FINAL FANTASY VIII 父さんは、息子の青春を知らない 作:Kurumimogomogo
『……SeeD』
二本の刃と魔女の魔法が真正面から激突した。
轟音。
白い閃光が弾け、ラグナとサイファーの身体が後方へ押し戻される。
「ぐっ……!」
「ちっ!」
靴底が床を削る。
ラグナはガンブレードを床へ突き立て、どうにか止まった。
「重っ……!」
「感想言ってる場合か!」
「いや、思ったより重くて!」
「魔女の魔法に軽いも重いもあるか!」
「あるだろ! 今あった!」
「うるせえ!」
サイファーが再び駆ける。
「おい、待て!」
「待ってられるか!」
ハイペリオンが横薙ぎに走る。
イデアは片手を上げた。
透明な障壁。
刃が止まる。
「……ッ!」
『愚かな』
至近距離。
魔力が爆ぜる。
「サイファー!」
ラグナが横から飛び込み、サイファーの襟を掴んだ。
「うおっ!?」
二人まとめて床を転がる。
直後。
さっきまでサイファーがいた場所を炎が飲み込んだ。
「危なかったぁ……」
「離せ!」
「助けたのに!?」
「首が締まってんだよ!」
「あ、ごめん」
「戦闘中だぞ!」
「分かってる!」
起き上がる。
イデアは動かない。
ただこちらを見ている。
冷たく人を見る目ではない。
虫か何かを見るような。
その目に、ラグナは僅かに眉を寄せた。
(イデアじゃない)
未来で会ったイデアとは違う。
孤児院で子供たちを包み込むように笑っていた女性。
その面影が、今はどこにもない。
当然だ。
ラグナは知っている。
この時のイデアを動かしているもの。
遥かな未来からやってきた魔女。
アルティミシア。
ただし。
ラグナ自身が、その魔女と戦ったわけではない。
知っているのは、未来で聞いた話だけ。
何ができるのか。
何を考えているのか。
どうすればイデアから引き剥がせるのか。
そんなことは分からない。
(殺しちゃ駄目なのは分かる)
問題は。
(じゃあ、どうやって止めるんだって話なんだよな!)
考えている間にもイデアの両手に魔力が集まる。
『おまえが伝説のSeeDだったのか』
「…………」
ラグナの眉が寄った。
(伝説?)
誰のことだ。
(スコール?)
いやこの時代のスコールはまだ十七歳だ。
伝説になるほど何かをした覚えはない。
少なくとも今のところは。
『なるほど立派なものだ』
イデアが笑う。
それはイデアの笑い方ではなかった。
『おまえ、じゅうぶん立派だよ』
「……褒められてる感じしないな」
「当たり前だろ」
サイファーが吐き捨てる。
『……立派すぎて目障りだ』
魔力が膨れ上がる。
『ここで消してやろう……』
「やっぱり!」
「何を期待してたんだ!」
「ちょっとくらい話し合えるかなって!」
「今までのどこ見てそう思った!」
魔法が放たれる。
「散れ!」
二人が左右へ飛ぶ。
氷柱。
床へ突き刺さる。
一本。
二本。
三本。
「うおおっ!?」
ラグナの横を巨大な氷が通過した。
「危なっ!」
「スコール!」
リノアの声。
振り返る。
その瞬間。
「前見ろ!」
「え?」
サイファーが飛び込んできた。
ラグナを突き飛ばす。
直後。
魔力の弾丸がサイファーの肩を掠めた。
「ぐっ!」
「サイファー!」
「よそ見すんな!」
「悪い!」
「あとで一発な!」
「甘んじて受ける!」
「うるせえ!」
アーヴァインの銃声。
イデアの障壁へ弾丸が連続して叩き込まれる。
一発。
二発。
三発。
障壁が揺らぐ。
「二人とも!」
アーヴァインが叫ぶ。
「今!」
「おう!」
二本のガンブレード。
左右から。同時。
『……!』
イデアが両腕を交差する。
刃と障壁がぶつかる。
火花。
「硬いな!」
「押せ!」
「押してる!」
「もっとだ!」
「注文多いな!」
「黙って押せ!」
アーヴァインが照準を合わせる。
「そのまま!」
「早くしてくれ!」
「動くなよ!」
「無茶言うな!」
銃声。
弾丸が。
二人の刃の間を抜けた。
障壁の一点へ。
亀裂。
「おおっ!」
「割れるぞ!」
サイファーが笑う。
「行け、スコール!」
「おう!」
ガンブレードを振り抜く。
障壁が砕けた。
『……!』
初めてイデアが後退した。
「入った!」
ラグナの刃が肩口を斬る。
浅い。
だが。
血が飛んだ。
『…………』
イデアが傷を見る。
一筋。
赤い血。
それを。
指先で触れた。
「…………」
空気が変わった。
ラグナの笑みが消える。
「……サイファー」
「ああ」
二人とも感じた。
さっきまでの冷たい余裕が消えた。
『……SeeD』
イデアが顔を上げる。
『SeeD』
