FINAL FANTASY VIII 父さんは、息子の青春を知らない   作:Kurumimogomogo

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最終話 それぞれの未来

バラムの港は、今日も穏やかだった。

 青い空。

 白い雲。

 波止場に打ち寄せる波の音。

 潮風が、三人の間を通り抜けていく。

「……チッ」

 サイファーは釣り竿を握り直した。

 もう一時間近く、同じ場所に座っている。

 だが、釣果はゼロ。

 浮きは、先ほどから微動だにしていなかった。

「……くだらねえ」

 サイファーが吐き捨てる。

「こんなもんの、どこが面白えんだよ」

「釣れねえからって怒るなよ」

 隣で雷神が笑った。

「気長に待つのが釣りの醍醐味だもんよ!」

「うるせえ」

「ほら、海も綺麗だし、天気もいいし、最高だもんよ!」

「……だったらおまえは海でも眺めてろ」

 サイファーは不機嫌そうに竿を持ち直した。

 その反対側で、風神が静かに海を見つめている。

 彼女の竿にも、まだ魚はかかっていなかった。

「……無言」

「見りゃ分かる」

 サイファーが答える。

 風神は小さく鼻を鳴らした。

 その時。

「あっ!」

 雷神が突然声を上げた。

「来た! 来たもんよ!」

 竿が大きくしなっていた。

「おいおいおい! でけえぞ、これ!」

 雷神が立ち上がる。

 リールを巻く。

 竿が激しく揺れた。

「うおおおっ!」

 力任せに引き上げる。

 海面から、大きな魚が飛び出した。

「釣れたあああ!」

 雷神が歓声を上げた。

「見ろよ、サイファー! すっげえだろ!」

「…………」

「おまえ、まだ一匹も釣れてねえのに、俺はもうこんなでけえの釣っちゃったもんよ!」

 サイファーの眉間に皺が寄る。

「……雷神」

「何だもんよ?」

「黙れ」

「いやあ、悪い悪い! でも釣りって楽しいもんよ!」

 雷神は魚を掲げた。

「なあ、風神! 見ろよ!」

 風神は、ゆっくりと雷神を見た。

 そして、サイファーを見た。

 再び雷神へ視線を戻す。

「……無神経」

「え?」

「制裁」

 次の瞬間。

 風神の蹴りが、雷神の尻を捉えた。

「うおおおおっ!?」

 雷神の巨体が、波止場から宙へ浮いた。

 そして。

 盛大な水音を立てて、海へ落ちた。

「ぶはあっ!」

 雷神が海面から顔を出す。

「何すんだもんよ!」

 風神は腕を組んだ。

「当然」

「当然じゃねえもんよ!」

 その様子を見ていたサイファーが、堪えきれずに吹き出した。

「……はっ」

 肩が震える。

「ははっ……!」

 そして。

「はははははっ!」

 大声で笑った。

「おまえ、最高だな!」

「サイファーまで笑うなもんよ!」

 雷神が抗議する。

 だが、サイファーは笑い続けた。

 久しぶりだった。

 こんなふうに、何も考えずに笑うのは。

 かつて、自分は魔女の騎士になろうとしていた。

 誰かに認められたくて。

 誰よりも強くなりたくて。

 自分だけの物語の主人公になりたくて。

 そのために、多くのものを見失った。

 だが、今は違う。

 自分の隣には、相変わらず風神と雷神がいる。

 くだらないことで騒ぎ、怒り、笑っている。

 それだけで、悪くなかった。

「……ったく」

 サイファーは笑いを収めた。

 そして、ふと空を見上げる。

 青空の向こう。

 巨大なバラムガーデンが、ゆっくりと高度を上げていた。

 移動する学園。

 かつて自分が暮らし、戦い、そして離れた場所。

 サイファーは、しばらくその姿を見つめていた。

(……スコール)

