FINAL FANTASY VIII 父さんは、息子の青春を知らない 作:Kurumimogomogo
三人が目を覚ましたのは、列車が海底トンネルを抜けてしばらくしてからだった。
「……っ!」
最初に身体を起こしたのはサイファーだった。
ソファから勢いよく立ち上がり、周囲を見回す。
「ここは……列車か」
「ふわぁ……」
セルフィが目をこすった。
「なんか、すっごく長い夢見てた気がする~」
「オレも……って、あれ?」
ゼルが固まる。
三人の視線がぶつかった。
「……おまえら」
サイファーが眉を寄せる。
「もしかして、ガルバディア兵の夢を見たか?」
「見た!」
「オレもだ!」
「…………」
一人だけ起きたままだったラグナは、窓際から三人を見ていた。
(嫌な予感しかしないんだけど)
サイファーが口を開く。
「ラグナって男と、キロスとウォード」
ラグナの眉がわずかに動いた。
「ティンバーで道に迷って、デリングシティまで戻った」
「そうそう!」
セルフィが身を乗り出す。
「ラグナ様、ず~っとジュリアさんのこと気にしてたよね~」
「ラグナ様?」
「だって面白かったんだもん」
「面白いって……」
ラグナは額を押さえた。
間違いない。ただの夢ではない。自分の過去だ。
(……エルオーネか?)
真っ先に浮かんだのは、あの子だった。
人の意識を過去へ送り込む力。
今の自分がスコールの身体でこの時代にいることにも、未来のエルオーネが関わっている。
今回もそうだと考えれば、三人が同時に眠ったことには説明がつく。
だが。
(なんで俺には何もなかったんだ?)
三人が眠っている間も、ラグナはずっと起きていた。
眠気すらなかった。
すでにエルオーネの力でこの時代へ送られているからなのか。
スコールの身体に入っているからなのか。
それとも、まったく別の理由なのか。
分からない。
「おい、スコール」
サイファーに呼ばれ、ラグナは顔を上げた。
「なんだ?」
「俺たちがぶっ倒れてる間、何かあったか?」
「いや。急に三人とも眠った。それだけだ」
「三人同時に?」
「ああ」
ゼルが腕をさする。
「気味悪いな……。しかも同じ夢だぜ?」
「夢って感じじゃなかったよ~」
セルフィが首を傾げる。
「なんていうのかな。本当にそこにいた感じ。あたし、キロスって人のところにいたみたい」
「オレもだ」
ゼルが自分の身体を確かめるように腕を見る。
「ウォードって奴の身体の中にいたような……。自分で動いてるわけじゃねえのに、あいつが見てるものは見えるし、聞いてるものも聞こえるんだ」
サイファーが眉を寄せた。
「俺はラグナだった」
「ラグナ?」
「ああ」
サイファーは自分の手を見る。
「身体は勝手に動く。喋るのも俺じゃねえ。だが、ラグナが見てるものも聞いてるものも分かった」
そこで、さらに顔をしかめる。
「考えてることまで頭に流れ込んできた」
「…………」
ラグナは何とも言えない顔になった。
(よりによってサイファーかよ)
これで整理できた。
サイファーは自分。セルフィはキロス。ゼルはウォード。
三人は同じ時間、同じ場所を、それぞれ別の人間の側から体験している。
しかもサイファーだけは、ラグナ自身の内側にいた。
(どこまで見られたんだ、俺……)
セルフィが楽しそうに笑った。
「でもラグナ様、面白かったよね~。ジュリアさん見てる時なんて、すっごく分かりやすかった!」
「確かにな」
ゼルも笑う。
「ウォードもキロスと顔見合わせてたもんな」
「…………」
ラグナは窓の外へ顔を向けた。
(キロス、ウォード。おまえら、そんな目で俺を見てたのか)
過去の仲間にまで今さら腹が立ってきた。
セルフィがサイファーを見る。
「ねえねえ。それでジュリアさんに呼ばれた後は?」
「……あ?」
「あたしたち、そこから先は知らないんだけど」
ゼルも振り向く。
「そういやそうだな。ラグナだけ部屋に呼ばれてたよな」
「俺に聞くな」
「だってサイファーだけラグナだったんでしょ?」
「…………」
サイファーが露骨に嫌そうな顔をした。
「部屋に行った」
「やっぱり!」
「それで?」
「知らねえ」
