FINAL FANTASY VIII 父さんは、息子の青春を知らない   作:Kurumimogomogo

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第二十話 時を隔てて

 大塩湖。

 かつて湖だった場所には、もう水はない。

 白く乾いた大地がどこまでも続き、ところどころに巨大な骨のようなものが突き出している。

 その中を八人が進んでいた。

 スコール、キスティス、ゼル、セルフィ、アーヴァイン、サイファー、イデア。

 そして、スコールの背中で眠ったままのリノア。

「ここを越えればエスタ?」

 セルフィが聞いた。

「ああ」

「街なんて全然見えないけど」

「隠れてる」

「街が?」

「ああ」

「どうやって?」

「行けば分かる」

「またそれ!」

 スコールは構わず歩いた。

 背中からリノアの体温が伝わってくる。両腕は力なく肩の前へ垂れ、耳を澄ませば規則正しい呼吸が聞こえる。

 以前ここへ来た時も同じだった。

 意識を失ったリノアを背負い、エルオーネなら何とかしてくれるかもしれないと、それだけを頼りに大塩湖を歩いた。

 まさかもう一度、同じ場所を同じように歩くことになるとは思わなかった。

「代わろうか?」

 隣を歩いていたゼルが声をかけてきた。

「いい」

「ずっと背負ってるだろ」

「問題ない」

「でもよ」

「俺が運ぶ」

 ゼルが何か言おうとして、やめた。

「……分かった」

 後ろからセルフィの声が飛んでくる。

「そういうところは変わらないね」

「何が?」

「何でもなーい」

「なら言うな」

 歩き続ける。

 今回はエルオーネを探しに来たわけではない。

 彼女はバラムガーデンにいる。

 目的は三つ。

 リノアを診てもらうこと。

 イデアをオダイン博士に会わせること。

 そしてラグナに会い、海洋探査人工島へ向かうための飛空艇を借りること。

 その先に、未来へ繋がる手掛かりがあるかもしれない。

「スコール」

 キスティスに呼ばれた。

「少し休憩した方がいいんじゃない?」

「必要ない」

「あなたじゃなくて、リノアよ」

 スコールは足を止めた。

「……そうだな」

「自分のことだと絶対止まらないのに」

「何か言ったか?」

「別に」

 キスティスが少し笑った。

 その時だった。

 スコールの表情が変わる。

「待て」

 全員が足を止めた。

 サイファーが周囲を見回す。

「何だ?」

「来る」

「何が?」

 スコールは近くの岩陰へ向かった。

 腰を落とし、リノアを背中から降ろす。壁にもたれさせるように座らせ、倒れないことを確認する。

「イデア」

「はい」

「リノアをお願いします」

「分かりました」

 イデアがリノアのそばへ座る。

 スコールは立ち上がり、ガンブレードを抜いた。

「だから何が来るんだよ?」

 ゼルも構える。

 答えるより先に、前方で地面が揺れた。

 乾いた大地の向こうから、異形の姿が現れる。

「何だこいつ!?」

「アバドン」

「知ってんのかよ!」

「前にも戦った」

「便利だな未来!」

「来るぞ」

 アバドンが襲いかかった。

 巨体に似合わない素早い動きで間合いを詰め、長い腕を振るう。

「散れ!」

 六人が左右へ分かれた。

 以前なら厄介な相手だった。

 だが今回は、戦い方を知っている。

「アンデッドだ!」

「ってことは?」

「回復魔法が効く!」

「なるほど!」

 ゼルがすぐに理解した。

 生命を癒やすための魔法が、死者には逆に作用する。

「ケアルガ!」

 光がアバドンを包む。

 巨体が大きく仰け反った。

「効いてる!」

「続けろ!」

 キスティスとセルフィが魔法を重ねる。

 サイファーが横から斬り込み、アーヴァインの銃弾が追撃する。ゼルが正面から畳みかけ、最後にスコールが踏み込んだ。

 ガンブレードを振り抜く。

 アバドンの身体が崩れ、そのまま動かなくなった。

「……思ったより楽だったな」

 ゼルが息を吐く。

「弱点を知ってたからだ」

「やっぱ未来便利じゃねえか」

「死にかけて覚えた知識だぞ」

「急に重くすんなよ」

 スコールはガンブレードを収め、すぐにリノアのもとへ戻った。

「大丈夫ですよ」

 イデアが言う。

「ああ」

 分かっている。

 それでも呼吸を確認してから、リノアの前にしゃがんだ。

 両腕を肩へ回し、再び背負う。

「やっぱ俺が代わろうか?」

「いい」

「即答かよ」

「行くぞ」

 再び歩き始めた。

 しばらくすると、前方の景色が乱れ始める。

 何もないはずの場所だけが、不自然に揺れていた。

「何これ?」

 セルフィが目を細める。

「蜃気楼?」

「違う」

 スコールはリノアを背負ったまま、迷わずその中心へ向かった。

「おい」

 サイファーが呼び止める。

「何してんだ?」

「調べる」

「何を?」

「スイッチ」

「どこにあるんだよ」

「このあたりだ」

「何もねえぞ」

 スコールは片腕でリノアを支え、もう片方の手を伸ばした。

 何もない空間に指が触れる。

 押す。

「…………」

 ゼルが瞬きをした。

「今、何押した?」

「スイッチ」

「だからどこにあったんだよ!」

「見えない」

「見えないスイッチ押したの!?」

「ああ」

「なんで場所分かるんだよ!」

「前にも押した」

「未来ずるい!」

 景色の乱れが変化する。

 今まで何もなかった場所に、わずかな輪郭が浮かび上がった。

 スコールはそこへ手を伸ばす。

「次は何?」

「梯子」

「どこ?」

「ここ」

 リノアを背負い直す。

 そして何もない空間へ足をかけた。

「ちょっと待って!」

 セルフィが叫んだ。

「その状態で登るの!?」

「前も登った」

「そういう問題じゃないよ!」

 見えない梯子。

 その上、背中には意識のないリノア。

 それでもスコールは一段ずつ登っていく。

 ゼルが恐る恐る後へ続いた。

「……本当にある」

「だから言っただろ」

「分かってても怖えよ! しかもお前、リノア背負ってんだぞ!」

「落とさない」

「当たり前だ!」

 スコールは黙々と登った。

 肩越しにリノアの寝息が聞こえる。

(前もこんなことしてたな)

