FINAL FANTASY VIII 父さんは、息子の青春を知らない 作:Kurumimogomogo
デリング・シティは、不思議なほど静かだった。
昨日まで街の中心には巨大な魔女の肖像が掲げられ、ガルバディア軍が道路を封鎖し、群衆がイデアの演説に熱狂していた。
その面影はまだ残っている。
大通りには軍用車両が停まり、至るところに兵士が立っている。だが、彼らが見上げる先に魔女はいない。
デリング大統領もいない。
ガルバディアを支配していた二つの存在が、一夜にして表舞台から消えた。
代わって軍の指揮を執っているのはカーウェイ大佐だった。
政権がどうなるのか。
軍がどう動くのか。
イデアが再び人前へ姿を現すのか。
スコールたちには分からない。
ただ少なくとも、昨日までと同じデリング・シティではなかった。
「すごいね」
駅へ向かう車の窓から外を眺めながら、セルフィが呟いた。
「昨日まであんなに人がいたのに」
「外出を控えるよう軍から通達が出ているそうよ」
キスティスが答える。
「大統領が死亡して、魔女も表舞台から消えた。混乱を抑えるには仕方ないでしょうね」
「カーウェイのおっさん、大丈夫なのか?」
ゼルが聞く。
「知らないわよ」
「いや、だって今ほとんどあのおっさんが軍のトップみたいなもんだろ?」
「だから忙しいんでしょう」
カーウェイ大佐は、スコールたちがバラムへ戻るための列車を手配していた。
通常の便ではない。
軍が管理する車両の一部を使い、デリング・シティからティンバーまで移動する。そこからバラム方面の列車へ乗り継ぐことになっている。
リノアも一緒だった。
まだ目を覚ましていない。
医師の診察では身体そのものに異常は見つからなかった。
だからこそ、スコールには余計に確信めいたものが生まれていた。
リノアの身体ではなく。
その中で何かが起きている。
そして、その何かについて今ここで口にするつもりはなかった。
駅へ到着すると、カーウェイ大佐本人が待っていた。
「ここから先は軍の車両を使え。ティンバーまでは止まらない」
顔には疲労が滲んでいる。
「ありがとうございます」
キスティスが頭を下げる。
「礼はいらん。娘を頼む」
カーウェイは担架で運ばれるリノアを見る。
ほんの一瞬だけ、軍人ではなく父親の顔になった。
「必ず」
スコールが答えた。
カーウェイの視線がこちらへ向く。
「……君に言われると、妙に信用してしまうな」
「?」
「いや」
カーウェイはそれ以上言わなかった。
まただ。
昨日までの自分が、ここでも何かを残している。
スコールは何も聞かず、列車へ乗り込んだ。
列車が動き出す。
デリング・シティの巨大な建物が、窓の向こうへ流れていった。
スコールはリノアの眠る座席の近くに腰を下ろした。
向かいにはサイファーがいる。
「…………」
「…………」
「何だよ」
「何も言ってない」
「顔が言ってんだよ」
「何を」
「なんでこいつが向かいにいるんだ、って」
「…………」
「図星じゃねえか!」
ゼルが笑う。
「しょうがねえだろ。今のスコールからしたら、サイファーは敵だったらしいし」
「だったらしいじゃない。敵だった」
「俺が?」
サイファーが鼻で笑う。
「おまえの妄想の中じゃな」
「妄想じゃない」
「証明できんのか?」
「できない」
「じゃあ妄想だ」
「……面倒だな、おまえ」
「それはこっちの台詞だ!」
セルフィが吹き出した。
キスティスまで笑っている。
スコールは窓の外へ顔を向けた。
しばらくすると、街並みが途切れた。
平原を列車が走る。
その景色には覚えがあった。
デリング・シティからティンバーへ。
方向こそ逆だが、一度通った道だ。
(ティンバー……)
そこで最初に思い出したのは、大統領拉致作戦だった。
森のフクロウ。
リノア。
列車を切り離し、大統領専用列車を偽物と入れ替える作戦。
作戦そのものは成功した。
だが捕らえた大統領は偽物だった。
自分は苛立った。
SeeDとして派遣された以上、依頼された任務はこなすつもりだった。
だが森のフクロウは、あまりにも危なっかしく見えた。
三人で床に座って作戦を考え、状況が変わればすぐに計画も変わる。
自分たちSeeDの意見を聞かなければ次の行動も決められない。
そんな組織に命を預ける側のことも考えてほしい。
そう言った。
いや。
言ってしまった。
(……間違ってはいない)
今でもそう思う。
戦場では判断一つで人が死ぬ。
作戦を立てる側には責任がある。
だがアルティミシアとの戦いを終えた今なら、あの時とは違うものも見える。
森のフクロウは軍隊ではなかった。
巨大なガルバディアに占領された街で、自分たちにできることを探していた若者たちだ。
失敗しながら。
迷いながら。
それでもティンバーを取り戻そうとしていた。
そしてリノアも。
(必死だったんだな)
今なら分かる。
だからといって、当時の自分が何も間違っていなかったとは思わない。
言い方があった。
伝え方があった。
