FINAL FANTASY VIII 父さんは、息子の青春を知らない 作:Kurumimogomogo
作戦開始から、数十分後。
大統領専用列車が猛烈な速度で線路を走っていた。
「こっちよ、スコール!」
リノアが先頭を走る。
ラグナ、ゼル、セルフィ、サイファーが続いた。
車両の屋根へ出た瞬間、猛烈な風が身体を叩く。
「うわっ!」
ゼルが姿勢を低くした。
「思ってたより速え!」
「だから説明したでしょ!」
「模型じゃ風は吹かねえだろ!」
「文句言うな、集中しろ!」
サイファーが怒鳴る。
「はいは~い」
セルフィが笑う。
「うるせえ!」
ラグナは先頭を走りながら、思わず口元を緩めた。
(なんだかんだ、いいチームになってきたな)
ドールでは危なっかしかった。
サイファーは一人で先へ行き、ゼルはそれに反発し、セルフィは途中参加。
だが今は違う。
サイファーは周囲を見ている。
ゼルも勝手に飛び出さない。
セルフィもふざけながら、見るべきところは見ている。
(スコール。おまえ、いい仲間に恵まれてるぞ)
護衛車両が近づく。
「止まれ!」
ラグナの声で全員が止まった。
青い制服の兵士。
音声センサー。
兵士が窓から外を確認する。
全員が息を潜める。
通過。
「今!」
一斉に走る。
今度は赤い制服。
「動け!」
「ややこしいな!」
「だから説明聞いとけって言っただろ!」
「聞いてたよ!」
大統領車両を越える。
最初の連結部。
「ゼル、セルフィ、見張り!」
「了解!」
「任せて~!」
「サイファー」
「俺も残る。何かあった時に二人じゃ足りねえ」
「頼む」
ラグナはワイヤーを掴み、車体側面へ降りた。
眼下を線路が凄まじい速度で流れていく。
(これ、失敗したら死ぬな)
「スコール!」
「分かってる!」
リノアがコードを読み上げる。
ラグナが入力する。
一つ。二つ。三つ。
「スコール、護衛!」
ゼルの声。
ラグナは一気に身体を引き上げた。
兵士が通過する。
「今!」
再び降りる。
最後のコード。
解除。
轟音とともに連結器が外れた。
「成功!」
セルフィが跳ねる。
「まだ半分だ!」
ラグナたちは走った。
二回目。
残り時間が削られていく。
「あと一分!」
「分かってる!」
「スコール、次!」
「今やってる!」
最後のコード。
入力。解除。
大統領車両が切り離された。
アジト列車が加速し、その間へ滑り込む。
「やったぁぁぁ!」
リノアが両手を上げた。
「成功だ!」
ゼルも拳を突き上げる。
「いえ~い!」
セルフィとリノアが手を合わせる。
ラグナも息を吐いた。
「よし」
「まだだ」
サイファーだけが大統領車両を見る。
「大統領を確保してねえ」
「…………」
リノアが振り返る。
「サイファーって、こんな真面目だったっけ?」
「ぶっ飛ばすぞ」
「褒めてるって」
「その顔で言うな」
「おまえら、さっき俺に同じこと言ってなかったか?」
ラグナが笑う。
「行こう。ここからが本番だ」
大統領車両へ入る。
リノアが前へ出た。
「デリング大統領。無駄な抵抗をしなければ危害は加えないわ」
椅子に座っていた男が顔を上げる。
「抵抗をしたら……どうなるというのかね、お嬢さん」
「…………」
ラグナの目が細くなった。
妙だった。
(なんだ?)
