FINAL FANTASY VIII 父さんは、息子の青春を知らない 作:Kurumimogomogo
エスタの研究施設では、朝からオダイン博士の甲高い声が響いていた。
「違う違う! そこを動かすでない! せっかくの測定結果が台無しになるでおじゃる!」
「博士、誰も触ってませんよ」
キスティスが落ち着いた声で答えた。
「む?」
オダインは大きな眼鏡の奥から周囲を見回した。
「……では、なぜ数値が変わったのでおじゃる?」
「博士がさっき、そこの調整器を回してましたよ」
アーヴァインが指差す。
「むむっ!」
オダインは慌てて計測器を覗き込んだ。
「そうであったか! ならば問題ないでおじゃる!」
「いや、問題あるんじゃ……」
ゼルが呟く。
「何か言ったでおじゃるか?」
「い、いや! 何でもねえ!」
オダインは満足そうに頷くと、再び計測器へ向き直った。
「ふっふっふ……しかし、素晴らしい。実に素晴らしいでおじゃる」
机の上には、複雑な魔力の変動を示す記録が並んでいる。
エデン。
海洋探査人工島で手に入れたG.F.。
その力を調べ始めてから、オダインはすっかり研究に没頭していた。
「この魔力の広がり方……通常のG.F.とはまるで異なるでおじゃる。空間の隔たりを無視して、遠く離れた場所へ繋がろうとしておる」
「時間も越えられるの?」
セルフィが尋ねた。
「それを調べておるのでおじゃる!」
オダインは胸を張った。
「もっとも、エルオーネの力と組み合わせれば、可能性は十分にある。いや、むしろ、そうでなければ困るでおじゃる!」
「どうして?」
「余がこれほど興味を持った研究が、何の成果もなく終わっては面白くないではないか!」
「……それが理由?」
セルフィが苦笑する。
「当然でおじゃる!」
オダインは威張るように答えた。
その様子を見て、キスティスが小さく息を吐いた。
言動だけを見れば、どこか間の抜けた人物だった。
だが、研究の腕は疑いようがない。
エルオーネの能力を分析し、魔女に関する研究を重ね、エスタの技術を発展させてきた天才。
今回も、エデンの力を調べ始めてから、僅かな時間で実験の準備を整えていた。
その才能と性格が、もう少し釣り合っていればよかったのだが。
「……博士」
エルオーネが声をかけた。
「そろそろ始めてもいい?」
「む?」
オダインは顔を上げた。
「もう準備ができたのでおじゃるか?」
「うん」
「よろしい!」
オダインは大きく頷いた。
「では、余の天才的な研究成果を存分に見せるがよい!」
「……エルオーネがやるんだけどな」
ゼルが小声で呟いた。
「何か言ったでおじゃるか!?」
「何でもねえって!」
部屋の中央では、スコールが椅子に腰掛けていた。
目を閉じ、静かに呼吸を整えている。
この世界へ来てから、随分と時間が経った。
最初は戸惑うことばかりだった。
知らない場所。
知らない出来事。
そして、自分をよく知っている仲間たち。
未来の自分が何をしてきたのか、彼らから一通り話は聞いている。
それでも、すべてを理解したとは言えなかった。
特に、リノアのことは。
「スコール」
声がして、目を開いた。
リノアが隣に立っていた。
「……何だ」
「緊張してる?」
「……少し」
リノアは微笑んだ。
「そっか」
「……おまえは?」
「私?」
「ああ」
「すっごく緊張してる」
リノアは胸の前で手を握った。
「だって、やっと戻ってくるかもしれないんだもん」
「……そうだな」
スコールは頷いた。
リノアは隣の椅子へ腰を下ろした。
「でもね」
「何だ?」