 あいつは、今頃どうしているだろうか。

 相変わらず無愛想な顔をしているのか。

 それとも、少しは笑うようになったのか。

 どちらにしても、簡単に想像できる。

「……負けねえからな」

 サイファーは小さく呟いた。

 それは、かつてのような敵意ではなかった。

 自分の道を歩き続けるための、ささやかな誓いだった。

 海から雷神の声が響く。

「おーい! 誰か引っ張り上げてくれもんよ!」

「自力」

 風神が答えた。

「無茶言うなもんよ!」

 サイファーは、また笑った。

 そして、もう一度ガーデンを見上げた。

 その横顔には、かつての少年の面影が残っていた。

 だが、浮かんでいた表情は、もう少年のものではなかった。

 遠ざかるガーデンを見送るその目には、自分自身の未来を見つめる男の落ち着きがあった。

 潮風が、三人の間を吹き抜けた。

 バラムガーデンは、ゆっくりと空の彼方へ進んでいった。

 同じ頃。

 エスタの大統領官邸。

 ラグナは窓辺に立ち、空を見上げていた。

 隣にはキロス。

 少し後ろにウォード。

 そして、エルオーネがいた。

「……行っちゃったね」

 エルオーネが呟いた。

 ラグナは頷いた。

「ああ」

 遠くの空を、巨大なガーデンが進んでいる。

 時間圧縮が終わり、世界は元の姿を取り戻した。

 過去と未来を繋いでいた不安定な道も、もう存在しない。

 それぞれの世界は、それぞれの時間を歩き始めていた。

「……寂しい?」

 エルオーネが尋ねた。

 ラグナは少し考えた。

「……そうだな」

 窓の向こうを見つめる。

「寂しくないって言ったら、嘘になるかな」

 キロスが笑った。

「珍しく素直だね」

「俺はいつだって素直だぞ?」

「そういうことにしておこうか」

 ラグナは苦笑した。

 そして、もう一度空を見上げる。

 スコール。

 あの無愛想で、少し不器用な息子。

 ずっと知らずにいた。

 自分に息子がいることを。

 その息子が、どんなふうに育ったのかを。

 そして、ようやく出会えたと思ったら、今度は別れが待っていた。

 だが。

(……これでいいんだよな)

 ラグナは思った。

 あいつには、仲間がいる。

 帰る場所がある。

 大切な人がいる。

 自分が知らなかった時間の中で、ちゃんと自分の人生を歩いてきた。

 それが、何より嬉しかった。

「……レイン」

 ラグナは小さく呟いた。

 キロスが、静かに目を向ける。

 ラグナは微笑んだ。

「……あいつ、立派になったよ」

 風が窓を揺らした。

 まるで、遠い誰かが返事をしたようだった。

 エルオーネが、そっとラグナの腕に触れた。

「ラグナおじちゃん」

「ん?」

「また、会えるよ」

 ラグナは彼女を見た。

「……そうかな」

「うん」

 エルオーネは微笑んだ。

「きっと」

 ラグナは少しだけ目を細めた。

「……そっか」

 ウォードが、静かに頷いた。

 キロスも微笑んでいる。

 ラグナは大きく伸びをした。

「よーし!」

 突然の大声に、エルオーネが目を丸くする。

「どうしたの?」

「いつまでもしんみりしてられないだろ!」

 ラグナは笑った。

「俺たちにも、まだやることが山ほどあるんだからな!」

 キロスが肩を竦める。

「大統領の仕事もね」

「……うっ」

「逃げないでよ」

「分かってるって!」

 ラグナは苦笑した。

 そして、もう一度だけ空を見上げた。

(……元気でな、スコール)

 心の中で呟く。

(……幸せになれよ)

 遠くの空で、ガーデンが小さくなっていった。

 やがて、雲の向こうへ姿を消した。

 