姿はデリング。
声もそうなのだろう。
だが、何かがおかしい。
ラグナの手がガンブレードへ伸びる。
「リノア、下がれ」
「え?」
「スコール?」
「こいつ……」
男が笑った。
「私は大統領ではない」
身体が歪む。
「影武者という奴だ」
皮膚が腐り落ちた。
「全員、構えろ!」
ガンブレードを抜く。
戦闘は短かった。
だが、楽ではなかった。
人間だったものが異形へ変わり、狭い車内で暴れ回る。
「ゼル、右!」
「おう!」
「セルフィ、後ろ!」
「りょーかい!」
「リノア、下がりすぎるな!」
「分かってる!」
「スコール!」
サイファーの声。
ラグナが身を沈める。
頭上をハイペリオンが走り、怪物の腕を弾いた。
「助かった!」
「借り一つだ!」
「細かいな!」
ラグナのガンブレードが怪物を斬り抜ける。
やがて。
人間の姿さえ失ったモンスターが床へ崩れ落ちた。
「…………」
リノアが悔しそうに拳を握る。
「……騙された」
サイファーは死体を見下ろした。
「情報を掴んだんじゃない。掴まされたんだ」
「分かってる!」
「なら次から気をつけろ」
「サイファー!」
「責めても仕方ない」
ラグナが止めた。
「相手が一枚上だった。それだけだ」
とはいえ。
(これは痛いな)
レジスタンスに偽情報を流し、偽者を掴ませる。
ガルバディア側は森のフクロウの動きをある程度把握している可能性がある。
そこへワッツが駆け込んできた。
「情報! 情報ッス~!」
サイファーが振り返る。
「今度は大丈夫なんだろうな」
「だ、大丈夫ッス!」
ワッツが縮こまる。
「本物の大統領は放送局へ向かってるッス!」
「放送局?」
セルフィが首を傾げる。
「班長。ドールの電波塔、関係ある?」
「可能性は高いな」
ラグナは全世界への一斉放送と魔女が表に出るのかと思い出す。
ドールでガルバディア軍が再起動した電波塔。
そしてティンバーに残る、電波放送設備。
「つまり!」
ゼルが拳を掌へ打ちつけた。
「最初から大統領の目的はこっちだったってことか!」
「おそらくな」
ラグナは立ち上がった。
「放送局の状況を確認しよう」
リノアがすぐに顔を上げる。
「じゃあ今度こそ大統領を!」
「ああ。ただし突っ込むとは言ってない」
「…………」
「まず情報だ」
ラグナはワッツを見る。
「警備は?」
「すんごい数ッス! 大統領が来るってことで、街中から兵士が集まってるッス!」
「だろうな」
サイファーが腕を組む。
「こっちは大統領誘拐に失敗した直後だ。向こうも警戒してる。正面から行けば囲まれて終わりだ」
「でも!」
リノアが食い下がる。
「本物の大統領がいるんだよ? 今度こそ捕まえられたら……!」
「だからって同じ失敗を繰り返すのか?」
「サイファー」
ラグナが制した。
リノアは黙った。
視線が床へ落ちる。
「…………」
「リノア?」
セルフィが顔を覗き込む。
「……ごめん」
小さな声だった。
「わたし、また同じこと考えてた」
「同じこと?」
「SeeDがいるから、なんとかなるって」
リノアは自分の手を見る。
「列車の作戦だって、みんなが来てくれたから成功した。偽物だったけど……作戦自体はちゃんと成功したでしょ?」
「ああ」
ラグナは否定しなかった。
「だから今度もって思った。放送局に大統領がいるなら、みんなに行ってもらえば何とかなるって」
リノアはラグナを見た。
ゼル。セルフィ。そして最後にサイファーを見る。
「でも……違うよね」
サイファーは何も言わない。
「な~んか。なんか、わたし、勘違いしてた」
リノアは無理に笑おうとして、やめた。
「SeeDが来てくれたらなにもかも上手く行くと思ってた。でも、そんなに簡単じゃないよね」
「…………」
「みんなは雇われただけだもんね。仲間ってわけにはいかないよね」
ゼルが口を開く。
「いや、それは……」
だが、続かなかった。
「えっと……作戦は中止します」
ゾーンとワッツが顔を上げる。
「姫?」
「一時解散にしよう」
リノアは努めて明るく言った。
「まともに突入しても、やられちゃうよね?」