 未来を知っている。

 前回とは違う道を選ぼうとしている。

 それなのに、こういうところだけは妙に同じだった。

 やがて手が何かに触れる。

 身体を引き上げた。

 後から仲間たちも登ってくる。

 そこにあったのは巨大な建造物だった。

 外からはまったく見えない。

 金属質の壁。

 複雑な構造。

 バラムにもガルバディアにも存在しない技術。

「これもエスタ?」

「ああ」

「こんなの隠してるの?」

「国ごと隠してる」

「エスタって何なの……」

「俺に聞くな」

 内部を進む。

 やがてエレベーターへ辿り着き、全員が乗り込んだ。

 扉が閉まり、エレベーターが動き始める。

「これでエスタ?」

 キスティスが聞く。

「ああ」

「本当に?」

「ああ」

「あなたがそう言うと、最近何でもありに思えてくるわ」

「俺のせいじゃない」

 しばらくして。

 扉が開いた。

 今度こそ、全員が言葉を失った。

 眼下に巨大な都市が広がっている。

 何層にも重なる道路。

 その上を高速で行き交う乗り物。

 見たこともない建造物が、地平線の向こうまで続いている。

 外からは存在すら分からなかった巨大都市。

 エスタ。

「……でっか」

 ゼルがようやく呟いた。

「これ全部、街?」

「ああ」

「すっご……」

 アーヴァインも帽子のつばを持ち上げた。

「世界って広いねえ」

 スコールはリノアを背負い直す。

「行こう」

 まずはリノア。

 次にイデア。

 それからラグナ。

 やることは決まっている。

 八人はエスタへ足を踏み入れた。

「スコール・レオンハート?」

 聞き返した自分の声が、妙に間抜けに響いた。

 エスタ大統領官邸。

 ラグナは机の向こうに立つ職員を見た。

「はい。バラムガーデン所属のSeeDだそうです」

「年齢は?」

「十七歳とのことです」

「十七……」

 ラグナは黙った。

 職員が持ってきたのは、入国者についての報告だった。

 八名。

 バラムガーデンのSeeDを中心とした一行。

 その中に、イデア・クレイマーという女性がいる。

 オダイン博士との面会を希望。

 そして意識不明の少女が一人。

 ここまではよかった。

 問題は、一行の代表者。

 スコール・レオンハート。

「……キロス」

「何だ」

 少し離れた場所にいたキロスが答える。

「十七だって」

「ああ」

「名前、スコールだって」

「聞こえていた」

「レオンハートだって」

「それも聞こえた」

「これってさ」

「おそらく、おまえが考えている通りだ」

「まだ何も言ってないだろ」

「顔に書いてある」

 ウォードも静かに頷いている。

「ウォードまで……」

 ラグナは椅子にもたれた。

 レイン。

 頭に浮かんだのは、やはり彼女だった。

 ウィンヒル。

 あの家。

 レインの笑った顔。

 自分が村を離れた後のことを、ラグナはほとんど知らない。

 エルオーネを取り戻すためだった。

 そうしなければならなかった。

 それでも、戻れなかったという事実は変わらない。

「……本当に?」

「会えば分かる」

 キロスが言った。

「簡単に言うなよ」

「では会わないのか?」

「会うよ!」

 即答した。

 職員が少し驚く。

「あ、ごめん。会う。会います」

「では、面会を?」

「うん。ただ……」

 ラグナは机の上で両手を組んだ。

「ちょっとだけ待ってもらえる?」

「どの程度でしょう」

「一時間」

「長い」

 キロスが即座に言った。

「じゃあ三十分」

「何が変わる」

「心の準備!」

「十七年あっただろ」

「会う準備はしてなかったんだよ!」

 職員が困っている。

 ラグナは咳払いした。

「三十分で」

「承知しました」

「それと、他の人たちは?」

「イデア・クレイマー氏については、オダイン博士が面会を了承しました」

「よかった」

「意識不明の女性は、エスタの医療施設へ搬送します」

「状態は?」

「生命に危険はないようですが、呼びかけに反応しないとのことです」

「ちゃんと診てもらって。必要ならオダインにも見せて」

「承知しました」

 職員が端末を確認する。

「なお、スコール氏がその女性を背負って入国しています」

「ずっと?」

「大塩湖を越えてきたようです」

「…………」

 ラグナは何となく黙った。

「どうした?」

 キロスが聞く。

「いや」

 自分ならどうするだろう。

 大切な人が意識を失っていて。

 それでも進まなければならないなら。

(背負うだろうな)

「……似てたりして」

「何がだ」

「何でもない」

 職員が一礼し、退出しようとする。

「あ、待って」

「はい」

「スコールの用件って聞いてる?」

「はい」

「何?」

「飛空艇を借りたいとのことです」

「…………」

「…………」

 キロスが目を閉じた。

 ウォードは肩を震わせている。

「初対面だよな?」

「おそらく」

「いきなり飛空艇借りに来る?」

「おまえならやる」

「やっぱ似てる!?」

「喜ぶところじゃない」

「いや、ちょっと嬉しいだろ!」

 職員だけが完全に置いていかれている。

「目的地も聞いております」

「どこ?」

「海洋探査人工島です」

 ラグナの笑顔が消えた。

「……海洋探査人工島?」

「はい」

「何しに?」

「詳しい事情は大統領へ直接説明したいとのことです」

 ラグナはキロスを見る。

「知ってる?」

「昔の海洋研究施設だろう」

「ああ。今はほとんど使われてない。でも、あそこは地下がかなり深い」

「危険なのか?」

「妙な噂はある」

 わざわざバラムから大塩湖を越え、エスタまで来た。

 意識を失った少女を背負って。

 イデア・クレイマーを連れて。

 そして大統領に飛空艇を借り、海洋探査人工島へ行こうとしている。

 ただのSeeDの任務とは思えない。

「……三十分」

 ラグナが呟いた。

「何だ?」

「十五分にする」

「心の準備は?」

「してる場合じゃない」

 十五分後。

 ラグナはまだ準備できていなかった。

「どうしよう」

「何がだ」

「最初になんて言えばいい?」

「普通に挨拶しろ」

「初めまして?」

「初対面ならな」

「父さんだぞ、は?」

「やめろ」

「やっぱ駄目?」

「当たり前だ」

 ウォードも強く頷いた。

「二人とも厳しくない?」

「相手の立場を考えろ」

「考えてるから困ってるんだよ」

 その時。

 扉の向こうから足音が聞こえた。

 ラグナの背筋が伸びる。

「来た」

「座っていろ」

「分かってる」

 座る。

 また立つ。

「座れ」

「はい」

 再び座った。

 扉が開く。

 数人の若者が入ってくる。

 その先頭にいた青年を見た瞬間。

 ラグナは言葉を失った。

 黒い服。

 首元の白い毛皮。

 額から鼻筋にかけて残る傷。

 鋭い目。

 無愛想な表情。

 自分には似ていない。

 全然似ていない。

 それなのに。

(……レイン)

