FINAL FANTASY VIII 父さんは、息子の青春を知らない 作:Kurumimogomogo
リノアは眠ったままだった。
スコールはベッド脇の椅子に座り、その顔を見つめていた。呼吸は穏やかで、熱もなく、目立った外傷もない。握った手も温かい。
ただ、目を覚まさない。
それだけなら、深く眠っているようにしか見えなかった。
だがスコールは、この状態を知っている。
かつて自分が辿った時間では、イデアから離れたアルティミシアは次の器としてリノアを選んだ。
リノアの身体を操って宇宙へ向かい、封印されていたアデルを解放する。
そして最後にはアデルへ乗り移った。
(同じなのか?)
場所も時期も違う。
自分が知る歴史なら、デリング・シティでこんなことは起きなかった。
イデアはまだアルティミシアに支配され、サイファーはその騎士となり、自分たちはこの後も長く戦うことになる。
それが今は違う。
イデアは正気に戻った。
サイファーは自分たちと一緒にいる。
そして、その直後にリノアが眠りについた。
偶然だとは思えなかった。
(アルティミシアは今、リノアの中にいる)
そう考えれば辻褄は合う。
問題は、その先だった。
アルティミシアがリノアの身体を通して周囲を認識できるのか。それとも意識だけを潜ませ、まだ何もできない状態なのか。
分からない以上、試す気にはなれなかった。
スコールはリノアの手を握ったまま口を閉ざす。
未来の出来事を知っていることは、今の自分が持つ唯一と言っていい優位だ。
アルティミシアにそれを知らせる理由はない。
「スコール?」
声に顔を上げると、扉からセルフィが覗いていた。
「ずっとここにいたの?」
「ああ」
「リノア、まだ起きない?」
「まだだ」
セルフィが静かに部屋へ入り、反対側からリノアの顔を見る。
「ほんとに寝てるだけみたいなのにね」
「ああ」
「……心配?」
「ああ」
セルフィがこちらを見る。
「何だ」
「ううん」
「言いたいことがあるなら言え」
「やっぱり違うなって」
「…………」
「昨日までのスコールなら、もっと大騒ぎしてたと思う」
「俺が?」
「うん。お医者さんまだ!? 原因は!? 何かできることない!? って」
「そんなに騒ぐのか」
「騒ぐよ。特にリノアのことなら」
「…………」
「それで自分で何とかしようとして、キスティスに怒られる」
最後だけは妙に納得できた。
「でも」
セルフィが笑う。
「ずっとここにいるところは同じかも」
「そうか」
「うん」
昨日までの自分。
何度聞いても奇妙だった。
自分の身体を使い、自分の名前で仲間たちと過ごしていた、自分ではない誰か。
「セルフィ」
「なに?」
「ママ先生は?」
「下にいるよ。キスティスと話してる」
「分かった」
スコールは立ち上がった。
「また動くの?」
「聞きたいことがある」
「キスティスに怒られるよ」
「それも分かってる」
「……そこは昨日までと同じだね」
何も答えず、スコールはもう一度リノアを見た。
「少し行ってくる」
返事はなかった。
イデアはカーウェイ邸の奥の部屋にいた。
キスティスも一緒だった。
「スコール?」
「聞きたいことがある」
イデアがまずスコールの身体を見る。
「その前に、あなたは休んでいなくていいのですか?」
「大丈夫だ」
「あなたの大丈夫は信用できません」
「…………」
昔も似たようなことを言われた気がする。
キスティスが小さく笑った。
「それで、聞きたいことって?」
スコールは一度扉へ目を向けた。
「ママ先生と二人で話したい」
「私には聞かせられない?」
「まだ分からない」
キスティスは少しだけスコールを見つめたが、追及しなかった。
「分かったわ」
部屋を出ていく。
扉が閉まる。
「ママ先生」
「はい」