「今ある情報だけならな」
サイファーが答えた。
「……そっか」
リノアは少し俯いた。
(サイファーは容赦ないな)
ラグナは思う。
だが、突き放しているわけではないことも分かる。
むしろ逆だ。
昔からリノアを知っているからこそ、危ない時には止める。
(なるほどな)
サイファーとリノア。
二人の距離が少しずつ見えてきた。
(スコールとは全然違う)
未来で見た息子は、リノアのためなら自分から無茶をする。
宇宙へだって飛び出した。
一方のサイファーは、リノアが無茶をしようとすれば正面から止める。
(どっちも放っておけないんだろうけど)
父親として考えると。
(……どっちも心配だな)
「あのね」
リノアがぽつりと言った。
「やっぱり……子供の遊びみたいに見えちゃう?」
誰も答えない。
リノアは胸元で拳を握った。
「でも、本気なんだよ」
声が少し震えた。
「痛いくらい……本気なんだよ」
室内が静かになった。
ラグナは彼女を見る。
作戦模型を自分で作り。何度も練習し。
十七年間占領され続けているティンバーを取り戻そうとしている少女。
森のフクロウに足りないものがあるのは事実だ。
経験。情報網。戦力。組織としての規模。
気持ちだけでは埋められないものはいくらでもある。
だが。
(本気かどうかまで、他人が決めることじゃないよな)
「……だったら、なおさら焦るな」
リノアが顔を上げる。
「本気なら、一回の失敗で全部賭ける必要はないだろ」
「スコール……」
「大統領が放送局にいる。それは分かった。でも、何をするつもりなのか、兵がどれだけいるのか、逃走経路はあるのか。まだ何も分かってない」
サイファーが鼻を鳴らした。
「そういうことだ。死ぬ気と本気は別物だ」
「……サイファーに言われると、なんか腹立つ」
「なんだと?」
「だってサイファー、すぐ無茶するじゃん」
「俺のは無茶じゃねえ。判断だ」
「はいはい」
「てめえ……」
ほんの少しだけ、空気が緩んだ。
「世界の皆さん、仲良くっ! という可能性もあるよね?」
セルフィが手を上げる。
「それなら平和でいいけどな」
ゼルが苦笑する。
「わざわざドールの電波塔まで動かしてやることか?」
「世界中に『仲良くしよ~!』って言いたいのかも」
「大統領が?」
「うん!」
「ねえだろ」
サイファーが即答した。
「え~」
「…………」
ラグナだけは笑わなかった。
(何を放送するかは、知ってる)
未来。
エスタ大統領として生きていたラグナは、この放送を知っている。
デリング大統領が世界へ向けて魔女を大使として紹介したことも。
その魔女がイデアであることも。
そして、この先で何が起きるのかも。
(まさか自分が、現場にいる側になるとはな)
だが、それを説明することはできない。
「ワッツ」
「はいッス!」
「放送局周辺の情報を集められるか?」
「もちろんッス!」
「じゃあ頼む。俺たちも街へ出る」
リノアが瞬きをする。
「……作戦、中止って言ったよ?」
「ああ。だから作戦じゃない」
ラグナは答えた。
「状況を見るだけだ」
そしてリノアを見る。
「その後どうするかは、情報が揃ってから決めよう」
「……うん」
今度は少しだけ自然に笑った。
ティンバーの街へ出た瞬間、先ほどまでとは空気が変わっていることが分かった。
ガルバディア兵が増えている。
鉄道は止まり、駅の周辺にも兵士が配置されていた。
「うわ……」
セルフィが物陰から通りを見る。
「いっぱいだね~」
「大統領誘拐未遂の直後だからな」
サイファーが言う。
「警戒されて当然だ」
「偽物だったけどな」
「向こうからすれば関係ねえよ。大統領を狙ったことには変わらねえ」
「これじゃ放送局まで普通に歩いていくのは無理か」
ゼルが頭を掻く。
「いや」
ラグナは兵士たちの動きを見る。
「俺たちの顔まで割れてるとは限らない。騒ぎを起こさなければ動ける」
「制服じゃなくて良かったね~」
セルフィが自分の服を見る。
「SeeDでーす、って歩いてたら一発だもん」
「それでも目立つ奴が一人いるけどな」
ラグナが横を見る。