 分かった。

 理屈ではなかった。

 青年もこちらを見ている。

 妙に落ち着いていた。

 初めて会う相手を見る目ではない。

「…………」

「…………」

 キロスが小声で言った。

「ラグナ」

「分かってる」

 何か言わなければ。

 普通に。

 大統領として。

「えっと」

 駄目だった。

「スコール……だよな?」

「ああ」

「俺はラグナ。ラグナ・レウァール」

「知ってる」

「……知ってる?」

「ああ」

「俺のこと?」

「ああ」

 ラグナは混乱した。

「会ったことある?」

「あった」

「…………」

 キロスを見る。

 キロスも眉を寄せている。

「どこで?」

 スコールは少し考えた。

「未来」

「…………」

 ラグナはゆっくり椅子へ座り直した。

「キロス」

「何だ」

「十五分じゃ足りなかった」

「だろうな」

 だが驚くのは、まだ早かった。

 スコールから聞かされた話は、ラグナの想像を遥かに越えていた。

 未来に魔女がいる。

 名はアルティミシア。

 時間を圧縮し、過去も現在も未来も一つにしようとした。

 スコールたちはその未来へ向かい、アルティミシアを倒した。

 そして。

「俺だけ戻れなかった」

 スコールが言った。

「戻れなかった?」

「ああ。時間の中で迷った」

「それで今ここに?」

「目を覚ましたら、イデアとの戦いが終わった直後だった」

「ちょっと待って」

 ラグナは額を押さえた。

「おまえは未来から来た?」

「ああ」

「でも身体は今のおまえ?」

「ああ」

「じゃあ、この時代にいたスコールは?」

「分からない」

「分からない?」

「ただ」

 スコールがラグナを見る。

「俺が戻ってくるまで、この身体には別の人間がいた」

「…………」

「仲間から話を聞いた。そいつの言動も、やったことも」

「誰なんだ?」

「たぶん」

 一拍。

「未来のあんただ」

「…………」

 ラグナは自分を指差した。

「俺?」

「ああ」

「未来の?」

「ああ」

「おまえの身体に?」

「ああ」

「なんで!?」

「俺が聞きたい」

「未来の俺、何やってんの!?」

「いろいろ」

「いろいろって何!?」

「だから、それを調べてる」

 キロスが深く息を吐いた。

「未来でも変わらないらしいな」

「何が!?」

「おまえが面倒を増やすところだ」

「俺のせいって決まってないだろ!」

 ウォードが静かに肩を叩いてくる。

「慰めてる? それ慰めてるんだよな?」

 スコールは話を続けた。

 未来との繋がりが切れている。

 エルオーネの力では未来へ届かない。

 自分がここにいる以上、本来この時代にいたスコールの意識が未来側へ移動している可能性がある。

 それを確かめたい。

「だから海洋探査人工島へ行く」

「どう繋がるんだ?」

「地下にアルテマウェポンがいる」

「……ずいぶん物騒な名前だな」

「強い」

「そこは分かりやすいな」

「そいつが、俺の知らないG.F.を持っている可能性がある」

 スコールが一冊の雑誌を机に置いた。

「オカルトファン?」

 ラグナは思わず手に取った。

「何号?」

「そこ?」

 金髪の少年が突っ込んだ。

「いや、だって気になるだろ」

「ラグナ」

 キロスの声が低い。

「はい」

 スコールが該当する記事を示す。

 そこに書かれているのは、あくまで噂だった。

 遥か遠く隔てられたものを結ぶG.F.