「エルオーネは今、バラムガーデンにいるんだな?」
イデアの表情が変わった。
「……なぜ、そのことを知っているのですか?」
「いるのか?」
質問には答えなかった。
イデアはしばらく黙っていたが、やがて頷く。
「います。シドが保護しています」
「今も?」
「私が知る限りでは」
「そうか」
そこは変わっていない。
スコールは小さく息を吐いた。
「エルオーネに会いたい」
「理由を聞いても?」
「俺に起きていることを確かめたい」
「…………」
「それと」
少し迷った。
「リノアのことも」
イデアの目が僅かに細くなる。
「何か気づいているのですか?」
「まだ確信はない」
嘘ではない。
アルティミシアがリノアへ移った可能性は高い。
だが、それを証明するものは何もなかった。
「ただ、エルオーネの居場所は今までどおり伏せておいてくれ」
「もちろんです」
「リノアにも」
今度こそ、イデアの表情が変わった。
「スコール」
「今は聞かないでくれ」
しばらく視線がぶつかった。
やがてイデアが頷く。
「分かりました」
「ありがとう」
「…………」
「何だ?」
「いえ」
イデアが少しだけ微笑む。
「あなたも変わりましたね」
「俺も?」
「ええ」
それ以上は聞かなかった。
部屋を出ると、廊下の壁にサイファーがもたれていた。
「…………」
「…………」
「何してる」
「待ってた」
「俺を?」
「他に誰がいる」
サイファーが壁から背を離す。
「おまえ、本当に覚えてねえんだな」
「何を」
「昨日までのことだよ」
「俺には俺の記憶がある」
「だったら昨日の朝、何食った?」
「…………」
「ほらな」
「そんなことで判断するな」
「じゃあ昨日、俺と何話した?」
「…………」
「一昨日は?」
「…………」
「その前は?」
「うるさい」
「それだよ」
サイファーがスコールを指差す。
「今のおまえ、ずっとそんな感じだ。昨日までなら三倍くらい言い返してきたぞ」
「俺が?」
「ああ」
「おまえに?」
「そこ疑うところか?」
向こうからゼルたちも歩いてきた。
「またやってんのかよ」
「こいつが変なんだよ」
「おまえに言われたくない」
「ほら、そういうのは昨日までっぽい」
「…………」
セルフィまで頷く。
「でも、やっぱり違うよね」
「何が違う」
「静か」
ゼルが言う。
「暗い」
サイファーが続ける。
「それはおまえの感想だろ」
「あと無愛想」
「前からだ」
「昨日までは違ったんだよ!」
キスティスがため息をつく。
「これじゃ話が進まないわ」
スコールは全員を見る。
これ以上、断片だけを聞いていても仕方がない。
「なら教えてくれ」
「何を?」
「昨日までの俺が何をしていたのか。最初から」
空気が変わった。
「本当に覚えてないの?」
セルフィが尋ねる。
「ああ」
「どこから?」
「俺が知っている過去と、おまえたちが知っている過去が違う」
キスティスの表情が真剣になる。
「どういう意味?」
「俺にも分からない。だから聞きたい」
少しの沈黙の後、キスティスが頷いた。
「分かったわ」
そこからスコールは、自分の知らない自分について聞いた。
SeeD試験。
ティンバー。
ガルバディア・ガーデン。
名もなき王の墓。
そしてデリング・シティ。
行った場所そのものは知っている。
起きた出来事にも覚えがある。
だが、その中でスコール・レオンハートが取った行動だけが違っていた。
セルフィと学園祭の話で盛り上がった。
ゼルとくだらないことで言い争った。
キスティスに何度も呆れられた。
アーヴァインには遠慮なく首を突っ込んだ。
リノアのことになると露骨に甘くなった。
そして何より。
サイファーと最後まで敵対しなかった。
(俺じゃない)
少なくとも、自分の知っている自分ではない。