一歩。
『SeeD……SeeD……』
もう一歩。
声が低くなる。
憎悪がむき出しになっていく。
『SeeD、SeeD、SeeD……!』
「…………」
『気にいらない……』
魔力が膨れ上がった。
床が震える。
壁が軋む。
照明が次々と砕ける。
『なぜ魔女の邪魔をする!』
「っ……!」
リノアが腕で顔を覆う。
『なぜ私の自由にさせない!?』
ラグナは初めて言葉を失った。
(……これが)
アルティミシア。
未来でスコールたちが戦った魔女。
その憎しみだけが。
今目の前にある。
『SeeD……!』
イデアの視線がラグナへ向く。
いやスコールへ。
『おまえたちは、いつも……!』
「いつも?」
ラグナが眉を寄せる。
『私の前に現れる……!』
「…………」
意味が分からない。
だが。
そこには。
単なる敵意ではない何かがあった。
恐怖。
怒り。
憎悪。
長い時間をかけて積み重なったような異様な感情。
『消えろ!』
イデアの腕が振られた。
「来るぞ!」
無数の氷柱。
降り注ぐ。
「リノア!」
「うん!」
「アーヴァイン!」
「分かってる!」
「サイファー!」
「俺に指図すんな!」
「でも来るだろ!」
「当たり前だ!」
四人が走る。
リノアが攻撃を避ける。
アーヴァインが援護する。
サイファーが前へ。
ラグナも続く。
「右!」
「分かってる!」
「左!」
「分かってる!」
「上!」
「分かって……うおっ!?」
氷柱が目の前へ落ちた。
「分かってねえじゃねえか!」
「最後のは見えてなかった!」
「それを分かってねえって言うんだ!」
二本の刃。
再び魔女へ。
今度はイデアも正面から迎え撃つ。
魔法。
剣。
銃。
ブラスターエッジ。
入り乱れる。
四人。
誰かが前へ出れば。
誰かが穴を埋める。
サイファーが攻撃を受ける。
ラグナが踏み込む。
ラグナが崩される。
アーヴァインが撃つ。
イデアがアーヴァインへ狙いを変える。
リノアの刃が飛ぶ。
「こっち!」
『小娘……!』
魔女の視線がリノアへ。
「リノア!」
サイファーが割り込んだ。
魔法をハイペリオンで受ける。
「ぐっ!」
「サイファー!」
「止まるな!」
押し返す。
「行け!」
ラグナが駆ける。
「うおおおっ!」
ガンブレード。
イデアの脇腹。
『ぐっ……!』
今度は深い。
イデアの身体が傾いた。
「入った!」
アーヴァインが続く。
銃声。
肩。
命中。
『……ッ!』
「もう一発!」
撃つ。
イデアが障壁を張る。
だが遅い。
リノアのブラスターエッジが横から飛んだ。
障壁が砕ける。
「よし!」
ラグナが叫ぶ。
「押せる!」
「調子乗んな!」
「分かってる!」
サイファーも口ではそう言いながら。
笑っていた。
勝てる。
少なくとも届いている。
エスタ
白い部屋。
ベッドの上にラグナが眠っている。
その隣スコールも目を閉じたまま動かない。
「…………」
リノアは二人を見つめていた。
ゼル。
セルフィ。
キスティス。
アーヴァイン。
皆がいる。
けれどスコールだけが帰ってこない。
「……やろう」
リノアが言った。
キスティスが振り返る。
「リノア」
「やってみよう」
「でも」
「このまま待ってても、スコールは帰ってこない」
リノアは眠るスコールの手を握った。
「だったら」
その手に力を込める。
「わたしが迎えに行く」
「リノア……」
ゼルが巨大なGFの気配へ目を向ける。
エデン。
未知のGF。
時間と空間。
その境界すら曖昧にする存在。
「何が起きるか分かんねえぞ」
「うん」
「失敗したら」
「分かってる」
「戻れなくなるかもしれねえ」
「それでも」
リノアはスコールを見る。
「スコールを一人にはしない」
セルフィが息を呑む。
アーヴァインは何も言わない。
キスティスが最後に頷いた。
「……分かった」
リノアが目を閉じる。
エデンに接続し、スコールに意識を向ける。
その瞬間世界が反転した。
何もない。
白でも。
黒でもない。
時間も。
距離も。
分からない。
「スコール!」
リノアは叫んだ。
返事はない。
「スコール!」
走る。
どこへ向かっているのかも分からない。
「いっしょに帰ろうよ!」
声が闇へ吸い込まれる。
「どこにいるの!?」
『……リノア?』
「!」
リノアが振り返る。
「スコール!?」
誰もいない。
スコールは一人だった。
「みんな、どこだ!?」
声だけが響く。
「リノア! どこだ!」
走る。
「ゼル! セルフィ! キスティス! アーヴァイン!」
誰もいない。
「リノア!」
返事がない。
(……俺、ひとりなのか?)