何より自分は相手を理解しようとする前に、距離を置いた。
「どうしたの?」
セルフィが尋ねた。
「何が」
「ずっと外見てる」
「ティンバーのことを思い出してた」
「初任務?」
「ああ」
「大変だったよねえ」
セルフィが笑う。
「大統領誘拐しようとしたら偽物だもん」
「その後テレビ局まで行って」
ゼルが口を挟む。
「…………」
そこで別の記憶が蘇った。
テレビ局。
サイファー。
大統領を人質に取った男。
キスティス。
そして。
自分たちがガーデン所属とゼルが口走った。
「……ゼル」
「ん?」
「おまえ、テレビ局で俺たちがガーデン所属だって言ったな」
「…………」
ゼルの顔が固まった。
「あ」
「こっちでもか」
「いや、あれは」
「言ったな」
「昔のことだろ!」
「俺にとっては今思い出した」
「最悪だ!」
セルフィが笑い出す。
スコールも少しだけ口元を緩めた。
だが、その後のことは笑えなかった。
サイファーはイデアと共に消えた。
そして後になって、処刑されたと聞かされた。
大統領襲撃事件はサイファーの単独行動として処理され、バラムガーデンの責任は問われない。その代わりに、サイファーは裁かれ、刑も執行された。
そう聞かされた。
(あの時……)
皆がサイファーの話をした。
ゼルは、嫌な奴だったけれど同じガーデンの仲間だったと言った。
キスティスは、問題児で良い記憶なんてほとんどないけれど、悪人ではなかったと言った。
リノアはもっとはっきりしていた。
好きだった。
恋をしていたと思う。
十六歳の夏の、いい思い出だと。
それを聞きながら、自分は妙なことばかり考えていた。
好きだった。
悪人ではなかった。
仲間だった。
全部、過去形だった。
ついさっきまで生きていた人間が、もう皆の記憶の中にしかいない。
サイファーはこうだった。
ああだった。
好きだった。
嫌いだった。
良い奴ではなかった。
でも悪人でもなかった。
本人がいなくなった途端、残された人間が好き勝手にサイファーという人間を語り始める。
死ぬということを、それまで考えたことがなかったわけではない。
SeeDになろうとしていたのだから、任務で死ぬ可能性くらい分かっていた。
けれどあの時、初めて別の意味で死ぬことが怖くなった。
(俺も死んだら、こうなるのか)
スコールはこうだった。
ああだった。
面倒な奴だった。
何を考えているのか分からなかった。
そんなふうに過去形で語られて。
自分だけがそこにいない。
それがたまらなく嫌だった。
だから叫んだ。
自分は過去形にされるのはごめんだと。
「…………」
スコールは向かいを見る。
そこにはサイファーがいた。
生きている。
腕を組み、退屈そうに窓の外を眺めている。
「何だよ」
視線に気づいたサイファーがこちらを見る。
「また俺見てただろ」
「ああ」
「今度は認めんのかよ」
「ティンバーのことを思い出してた」
サイファーの表情が僅かに変わる。
「俺の知っているおまえは、あそこで魔女についていった」
「…………」
「その後、処刑されたと聞いた」
「俺が?」
「ああ」
「死んだのか?」
「死んでなかった」
「じゃあいいだろ」
「……そうだな」
「あ?」
サイファーが怪訝そうな顔をする。
スコールはそれ以上言わなかった。
あの時の自分は、死んで過去形になる側のことしか考えていなかった。
けれど今は少し違う。
アルティミシアとの戦いを終えた。
仲間たちを見失った。
リノアを見失った。
時間も場所も分からない世界を一人で歩いた。
誰かがいなくなるということが、残された側に何を残すのか。
今なら知っている。
だから目の前でサイファーが生きていることを、以前のように単純には扱えなかった。
「……何だよ、その顔」
「何でもない」
「気持ち悪いぞ」
「うるさい」
「おまえ、俺が死んだと思って落ち込んだんじゃねえの?」
「黙れ」
「図星か?」
「サイファー」
「あ?」
「次に言ったら傷が治る前でも殴る」
「やってみろ」
「二人ともやめなさい」
キスティスの声が飛ぶ。
セルフィが笑った。
スコールは窓へ目を戻した。
サイファーは生きている。
しかも今度は、魔女の隣ではなく自分たちの隣にいる。
自分の知っている歴史ではあり得なかった光景だった。
それでも。
(こっちの方がいい)
そう思った自分に気づいて、スコールは何も言わなかった。
「ティンバーだよ!」
セルフィが窓へ寄る。
放送局。
線路。
古い建物。
あの頃と大きく変わってはいない。
それなのにスコールには、ずいぶん昔の場所に見えた。
列車が駅へ入る。
ここで乗り換える。
軍の車両を降り、カーウェイが手配していたバラム方面行きの車両へ移る。
リノアはまだ眠っている。
スコールは担架の横を歩きながら、その顔を見る。
(あの時の俺なら)
今のリノアを見て、どうしただろう。
おそらく何も言わない。
心配して。
何とかしようとして。
それでも、その気持ちを本人には伝えない。
(今なら?)