「ちょっと寂しい気もする」
スコールは彼女を見た。
「……どうして」
「だって、あなたとも仲良くなれたから」
リノアは笑った。
「最初は全然話してくれなかったけど、今はこうして普通に話せるでしょ?」
「……そうか?」
「うん」
リノアは頷いた。
「だから、あなたが元の世界に戻るのは嬉しいけど、もうこうして話せなくなるのは少し寂しいかなって」
スコールは黙った。
この世界へ来たばかりの頃、リノアの距離の近さには戸惑った。
未来の自分の恋人だと聞かされても、実感が湧かなかった。
だが、一緒に過ごすうちに、彼女がどういう人間なのか少しずつ分かってきた。
よく笑う。
よく怒る。
思ったことをすぐ口にする。
そして、驚くほど真っ直ぐだった。
「……俺も」
スコールが呟いた。
「え?」
「……いや」
スコールは目を逸らした。
「何でもない」
「えー、何?」
「……別に」
「気になるじゃない」
リノアが顔を覗き込む。
スコールは少しだけ困ったように眉を寄せた。
「……世話になったとは思ってる」
リノアが目を瞬いた。
そして、嬉しそうに笑った。
「そっか」
「……ああ」
「じゃあ、帰ったら頑張ってね」
「何を」
「いろいろ」
「……何だ、それ」
リノアは笑った。
「未来のスコールに負けないくらい、いろいろ経験してきてね」
スコールは少し考えた。
そして、小さく頷いた。
「……ああ」
リノアは満足そうに笑った。
その笑顔を見て、スコールはふと思った。
(……向こうの俺は)
こんな相手と、いつも一緒にいるのか。
自分にはまだ想像できない。
けれど、以前ほど不思議には思わなくなっていた。
同じ頃。
過去の世界では、ラグナロクがエスタへ向けて飛行していた。
海洋探査人工島を離れ、青い海の上を進んでいる。
「いやあ、やっと終わったねえ」
アーヴァインが大きく伸びをした。
「本当に長かったわ」
キスティスが頷く。
「でも、エデンを手に入れられたのは大きいわね」
「それにしても、あのアルテマウェポン……」
ゼルが拳を握った。
「とんでもねえ奴だったな」
「最後のスコールとサイファーも、とんでもなかったけどね!」
セルフィが笑う。
「もう一回見たいなあ、あの技!」
「冗談じゃない」
スコールが答えた。
「何度も使うようなものじゃない」
「えー、そうなの?」
「身体への負担が大きい」
「へえ」
ゼルが興味深そうに身を乗り出した。
「なあ、あれって俺にもできるのか?」
「無理だろ」
サイファーが即答した。
「何でだよ!」
「ガンブレード持ってねえだろ、おまえ」
「そういう問題か!?」
「少なくとも、あの技はそうだ」
スコールが言った。
「剣の重さと爆発の反動を利用している。普通の武器では同じ動きにならない」
「……なるほどな」
ゼルは少し考え込んだ。
「じゃあ、俺は俺の技を極めるしかねえか」
「そういうことだ」
サイファーが笑う。
「おまえは拳で頑張れ」
「何か腹立つ言い方だな!」
セルフィが笑い声を上げた。
ラグナロクの操縦席には、明るい空が広がっていた。
海洋探査人工島での戦いを終え、ようやく一息つける。
だが、スコールの胸には別の緊張があった。
エデン。
今、自分の内側に宿っている存在。
その力が、時代を隔てたもう一人の自分へ繋がる可能性がある。
(……試してみるか)
スコールは座席に腰を下ろした。
目を閉じる。
すると、これまでとは異なる感覚が広がった。
無数の光。
遠く離れた場所へ伸びる、幾つもの繋がり。
その一つが、奇妙に懐かしかった。
(……何だ?)
