初登校を終え、宿舎と校舎を二度行き来した次の日、彼女と知り合った。
宿舎と校舎を行き来するには外に出る必要がある、その通り道で、俺は取り巻き達を巻いて一人歩いている時だった。
「はじめまして、……えーと、私はエミリア・ロウマスといいます!」
俺の前に現れた笑顔の素敵なお嬢さん、平民らしいが、恐らくは仲の良い貴族にスタイリングをしてもらったのだろう、貴族らしくもないが平民らしくないよい塩梅だ。
そして、こういう手合いが次に言うのはこうだ。
この純朴そうな彼女すら、その背後にいる貴族に利用されているのだから哀れなものだよ、嫌になる、俺はただ本当の友というものを知りたい、アルルリスも俺のことを心配している、アルルリス以外の友人と言うのはまだどういったものか知らない。
「セルヴァン様」
はぁ、言ってくれ、いつものように仲良くしよう、俺は有象無象の羊飼い、あるいは君たちの舞台装置だ。
俺は当たり障りのないつるりとした言葉を並べよう、君たちの聞きたい答えに聞こえるように言葉を彩ろう。
「これ、本当に言うの……はぁ……友達少ないみたいですから、私が友達になりますよ」
ん? んんん? あれ? おかしくない? そんな事王族に言っちゃう?
え、待ってくれよこの娘王族に対して“友達少ないね”って言ったの? うそ……マジで?
「あの……気に障りました?」
逆に触らないと思ったほうが凄いよね!?
いや落ちつけセルヴァン、お前の王族としての振る舞いはこの程度で崩れない、相手は奇をてらってモノを言っているだけに過ぎない、無礼ではあるが魔法学校では立場などあってないようなものだ。
王国が決めたルールだ、それを王族だからと破るわけには行かない。
「なんでそう思ったんだ、聞かせくれないか?」
「ぴっ」
逃さない様に宿舎の壁際へ追い詰めて、
彼女の頬は赤らむが、その理由は明白だ、俺が怖いのだろう、そうだろう、如何なる法も権力も王族の前には無力だから。
「え、えっと、この3日見てましたけど……誰一人顔を見て話してなかったなぁ……って!」
「……ふむ、続けろ」
「ほわ……えと、あと、会話が最低限で効率が良すぎるなぁって……皆が友達だよってタイプかと思ってましたけど……皆同じなら、友人ではないです、よね? 私、セルヴァン様と友達になりたくて! やっぱりちょっと失礼過ぎること言いましたよね! ごめんなさい! 今すぐ逃げたいです!」
俺の欺瞞を見抜かれた、この娘が見抜いた? いや……そうか、俺の心が自然に現れてしまったんだな、そしてそれを見て彼女は友人が少ないと思って、わざわざ現れたと……それも、含むところがない好意だけで。
ふと、アルルリスの言葉が脳裏に浮かぶ。
“ふざけた出会いをした方が、友情は長い”
ああその通りかもな、アルルリスの言う通り、王族に友達が少ないなんて言い出す女性はふざけた奴に決まってる、王族であることを一切見てない、俺という人間を見た言葉なんだ、だからこそ、有象無象とは違うんだと分かる、それが本心だと分かるから。
まさか、こんな、こんな簡単に俺の心が絆されるなんて、ふざけた出会いなんて、なんて……素晴らしい。
「セルヴァン様、っていつも明るいですけど、悩むとかなり思い詰めた顔になるんですね、それでもいつもの笑顔より明るく見えますよ」
「ふ……ふふ……そうだな、こんな分かりやすい顔をしたのは何時ぶりか」
俺は壁から手を離して、彼女の肩を優しく払った、そして改めて手を差し出す、少し、いやかなり俺としては緊張する。
「俺の名前はセルヴァン・ガウト・ヴァンハルト、気軽にセルヴァンで良い」
「あ、えっと、はい! よろしくお願いします! エミーと! ぜひ呼んでください!」
今日この日、俺は、新しい友人を得た。
◆
青春確認! よし!
エミリアとセルヴァンがキャッキャウフフしてる所をしっかりと影から確認している俺はエラインである。
3日使って準備した甲斐がある、見事一撃で友人枠を勝ち取ったエミリアさんに、ぜひ大きな拍手を。
俺が用意した台本やスタイリストは良い仕事をしたと思う、俺はエミリアがセルヴァンとくっついて嬉しい、エミリアはセルヴァンと友達になって嬉しい、セルヴァンは友達ができて嬉しい。
いやぁ、3方良し!
「なるほど、コソコソしていのは……これが理由ね」
「そうなんだよそうな…………な、なななななな!?」
マイアミリア、彼女が、彼女が背中に乗っている、いきなり体重が乗ったことで壁の影から飛び出そうになったのをこらえて押し返す。
くっ……結構胸あるな……違う! こんな感想はいらねぇ!