 夜。

 バラムガーデンでは、盛大な祝勝パーティーが開かれていた。

 会場には色とりどりの飾りが施され、音楽が流れている。

 料理の並んだテーブル。

 笑い声。

 あちこちで交わされる乾杯の声。

 長い戦いを終えたSeeDたちは、久しぶりに心から楽しんでいた。

「はーい! こっち向いてー!」

 セルフィがビデオカメラを構えた。

 レンズの先には、キスティスとアーヴァイン。

「キスティス先生! アーヴァイン! 二人で並んで!」

「先生はもうやめてってば」

 キスティスが苦笑する。

「えー、いいじゃん!」

 セルフィは笑った。

「はい、撮るよー!」

 キスティスは少し考えた。

 そして、胸を張る。

 片手を腰に当て、顎を僅かに上げた。

 得意げな表情。

「……どう?」

 アーヴァインが横から顔を覗かせた。

「おやおや、随分と自信満々だねえ」

「当然でしょう?」

 キスティスが微笑む。

「私たち、世界を救ったんだから」

「そりゃそうだ」

 アーヴァインは帽子を持ち上げた。

 そして、わざとらしく膝を折り、キスティスへ手を差し出した。

「では、お嬢さん。記念に一曲いかが?」

「遠慮しておくわ」

「即答!?」

 セルフィが大笑いした。

「いいねいいね! そのまま!」

 カメラが揺れる。

「次、学園長!」

 セルフィはシドを見つけた。

「シド学園長! キスティス先生と一緒に!」

「おや、私もですか?」

 シドは少し照れくさそうに笑った。

「もちろん!」

 キスティスがシドの隣へ並ぶ。

「学園長、こちらへ」

「ははは。こういうのは少し苦手でして」

「大丈夫です!」

 セルフィが笑った。

「はい、二人とも笑ってー!」

 シドは穏やかに微笑んだ。

 キスティスも、その隣で笑っている。

 長い戦いの間、何度も迷い、何度も苦しんだ。

 それでも、ここまで来た。

 カメラの中には、そんな二人の笑顔が残された。

「よーし!」

 セルフィが満足そうに頷いた。

「次は……」

「おっと」

 アーヴァインが横から手を伸ばした。

「そろそろ交代しようか」

「え?」

「セルフィばっかり撮ってたら、本人が映らないだろ?」

 セルフィは目を丸くした。

 そして、笑った。

「それもそうだね!」

 カメラを手渡す。

「じゃあ、よろしく!」

「任せてよ」

 アーヴァインはカメラを構えた。

 最初に映ったのは、料理の並んだテーブルだった。

 その前に、ゼルがいた。

「……おいおい」

 アーヴァインが呟く。

「まだ食べてるのかい?」

 ゼルは両手に料理を持っていた。

 口の中にも、何か入っている。

「んぐっ……!」

 慌てて飲み込む。

「何だよ!」

「いやあ、よく入るなと思って」

「当たり前だろ!」

 ゼルは笑った。

「戦い終わったんだぜ! 食わなきゃ損だろ!」

 そして、また料理を口へ運んだ。

「ゼルー!」

 セルフィが駆け寄ってきた。

「ちょっと食べすぎじゃない?」

「平気平気!」

「さっきからずっと食べてるよ!」

「まだ腹八分目だ!」

 キスティスが横から顔を出した。

「ゼル、少しは休んだら?」

「大丈夫だって!」

「本当に?」

 その時。

「ゼル!」

 別の声が聞こえた。

 三つ編みの図書委員だった。

 彼女はゼルの前へ来ると、心配そうに顔を覗き込んだ。

「……そんなに食べて、お腹壊さない?」

「大丈夫だって!」

 ゼルが笑った。

「俺、胃袋には自信あるから!」

「……そういう問題じゃないと思うけど」

 図書委員は困ったように笑った。

 セルフィがニヤリとする。

「……ねえねえ」

「何だよ」

「ゼルってば、心配してもらえてよかったねえ」

「はあ!?」

 ゼルの顔が赤くなった。

「そ、そんなんじゃねえよ!」

 キスティスが微笑む。

「あら、何も言ってないわよ?」