意識を向ける。
すると、そこに何かがいた。
自分とよく似た存在。
いや、似ているのではない。
(……俺だ)
スコールは目を開いた。
「……キスティス」
「どうしたの?」
「エデンを使ってみたい」
「今?」
「ああ」
キスティスは少し驚いた。
「エスタへ戻ってからじゃなくて?」
「今なら、繋がりを感じ取れる気がする」
「……そう」
キスティスは考えた。
「分かったわ。でも、一人ではやらないで」
「何でだ?」
「前回のことがあるでしょう」
その言葉に、スコールは黙った。
エルオーネの力によって、意識が入れ替わった。
今回も、何が起こるか分からない。
「……分かった」
キスティスが仲間たちへ声をかけた。
「みんな、少し集まって」
「何?」
セルフィが振り返る。
「スコールがエデンを試したいそうよ」
「おっ、いよいよか!」
ゼルが立ち上がった。
アーヴァインが操縦席へ向き直る。
「じゃあ、ラグナロクは自動操縦にしておくよ」
「頼む」
スコールが頷く。
サイファーは壁にもたれた。
「で、どうするんだ?」
「まず、向こうの俺を探す」
「探すって、どうやって?」
セルフィが尋ねる。
「……分からない」
「またそれ?」
ゼルが笑った。
「でも、今度は何となく分かる気がする」
スコールは目を閉じた。
エデンへ意識を向ける。
(……頼む)
言葉にならない感覚が返ってきた。
無数の光が広がる。
その中に、一つだけ、明らかに異なるものがあった。
自分と同じ形をした、もう一つの意識。
(……いた)
スコールは、その光へ手を伸ばした。
エスタの研究室。
エルオーネはスコールの前に立っていた。
「準備はいい?」
「……ああ」
スコールが頷く。
エルオーネは目を閉じた。
未来のエデンが、その力を広げる。
無数の繋がりが、意識の中に浮かび上がった。
(……スコール)
エルオーネは呼びかけた。
目の前にいるスコールではない。
遠い過去にいる、もう一人のスコール。
その意識を探す。
すると。
(……あれ?)
何かが、こちらへ向かってきた。
無数の繋がりの奥から、一つの光が近づいてくる。
エルオーネは息を呑んだ。
(……向こうから?)
まるで、誰かがこちらを探しているようだった。
その光は、目の前のスコールと同じ形をしている。
けれど、少しだけ違う。
未来のスコールが経験した出来事を宿した意識。
(……見つけた)
エルオーネは、その光へ手を伸ばした。
同時に。
ラグナロクの中で、スコールも同じことをしていた。
互いを探していた二つの意識が、時代を越えて触れ合った。
次の瞬間。
両方のエデンが、同時に強く輝いた。
スコールは、何もない場所に立っていた。
上下も左右も分からない。
足元には地面がなく、頭上には空もない。
ただ、無数の光が遠くまで広がっている。
(……ここは)
声を出そうとして、気づいた。
自分の身体が見えない。
けれど、意識だけははっきりしていた。
その時、前方に人影が現れた。
黒い服。
茶色の髪。
灰色の瞳。
見慣れた顔だった。
自分の顔。
まったく同じ、十七歳の姿。
「……おまえ」
未来のスコールが呟く。
相手もこちらを見ていた。
「……俺?」
過去のスコールが、困惑したように尋ねた。
未来のスコールは頷いた。
「ああ」
「……何なんだ、これは」
「説明すると長くなる」
「……そうか」
二人はしばらく黙っていた。
同じ顔。
同じ声。
同じ癖。
けれど、互いに違う時間を生きている。
過去のスコールが先に口を開いた。
「……あんたが、未来の俺なのか」
「ああ」
「……そうか」
また沈黙が訪れた。
未来のスコールは、少しだけ笑った。
「何だ。もっと驚くかと思った」
「……十分驚いてる」
「そうか」
「……あんたは?」
「俺もだ」
二人は互いを見つめた。
過去のスコールが、少し躊躇ってから尋ねた。
「……俺は、ちゃんとやれてるのか」
未来のスコールは、その言葉に目を細めた。
「何を?」
「……いろいろ」
「いろいろ、か」
未来のスコールは少し考えた。
ガーデン。
SeeD。
仲間たち。
リノア。
そして、ラグナ。
思い浮かぶものは、いくらでもあった。
「……完璧じゃない」
未来のスコールが答えた。
「失敗もするし、後悔もする」
「……そうか」
「でも」
スコールは続けた。
「悪くないと思ってる」