「知ってるでしょ~!」
「うるせえ!」
ラグナの顔が引きつる。
(待て待て待て)
キロスとウォードが知っているのは、ジュリアに声をかけられたところまで。
その後のことは知らない。
だがサイファーは違う。
ジュリアの部屋で二人きりになったこと。
兵士を辞めてジャーナリストになりたいと話したこと。
ティンバーマニアックスに自分の文章が載ったこと。
あの夜、自分が何を考えていたのかまで。
(俺とジュリアしか知らなかった話を、サイファーが知ってるのか……)
頭が痛くなってきた。
サイファーがちらりとラグナを見る。
「……なんだ、その顔」
「いや?」
「さっきから妙にこの話を嫌がってねえか?」
「人の恋愛話を面白がるのは趣味が悪いなと思って」
「おまえに関係ねえだろ」
「そうだな」
ラグナは即答した。
(ものすごく関係あるけどな)
サイファーは怪訝そうにしたものの、それ以上は追及しなかった。
「それより妙なのは、そこじゃねえ」
サイファーの声から冗談めいた空気が消えた。
「俺たち三人が同時に同じ場所へ飛ばされた。それなのに、おまえだけ何ともなかった」
「ああ」
「変じゃねえか?」
「変だよ」
ラグナは即答した。
「だから俺にも分からない」
「本当に何もなかったのか?」
「何も。おまえらが突然寝て、しばらくしたら起きた。それだけ」
サイファーはしばらくラグナを見つめる。
探るような目だった。
ラグナは視線を逸らさなかった。
エルオーネの名前を出すつもりはない。
今ここで話したところで、説明できないことの方が多すぎる。
何より。
(俺自身が、なんで影響を受けなかったのか分かってないんだ)
そんな状態で半端な情報だけ与えても混乱させるだけだ。
「……まあいい」
意外にも、サイファーは引いた。
「ガーデンに戻ったら報告するぞ」
「ああ。それがいい」
「催眠ガスとかじゃねえよな?」
ゼルが周囲を見回す。
「だったらスコールも寝てるでしょ~?」
セルフィが荷物を確認する。
「何か盗られたりもしてないみたい」
「外から何かされた様子もなかった」
ラグナは答えながら、もう一度考える。
(エル……おまえなのか?)
答えは返ってこない。
「でもさ」
ゼルが言った。
「なんだ?」
「ラグナって奴、今どうしてんだろうな」
「…………」
本人は目の前にいる。
ラグナは真顔を保った。
「さあな」
「生きてたら、結構いい歳だよな?」
「そうだな」
「まだ兵士なのかな~?」
セルフィが楽しそうに言う。
「…………どうだろうな」
(エスタの大統領になったよ)
言えるわけがない。
しかもその大統領本人が今、息子の身体に入って初任務へ向かっている。
(改めて考えると、とんでもない状況だな、これ)
「あっ、街!」
セルフィが窓の外を指差した。
景色が変わっていた。
建物が増え、線路が幾重にも分岐している。
列車が速度を落とし始める。
『次の停車駅は~ティンバー~ティンバーです』
車内アナウンスが響いた。
ラグナは立ち上がった。
「この話は後だ。まず任務を優先する」
「まあ、そうだな」
サイファーも立つ。
「初任務で夢の研究してました、じゃ話にならねえ」
「うん!」
列車がホームへ滑り込んだ。
扉が開く。
懐かしい空気が流れ込んできた。
「…………」
ラグナは一瞬だけ足を止める。
(ティンバーか)
自分がガルバディア兵だった頃にも訪れた街。
あれから十七年。
今度はSeeDとして降り立つことになるとは、当時の自分なら笑い飛ばしただろう。
「スコール?」
セルフィが振り返る。
「行かないの?」
「ああ。行くよ」
ラグナはホームへ降りた。
一人の青年が、落ち着きなく辺りを見回していた。
四人を見つけると、小走りで近づいてくる。
「いや~。ティンバーの森も変わったッスよね」
合言葉。
ラグナは答える。
「まだフクロウはいますよ」
青年の表情が明るくなった。
「ようこそティンバーへ……ッス! ついてきてくださいッス!」
ワッツと名乗った青年についていくと、停車していた別の列車へ案内された。
レジスタンスの拠点そのものが列車になっているらしい。
(小規模だな)