「誰のことだ」
「金髪でガンブレード持ってる奴」
「おまえもガンブレード持ってんだろうが」
「俺は大人しいから」
「どの口が言ってんだ」
「二人とも目立ってるよ」
リノアに言われた。
「…………」
「…………」
「ほら、行くよ」
リノアを先頭に裏道を進む。
ティンバーは彼女の街だ。
兵士が巡回しにくい細い路地も知っている。
「こっち」
リノアが角を曲がろうとする。
「待て」
サイファーが腕を掴んだ。
「次の通りに二人いる」
「じゃあ、こっち」
「そっちは?」
「放送局の近くまで行ける」
「行き止まりじゃねえだろうな」
「わたしを誰だと思ってるの?」
「列車模型の塗装が下手な奴」
「まだ言う!?」
(仲いいな、おまえら)
「しっ」
ラグナが口元に指を立てる。
全員が黙った。
すぐ近くをガルバディア兵が通過する。
足音が遠ざかった。
「……行こう」
しばらく進んだところで、街中から低い電子音が響いた。
「ん?」
ゼルが立ち止まる。
建物の壁に設置された巨大モニター。
画面に光が入る。
「あ!」
セルフィが指差した。
映し出されたのは一人の男。
「デリング……!」
リノアの表情が変わった。
今度は偽物ではない。
ビンザー・デリング。
『この電波を受け取っている世界の国民諸君。私、ガルバディア終身大統領ビンザー・デリングはここに提案する。世界中のすべての争いを終わらせる用意が我々にある』
「世界の皆さん、仲良くっ」
セルフィが小声で言う。
「当たった?」
「まだ早い」
ゼルが返す。
ラグナは黙って画面を見ていた。
(覚えてる)
あの頃。エスタ大統領官邸。
閉ざされた国の中から見た、外の世界。
十七年ぶりに復活した電波放送。
その映像に映っていたデリング。
そして。
(この後だ)
『その対話に私の代理として参加する大使を、各国指導者および国民諸君に紹介したい』
大統領が一拍置く。
『彼女は魔女……』
「魔女?」
ゼルが呟いた。
ラグナは驚かなかった。
その言葉を知っている。
その女が誰なのかも。
(イデア)
未来で聞いた話と、かつて見た放送が一本に繋がる。
だが横を見ると。
「…………」
サイファーが完全に固まっていた。
(サイファー?)
顔から血の気が引いている。
ラグナはそちらの方に違和感を覚えた。
魔女の存在を知らなかったゼルたちとは明らかに違う。
驚いているのではない。
何かを見つけてしまった顔だ。
「サイファー?」
リノアが呼ぶ。
返事がない。
「おい」
ラグナが肩へ手を伸ばす。
「触んな」
低い声。
手が止まった。
「……どうした?」
「なんでもねえ」
「なんでもない顔じゃないだろ」
「うるせえ」
(こいつ……)
ラグナは追及しなかった。
未来で聞いた話が頭をよぎる。
サイファー。魔女。騎士。
(ここか)
自分が知る歴史では、サイファーは魔女側へ行く。
だが。
今のサイファーは、正史のサイファーとは違う。
正式にSeeDになった。
ドールで仲間と最後まで任務を遂行した。
そして今も、班の一員としてここにいる。
(だったら、この先も同じとは限らない)
「近くまで行こう」
ラグナが言う。
「待て」
サイファーが止めた。
「どうした?」
「近くまで行って、それからどうする」
「状況を見る」
「どこから?」
「……正面?」
「馬鹿か」
「おい」
「見ろ」
放送局へ続く一本道。
遠目にも分かるほど兵士が配置されている。
「大統領がいるんだぞ。正面だけ見ても意味ねえ。入口、警備の人数、裏口、逃走経路。最低でもそこまで確認してからだ」
「…………」
ラグナはサイファーを見る。
「なんだよ」
「いや」
少しだけ笑った。
「成長したなと思って」
「喧嘩売ってんのか?」
「褒めてるんだよ」
「その顔で言うな」
「どんな顔だよ」
「人を馬鹿にしてる顔だ」
「気のせいだって」
「てめえ……」
「はいはい!」
リノアが二人の間に入る。
「今は喧嘩しない!」
「してねえ」
「してないよ」
「息ぴったりなのが余計むかつく!」
その時だった。
放送局の周囲が騒がしくなる。
