FINAL FANTASY VIII 父さんは、息子の青春を知らない   作:Kurumimogomogo

15 / 31
第十五話 帰る場所を間違えるな

 リノアは眠ったままだった。

 スコールはベッド脇の椅子に座り、その顔を見つめていた。呼吸は穏やかで、熱もなく、目立った外傷もない。握った手も温かい。

 ただ、目を覚まさない。

 それだけなら、深く眠っているようにしか見えなかった。

 だがスコールは、この状態を知っている。

 かつて自分が辿った時間では、イデアから離れたアルティミシアは次の器としてリノアを選んだ。

 リノアの身体を操って宇宙へ向かい、封印されていたアデルを解放する。

 そして最後にはアデルへ乗り移った。

(同じなのか?)

 場所も時期も違う。

 自分が知る歴史なら、デリング・シティでこんなことは起きなかった。

 イデアはまだアルティミシアに支配され、サイファーはその騎士となり、自分たちはこの後も長く戦うことになる。

 それが今は違う。

 イデアは正気に戻った。

 サイファーは自分たちと一緒にいる。

 そして、その直後にリノアが眠りについた。

 偶然だとは思えなかった。

(アルティミシアは今、リノアの中にいる)

 そう考えれば辻褄は合う。

 問題は、その先だった。

 アルティミシアがリノアの身体を通して周囲を認識できるのか。それとも意識だけを潜ませ、まだ何もできない状態なのか。

 分からない以上、試す気にはなれなかった。

 スコールはリノアの手を握ったまま口を閉ざす。

 未来の出来事を知っていることは、今の自分が持つ唯一と言っていい優位だ。

 アルティミシアにそれを知らせる理由はない。

「スコール?」

 声に顔を上げると、扉からセルフィが覗いていた。

「ずっとここにいたの?」

「ああ」

「リノア、まだ起きない?」

「まだだ」

 セルフィが静かに部屋へ入り、反対側からリノアの顔を見る。

「ほんとに寝てるだけみたいなのにね」

「ああ」

「……心配?」

「ああ」

 セルフィがこちらを見る。

「何だ」

「ううん」

「言いたいことがあるなら言え」

「やっぱり違うなって」

「…………」

「昨日までのスコールなら、もっと大騒ぎしてたと思う」

「俺が?」

「うん。お医者さんまだ!? 原因は!? 何かできることない!? って」

「そんなに騒ぐのか」

「騒ぐよ。特にリノアのことなら」

「…………」

「それで自分で何とかしようとして、キスティスに怒られる」

 最後だけは妙に納得できた。

「でも」

 セルフィが笑う。

「ずっとここにいるところは同じかも」

「そうか」

「うん」

 昨日までの自分。

 何度聞いても奇妙だった。

 自分の身体を使い、自分の名前で仲間たちと過ごしていた、自分ではない誰か。

「セルフィ」

「なに?」

「ママ先生は?」

「下にいるよ。キスティスと話してる」

「分かった」

 スコールは立ち上がった。

「また動くの?」

「聞きたいことがある」

「キスティスに怒られるよ」

「それも分かってる」

「……そこは昨日までと同じだね」

 何も答えず、スコールはもう一度リノアを見た。

「少し行ってくる」

 返事はなかった。

 