「何しに来たんですか……?」
「まさかセルヴァン王子にあんな玩具をくっつけて自分は逃げようだなんて……ね? そんな都合の良い話、ないわよね?」
なに! エミリアは主人公だぞ! 本来彼女が得られる幸福を俺は渡しているだけに過ぎないのだ! というか世界の終わりから離そうとしているだけなのだよ!
「何を考えているか分からないけど、セルヴァン王子は唯一貴女に釣り合う存在、いずれ国を背負いすべ手を貴女へ捧げるための存在よ」
「それ、要は俺が傾国してない?」
「でなればならないのよ」
ひえ……狂信者じゃん、なんでこんな狂ってるの? やっぱり悪魔と影から操ってない? 悪魔がいる世界観ではないのが分かっている分辛い! 真っ当に狂ってるのが分かって辛い!
不意に背中の重さが消える、猛烈な悪寒から彼女へ手を伸ばすが、それが魔法によって阻まれる、『灼熱魔法』それが彼女の魔法だ、1秒に満たない時間で俺は灰すら残らないだろう。
「じゃあ、セルヴァン王子が誰を選ぶか、貴女を選ぶでしょうが、それが大事なのよね? なら私はあの娘の邪魔でもしようかしらね、貴女が出れば私は引く、出なければ私は行く……ゲームをしましょう、誰が選ばれるのかね」
そう言って彼女は、マイアミリアはエミリアとセルヴァンが友人として語り合う空間へと割って入っていく。
正直こうなる事が予想出来ていたが、確率は低いと思っていた。マイアミリアにセルヴァン王子へのハニトラの気配がなかったからだ、それという存在がそれを消してしまったと考えていたが。
違う、ここれは俺がいることで余計に拗れたやつだった、マイアミリアは必要に応じてハニートラップをするし、エミリアの邪魔をする気でいる、だがそれは、俺が原因になっている。
俺が前にでなければ、ずっと俺の邪魔をし続ける俺が出れば引っ込むはずだが、今度はエミリアと俺の構図になる、どうやっても俺の天秤は求めた方に傾かないらしい。
だが、今は、マイアミリアがエミリアの友情を裂こうとしているなら、止めないといけない、セルヴァンとエミリアのゴールにこだわるつもりはないが、だが今はそんな事思わない。
準備期間にエミリアがセルヴァン王子に本気になっていると理解した今、俺は、エミリアとセルヴァンのカップリングガチ勢なんだ、エミセルを脅かすものを放っておけるか。
上手いことやったぜマイアミリア、俺の目的の為に自分で計画を壊さないといけなくなったんだからな。
加減が、ではないな、マイアミリアに見せた姿でなければ彼女は止められないだろう。
先に謝る、セルヴァン、もし俺に惚れたらお前一生独身な!
◆
異性でありながら友人と呼べる、初めての彼女に俺は、少しばかり興味を持ちすぎたようだった。
不意に背後から足音がするまで気配に気がつけなかった、暗殺を警戒するため背後に人を置かないと言うのは王族や貴族が最低限身につけるべき動き、それが疎かになっていた。
「こんにちは、セルヴァン王子」
「君は確か……マイアミリア・ハルス・ネストレス、ネストレス公爵の長女、だったか」
「覚えていただいて何より……」
同じ年齢とは思えない色香を纏う彼女の微笑み、そして所作に、俺の男の部分が否応なしに反応してしまう、訓練を積めば制御出来るが、今の、友人を得た興奮がそれを許さない。
エミリアを見る、少し警戒しているようだ、ならば友人として俺は前に出るしかない、友人以前に紳士として女性を怯えさせてはいけない。
「マイアミリア、今はこのエミーと話があったんだ、個別の話は明日でもいいか?」
「こればかりはなりません」
「“なりません”か……一体公爵令嬢はいつから王子に命令できるようになったのかな?」
語気が強まる、普段の俺ではあり得ない、だがこれを押さえつける余裕はない、以前見たマイアミリアの印象から大きく離れている、いつの間にこんな……。
この女が俺の
今までならそうだった、この目の前にいる女は、じゃあ、誰だ? 目の前の女が知っている人間には見えない。
エミリアが春の太陽のような女性なら、マイアミリアは日食のような女になっていた、何が起こるか分からないが、その秘密を、その先に何があるのか知りたくなる。
「セルヴァン王子、友人は選ぶべきですよ? 私は第二夫人という考え方、あまり好きではありませんから」
「えっ……だ、第二夫人??!!」
「エミリア、待ってくれ、俺はその気があって友人になったわけじゃ──」