「だから!」

 アーヴァインはカメラを構えたまま笑った。

「いいねえ、青春だねえ」

「撮るな!」

 ゼルが叫んだ。

 セルフィが大笑いする。

 図書委員は頬を赤くして俯いた。

 その時。

 カメラの端を、白い影が横切った。

「……ん?」

 アーヴァインがレンズを向ける。

 アンジェロだった。

 人々の間を縫うように走り、会場の外へ向かっていく。

「……どこ行くんだい?」

 アーヴァインは、何となくカメラを向けたまま後を追った。

 アンジェロは廊下を抜け、外へ出た。

 夜風が吹く。

 遠くで、パーティーの音楽が聞こえていた。

 アンジェロは尻尾を振りながら、誰かのもとへ駆け寄った。

 リノアだった。

 彼女は、ガーデンの外縁にあるバルコニーに立っていた。

 そして、隣にいる誰かへ向かって、夜空を指さしている。

「ねえ、見て!」

 リノアが笑った。

「星、すごく綺麗!」

 アーヴァインはカメラを向けた。

 レンズの先に、スコールの姿が映る。

 彼は手すりに寄りかかり、夜空を見上げていた。

「……そうだな」

 いつもの短い返事。

 だが、声は穏やかだった。

 リノアが笑う。

「ねえ、スコール」

「……何だ?」

「覚えてる?」

「……何を?」

「約束」

 スコールは彼女を見た。

 リノアは夜空を指さした。

「もし、はぐれちゃっても……」

 少しだけ声を落とす。

「ここで待ってるって」

 スコールは黙った。

 時間圧縮の世界。

 自分がどこにいるのかも分からなくなった、あの場所。

 何も見えなかった。

 何も聞こえなかった。

 自分が誰なのかさえ、分からなくなりかけた。

 だが、リノアは見つけてくれた。

 何もない世界の中で。

 自分を。

「……覚えてる」

 スコールが答えた。

 リノアは微笑んだ。

「よかった」

 その時。

 夜空を、一筋の光が横切った。

「あっ!」

 リノアが声を上げた。

「流れ星!」

 指をさす。

「見た!?」

「……ああ」

 スコールは空を見上げた。

 光は、すぐに消えた。

 だが、その軌跡が目に焼きついていた。

「……願い事、した?」

 リノアが尋ねた。

「……いや」

「えー!」

 リノアが頬を膨らませる。

「もったいない!」

「……急だったからな」

「じゃあ、次に流れたらね!」

 スコールは小さく笑った。

「……分かった」

 リノアは、その笑顔を見つめた。

 少し驚いたような顔をする。

「……スコール」

「……何だ?」

「今、笑った?」

「……別に」

「笑ったよね?」

「……さあな」

 リノアが笑う。

「もう!」

 そして、スコールの隣へ近づいた。

 夜風が、二人の間を吹き抜ける。

 遠くから、パーティーの音楽が聞こえていた。

 スコールは、リノアを見た。

 リノアも、スコールを見た。

 言葉はなかった。

 だが、それで十分だった。

 どちらからともなく、二人は近づいた。

 スコールが腕を伸ばす。

 リノアが、その胸へ身体を預けた。

 抱きしめ合う。

 そして。

 静かに、口づけを交わした。

 夜空には、無数の星が輝いていた。

 アーヴァインはカメラを構えたまま、少しだけ笑った。

「……やれやれ」

 小さく呟く。

「ようやく、って感じかな」

 カメラを下ろす。

 二人の時間を邪魔するつもりはなかった。

 アンジェロが、足元で小さく鳴いた。

「……しーっ」

 アーヴァインは人差し指を口元へ当てた。

「今は、そっとしておこう」

 アンジェロは尻尾を振った。

 アーヴァインは、静かに会場へ戻っていった。

 夜空には、大きな月が浮かんでいた。

 その月を背景に、バラムガーデンがゆっくりと進んでいく。

 戦いを終えた若者たちを乗せて。

 新しい明日へ向かって。

 

 そして。

 もう一つの世界。

 