 イデアはカーウェイ邸の奥の部屋にいた。

 キスティスも一緒だった。

「スコール?」

「聞きたいことがある」

 イデアがまずスコールの身体を見る。

「その前に、あなたは休んでいなくていいのですか?」

「大丈夫だ」

「あなたの大丈夫は信用できません」

「…………」

 昔も似たようなことを言われた気がする。

 キスティスが小さく笑った。

「それで、聞きたいことって?」

 スコールは一度扉へ目を向けた。

「ママ先生と二人で話したい」

「私には聞かせられない?」

「まだ分からない」

 キスティスは少しだけスコールを見つめたが、追及しなかった。

「分かったわ」

 部屋を出ていく。

 扉が閉まる。

「ママ先生」

「はい」

「エルオーネは今、バラムガーデンにいるんだな?」

 イデアの表情が変わった。

「……なぜ、そのことを知っているのですか?」

「いるのか?」

 質問には答えなかった。

 イデアはしばらく黙っていたが、やがて頷く。

「います。シドが保護しています」

「今も?」

「私が知る限りでは」

「そうか」

 そこは変わっていない。

 スコールは小さく息を吐いた。

「エルオーネに会いたい」

「理由を聞いても?」

「俺に起きていることを確かめたい」

「…………」

「それと」

 少し迷った。

「リノアのことも」

 イデアの目が僅かに細くなる。

「何か気づいているのですか?」

「まだ確信はない」

 嘘ではない。

 アルティミシアがリノアへ移った可能性は高い。

 だが、それを証明するものは何もなかった。

「ただ、エルオーネの居場所は今までどおり伏せておいてくれ」

「もちろんです」

「リノアにも」

 今度こそ、イデアの表情が変わった。

「スコール」

「今は聞かないでくれ」

 しばらく視線がぶつかった。

 やがてイデアが頷く。

「分かりました」

「ありがとう」

「…………」

「何だ?」

「いえ」

 イデアが少しだけ微笑む。

「あなたも変わりましたね」

「俺も?」

「ええ」

 それ以上は聞かなかった。

 

 部屋を出ると、廊下の壁にサイファーがもたれていた。

「…………」

「…………」

「何してる」

「待ってた」

「俺を?」

「他に誰がいる」

 サイファーが壁から背を離す。

「おまえ、本当に覚えてねえんだな」

「何を」

「昨日までのことだよ」

「俺には俺の記憶がある」

「だったら昨日の朝、何食った?」

「…………」

「ほらな」

「そんなことで判断するな」

「じゃあ昨日、俺と何話した?」

「…………」

「一昨日は?」

「…………」

「その前は?」

「うるさい」

「それだよ」

 サイファーがスコールを指差す。

「今のおまえ、ずっとそんな感じだ。昨日までなら三倍くらい言い返してきたぞ」

「俺が?」

「ああ」

「おまえに?」

「そこ疑うところか?」

 向こうからゼルたちも歩いてきた。

「またやってんのかよ」

「こいつが変なんだよ」

「おまえに言われたくない」

「ほら、そういうのは昨日までっぽい」

「…………」

 セルフィまで頷く。

「でも、やっぱり違うよね」

「何が違う」

「静か」

 ゼルが言う。

「暗い」

 サイファーが続ける。

「それはおまえの感想だろ」

「あと無愛想」

「前からだ」

「昨日までは違ったんだよ!」

 キスティスがため息をつく。

「これじゃ話が進まないわ」

 スコールは全員を見る。

 これ以上、断片だけを聞いていても仕方がない。

「なら教えてくれ」

「何を?」

「昨日までの俺が何をしていたのか。最初から」

 空気が変わった。

「本当に覚えてないの?」

 セルフィが尋ねる。

「ああ」

「どこから?」

「俺が知っている過去と、おまえたちが知っている過去が違う」

 キスティスの表情が真剣になる。

「どういう意味?」

「俺にも分からない。だから聞きたい」

 少しの沈黙の後、キスティスが頷いた。

「分かったわ」

 

 そこからスコールは、自分の知らない自分について聞いた。

 SeeD試験。

 ティンバー。

 ガルバディア・ガーデン。

 名もなき王の墓。

 そしてデリング・シティ。

 行った場所そのものは知っている。

 起きた出来事にも覚えがある。

 だが、その中でスコール・レオンハートが取った行動だけが違っていた。

 セルフィと学園祭の話で盛り上がった。

 ゼルとくだらないことで言い争った。

 キスティスに何度も呆れられた。

 アーヴァインには遠慮なく首を突っ込んだ。

 リノアのことになると露骨に甘くなった。

 そして何より。

 サイファーと最後まで敵対しなかった。

(俺じゃない)