足が止まる。
「リノア?」
声が小さくなる。
(俺……また、ひとりぼっちか?)
誰もいない。
何もない。
自分だけ。
(ここは……どこだ?)
その時。
遠く。
本当に遠くから。
声がした。
『スコール!』
「!」
『いっしょに帰ろうよ!』
「リノア……?」
手を伸ばす。
その接続が時間を遡った。
「……っ!?」
デリング・シティ。
戦闘中。
ラグナの視界が突然揺れた。
「何だ……?」
頭の奥。
誰かが。
いる。
『スコール!』
「……リノア?」
「え?」
目の前にいるリノアが振り返った。
「呼んだ?」
「いや」
『どこにいるの!?』
「…………」
違う。
目の前のリノアじゃない。
もっと遠い。
遠いどころではない。
(未来?)
ラグナの顔色が変わる。
「まさか……」
意識が引っ張られる。
「おい、スコール!」
サイファーが叫ぶ。
「何ぼさっとしてやがる!」
「待て!」
身体が動かない。
(なんだこれ!?)
強い。
乱暴で。
不安定で。
巨大な何かが。
時間ごと引っ張っている。
『スコール!』
(リノア!?)
未来のリノア。
(何やってんだ!?)
その瞬間。
ほんの一瞬。
ラグナの意識がスコールの身体から浮いた。
力が抜ける。
ガンブレードの切っ先が下がった。
「スコール!!」
サイファーの声。
イデアがそれを見逃すはずがなかった。
『……SeeD』
魔力。
「避けろ!!」
サイファーが走る。
だが間に合わない。
巨大な氷。
放たれる。
「――――ッ!」
スコールの身体を貫いた。
「スコール!!」
リノアの悲鳴。
ラグナの意識が身体へ叩き戻された。
「……ぐ」
痛い。
なんてもんじゃない。
息ができない。
身体が浮いている。
「……あ」
血。
自分の。
いや。
(スコールの……)
身体が落ちる。
床。
衝撃。
「スコール!」
リノアが駆け寄る。
「スコール! ねえ!」
顔が泣きそうになっている。
(……まずい)
ラグナは手を伸ばそうとした。
動かない。
(これ……)
意識が沈む。
(スコール)
ごめん。
そんな言葉が最後に浮かんだ。
「てめえ……」
サイファーの声が震えた。
怒りで。
「てめえええええッ!!」
ハイペリオンを握りしめる。
「サイファー!」
アーヴァインが止めるより早い。
走った。
「よくも!」
一撃。
イデアが障壁で受ける。
二撃。
亀裂。
『……!』
「やりやがったな!!」
三撃。
障壁が砕けた。
「サイファー!」
リノアが叫ぶ。
「一人で行かないで!」
「だったら来い!」
「!」
「一人じゃ戦えねえんだろ!」
サイファーは振り返らない。
「なら来い!」
「…………」
リノアは涙を拭った。
「うん!」
立つ。
アーヴァインも銃を構える。
「僕もいるんだけどな」
「だったら撃て!」
「注文が雑だな!」
「いいから!」
「はいはい!」
銃声。
イデアの肩。
『ぐっ!』
「リノア!」
「分かってる!」
ブラスターエッジ。
魔女の腕を捉える。
サイファーが踏み込む。
「これで!」
ハイペリオン。
「終わりだ!!」
一閃。
『――――!』
イデアの身体が大きく仰け反った。
魔力が弾けた。
そして消えていく。
「…………」
サイファーは荒い息を吐く。
「やった……のか?」
イデアが膝をついた。
その身体から何かが抜ける。
目には見えない。
だが空気が変わった。
重苦しかった何かが。
イデアから離れていく。
「…………?」
リノアが顔を上げた。
「リノア?」
アーヴァインが見る。
「どうした?」
「今……」
何かが自分を見た。
そんな気がした。
「…………」
冷たい。
何かが。
触れる。
「え……?」
頭の奥へ入ってくる。
「いや……」
「リノア?」
「何……これ……」
「おい!」
サイファーが振り返る。
リノアの身体から力が抜けた。
「リノア!」
アーヴァインが抱き止める。
「リノア!?」
返事がない。
「おい、起きろ!」
その時。
「……う……」