 エスタ大統領官邸。

「……月の涙?」

 ラグナは机の上に広げられた報告書を見つめた。

 向かいにはキロスとウォード。

 窓から差し込む午後の日差しが、大統領室を明るく照らしている。

「ああ。そろそろ次の発生時期らしい」

 キロスが答えた。

「観測施設から報告が届いたよ」

「……もうそんな時期か」

 ラグナは椅子にもたれかかった。

 月の涙。

 月の表面に集まった大量のモンスターが、地上へ降り注ぐ現象。

 それ自体は、決して珍しいものではない。

 長い年月の中で繰り返し発生してきた、自然現象の一つだった。

 もっとも、降ってくるものが大量のモンスターである以上、被害は自然災害などという言葉では片づけられない。

 エスタでは、過去の観測記録と月のモンスターの動向をもとに、発生時期や落下地点の予測を続けていた。

「今回は、どの辺りだ?」

「エスタ大陸の南東部」

 キロスが地図を広げた。

 大陸南東の沿岸地域に、赤い印がつけられている。

「観測結果では、この一帯に落ちる可能性が高いそうだ」

「……南東部か」

 ラグナは地図を覗き込んだ。

「人は?」

「周辺の居住区には避難準備を指示してある。落下予測地点に近い施設も、順次閉鎖する予定だよ」

「よし」

 ラグナは頷いた。

「避難は早めにな。予測が外れたって、何も起きなきゃそれでいいんだから」

「そのつもりさ」

 キロスは別の書類を差し出した。

「それと、落下後のモンスター掃討についてなんだけど」

「おう」

「エスタ軍だけでは、対応が難しい種類のモンスターが現れる可能性がある」

 ラグナの表情が少し引き締まった。

「……強いやつが来るってことか?」

「そういうこと」

 キロスは頷いた。

「だから、バラムガーデンへSeeDの派遣を要請しようと思っている」

「SeeDか!」

 ラグナの顔が明るくなった。

「いいじゃねえか!」

 キロスは報告書をめくった。

「特に、戦闘能力に優れた二人の支援を希望している」

「……二人?」

「スコール・レオンハートと、サイファー・アルマシー」

 ラグナは目を丸くした。

「……おお!」

 そして、勢いよく立ち上がった。

「スコールとサイファーか!」

「うん」

「そりゃ心強いな!」

 ラグナは嬉しそうに笑った。

「二人とも腕は確かだしな!」

 キロスが頷く。

「スコールは任務遂行能力が高い。サイファーも、戦闘に関しては優秀なSeeDだ。二人が揃えば、かなりの戦力になると思う」

「そうだな、そうだな!」

 ラグナは何度も頷いた。

 そして、ふと何かを思いついたように動きを止めた。

「……ん?」

 キロスが顔を上げる。

「どうしたの?」

 ラグナは、ゆっくりと笑った。

「……待てよ」

「……ラグナ?」

「スコールとサイファーだろ?」

「そうだが」

「二人ともガンブレード使いだよな?」

「……そうだな」

 ラグナは胸を張った。

「だったら、もう一人いた方がいいんじゃねえか?」

 キロスは黙った。

 ウォードも、ゆっくりとラグナを見た。

「……ラグナ」

「何だ?」

「まさかとは思うが」

 ラグナは満面の笑みを浮かべた。

「俺も地点に!」

「却下」

 即答だった。

「早えよ!」

 ラグナが叫ぶ。

「まだ最後まで言ってねえだろ!」

「最後まで聞く必要がない」

 キロスは平然と答えた。

「大統領が自分からモンスターの群れへ飛び込んでどうする」

「いやいや、俺だって昔は結構戦えたんだぞ!」

「知ってる」

「それに、今はガンブレードだって使えるんだ!」

 キロスの眉が動いた。

「……ガンブレード?」

「おう!」

 ラグナは得意げに笑った。

「実はな、取り寄せてあるんだ!」

「……何を?」

「だから、ガンブレード!」

 ラグナは大統領室の奥へ歩いていった。

 棚の陰に置かれていた細長いケースを引っ張り出す。

「じゃーん!」

 蓋を開けた。

 中には、一本のガンブレードが収められていた。

 スコールのものとも、サイファーのものとも違う。

 装飾を抑えた、実用性重視の造りだった。

「どうだ!」