「でも変なんだよな」
ゼルが言った。
「何が」
「全部おまえなんだよ」
「…………」
「喋り方とか性格は全然違うけど、知ってることは知ってるし。ガンブレードだって普通に使ってた」
「当たり前だろ。身体は俺なんだから」
「そういう意味じゃねえよ」
ゼルは頭を掻く。
「なんて言えばいいんだ……」
「中身だけ違うみたいだった?」
セルフィが言う。
「そう、それ!」
「…………」
中身だけ。
スコールはその言葉を頭の中で繰り返す。
エルオーネの力なら、それに近いことができる。
人間の意識を過去へ送り、その時代の人間へジャンクションさせる。
自分たちは何度も経験していた。
過去のラグナたちの中へ。
「そういえば」
サイファーが言った。
「墓の中でも、おまえ妙なこと言われてたよな」
「墓?」
「名もなき王の墓だよ」
スコールも覚えている。
セクレトとミノタウロス。
そして石棺から現れた古の王、ゼパルガ。
「何を言われた」
「忘れたのか?」
「俺の記憶では、ゼパルガは石棺について話して消えた」
「その後だ」
サイファーが眉を寄せる。
「おまえを見て言っただろ」
そして、思い出すように口にする。
「『奇妙な魂よ』」
スコールの目が細くなった。
「『そなたもまた、帰る場所を間違えるな』」
「…………」
知らない。
その言葉だけが、自分の記憶にない。
「本当に言ったのか?」
「ああ」
「私も覚えてる」
キスティスが頷く。
「俺も」
「私もだよ」
「僕も」
全員が覚えている。
スコールだけが知らない。
『帰る場所を間違えるな』
その言葉が胸の奥へ沈んだ。
アルティミシアを倒した後。
時間も場所も崩れた世界。
仲間たちを見失い、リノアを探し、帰ろうとした。
けれど自分は帰れなかった。
最後に聞こえたのはリノアの声だった。
『スコール! いっしょに帰ろうよ!』
その声を追った。
そして目を覚ました場所が。
ここだった。
(帰る場所……)
スコールは顔を上げる。
「ゼパルガは、その時の俺を見ていたんだな?」
「ああ」
サイファーが答える。
「間違いなくな」
ならば。
あの言葉を向けられたのは、自分ではない。
昨日まで自分の身体にいた誰かだ。
「…………」
スコールはこれまで聞いた話を頭の中で並べる。
よく喋る。
思いついたら動く。
誰にでも首を突っ込む。
無茶をする。
妙に前向き。
サイファーと喧嘩しながら、結局は見捨てない。
そして。
リノアを大切にしていた。
(誰だ)
知らないはずなのに。
どこかで知っている気がする。
自分とはまるで違う。
それなのに、その輪郭には覚えがあった。
エルオーネの力。
過去へ送られた意識。
そこまで考えた時、一人の男の姿が朧げに浮かんだ。
直接会ったことはほとんどない。
だが知っている。
エルオーネに何度も見せられた過去の中で、その男を見てきた。
馬鹿みたいに喋る。
すぐ調子に乗る。
余計なことへ首を突っ込む。
誰かを助けるためなら無茶をする。
(……ラグナ?)
そこまで考えて、スコールは眉を寄せた。
エスタ大統領。
そして。
自分の父親。
顔は知らない。
今どんな人間になっているのかも知らない。
だが若い頃のラグナなら、エルオーネを通して何度も見ている。
性格だけを並べれば、不気味なほど一致した。
(でも、なんでラグナが俺の中にいる)
理由がない。
いや。
エルオーネが関わっているなら、方法だけなら説明できる。
だが、なぜそんなことをしたのかが分からない。
それにもう一つ。
引っかかることがある。
昨日までの自分は、リノアを大切にしていたという。
今のラグナがリノアを知っているとは思えない。
少なくとも、ここまで露骨に気にかける理由はないはずだ。
(ラグナじゃない?)