別の声三人が振り返る。
イデアだった。
ゆっくり。
目を開ける。
「…………」
サイファーが即座にハイペリオンを構えた。
「動くな」
「…………」
イデアは彼を見た。
「サイファー……」
「!」
サイファーの目が見開かれる。
声が違う。
目も違う。
さっきまでそこにいた魔女ではない。
「……サイファー」
イデアが今度ははっきりと名前を呼ぶ。
そして倒れているスコールを見る。
アーヴァインを見る。
腕の中で眠るリノアを見る。
「スコール……」
声が震えた。
「サイファー……アーヴァイン……」
「……なんで」
アーヴァインの表情が固まる。
「なんで僕たちの名前を……」
イデアは泣いていた。
「大きくなりましたね」
「…………」
「……強くなりましたね」
サイファーの剣先がゆっくり下がる。
「この日を待っていました」
涙が頬を伝う。
「この日を恐れていました」
「おまえ……」
「今日は善き日ですか?」
イデアがスコールを見る。
「今日は忌まわしき日ですか?」
そして突然表情が変わった。
「エルオーネは!?」
「!」
「エルオーネはどこです!?」
アーヴァインが息を呑む。
その名前を覚えているのは。
自分だけ。
「私は……」
イデアが胸を押さえる。
「私はエルオーネを守りましたか!?」
イデアの瞳が大きく揺れた。
ラグナは落ちていた。
暗い。
何もない。
身体もない。
痛みも。
声も。
遠ざかっていく。
(……スコール)
やってしまった。
自分があの身体を借りていたから。
意識を引っ張られて攻撃を受けた。
(戻らなきゃ)
リノア。
サイファー。
アーヴァイン。
(戻らないと)
だが身体がない。
どこへ行けばいいのかも分からない。
その時。
暖かいものが。
触れた。
『……おじちゃん』
「…………」
聞き間違えるはずがない。
『ラグナおじちゃん』
「エル……?」
光。
鳥の声。
風。
木々の匂い。
「…………」
ラグナは目を開けた。
見覚えのある天井。
小さな部屋。
「……え?」
手を見る。
若い自分の手。
「ここ……」
扉が開いた。
小さな女の子が顔を出す。
「ラグナおじちゃん、お客さんだよ」
「…………」
ラグナは息を止めた。
小さなエルオーネ。
何十年も前の。
あの頃の。
「エル……」
「?」
「…………」
「ラグナおじちゃん?」
「あ~?」
慌てて昔の自分に戻る。
「オレに客? どんなヤツだった?」
「変な服のおじさん。いま、レインとはなしてるの」
心臓が跳ねた。
「……レイン」
「?」
「いや!」
立ち上がる。
「ん? 店にいるのか?」
「そうだよ。だからエルがラグナおじちゃんをよびにきたの」
胸を張る。
「えらい?」
「えらくない!」
「え~!」
「一人で危ないじゃないか。モンスターに襲われたらどうするんだ?」
「となりだもん、だいじょうぶだよ!」
「となりでも危ないの!」
ラグナはしゃがむ。
「エルなんか小さくてかわいいからモンスターに狙われてるんだぞ! つかまって、ちゅーちゅー血を吸われちゃうんだぞ!」
「だいじょうぶだもん」
「そんなことになったらおじちゃんは泣いちゃうぞ~」
「ラグナおじちゃんよぶもん」
「…………」
「すぐきてくれるんだよね?」
ラグナの顔から笑みが消えかけた。
未来を知っている。
この後自分はこの子を守るためにウィンヒルを離れる。
そしてレインの最期に間に合わない。
「……ああ」
それでも笑った。
「呼べよ」
「うん!」
「どこにいたって」
小さな頭へ手を置く。
「絶対行くから」
「ほんと?」
「ああ」
「ぜったい?」
「絶対」
エルオーネが笑う。
走り出す。
「あ、待てよ、エルオーネ!」
「まってたよ! えらい?」
「うん、えらいえらい!」
「エルオーネのお父さん、お母さん。エルオーネは今日も良い子です。な?」
「はーい!」
そして彼女がいた。
「…………」
レイン。
「ラグナ?」
「…………」
「どうしたの?」
「いや」