兵士たちが走り始めた。
「……何かあった」
ゼルが身を乗り出す。
「中の兵士も動いてるぞ」
「内部でトラブルか」
サイファーの目つきが変わる。
「今なら警備が薄くなる」
「行けるかも!」
リノアが言った。
「待て」
サイファーが即座に止めた。
「だから突っ込むな」
「でも!」
「偽大統領で一回やられてんだ。何が起きてるか確かめてからだ」
リノアが口を閉じる。
「……賛成」
ラグナも頷いた。
「最初からそうしろ」
「じゃあ裏へ回ろう」
五人は人目を避けて放送局へ侵入する。
サイファーが突然、足を止める。
「…………」
「サイファー?」
ラグナも止まった。
混乱する兵士たちの間。
一人の女が歩いてくる。
黒い衣装。異様な存在感。
ラグナは知っている。
(イデア)
未来のエスタ大統領室で見た映像の中の魔女。
そして、スコールたちから聞いた「ママ先生」。
魔女の力をなくしたいとエスタに来たシドの妻。
だからラグナに驚きはない。
むしろ。
(やっぱり、ここで来るのか)
歴史を確認するような感覚だった。
だがサイファーは違った。
「…………」
顔から血の気が引いている。
イデアが足を止める。
大勢の人間がいるにもかかわらず、その視線は迷うことなくサイファーへ向いた。
「……可哀想な少年」
「!?」
サイファーがガンブレードへ手を伸ばした。
「俺に近づくな!」
「混乱している可哀想な少年。さあ、行くの? 退くの? おまえは決めなくてはならない」
「来るな!」
ガンブレードが抜かれる。
ラグナも構えた。
だが。
(違う)
サイファーは戦おうとしていない。
剣を抜いたのに、前へ出ない。
むしろ自分の中の何かから逃げるように、一歩下がっている。
「おまえの中の少年は行けと命じている。おまえの中の大人は退けと命じている。どちらが正しいのか、おまえにはわからない」
「……黙れ」
「助けが欲しいでしょう?」
「黙れ!」
「この窮地から救い出して欲しいでしょう?」
サイファーの剣先が揺れる。
イデアは静かに手を差し出した。
サイファーが求め続けたもの。
魔女の騎士。
その夢が、目の前から手を伸ばしている。
(サイファー……)
ラグナは動かなかった。
止めたい。
だが。
(ここで俺が決めちゃ駄目だ)
サイファー自身が選ばなければ意味がない。
「サイファー」
リノアが呼ぶ。
「来るな!」
サイファーが怒鳴った。
「でも……」
「いいから黙ってろ!」
リノアの足が止まる。
ラグナは二人を見る。
(リノアも、こいつのことを放っておけないんだな)
未来ではスコールの隣にいる少女。
だが今、目の前で揺れているサイファーも、彼女にとって大切な人間なのだろう。
(……父親目線で見ると、ややこしすぎるぞ、おまえら)
イデアが微笑む。
「おまえが望んでいたものを、私は知っている」
サイファーの呼吸が止まる。
「強くなりたい」
一歩。
「認められたい」
さらに一歩。
「そして、魔女の騎士になりたい」
「……てめえ」
声が掠れる。
「おまえが望んだ場所へ来なさい」
差し出された手。
サイファーのガンブレードが、ゆっくり下がる。
「おい!」
ゼルが焦る。
「サイファー、何やってんだよ!」
「うるせえ……」
「そいつについてくつもりか!?」
「うるせえっつってんだろ!」
怒鳴った拍子だった。
サイファーの上着から、小さなものが滑り落ちた。
硬質な音。
地面を跳ねる。
「…………」
SeeD認定証。
サイファーが止まった。
イデアの手。
足元の認定証。
視線が揺れる。
「サイファー……」
リノアが小さく名前を呼ぶ。
サイファーはゆっくり屈んだ。
認定証を拾う。
親指で表面をなぞった。
ラグナは何も言わない。
(それも、おまえが欲しかったものだろ)
何度も届かなかった場所。
ようやく掴んだ証。
「……悪いな」
サイファーが立ち上がる。
イデアを見る。
「俺、やっとSeeDになったんだ」
ラグナの目が僅かに見開かれた。
「それがおまえの答え?」
「ああ」
認定証を懐へ戻す。