過去のスコールは、少し驚いたように顔を上げた。
「……そうなのか」
「ああ」
未来のスコールが頷く。
「おまえも、そのうち分かる」
「……分かった」
その時、二人の周囲に光が集まり始めた。
遠くから、誰かの声が聞こえる。
『スコール!』
リノアの声。
未来のスコールは顔を上げた。
別の方向からも声が聞こえた。
『スコール!』
キスティス。
ゼル。
セルフィ。
アーヴァイン。
サイファー。
過去の仲間たちの声だった。
「……戻る時間みたいだな」
未来のスコールが言った。
「……ああ」
過去のスコールが頷く。
そして、少し迷ってから口を開いた。
「……一つだけ」
「何だ?」
「……リノアって人」
未来のスコールは思わず目を瞬いた。
「……何だ」
「……あの人、俺のことを」
過去のスコールは言葉を探した。
「……いや、何でもない」
未来のスコールは、少しだけ笑った。
「気になるのか?」
「……別に」
「そうか」
「……何だよ」
「いや」
未来のスコールは首を振った。
「そのうち分かる」
「……またそれか」
「悪いな」
二人の身体が光に包まれた。
そして。
意識が、互いの本来の身体へと戻っていった。
エスタの研究室。
椅子に座っていたスコールの身体が、僅かに揺れた。
「……っ」
エルオーネが目を開く。
「スコール!」
リノアが駆け寄った。
スコールはゆっくりと顔を上げた。
灰色の瞳が、リノアを捉える。
「……リノア」
その声を聞いた瞬間、リノアの胸が高鳴った。
同じ声。
同じ顔。
けれど。
「……スコール?」
リノアが小さく尋ねた。
スコールは、少し困ったように笑った。
「ああ」
「……本当に?」
「本当に」
リノアは一歩近づいた。
「……私のスコール?」
スコールは一瞬だけ目を逸らした。
そして、少し照れくさそうに答えた。
「……そうだ」
その言葉を聞いた瞬間。
リノアは飛びついた。
「スコール!!」
「うわっ!」
スコールが椅子ごと倒れそうになる。
慌ててリノアを抱き止めた。
「お、おい……」
「よかった……!」
リノアはスコールの胸に顔を埋めた。
「本当に、よかった……!」
声が震えていた。
スコールは何も言わなかった。
ただ、リノアの背中へ腕を回した。
少し強く抱き締める。
「……心配かけたな」
「本当だよ……」
リノアが顔を上げる。
目には涙が浮かんでいた。
「どれだけ心配したと思ってるの?」
「……悪かった」
「もう、勝手にいなくならないで」
「……ああ」
「絶対だからね」
「分かった」
リノアはもう一度、スコールへ抱きついた。
スコールは今度こそ、自然に抱き締め返した。
その様子を見て、セルフィが歓声を上げた。
「やったあああ!!」
ゼルも拳を突き上げる。
「戻った! 戻ったんだな!」
「……ああ」
スコールが答える。
キスティスが安堵したように息を吐いた。
「本当に、よかった……」
アーヴァインが笑う。
「いやあ、長かったねえ」
「エルオーネ!」
セルフィが駆け寄った。
「大成功だよ!」
「……うん」
エルオーネも笑った。
その目には涙が浮かんでいた。
「よかった……本当に」
ラグナは少し離れた場所で、その光景を見ていた。
スコールが戻った。
自分が知っている、未来のスコール。
その姿を見て、ラグナはようやく肩の力を抜いた。
「……おかえり」
小さく呟く。
スコールが顔を上げた。
ラグナと目が合う。
しばらく見つめ合った後、スコールは頷いた。
「……ただいま」
ラグナは笑った。
「おう!」
それ以上、何も言わなかった。
言わなくても、十分だった。
一方、過去の世界。
ラグナロクの客室で、スコールが目を開いた。
「……っ」
身体が重い。
頭の奥が、少しぼんやりしている。
けれど、何かが違った。
手を持ち上げる。
見慣れた指先。
記憶にある身体の感覚。
(……戻った)
スコールはゆっくりと身体を起こした。
周囲には、仲間たちが集まっていた。
キスティス。
ゼル。
セルフィ。
アーヴァイン。
そして、サイファー。
全員が、こちらを見ている。
「……スコール?」
キスティスが尋ねた。
スコールは一瞬、彼女を見つめた。
見覚えのある顔。
バラムガーデンの教官だった女性。
最後に会った時は、まだ自分の教官だった。
「……先生?」
その言葉に、キスティスの表情が変わった。