 ラグナは嬉しそうに取り出した。

「エスタの技術者に頼んで、俺用に調整してもらったんだ!」

 キロスは額を押さえた。

「……いつの間に」

「この前!」

「そんな報告、聞いてないが」

「そりゃ言ってねえからな!」

「……なるほど」

 キロスは深く息を吐いた。

 ウォードが無言で首を振る。

 ラグナは気にせずガンブレードを構えた。

「見ろよ!」

 軽く刃を振る。

 そして、銃撃機構の引き金に指をかけた。

「これなら俺も、スコールたちと一緒に戦える!」

「ラグナ、室内で振り回すな」

「大丈夫だって!」

 ラグナは笑った。

「昔の俺とは違うんだぞ!」

 キロスが腕を組む。

「……何が?」

「ガンブレードを使える!」

「それ以外は?」

「……え?」

「それ以外」

 ラグナは少し考えた。

「……大統領?」

「そうだね」

 キロスが頷いた。

「だから駄目だ」

「何でだよ!」

 ラグナは不満そうに言った。

「せっかく三人揃うんだぞ!」

「……三人?」

「そう!」

 ラグナはガンブレードを肩へ担いだ。

「スコール! サイファー! そして俺!」

 片手を高く掲げる。

「ガンブレード三銃士!」

 大統領室が静まり返った。

 キロスは、しばらくラグナを見つめていた。

 ウォードも動かない。

「……どうだ!」

 ラグナは得意げだった。

「なかなかいい響きだろ!」

「……三銃士って」

 キロスが呟いた。

「ガンブレードは剣なのか銃なのか、どっちだ?」

「細かいこと気にすんなよ!」

「二人が喜ぶとは思えないが」

「何でだよ!」

 ラグナは真剣な顔になった。

「スコールなんか、きっと喜ぶぞ!」

「……本気か?」

「おう!」

 キロスは少し考えた。

「『……何を考えてるんだ』」

 スコールの口調を真似た。

 ラグナが固まる。

「……あ」

「たぶん、最初にこう言うだろう」

「……いや、でも」

「サイファーなら『足手まといになるなよ、おっさん』だな」

「…………」

 ラグナはガンブレードを下ろした。

 少しだけ考える。

 そして、笑った。

「……それはそれで楽しそうじゃねえか!」

 キロスは天井を仰いだ。

「駄目だ。全然通じない」

 ウォードが大きく頷いた。

「おいおい、二人とも!」

 ラグナは慌てて言った。

「俺だって、あいつらに負けないくらい……」

 言いかけて、ガンブレードを構え直す。

「ほら、こうやって!」

 勢いよく踏み込んだ。

 だが。

「……あっ」

 右脚に、嫌な感覚が走った。

 ラグナの表情が変わる。

「……いっ!」

 その場で動きが止まった。

「……いててて!」

 慌ててガンブレードを下ろす。

 右脚を押さえた。

「……くそっ、またかよ!」

 キロスは無言で見つめていた。

 ウォードも、無言だった。

 数秒後。

「……ラグナくん」

 キロスが口を開く。

「何だよ」

「今ので決定だ」

「……何が?」

「絶対に連れていかない」

「何でだよ!」

「ガンブレードを一振りしただけで脚をつる大統領を、月の涙の落下地点へ送り込めると思うか?」

「今のはたまたまだって!」

「うん。たまたまだ」

 キロスは微笑んだ。

「だから、大統領室でおとなしく」

「いやいや!」

 ラグナは慌ててガンブレードを持ち直した。

「ちゃんと準備運動すれば大丈夫だって!」

 キロスはウォードへ目を向けた。

 ウォードが頷く。

 そして、ラグナへ近づいた。

「……ん?」

 ラグナが振り返る。

「おい、ウォード?」

 大きな手が、ラグナの肩を掴んだ。

「……ちょっと待て」

 キロスがガンブレードを取り上げる。

「これは預かっておく」

「おい!」

 ウォードがラグナを椅子へ座らせた。

「いや、だから!」

 机の上には、山のような書類が積まれている。

 キロスは、その一番上へ新しい報告書を置いた。

「避難計画の承認」

 さらに一枚。

「軍の配置計画」

 もう一枚。

「SeeDへの正式な派遣依頼」

 ラグナは書類の山を見つめた。

「……なあ」

「何?」