それとも。
スコールはそこで思考を止めた。
まだ材料が足りない。
だが、エルオーネに会う理由は一つ増えた。
「エルオーネに会いたい」
スコールが言った。
「エルオーネ?」
セルフィが首を傾げる。
「ああ」
「どうして?」
「俺自身について確かめたいことがある」
キスティスがスコールを見る。
「エルオーネなら分かると思うの?」
「分からない。でも、今の状況について一番話が通じるのはおねえちゃんだ」
「おねえちゃん?」
セルフィが目を丸くする。
「…………」
スコールは黙った。
「今、おねえちゃんって言った?」
「言ってない」
「言ったよ!」
「聞き間違いだ」
「いや、俺も聞いたぞ」
「僕も」
「…………」
サイファーがニヤリとする。
「おねえちゃん」
「黙れ」
「おねえちゃんに会いたいのか?」
「黙れ」
「素直に言えよ、おねえちゃんに」
「サイファー」
「あ?」
「傷が治ったら覚えてろ」
「上等だ!」
セルフィが笑い、ゼルも吹き出す。
キスティスまで口元を押さえていた。
「…………」
スコールは頭が痛くなった。
だが。
この空気を知っている。
ゼルがいて。
セルフィがいて。
キスティスがいて。
アーヴァインがいる。
アルティミシアとの戦いまで一緒に進んだ仲間たちだ。
そこに。
「何だよ」
サイファーがこちらを見る。
「また俺見てただろ」
「見てない」
「見てただろ!」
それだけが、どうしても慣れない。
「どっちにしても」
キスティスが話を戻した。
「私たちは一度ガーデンへ戻る必要があるわ。今回の任務についても、学園長への報告が必要だもの」
「ああ」
スコールは頷いた。
魔女暗殺作戦は、当初の予定とはまったく違う形で終わった。
イデアを倒すことはできなかった。
だが彼女は正気を取り戻し、未来の魔女アルティミシアという存在も明らかになった。
シドへの報告は必要だ。
そしてバラムガーデンへ戻れば、エルオーネにも会える。
「リノアは?」
セルフィが尋ねる。
「もちろん連れて帰るわ」
キスティスが答えた。
「…………」
スコールは僅かに表情を強張らせる。
「どうしたの?」
「いや」
リノアを連れて帰る。
それはつまり、もし自分の推測が正しければ、アルティミシアをエルオーネのいる場所へ連れていくということでもある。
危険だった。
だが、リノアをここへ残すわけにもいかない。
スコールは眠る彼女のいる部屋へ目を向ける。
自分の知っている歴史では、アルティミシアはリノアを利用してアデルの封印を解いた。
その目的が変わっていないのなら、いずれ宇宙へ向かう。
だが、同じ行動を取るとは限らない。
サイファーはもうアルティミシアの側にいない。
イデアもこの時点で解放されている。
すでに歴史は、自分の知っているものではなくなっている。
(互いに手探りか)
アルティミシアが未来の魔女だからといって、これから生まれる新しい歴史まで知っているわけではない。
その点では、自分も同じだった。
ただし。
スコールには一度辿った未来の記憶がある。
アデル。
エルオーネ。
時間圧縮。
遥かな未来にあるアルティミシア城。
そして、その城でアルティミシアを倒したことまで。
こちらが知っていることを、わざわざ教えてやる必要はない。
「イデア先生とカーウェイ大佐に話して、準備ができ次第出発しましょう」
キスティスの言葉に皆が頷いた。
話は決まった。
スコールはもう一度、仲間たちを見る。
自分の知っている顔。
自分の知らない関係。
その中心に、昨日まで自分の身体を動かしていた誰かの痕跡が残っている。
(ラグナ……)
朧げな答えは見えてきた。
だが確信はない。
それに、もし本当にラグナだったとしても疑問が残る。
なぜ自分の身体にいたのか。
なぜこの時代だったのか。
そしてなぜ、自分が戻ってくる直前までリノアを大切にしていたのか。
今のラグナでは説明できない。
(未来の……ラグナ?)
そこまで考えて、スコールは自分で否定する。
何の根拠もない。
だが、時間を越えてきたのが自分だけではないとすれば。
『帰る場所を間違えるな』
ゼパルガの言葉が、別の意味を帯び始める。
昨日までここにいた誰か。
そして、アルティミシアを倒した後に帰るべき時間を見失い、ここへ来た自分。
どちらに向けられた言葉だったのか。
今はまだ分からない。
スコールは隣室へ戻った。
ベッドの上ではリノアが変わらず眠っている。
椅子へ腰を下ろし、その手を取った。
「……帰ろう、リノア」
返事はない。
「ガーデンへ」
握った手は温かかった。
その温もりを確かめながら、スコールは目を伏せる。
帰る。
簡単な言葉のはずだった。
けれど今の自分には、その意味が分からない。
バラムガーデンへ戻ることなのか。
アルティミシアを倒した後の未来へ戻ることなのか。
それとも、別の何かなのか。
ただ一つ分かるのは今度こそ。
帰る場所を間違えるわけにはいかなかった。