ラグナは車両を見回す。
(でも、十七年も占領されてる街で抵抗を続けてるんだ。それだけでも簡単なことじゃない)
車内へ入る。
そこにいた男が立ち上がった。
「あんたたちがSeeDか」
「ああ」
ラグナは一歩前に出た。
「俺が班長のスコール。ゼル、セルフィ、それからサイファーだ」
「よろしくな。俺が森のフクロウのリーダー、ゾーンだ」
ゾーンは四人を見回した。
「それじゃ、あとはウチの姫さまか」
「お姫さまはお昼寝タイムっス」
「しょうがねえなあ。悪いんだけどスコールさあ、呼んできてくれないか? 一番奥の部屋だ」
「…………」
ラグナは少し考えた。
「それは任務に関係あるのか?」
「え?」
「俺たちは雑用のために派遣されたわけじゃない。必要な指示なら従う。でも、そうじゃないなら自分たちでやってくれ」
サイファーが口元だけで笑った。
「言うじゃねえか」
(だってこれ、絶対おまえにナメられるなって言われるやつだろ)
「イテテテテ……」
突然ゾーンが腹を押さえた。
「は、腹が……」
「作戦説明の準備するッス!」
ワッツが慌てて動き始める。
セルフィがラグナの袖を引いた。
「スコール、なかなかいい感じぃ」
「ほんと?」
「班長っぽい」
「そうか?」
「ナメられたら終わりだもんね~」
ゼルも頷く。
「頼りない連中だよなあ」
「おまえが言うな」
「なんでだよ!」
結局、ラグナが奥の部屋へ向かうことになった。
扉をノックする。
「入っていいか?」
「は~い」
扉を開ける。
ベッドに腰掛けていた少女が振り返った。
目が合う。
「あっ!」
「……あ」
ラグナも思わず声を漏らした。
就任パーティーで踊った少女だった。
「あなた、あの時の! ほら、パーティー会場で踊った……。じゃあ、もしかしてあなたがSeeDなの!?」
「ああ。俺が班長のスコールだ。あと三人来てる」
「やった~! SeeDが来てくれた~!」
「そんなに喜ぶことか?」
「喜ぶよ! ず~っとガーデンに依頼してたけど全然来てくれなかったんだから。直接シドさんに依頼して良かった~!」
「……パーティーで捜してた知り合いって、学園長だったのか」
「うん。それでね」
少女がふと思い出したように尋ねた。
「サイファー、知ってる?」
「知ってるも何も」
ラグナは親指で後ろを示した。
「来てるぞ」
「え?」
「今回の任務のメンバーだ」
「ええっ!?」
少女は勢いよく立ち上がった。
「サイファー、SeeDになれたの!?」
「ああ」
「うそ!」
「なんで俺が嘘つくんだよ」
その時。
「聞こえてるぞ」
扉の向こうから声がした。
サイファーが腕を組んで立っていた。
「人を不合格前提で話すんじゃねえ」
「サイファー!」
少女の顔がぱっと明るくなる。
「久しぶり!」
「……元気そうだな、リノア」
「そっちもね」
(リノア、か)
ようやく名前を知った。
リノアはラグナを見る。
「あ、そうだ。まだ名乗ってなかったよね。リノア。リノア・ハーティリー」
「よろしく」
「うん。よろしく、スコール」
そして再びサイファーを見る。
「でも本当にSeeDになったんだ」
「これが証だ」
サイファーは懐から認定証を見せる。
「悪いか」
「悪くないよ。ちょっと意外だっただけ」
「相変わらず一言多い女だな」
「サイファーもね」
ラグナは二人を見比べた。
(なるほど)
遠慮がない。
でも、険悪というわけでもない。
以前からかなり親しいのだろう。
(サイファーとリノアは、こういう感じだったのか)
未来でラグナが知っているリノアは、スコールの隣にいる。
そしてスコールが、あれほど大切にした少女だ。
宇宙まで追いかけ、世界を敵に回してでも取り戻そうとした。
そのリノアが、今はサイファーとこんなふうに笑っている。
(……なんか変な感じだな)
息子の恋愛事情を過去から覗いているようで、妙に落ち着かない。
(いや、スコール本人じゃない俺が考えることじゃないんだけど)
そう思っても、どうしても父親の目になってしまう。
リノアがこちらを見る。
「そういえば」
悪戯っぽく笑う。
「SeeDってダンスも習うの?」
「ダンスはどうだろう?」