考える。
アルティミシアを倒した。
仲間たちと別れた。
時間の狭間で一人になった。
リノアを探した。
名前を呼んだ。
声が届かなくなって。
また一人になると思った。
その先まで経験した自分なら。
スコールは担架の横で小さく口を開いた。
「……起きたら話す」
「ん?」
ゼルが振り向く。
「何でもない」
今ここで言う必要はない。
リノアの中にアルティミシアがいる可能性がある。
それ以前に言うなら、目を覚ましたリノア本人に言いたかった。
バラムへ向かう列車が動き始める。
ティンバーが遠ざかっていった。
スコールは今度はバラムのことを考えた。
あそこにも、思い出したくない自分がいる。
マスター派と学園長派の争い。
混乱するガーデン。
自分たちはシドを探して走り回った。
あの時自分はなぜ学園長を助けようとしたのか。
学園長が失敗しそうだったから。
避難命令に従うだけでは納得できなかったから。
ガーデンが大切だったから。
方法があるなら試したかったから。
ここが自分にとって家だったから。
理由はいくらでもあった。
全部、自分の気持ちだった。
それなのに。
(わかってもらうのが面倒だった)
説明しなかった。
理解してもらおうともしなかった。
どうせ分からない。
そう決めていた。
後になって、ガーデンのリーダーにされた。
自分には向いていないと思った。
他人に指示を出す。
責任を負う。
皆の前で話す。
どれも嫌だった。
F.H.では仲間たちが自分のためにコンサートまで開いた。
そしてリノアに言われた。
今、一緒にいられるなら話した方がいい。
皆はスコールの力になりたい。
一人でどうにもならなくなった時は、それを思い出してほしい。
それでも自分は、素直に受け取れなかった。
明日いなくなるかもしれない仲間なら、最初からいらない。
そう考えた。
(馬鹿だな)
今ならそう思える。
未来の保証なんてない。
そんなことは、嫌というほど知った。
明日どころかほんの数分後に仲間を見失うことだってある。
時間も場所も失った世界で、自分は本当に一人になった。
あの時欲しかったものは一人で生きられる強さではなかった。
誰かの姿だった。
ゼルでも。
セルフィでも。
キスティスでも。
アーヴァインでも。
そして。
リノアでも。
誰でもいいから、そこにいてほしかった。
いや。
(違うな)
誰でもよかったわけではない。
あいつらがよかった。
スコールは眠っているリノアを見る。
F.H.の夜。
リノアは最後に、自分が今したいことを聞いた。
自分には分からなかった。
だから答えなかった。
逆に聞き返した。
リノアは遠い未来のことは分からないと言った。
ただ、今はこうしていたいと。
あの時は、その言葉の意味を最後まで受け止められなかった。
今なら。
(俺もだ)
遠い未来なんて分からない。
明日がどうなるかも分からない。
アルティミシアがいる。
アデルもいる。
歴史まで自分の知っているものから変わってしまった。
それでも。
今、何をしたいかなら分かる。
(あいつらと帰りたい)
全員で誰も置いていかずに。それだけだった。
「なあ」
向かいからゼルが声をかけてきた。
「何だ」
「さっきから何考えてんだ?」
「昔のこと」
「昔?」
「俺の知ってる昔だ」
ゼルが少し困った顔をする。
「やっぱ俺たちのと違うのか?」
「ああ」
「どっちが本物なんだろうな」
「分からない」
「…………」
「でも」
スコールは車内を見る。
セルフィは窓際で外を眺めている。
キスティスはカーウェイから渡された書類を確認している。
アーヴァインは帽子を顔に乗せて眠っている。
サイファーはその向かいで足を組んでいる。
そしてリノアがいる。
「どっちでもいい」
「え?」
「今は」
ゼルが目を丸くする。
「おまえ、本当にスコールか?」
「何でそうなる」
「前のおまえもそんなこと言いそうだったから」
「…………」
「言い方は違うけどな」
スコールはゼルを見る。
「昨日までの俺なら、何て言う」
「んー」
ゼルが考える。
「過去がどうだったって、今ここにいる俺たちは変わらないだろ、とか?」
「…………」
「あいつなら言いそう」
スコールは黙った。
まただ。
自分とは違う。
なのに。
その言葉を否定する気にはなれなかった。
むしろ今の自分なら、その意味が分かる。
過去が違っていても。
サイファーが仲間になっていても。
自分の知らない出来事をこいつらが経験していても。
目の前にいる人間まで偽物になるわけではない。
(あいつは、最初から分かってたのか?)