声が上手く出ない。
「……ただいま」
「?」
レインは少し不思議そうにそれでも笑った。
「おかえり」
たったそれだけで胸がいっぱいになった。
「ラグナくん、ひさしぶり」
もう一つの声。
「…………」
振り向く。
「キロス!!」
「元気そうだな」
「おまえもな!」
「おじちゃんの友だちだよ!」
ラグナはエルオーネへ言う。
「変な服だけど悪い人じゃないぞ」
「変な服だけどいい人なんだよね~!」
「ラグナ」
「何?」
「教育上、どうなのだろうな」
「……今ちょっと俺も思った」
話した。
ウォードのこと。
軍を辞めたこと。
ジュリアのこと。
「最近結婚したらしいな」
「…………」
「軍の少佐と結婚したのよね。カーウェイ少佐だっけ?」
レインの言葉に。
ラグナは少しだけ目を伏せる。
「好きな人が戦地に行って行方不明。それで落ち込んでるところを少佐が励ましてくれて、それが結婚のキッカケなんだって」
「……戦地に行った男の帰りを待ったりはしないものなのか?」
キロスが言う。
「いいじゃねえかよ」
ラグナは笑った。
「ジュリアは結婚してシアワセなんだろ?」
未来を知っている。
ジュリアの娘。
リノア。
スコール。
不思議なものだ。
「それでいいじゃねえか」
昔より素直にそう思えた。
キロスと村を歩く。
モンスターを倒す。
人と話す。
「……非常に素朴な疑問があるのだが」
「ん?」
「あんたはここでいったい何をしているのだ?」
「この村はよ」
昔と同じように答える。
働き盛りの男たちが戦争へ行ったこと。
残された人たち。
モンスター。
自分を助けてくれた村。
「だから、恩返しってやつだな」
ラグナは胸を張った。
「このオレは、このウィンヒルのモンスター・ハンターよ!」
「…………」
「というわけでキロスくん! 君は今日から僕の助手だ!」
「勝手に決めるな」
「村の入口までパトロール! 途中、困っている人を見かけたら親切にするのが基本任務だ!」
歩く。
戦う。
笑う。
何でもない。
本当に何でもない一日。
なのに。
(……幸せだったんだな)
今になって分かる。
この頃の自分はもう欲しかったものをほとんど全部持っていた。
「世界を旅するジャーナリストになるんじゃなかったのか?」
キロスが言う。
「『ティンバー・マニアックス』の編集長と話をしてきた。世界の様子を紹介する記事ならいつでも欲しいそうだ」
「そりゃすげえ!」
「一度あいさつに行かないとな」
「お、おう」
「…………」
「あのな」
「何だ?」
「もちっとここにいてもいいよな」
「取材が必要ってわけか?」
「…………」
「ここはいい村みたいだからな。手始めにこの村を紹介するんだろ?」
「ここはダメだ」
「?」
「有名にしちゃダメなんだ」
ラグナはウィンヒルを見る。
「目立って、人が集まると良くないだろ?」
「……悪いヤツが来てレインを取られる、か?」
「…………」
昔なら誤魔化した。
モンスターだと叫んで逃げた。
けれど今は
「……そうかもな」
キロスが止まった。
「ラグナ?」
「何?」
「あんた……変わったな」
「そうか?」
「ああ」
「…………」
ラグナは笑った。
「遅すぎたけどな」
パブの前。
「ねえ、レインはラグナおじちゃんと結婚しないの?」
「!」
足が止まる。
「……どうした?」
「レディ同士がお話し中だ」
「そうだな」
「出直そう」
キロスが動かない。
「おい」
「私の中の何かが聞けと命じるのだ」
「その何か捨ててこい!」
中から声。
「あ~んな男と?」
「…………」
「痛い痛いってヒイヒイ泣きながらここに運ばれて来て、それからずっと看病させて……」
「……帰ろうぜ」
「まだだ」
「おまえ絶対楽しんでるだろ」
「ジャーナリスト志望のくせに言葉使いは汚いし間違えるし、真面目な話になるとすぐ逃げ出そうとするし……」
「キロス」
「何だ」
「俺ってそんなひどかった?」
「もっと聞くか?」
「いい!」
そして。