 その隔たりが空間だけを意味するのか。

 あるいは時間による隔たりさえ越えて、二つの存在を繋ぐことができるのか。

「未来へ行けるG.F.ってこと?」

 ラグナが聞く。

「違う」

 スコールは即答した。

「移動できるとは書いてない」

「じゃあ?」

「繋ぐ」

 スコールが記事を指す。

「俺が必要なのは未来へ行く方法じゃない。まず未来と繋がる方法だ」

 ラグナは記事を見る。

 オカルト雑誌。

 普通なら笑って終わる話だ。

 だが目の前の青年は、未来から来たと言っている。

 そして。

 未来の自分がこの青年の身体に入っていた可能性まである。

 もう何を基準に普通と呼べばいいのか分からない。

「そのG.F.が、海洋探査人工島に?」

「分からない」

「分からないのか」

「だから確かめる」

 即答だった。

 ラグナは少しだけ笑った。

「何だ?」

「いや」

 妙な感じだった。

 無愛想で。

 説明も必要最低限で。

 自分とはまるで違う。

 なのに。

 行って確かめる。

 できることをやる。

 その考え方だけは、少し分かる気がした。

「飛空艇、貸すよ」

 スコールがラグナを見る。

「いいのか?」

「ああ」

「まだ何も分かってないぞ」

「だから行くんだろ?」

「ああ」

「じゃあ必要じゃん」

 スコールが黙る。

「未来の俺が何をしたのか、今の俺には分からない。おまえが経験した未来も、全部理解できたわけじゃない」

 ラグナはスコールを見る。

「でも、今のおまえが困ってるなら、今の俺にもできることはある」

「…………」

「飛空艇くらい貸すよ」

「くらいで貸すものなのか?」

「大統領だからな」

「そういう問題か?」

「たぶん」

 キロスが横から口を挟む。

「手続きは俺が確認する」

「ほら」

「おまえは何もしていない」

「決断しただろ!」

 スコールが僅かに視線を逸らした。

「……助かる」

「おう」

 その一言だけで。

 ラグナはどうしようもなく嬉しくなった。

 笑いそうになって。

 さすがに堪えた。

 たぶん今笑ったら、嫌がられる。

(難しいな、父親)