 少なくとも、自分の知っている自分ではない。

「でも変なんだよな」

 ゼルが言った。

「何が」

「全部おまえなんだよ」

「…………」

「喋り方とか性格は全然違うけど、知ってることは知ってるし。ガンブレードだって普通に使ってた」

「当たり前だろ。身体は俺なんだから」

「そういう意味じゃねえよ」

 ゼルは頭を掻く。

「なんて言えばいいんだ……」

「中身だけ違うみたいだった?」

 セルフィが言う。

「そう、それ!」

「…………」

 中身だけ。

 スコールはその言葉を頭の中で繰り返す。

 エルオーネの力なら、それに近いことができる。

 人間の意識を過去へ送り、その時代の人間へジャンクションさせる。

 自分たちは何度も経験していた。

 過去のラグナたちの中へ。

「そういえば」

 サイファーが言った。

「墓の中でも、おまえ妙なこと言われてたよな」

「墓?」

「名もなき王の墓だよ」

 スコールも覚えている。

 セクレトとミノタウロス。

 そして石棺から現れた古の王、ゼパルガ。

「何を言われた」

「忘れたのか?」

「俺の記憶では、ゼパルガは石棺について話して消えた」

「その後だ」

 サイファーが眉を寄せる。

「おまえを見て言っただろ」

 そして、思い出すように口にする。

「『奇妙な魂よ』」

 スコールの目が細くなった。

「『そなたもまた、帰る場所を間違えるな』」

「…………」

 知らない。

 その言葉だけが、自分の記憶にない。

「本当に言ったのか?」

「ああ」

「私も覚えてる」

 キスティスが頷く。

「俺も」

「私もだよ」

「僕も」

 全員が覚えている。

 スコールだけが知らない。

『帰る場所を間違えるな』

 その言葉が胸の奥へ沈んだ。

 アルティミシアを倒した後。

 時間も場所も崩れた世界。

 仲間たちを見失い、リノアを探し、帰ろうとした。

 けれど自分は帰れなかった。

 最後に聞こえたのはリノアの声だった。

『スコール! いっしょに帰ろうよ!』

 その声を追った。

 そして目を覚ました場所が。

 ここだった。

(帰る場所……)

 スコールは顔を上げる。

「ゼパルガは、その時の俺を見ていたんだな?」

「ああ」

 サイファーが答える。

「間違いなくな」

 ならば。

 あの言葉を向けられたのは、自分ではない。

 昨日まで自分の身体にいた誰かだ。

「…………」

 スコールはこれまで聞いた話を頭の中で並べる。

 よく喋る。

 思いついたら動く。

 誰にでも首を突っ込む。

 無茶をする。

 妙に前向き。

 サイファーと喧嘩しながら、結局は見捨てない。

 そして。

 リノアを大切にしていた。

(誰だ)

 知らないはずなのに。

 どこかで知っている気がする。

 自分とはまるで違う。

 それなのに、その輪郭には覚えがあった。

 エルオーネの力。

 過去へ送られた意識。

 そこまで考えた時、一人の男の姿が朧げに浮かんだ。

 直接会ったことはほとんどない。

 だが知っている。

 エルオーネに何度も見せられた過去の中で、その男を見てきた。

 馬鹿みたいに喋る。

 すぐ調子に乗る。

 余計なことへ首を突っ込む。

 誰かを助けるためなら無茶をする。

(……ラグナ?)

 そこまで考えて、スコールは眉を寄せた。

 エスタ大統領。

 そして。

 自分の父親。

 顔は知らない。

 今どんな人間になっているのかも知らない。

 だが若い頃のラグナなら、エルオーネを通して何度も見ている。

 性格だけを並べれば、不気味なほど一致した。

(でも、なんでラグナが俺の中にいる)

 理由がない。

 いや。

 エルオーネが関わっているなら、方法だけなら説明できる。

 だが、なぜそんなことをしたのかが分からない。

 それにもう一つ。

 引っかかることがある。

 昨日までの自分は、リノアを大切にしていたという。

 今のラグナがリノアを知っているとは思えない。

 少なくとも、ここまで露骨に気にかける理由はないはずだ。

(ラグナじゃない?)