「でも、エルはラグナおじちゃんだいすきだよ」
「…………」
「レインとラグナおじちゃんとエルと、三人いっしょがいいよ」
胸が締めつけられる。
「……でもね」
レインの声。
「あの人、本当は世界中のいろんなところへ行きたいんだと思うのね」
「…………」
「こんな田舎の村で静かに暮らすなんてできないと思うの」
(違うよ)
今なら言える。
(できたよ)
レインと。
エルオーネと。
そして。
やがて生まれる。
スコールと。
(俺……ここで暮らしたかったんだな)
失ってから。
何十年も経ってから。
ようやく分かった。
「……エルオーネと同じ気持ちよ」
「…………」
ラグナは目元を擦った。
「行くぞ」
「もういいのか?」
「ああ」
「ただいま!」
「たいちょうにほうこく~!」
「パトロールとモンスター退治の報告をします!」
いつもの時間。
「は~い、ごくろうさま」
レインが笑う。
「じゃあ、次のパトロールの前に食事にしましょうか。用意が出来たら呼びに行くから、あなたの部屋で待っててね」
「おう」
「なんだか疲れてみえるから、ひと眠りして待ってるといいわ」
「…………」
「ラグナ?」
「いや」
その顔を覚えておこうと思った。
「分かった」
「ごっはん、ごっはん!」
エルオーネが跳ねる。
「いっしょにたべようね! キロさんもいっしょにたべようね!」
「うん」
「エルとレインとラグナおじちゃんとキロさんと四人でごっはん!」
「ああ」
ラグナは笑った。
「みんなで食おう」
小さな部屋。
小さなベッド。
「ちくっと休むか……」
腰を下ろす。
キロスが壁にもたれた。
「ん? どうした?」
「…………」
ラグナは天井を見る。
「ときどき恐くなるんだよな」
「何が?」
「目がさめたら」
言葉が勝手に出る。
「ここじゃないどこかで」
「…………」
「エルオーネがいなくて……」
キロスが静かに続ける。
「レインもいなくて?」
「…………」
「ああ」
未来では本当にそうなった。
「オレ、どうしちまったんだろうな」
目を閉じる。
「こんな気持ち……なんだこれ?」
昔の自分はまだ知らない。
でも今のラグナは知っている。
これは幸せを失うのが怖いという気持ち。
「ああ」
笑う。
泣きそうになりながら。
「目が覚めても、この部屋でありますように」
「…………」
「このちっこいベッドで目が覚めますように」
キロスがしばらくラグナを見る。
「変わったな、ラグナくん」
「……ああ」
ラグナは目を閉じた。
「変わったよ」
レイン。
エル。
スコール。
いろんな顔が浮かぶ。
(これ)
ようやく気づく。
(エルなのか)
自分が過去の自分へ入っている。
スコールたちが自分へ入ってきたように。
今度は自分が自分自身の過去へ。
(成功したんだな)
エルオーネの力。
初めて完全に繋がった。
(そっか)
ラグナは少し笑った。
(こんな感じだったのか)
眠気がやってくる。
(スコール)
デリング・シティ。
倒れた息子。
(悪かった)
自分が身体を借りた。
勝手に喋って。
勝手に笑って。
勝手に人間関係まで変えてしまった。
(サイファーとまで仲良くなっちまったし)
あれをスコールが見たら。
どんな顔をするのだろう。
(……怒るだろうなあ)
少しだけ楽しみでもある。
でも。
(帰れよ)
願う。
(ちゃんと帰れよ、スコール)
意識が沈む。
ラグナは目を開けた。
「…………」
白い天井。
「……あれ?」
身体を起こす。
手を見る。
若くない見慣れた自分の手。
「…………」
ラグナはゆっくり顔を上げた。
エスタ。
未来。
自分の身体。
「……戻った」
呟く。
「戻った……のか?」
胸へ手を当てる。
氷の傷はない。
痛みもない。
ラグナは隣を見る。
そこには眠ったままのスコールがいた。
「…………」
ラグナはベッドから立ち上がる。
「スコール」
返事はない。
「おい」
近づく。
「スコール」
その時スコールの指が。
僅かに動いた。