「俺が現場へ行った方が、早くないか?」

「全然」

 キロスは即答した。

 ウォードが扉へ向かう。

「……おい?」

 ラグナが顔を上げた。

 ウォードが扉を開ける。

 キロスも後に続いた。

「それじゃ、ラグナ」

「……ん?」

「仕事、頑張って」

「ちょっと待て!」

 扉が閉まった。

 続いて、鍵のかかる音がした。

「……え?」

 ラグナは扉を見つめた。

 ゆっくりと立ち上がる。

 扉へ近づく。

 取っ手を回す。

 開かない。

「……おい」

 もう一度回す。

 やはり開かない。

「……キロス?」

 返事はなかった。

「ウォード?」

 静かだった。

 そして。

「おーい! 閉じ込めることねえだろー!」

 ラグナの叫び声が、大統領官邸に響いた。

 廊下では、キロスが肩を竦めていた。

「……まったく」

 ウォードが小さく笑う。

「ガンブレード三銃士、だって」

 キロスは苦笑した。

「スコールとサイファーに聞かせたい」

 その時、廊下の向こうからエルオーネが歩いてきた。

「……どうしたの?」

 大統領室から、ラグナの声が聞こえる。

「おーい! 誰か開けてくれー!」

 エルオーネは目を丸くした。

「……ラグナおじちゃん?」

「月の涙の対応に、自分も出撃するって言い出して」

 キロスが説明した。

「ガンブレードまで用意してたんだ」

 エルオーネは、少し驚いたように瞬きをした。

 そして、笑い出した。

「……ふふっ」

 肩が震える。

「相変わらずだね」

「本当に」

 キロスも笑った。

 ウォードが頷く。

 大統領室の中から、まだ声が聞こえていた。

「おーい! 聞こえてるんだろー!」

 エルオーネは扉を見た。

 そして、少しだけ声を張った。

「ラグナおじちゃん!」

『おっ! エルオーネか!』

「ちゃんとお仕事終わったら、開けてもらえると思うよ!」

『ええっ!?』

 エルオーネは笑った。

 キロスも、堪えきれずに吹き出した。

 ウォードの肩が揺れている。

『……分かったよ! やりゃいいんだろ、やりゃ!』

 やがて、大統領室の中から椅子を引く音が聞こえた。

 続いて、書類をめくる音。

『……うわ、何だよこの量!』

 キロスが満足そうに頷いた。

「俺たちも準備しよう」

 ウォードが頷く。

 エルオーネは窓の外へ目を向けた。

 青い空。

 遠くに広がるエスタの街並み。

 そして、その向こうには、バラムガーデンがある。

 スコール。

 サイファー。

 仲間たちとともに、新しい任務へ向かう二人。

 かつて、未来から来たスコールたちと出会い、世界の危機を乗り越えた。

 だが、それで彼らの戦いが終わったわけではない。

 これからも、さまざまな任務が待っている。

 危険なモンスター。

 新しい出会い。

 予想もしない出来事。

 それでも、きっと大丈夫だ。

 エルオーネは微笑んだ。

(……今度は、みんなが自分の時間を生きていくんだね)

 大統領室から、再び声が響いた。

『なあ、キロス! せめて三銃士の名前だけでも、派遣部隊につけないか!?』

「却下!」

 廊下から即答が返る。

『くそーっ!』

 エルオーネが笑った。

 ウォードも、声を出さずに笑っていた。

 キロスは小さく息を吐く。

「……本当に、変わらないね」

 だが、その表情は穏やかだった。

 時間圧縮という未曾有の危機を乗り越えても。

 過去と未来の人々が、それぞれの世界へ戻っても。

 ラグナはラグナのままだった。

 そして、スコールたちもまた、自分たちの道を歩いていく。

 空には、白い雲がゆっくりと流れていた。

 月の涙が訪れれば、また戦いが始まるだろう。

 だが、それは世界の終わりではない。

 これから続いていく、数えきれない日々の一つだった。

 エルオーネは、もう一度空を見上げた。

 それぞれの世界で。

 それぞれの時間を。

 彼らは、これからも生きていく。

 そして、物語は続いていく。

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