「……スコール?」
「……何だ」
「あなた、本当に……」
キスティスは言葉を詰まらせた。
ゼルが身を乗り出す。
「おい! おまえ、俺のこと分かるか!?」
スコールはゼルを見た。
見覚えのある顔だった。
ガーデンで何度か見かけたことがある。
だが、まともに話した記憶はほとんどない。
「……ゼル、か」
「おおっ!」
ゼルが声を上げる。
「そうだ! ゼルだ!」
「……何でそんなに喜んでるんだ」
「だってよ!」
ゼルは言葉を探した。
「いや、何て言えばいいんだ……」
セルフィが駆け寄る。
「スコール!」
スコールは彼女を見た。
見覚えはある。
未来の仲間たちの中にも、同じ顔の少女がいた。
ただ、過去の自分として彼女と話すのは初めてだった。
「……セルフィ」
「えっ!」
セルフィが目を丸くした。
「覚えてるの!?」
「……未来で会った」
「あ、そっか!」
セルフィが笑った。
「そうだよね!」
アーヴァインが手を上げる。
「じゃあ、僕のことも分かるかな?」
「……アーヴァイン」
「正解」
アーヴァインが笑った。
「いやあ、何だか妙な気分だねえ」
スコールは周囲を見回した。
知っている顔ばかりだった。
未来で会った仲間たち。
彼らと同じ顔をした、過去の仲間たち。
ただし、こちらの彼らとは、まだほとんど話したことがない。
その時。
「おい」
聞き慣れた声がした。
スコールが振り返ると、サイファーがハイペリオンを肩に担いで立っていた。
「……サイファー」
「よう、久しぶりだな」
「ああ」
スコールは頷いた。
「最後に覚えているのは、おまえとの訓練だ」
「そうか。俺にとっちゃ、ずいぶん前の話だぜ」
「……そうらしいな」
「何だ、聞いてんのか?」
「未来で一通り説明された」
「へえ」
サイファーが口元を緩める。
「じゃあ、俺がSeeDになったことも知ってるわけだ」
「ああ。正直、驚いた」
「何だと?」
「おまえが試験に合格するとは思ってなかった」
「てめえ、戻って早々それかよ」
サイファーが睨むと、スコールはわずかに笑った。
「……お互い様だろ」
「はっ、言うじゃねえか」
ゼルが吹き出した。
「何だよ、結局いつもどおりじゃねえか!」
「うるせえ、ゼル!」
サイファーが言い返す。
そのやり取りを見ながら、キスティスはほっとしたように微笑んだ。
未来のスコールと過ごした時間は、決して短くなかった。
彼は自分たちを導き、何度も危険から救ってくれた。
けれど、今目の前にいるのは、訓練を終えたばかりのスコールだった。
まだSeeD試験も受けていない。
ティンバーにも行っていない。
リノアとも出会っていない。
それでも、彼は未来で仲間たちと過ごし、この世界で起きた出来事をある程度知っている。
何も知らないわけではない。
ただ、自分自身の経験としては、まだ始まっていないのだ。
「……スコール」
キスティスが声をかけた。
「おかえりなさい」
スコールは彼女を見た。
「……ああ」
少し間を置いてから、答える。
「ただいま」
キスティスが笑った。
ゼルが肩を叩く。
「これからよろしくな!」
「……ああ」
セルフィも手を差し出した。
「私も!」
「……よろしく」
アーヴァインが笑う。
「僕も改めて、よろしく」
「……ああ」
サイファーが鼻で笑った。
「何だよ、改まって」
「おまえも何か言ったら?」
セルフィが尋ねる。
「俺が?」
「そう!」
サイファーは少し考えた。
そして、スコールへ目を向ける。
「……まあ、せいぜい足引っ張るなよ」
「……おまえこそ」
スコールが即答した。
サイファーが笑う。
「言うじゃねえか」
ゼルが呆れたように首を振った。
「こいつら、本当に変わんねえな……」
笑い声が広がる。
スコールはその輪の中にいた。
まだ、すべてを理解したわけではない。
知らない出来事も多い。
自分が経験していない戦いを、未来の自分が代わりに乗り越えてきた。
その事実は、簡単には受け止められない。
だが、目の前にいる仲間たちは、自分を歓迎している。
それだけは分かった。
(……これから、どうなるんだろうな)
スコールは窓の外を見た。
青い空が広がっている。
ラグナロクは、エスタへ向けて飛び続けていた。
過去と未来。
二つの時代に分かれていた意識は、ようやく本来の場所へ戻った。
しかし、過去にはまだ戦いが残されている。