 まだ父親だと名乗ってすらいないのだが。

 飛空艇の手配には少し時間がかかった。

 その間、スコールたちはエスタで必要な物資を揃えることになった。

 イデアはオダイン博士の研究施設。

 リノアは病院。

 ラグナは仕事へ戻った。

 戻ったはずだった。

「……キロス」

「何だ」

「全然仕事が手につかない」

「知るか」

「スコール、俺が父親だって知ってると思う?」

「本人に聞け」

「聞けるか!」

「なぜだ」

「怖いだろ!」

 キロスが呆れた顔をする。

「おまえはエスタ大統領だぞ」

「息子相手に大統領関係ないだろ!」

「そこだけは正しい」

「そこだけ!?」

 結局。

 ラグナは何も聞けないまま、出発の時間を迎えた。

 エスタの発着場。

 飛空艇の前にスコールたちが集まっている。

 リノアは病院に残る。

 オダイン博士が診察を続け、イデアもエスタに残ることになった。

 海洋探査人工島へ向かうのは六人。

 スコール。

 キスティス。

 ゼル。

 セルフィ。

 アーヴァイン。

 サイファー。

「本当に行くんだな」

 ラグナが言った。

「ああ」

「危なくなったら戻れよ」

「ああ」

「無理するなよ」

「ああ」

「あと、ちゃんと飯食えよ」

「…………」

「ラグナ」

 キロスが止めた。

「何だよ」

「大統領として見送れ」

「今のは大統領として言った」

「最後のは違う」

 スコールが飛空艇へ向かう。

「あ、スコール!」

 呼び止める。

 振り返った。

「何だ?」

「…………」

 聞こうと思った。

 俺が父親だって知ってるのか。

 レインのことを知っているのか。

 未来の俺とは、どんな話をしたのか。

 聞きたいことはいくらでもある。

 でも。

「帰ってきたら」

「ああ」

「少し話そう」

 スコールはしばらくラグナを見た。

「……分かった」

 それだけ言って、飛空艇へ乗り込んだ。

 機体が浮かび上がる。

 ラグナはその姿を見送った。

「行っちゃったな」

「ああ」

「俺、全然話せなかった」

「次がある」

 キロスの言葉に、ラグナは少しだけ笑った。

「そうだな」

 飛空艇は高度を上げる。

 やがてエスタを離れ、海へ向かっていった。

 目的地は。

 海洋探査人工島。

 未来。

 同じエスタ。

 ラグナは一体のG.F.を前に腕を組んでいた。

 エデン。

 海洋探査人工島。

 その地下、大海のよどみにいたアルテマウェポンから、リノアたちがドローしたG.F.。

 アルテマウェポンは倒していない。

 エデンだけを奪い、一行は撤退した。

 そして。

 このG.F.を得たことで、それまで届かなかったスコールへ接続できた。

 ただし。

 その結果が今だ。

 未来のスコールの身体には、イデアとの戦い直後のスコールの意識が入っている。

 本来この身体にいたスコールは、おそらく過去へ。

「もう一度、エデンを使う」

 ラグナが言った。

「でも」

 リノアの表情は険しい。

「また同じことが起きたら?」

「同じことはしない」

 キスティスが答える。

「前回はスコールそのものを探していた。でも今回は違う」

「所在の見当がついている」

 エルオーネが続ける。

「過去にいる未来のスコール」

 ラグナが頷く。

「まずはそこへ繋がるか確かめる」

 エデンが人間を過去や未来へ移動させるわけではない。

 少なくとも、今まで調べた限りではそう考えられている。

 エデンが持つのは。

 隔てられたものを結びつける力。

 空間。

 そして、おそらく。

 時間。

「前回、エデンを使うまでは届かなかった」

 エルオーネが言う。

「でもエデンの力を借りた後、何かが繋がった」

「それで俺がここに来た?」

