頃から)
エルオーネはスコールを知っている。
当たり前のことなのに胸の奥に引っかかった。
自分が知らないスコールの時間。
そこにエルオーネはいた。
ラグナが一度も抱くことのできなかった息子とエルオーネはどんなふうに過ごしていたのだろう。
(エル、あとで会えるかな)
そしてすぐに思い直す。
(……いや)
会うのはいい。
でも今の自分はスコールだ。
ラグナとして話しかけることはできない。
いきなり「俺だよ」と言ったところで信じてもらえるわけがない。
「…………」
ラグナは自分の胸へ手を置いた。
(スコール)
呼びかける。
(エル、いたぞ)
返事はない。
(おまえこの頃、エルと会ってたんだな)
沈黙。それでもラグナはほんの少し笑った。
(そっか)
知らなかった息子の人生がもう一つ見つかった。