「習わねえな」
ラグナはサイファーに確認する。
「かなりいい感じだったよ」
「……そう?」
「そうだよ」
ラグナは少し困って視線を逸らした。
(スコール、おまえ、この子とあんなことになるんだぞ)
当然、身体の主から返事はない。
サイファーが鼻で笑った。
「何だよ」
「別に」
「今笑っただろ」
「気のせいだ」
「サイファー」
リノアが腰に手を当てる。
「スコールいじめない」
「誰がいじめてんだ」
「はいはい。じゃ、作戦会議行こ!」
リノアは部屋を出ようとして、振り返った。
「あ、紹介しとくね」
そこには犬がいた。
「わたしのパートナー。アンジェロ!」
サイファーが固まった。
「…………俺はそいつとはよろしくしない」
アンジェロが尻尾を振る。
サイファーが一歩下がる。
「サイファー?」
「なんだ」
「いや」
「何だよ」
「別に」
「その顔やめろ」
リノアがうんうんと頷く。
「サイファー、犬苦手だったね」
「苦手じゃねえ」
即答だった。
アンジェロが一歩近づく。
サイファーも一歩下がった。
「…………」
「…………」
「苦手じゃねえ」
「誰も二回聞いてないぞ」
「黙れ、スコール」
(こいつ、こんな分かりやすい弱点あったのか)
ラグナは笑いを堪えながら作戦室へ戻った。
机には、列車の模型が並べられていた。
ゾーンが胸を張る。
「はっきり言って今回の計画はかなり本格派だ」
ワッツが続ける。
「ガルバディアの超VIPがティンバーに来るって情報を手に入れたッス!」
「その名もビンザー・デリング大統領!」
「…………」
ラグナの表情がわずかに変わった。
(デリング)
その名前は嫌でも知っている。
自分がガルバディア兵だった時代から権力の頂点にいる男。
そして未来の自分にとっても、決して無関係ではない人物だ。
「それで?」
サイファーが訊く。
リノアが模型を指差した。
「大統領の特別列車から大統領車両だけ切り離して、このアジト列車に繋ぐ」
「列車ごと拉致するのか」
「そう!」
サイファーが模型を見る。
「……悪くない」
「マジか?」
ゼルが驚く。
「少なくとも正面から大統領列車に突っ込むよりはな。ただし情報が正確なら、だ」
リノアの眉が動く。
「どういう意味?」
「本人かどうか、警備の人数、センサー、走行速度、切り替えポイント。どれか一つ間違ってりゃ全滅だ」
「情報ならちゃんと集めてるよ」
「なら問題ない」
(サイファー、ちゃんとSeeDやってるな)
ラグナは二人の間に入った。
「続けてくれ」
リノアは頷き、模型を使って説明を続けた。
護衛車両への飛び移り。
音声センサーと温度センサーの回避。
大統領車両の通過。
二か所での連結解除。
ダミー列車との交換。
すべてを五分以内。
「……五分!?」
ゼルが声を上げた。
「短くないか!?」
「私たちのシミュレーションなら三分!」
「おまえらと実際に走る列車じゃ違うだろ!」
「SeeDなら楽勝、楽勝~!」
セルフィが笑う。
「セルフィ、おまえどっち側だよ!」
「楽しそうな側~」
説明が終わる。
ラグナは模型を見る。
大統領車両だけ妙に歪んでいる。
「これだけ手作り?」
「…………」
リノアが固まった。
ゼルが覗き込む。
「あ、ホントだ。なんか塗り方も……」
「わざとよ!」
「まだ最後まで言ってねえ!」
「デリングへの憎しみがそうさせたの!」
サイファーが模型を持ち上げる。
「憎しみで車輪まで曲がるのか」
「返して!」
「おい、壊すなよ。作戦用だろ」
「壊してない! 最初からそうなの!」
ラグナは思わず笑った。
(……スコール)
リノアとサイファーを交互に見る。
(おまえ、結構大変なところに入っていったんだな)
昔から知る二人。
軽口を叩き合える距離にいるサイファー。
そして未来では、リノアの隣にいるのはスコールだ。
どちらがどうだった、という話ではない。
ただ。
(おまえら三人、思ってたよりずっと複雑だったんだな)
「まあ、作戦が分かればいいだろ」
「スコール!」
「俺は何も言ってないぞ」
「顔が笑ってる!」
「よし」
ラグナは誤魔化すように模型から顔を上げた。
「やろう」