 スコールが聞く。

「それは分からない」

 エルオーネは首を振った。

「エデンがあなたをここへ運んだとは思ってない」

「じゃあ何をした」

「道を作ったんだと思う」

 過去のスコール。

 未来のスコール。

 同じ存在。

 違う時間。

 本来交わらない二つを、エデンが繋いだ。

 その接続の中でラグナが過去から未来へ戻り、何らかの原因で二人のスコールの意識が入れ替わった。

 それが現在の仮説だった。

「だから今度は、いきなり戻そうとはしない」

 キスティスが言う。

「まず接続だけを試す」

「未来の俺が本当に過去にいるか確認する?」

「ああ」

 ラグナが答えた。

「確認できたら、その先を考える」

 エルオーネの力は、意識を過去へ送ることができる。

 エデンは、本来届かない場所との接続を作る。

 二つを組み合わせれば。

 接続した道を利用して、二人のスコールを本来の時間へ戻せるかもしれない。

「成功するのか?」

 スコールが聞く。

「分からない」

「またそれか」

「仕方ないだろ」

 ラグナが苦笑する。

「誰もやったことないんだから」

 スコールは黙った。

 少し考える。

「やる」

 リノアが顔を上げる。

「スコール」

「未来の俺が過去にいるなら、戻した方がいい」

「失敗したら?」

「ここにいても解決しない」

「でも」

「俺も戻りたい」

 リノアが黙った。

 目の前にいる。

 顔も。

 声も。

 仕草も。

 全部スコールだ。

 でも、自分とアルティミシアを倒したスコールではない。

「……分かった」

 リノアが言った。

「でも、絶対に連れて帰ってきて」

「誰を?」

「私のスコール」

「…………」

 スコールの動きが止まった。

「何?」

「いや」

「顔赤くない?」

「赤くない」

「赤いよ」

「うるさい」

 セルフィが笑う。

「昔のスコールだ」

「何なんだおまえら」

 スコールが不機嫌そうに視線を逸らす。

 ラグナはそれを見ながら思った。

(こっちのスコールもスコールなんだよな)

 時間が違うだけ。

 どちらかが偽物というわけではない。

 だからこそ。

 二人とも帰さなければならない。

 本来いるべき場所へ。

「準備しよう」

 ラグナが言った。

「今度は偶然任せにはしない」

 未来。

 海洋探査人工島。

 その地下。

 大海のよどみ。

 暗闇の中に巨大な影があった。

 アルテマウェポン。

 かつてリノアたちはここまで来た。

 戦い。

 その身にジャンクションされていたエデンをドローした。

 だが、アルテマウェポンそのものは倒していない。

 エデンを得ることが目的だったからだ。

 だから今もここにいる。

 エデンを失ったまま長い間、動かなかった。

 その巨体が僅かに震えた。

 低い音が、大海のよどみに響く。

 敵はいない。

 誰も来ていない。

 未来のエデンは、遥か遠くのエスタにいる。

 まだ接続実験すら始まっていない。

 それでもかつてエデンが存在していた場所。

 その空白の奥で何かが微かに脈打った。

 過去。

 海の上を飛空艇が進んでいた。

 その先に小さな島影が見え始める。

「見えた!」

 セルフィが声を上げた。

 海洋探査人工島。

 その地下にはアルテマウェポンがいる。

 そして、その身体にはまだエデンがいる。

 未来ではすでに奪われたG.F.。

 過去では、これから出会うG.F.。

 同じ存在。違う時間。

 スコールたちを乗せた飛空艇が、ゆっくりと高度を下げていった。

 その少し未来、同じ島の地下でエデンを失ったアルテマウェポンが、静かに目を開いた。

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