今度は落ちないように、奥まで押し込んだ。
「ガキの頃からなりたかったもんがある」
ガンブレードを構え直す。
「けどな」
一瞬だけ、迷いが戻る。
魔女の騎士。
その言葉はまだ消えていない。
それでも。
「今はSeeDだ」
剣先がイデアへ向いた。
「任務中にフラフラ別の道へ行くほど、安売りするつもりはねえ」
「…………」
ラグナは口元が緩むのを止められなかった。
(やるじゃん)
サイファーが横目で睨む。
「何笑ってんだ」
「笑ってない」
「笑ってんだろ」
「今いいところなんだから前見ろよ」
「後で覚えてろ」
「はいはい」
「おまえら緊張感!」
ゼルが突っ込んだ。
リノアも小さく息を吐く。
どこか安心した顔だった。
ラグナはそれを横目で見る。
(スコール)
そして自分の胸元へ、ほんの一瞬だけ視線を落とす。
(おまえのライバル、思ってたより格好いいぞ)
だが。
「……SeeD?」
別の声が割り込んだ。
全員が振り返る。
護衛に囲まれたデリング大統領。
その視線は、サイファーの懐へ向いていた。
(しまった)
落とした認定証を見られた。
「なるほど。レジスタンスだけではなかったというわけか」
デリングの目が細くなる。
「SeeDが介入している。ガーデンの人間だ」
ゼルの顔色が変わる。
「お、おい! オレたちは別にガーデンから大統領を狙えって命令されたわけじゃ……!」
「ゼル!」
ラグナが止める。
遅い。
「ガーデンから来たこと自体は否定しないようだな」
「……っ」
ゼルが口を押さえた。
サイファーが舌打ちする。
「余計なこと言うんじゃねえ」
「わ、悪い……」
「所属までは割れてない」
ラグナは低く言った。
「これ以上喋るな」
バラムの名は出ていない。
だが、SeeDの関与は知られた。
デリングが兵士へ命じる。
「彼らを拘束しろ」
一斉に武器が構えられた。
「どうする、スコール?」
リノアも武器を取る。
「逃げ道を作る」
ラグナは即答した。
「大統領は諦める。全員でここを離れるぞ」
「了解!」
「おう!」
「りょーかい!」
サイファーはイデアを見たまま動かない。
「サイファー!」
「分かってる!」
一歩下がる。
そしてラグナたちの側へ戻った。
イデアが僅かに目を細める。
「……そう」
その声が、不思議なほど静かに響いた。
「今は、そちらを選ぶのね」
「悪いかよ」
「いいえ」
イデアが微笑む。
「選択は自由よ」
空気が震えた。
「っ!?」
ラグナは腕で顔を庇う。
目に見えない圧力が周囲を駆け抜ける。
兵士たちさえ動きを止めた。
「……来るぞ」
サイファーが歯を食いしばる。
ラグナもガンブレードを構える。
しかし。
イデアは攻撃しなかった。
ただサイファーを見つめていた。
「ならば行きなさい」
サイファーの眉が動く。
「次に会った時も、同じ答えを選べるかしら」
「…………」
「楽しみにしていますよ」
次の瞬間。
イデアの姿が魔力の揺らぎに呑まれた。
そして消える。
「……消えた?」
ゼルが呟く。
「考えるのは後!」
ラグナが叫んだ。
「走れ!」
五人は一斉に駆け出した。
背後から兵士たちが追ってくる。
ティンバーの街に警報が鳴り響く。
走りながら、ラグナは一瞬だけサイファーを見る。
サイファーはもう迷っていなかった。
認定証を収めた胸元を一度だけ押さえ、そのまま前を見る。
(歴史が……変わった)
ラグナは確信した。
自分の知っている歴史なら。
この場所でサイファーは魔女を選ぶ。
だが今は違う。
SeeDを選んだ。
(だったら)
ラグナはスコールのガンブレードを握り直した。
(この先も、俺の知ってる通りになるとは限らないってことだ)
ティンバーの路地へ飛び込む。
「右!」
リノアが叫ぶ。
「そっちは駅だ!」
「分かってる!」
「列車は止まってるぞ!」
「逃げるためじゃない!」
ラグナは走りながら笑った。
(さて)
未来を知っている男が一人。
その未来から外れ始めた少年が一人。
そして。
まだ何も知らないスコールの仲間たち。
(どうなるんだろうな、これ)
答えはまだ、どこにもなかった。