そんなはず無い、俺は……エミリアとなら、と、思ってしまった。確かに友人だ、けれど、貴族と平民でその意味は大きく変わる、付き合いたい様に付き合い、別れたい様に別れる、そんな自由はこの魔法学校を出れば無くなる、単なる友人であれば貴族と平民の立場がそれを引き裂く。
だから俺は卒業まで友人としてエミリアと居られれば、俺から告白しよう、そこまで考えていた、他の男に取られたくないんだと……我ながら執着が強いな。
「本当にその子がご自分に相応しいと思いで? セルヴァン王子には、愛するべき相応しい者が居るはずです」
「それは君だとでも? 確かに今の君ならそう考えも可笑しくないな」
「いえ、まさか……ふふ、ええ、丁度、シャイな御方なのですよ……ふふ、さぁ……此方へ」
マイアミリアが手招く、それは本来にも無いはずの宿舎の影だ、日の陰りによって長い影が出来上がり、人間一人はすっぽり収まるだろう。
影が動いた。
「何者か! ……暗殺者なのか?」
俺はエミリアを背中に押し込め壁を背に己の魔法を起動しようとして、起動しようと……。
影の中に揺れるものが想像を絶するものであると直感し、脳が焼ききれそうなほど処理が重くのしかかる。
「セルヴァン・ガウト・ヴァンハルト王子殿下、お初にお目にかかります……」
無意識に体が強張る、姿は影の中にある、声だけだ、だと言うのに、体から力が抜ける、包まれ、眠気すら感じる耳心地のよい声が俺の脳をかき乱す。
「あっ……」
背後からエミリアの声がする、彼女もまた、あの声に、魔性の声にやられていた。
影から人が現れる、魔法学校の制服を着ているが、まるで別世界の衣服を着こなしているようだった。
脚から現れ、そのスラリとした肢体が、繊細な芸術品のような脆さと儚さがある手足が見える。
そして。
「私は……お父様あとで口裏合わせてくれるかな……ユーライカ・ハルト・ジュターゼン、セルヴァン王子、私とも友人に、なっていただけませんか? ……エミリアちゃんすまねぇ」
黒髪の女神が、そこにいた。
「あ、あぁ……はは……友人……いくらでもなります……ふはは……」
その神の如き微笑み、俺の全てを見据えるような目、究極の美、絵にするなど不可能だ、何かに写し取った時から彼女の美は失われる。
光を飲むような長く美しい黒髪はそれだけで息を呑むが、彼女に合わせ大胆に直線的なカットされた前髪は彼女の肌や美貌を隠すようであり、それが静謐さを醸し、神秘なのだと脳が理解した。
黒く鋭い目は整えられた細い眉、筋の通った鼻、小さくしかし赤みのある唇、薄く伸ばされた紙より透き通った白い肌。
神が全てを与えられた、美という概念を人間に与えられた、彼女は美の女神なのだ、少しでも彼女が動けば視線が吸い付く、一挙手一投足を脳裏に刻み込み、他の記憶を排除してまで彼女で頭を満たそうとする。
「セルヴァン王子」
「あっ……はい……」
喜んで膝をつこう、この身は、ああ、彼女の為にある、マイアミリア、エミリア、彼女とは違う。
大いなる宙よ、我らを見下ろす者よ、貴女なのですね。
彼女がこちらに近づく度、その香に俺は平伏する、畏れ敬い、その微笑にすら人間では価値が付けられない。
そして彼女こそ、まさに俺の、いや、国一つ捧げて──
「明日の朝、また会いましょう、これからよろしくお願いしますね。セルヴァンとエミリアがくっつくまでマイアミリアの牽制もしなきゃだし」
そう言って、彼女は俺の横を通り過ぎていく、その残り香すら神々しく、去りゆく背中すら神の芸術である。
ああ、ああ、もっと、その声で俺の名を……
「……明日?」
エミリアの声で正気に戻る。
まて、あれを明日も……まて、あれをクラスメイトの前に放ってはいけないっ! 魔性だ、なんの魔法か分からないが、この俺が抵抗できないほどの
「エミリア、セルヴァン王子、あれこそ、我ら人が愛するべきもの……ではなくて?」
「偽りを……あれは何だ」
「彼女の本性を曝け出す魔法、とだけ」
「本性、だと? あれ自体が魔法ではないと?」
俺も、エミリアも、マイアミリアも、足腰が立たなくていった、いや自然と膝をついて彼女を敬いたくなってしまった。
本性を曝け出す魔法……あれが本来の姿という解釈をするならば、彼女は一体何者なんだ、まさか女神が人へ転生したとでも言うのか。
事を神とするならば、父上なら何か知っておられるはずだが……。
「セルヴァン、明日っていつ?」
「明日は、明日だぞ、エミー」
「だ、だよね……すっごい美人だったなぁ……私も友達に……」
明日が怖いと思ったのは今日が初めてだ、俺はともかく、エミーが危ない。