昨日まで自分の身体にいた誰か。
よく喋る。
無茶をする。
誰にでも首を突っ込む。
仲間を放っておけない。
リノアを大切にしていた。
そして。
自分とは違って、気持ちを言葉にしていたらしい。
スコールは窓の外を見る。
線路が遠くまで伸びている。
時間を越える。
今までなら、エルオーネやアルティミシアのような特別な力を持つ者だけに関係する話だった。
だが自分自身が、アルティミシアを倒した後からこの時代へ戻ってきた。
(未来のラグナ……か)
荒唐無稽だ。
それでも、以前ほど簡単には否定できない。
未来で過去の自分へ入り込んだ。
そう考えれば説明できる部分は増える。
列車は海沿いを走り始めた。
バラムが近い。
「もうすぐだよ」
セルフィが言う。
「ああ」
「なんか久しぶりな感じ」
「数日しか経ってないでしょ」
キスティスが笑う。
「でもいろいろありすぎたもん」
「それはそうね」
「帰ったらどうする?」
ゼルが身を乗り出す。
「俺、腹減った」
「まず学園長への報告」
「その後!」
「私はシャワー浴びたいなあ」
「僕は寝たいね」
「おまえ今寝てただろ」
サイファーがアーヴァインを見る。
「眠れる時に眠っておくのが大人ってものさ」
「ただの怠け者だろ」
「そういう君は?」
「訓練場」
「元気だねえ」
好き勝手なことを言っている。
スコールはそれを聞いていた。
以前の自分なら。
くだらない。
そう思って会話から外れていただろう。
今は違った。
このどうでもいい会話が。
妙に懐かしい。
「スコールは?」
セルフィが聞いた。
「何が」
「帰ったら何したい?」
全員の視線が集まる。
「…………」
昔なら。
どうでもいい。
そう答えたかもしれない。
スコールは少し考えた。
「エルオーネに会う」
「それは予定でしょ」
「…………」
「したいこと!」
セルフィが笑う。
スコールはリノアを見る。
眠ったままの顔。
F.H.の夜にも、同じようなことを聞かれた。
今とか。
将来とか。
自分がしたいこと。
あの時は答えられなかった。
今は。
「リノアが起きたら」
スコールは言った。
「話したい」
車内が静かになった。
「何を?」
セルフィが聞く。
「本人に言う」
「えー!」
「何でおまえたちに先に言わなきゃならない」
「気になるじゃん!」
「知らない」
「ケチ!」
ゼルがニヤニヤしている。
サイファーまで妙な顔をしていた。
「何だ」
「いや」
「言え」
「おまえ、そっちの方がいいぞ」
「何が」
「今の」
「意味が分からない」
「ならいい」
スコールは眉を寄せる。
その時、列車が緩やかに速度を落とし始めた。
窓の向こう。
海。
港。
見慣れた街並み。
バラムだった。
「着いた!」
セルフィが立ち上がる。
スコールも窓の外を見る。
ここからガーデンまでは遠くない。
エルオーネがいる。
シドがいる。
そして、自分の知らない過去を知る手掛かりがある。
以前の自分にとって、バラムガーデンはただ暮らしている場所だった。
任務を受け。
訓練をして。
眠る。
それだけの場所だと思っていた。
だがガーデンが失われそうになった時、自分は必死に守ろうとした。
理由を説明するのが面倒で、誰にも言わなかっただけだ。
(ここは俺の家だった)
ずっと自分が認めようとしなかっただけで。
列車がホームへ入る。
ブレーキ音が響き、ゆっくりと止まった。
「帰ってきたね」
セルフィが言った。
「ああ」
スコールは答える。
そして、その言葉を今度は否定しなかった。
ここは自分が帰ってきていい場所だ。
だが自分が本当に帰るべき時間はここではない。
扉が開く。
スコールは立ち上がり、眠るリノアのそばへ向かった。
まずはエルオーネに会う。
そして自分がなぜここへ戻ってきたのか。
その答えを聞くために。