 それとも。

 スコールはそこで思考を止めた。

 まだ材料が足りない。

 だが、エルオーネに会う理由は一つ増えた。

「エルオーネに会いたい」

 スコールが言った。

「エルオーネ?」

 セルフィが首を傾げる。

「ああ」

「どうして?」

「俺自身について確かめたいことがある」

 キスティスがスコールを見る。

「エルオーネなら分かると思うの?」

「分からない。でも、今の状況について一番話が通じるのはおねえちゃんだ」

「おねえちゃん?」

 セルフィが目を丸くする。

「…………」

 スコールは黙った。

「今、おねえちゃんって言った?」

「言ってない」

「言ったよ!」

「聞き間違いだ」

「いや、俺も聞いたぞ」

「僕も」

「…………」

 サイファーがニヤリとする。

「おねえちゃん」

「黙れ」

「おねえちゃんに会いたいのか?」

「黙れ」

「素直に言えよ、おねえちゃんに」

「サイファー」

「あ?」

「傷が治ったら覚えてろ」

「上等だ!」

 セルフィが笑い、ゼルも吹き出す。

 キスティスまで口元を押さえていた。

「…………」

 スコールは頭が痛くなった。

 だが。

 この空気を知っている。

 ゼルがいて。

 セルフィがいて。

 キスティスがいて。

 アーヴァインがいる。

 アルティミシアとの戦いまで一緒に進んだ仲間たちだ。

 そこに。

「何だよ」

 サイファーがこちらを見る。

「また俺見てただろ」

「見てない」

「見てただろ!」

 それだけが、どうしても慣れない。

「どっちにしても」

 キスティスが話を戻した。

「私たちは一度ガーデンへ戻る必要があるわ。今回の任務についても、学園長への報告が必要だもの」

「ああ」

 スコールは頷いた。

 魔女暗殺作戦は、当初の予定とはまったく違う形で終わった。

 イデアを倒すことはできなかった。

 だが彼女は正気を取り戻し、未来の魔女アルティミシアという存在も明らかになった。

 シドへの報告は必要だ。

 そしてバラムガーデンへ戻れば、エルオーネにも会える。

「リノアは?」

 セルフィが尋ねる。

「もちろん連れて帰るわ」

 キスティスが答えた。

「…………」

 スコールは僅かに表情を強張らせる。

「どうしたの?」

「いや」

 リノアを連れて帰る。

 それはつまり、もし自分の推測が正しければ、アルティミシアをエルオーネのいる場所へ連れていくということでもある。

 危険だった。

 だが、リノアをここへ残すわけにもいかない。

 スコールは眠る彼女のいる部屋へ目を向ける。

 自分の知っている歴史では、アルティミシアはリノアを利用してアデルの封印を解いた。

 その目的が変わっていないのなら、いずれ宇宙へ向かう。

 だが、同じ行動を取るとは限らない。

 サイファーはもうアルティミシアの側にいない。

 イデアもこの時点で解放されている。

 すでに歴史は、自分の知っているものではなくなっている。

(互いに手探りか)

 アルティミシアが未来の魔女だからといって、これから生まれる新しい歴史まで知っているわけではない。

 その点では、自分も同じだった。

 ただし。

 スコールには一度辿った未来の記憶がある。

 アデル。

 エルオーネ。

 時間圧縮。

 遥かな未来にあるアルティミシア城。

 そして、その城でアルティミシアを倒したことまで。

 こちらが知っていることを、わざわざ教えてやる必要はない。

「イデア先生とカーウェイ大佐に話して、準備ができ次第出発しましょう」

 キスティスの言葉に皆が頷いた。

 話は決まった。

 スコールはもう一度、仲間たちを見る。

 自分の知っている顔。

 自分の知らない関係。

 その中心に、昨日まで自分の身体を動かしていた誰かの痕跡が残っている。

(ラグナ……)

 朧げな答えは見えてきた。

 だが確信はない。

 それに、もし本当にラグナだったとしても疑問が残る。

 なぜ自分の身体にいたのか。

 なぜこの時代だったのか。

 そしてなぜ、自分が戻ってくる直前までリノアを大切にしていたのか。

 今のラグナでは説明できない。

(未来の……ラグナ?)

 そこまで考えて、スコールは自分で否定する。

 何の根拠もない。

 だが、時間を越えてきたのが自分だけではないとすれば。

『帰る場所を間違えるな』

 ゼパルガの言葉が、別の意味を帯び始める。

 昨日までここにいた誰か。

 そして、アルティミシアを倒した後に帰るべき時間を見失い、ここへ来た自分。

 どちらに向けられた言葉だったのか。

 今はまだ分からない。

 スコールは隣室へ戻った。

 ベッドの上ではリノアが変わらず眠っている。

 椅子へ腰を下ろし、その手を取った。

「……帰ろう、リノア」

 返事はない。

「ガーデンへ」

 握った手は温かかった。

 その温もりを確かめながら、スコールは目を伏せる。

 帰る。

 簡単な言葉のはずだった。

 けれど今の自分には、その意味が分からない。

 バラムガーデンへ戻ることなのか。

 アルティミシアを倒した後の未来へ戻ることなのか。

 それとも、別の何かなのか。

 ただ一つ分かるのは今度こそ。

 帰る場所を間違えるわけにはいかなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。