nameless小説版 第1話「名もなき衛生兵」 作:ペンギンリーダー
※文章投稿サイト「note」に作者名:KMAで同名作品を投稿しています。
プロローグ
アークガーディアン作戦以降、しばらく地下に閉じこもっていた中央政府とアーク統合軍がついに地上への派兵を本格的に始めたが、目立った戦果も得られないままラプチャーとの戦いは長期化し、中央政府は慢性的な財政難に苦しめられた。さらに財政難を解消するため度重なる増税が行われ、アーク市民の間ではラプチャー戦争への厭戦ムードと中央政府に対する不満が高まる一方であった。これらを一気に解消するべく、中央政府内の強硬派が大規模な地上侵攻を主張し、決行された。後世に言う「第1次地上奪還戦争」である。
中央政府は大規模な地上侵攻を計画し、更なる戦費の確保が必要となった。そこで政府は「故郷へ帰ろう」「女神に続け」を合言葉に「Follow the Goddessキャンペーン」を打ち出し大量に戦時国債を発売した。名目上は自由意思による国債だが、購入しなければアーク市民権を制限することを示唆する等、その実態はほぼ徴税と変わらなかった。
中央政府の強烈なプロパガンダもあり、戦時国債は購入率99.1%という異常な高さを示した。
しかし第1次地上奪還戦は失敗。戦時国債が償還されることはなかった。結局アーク市民は中央政府に強制的に借金され、しかもそれを握りつぶされるという悪夢のような結果になった。
この後、中央政府内では「保守派」統合軍内部では「強硬派」と呼ばれる反NIKKE思想グループが台頭する。さらにニケフォビアの拡大、ニケ迫害、プリティー殺害、ゴッデスフォール事件を経てアーク市民間におけるNIKKE感情は非常に複雑なものとなった。そしてNIKKEへの感情は常に軍事独裁政権の維持に利用され、数々の謀略を尽くして何とかアークの支配体制は維持されていた。
戦時国債に関しては依然として継続的に販売していたが、前回の失敗から過激な購入促進運動は行うことが出来なくなった。その為、購入率は99.1%から70%前後にまで低下した。しかしアーク市民の中には戦時国債の購入を、人類への忠誠を示す尺度として捉えている者も多かった。
まして軍人や軍属においては半ば強制的に給与から戦時国債を天引きされており、完全な徴税と化していたが、形式上は本人からの申告があれば戦時国債の購入を拒否することは出来た。しかし拒否した軍人や指揮官は冷ややかな目で見られ、充分な装備や補給は期待できなかった。それでも経済的な理由などで購入を拒否する者はある程度存在した。
戦時国債を購入していない軍人は陰で「無課金指揮官」と揶揄されていた。
そんな折、ある中隊の「首席指揮官」に任命された軍人がいた。彼もまた「無課金指揮官」であった。
そんな彼が率いるのが『第8軍第8機械歩兵連隊第244中隊』。
量産型ばかりで構成された部隊。カウンターズ・アブソリュート・メティス等の特殊個体ネームドNIKKEとは無縁の「名無しの軍隊」。
彼は自分が率いる中隊に自ら「独立無課金隊」という自嘲気味な愛称を付けた。そのため彼の指揮する中隊には量産型NIKKEしか配備されていない。
通称「独立無課金隊」。その筆頭小隊である第1小隊に所属する1体の衛生兵NIKKEがいた。
彼女は名前を拒否していた。
『6月24日午前9時21分 地上 大陸南西部 旧カジノ地帯』
―かつて地上最大のカジノ地帯だった場所。
ズガガガガガッ ギンギィンギン
断続的な射撃音と金属音が私の聴覚センサーを痛めつける。
その時だった。私の脳に直接けたたましい声が聞こえ、HUDには極悪な太文字で表示が躍り始めた。
「Youのストレス値Ga異常DEEESU!!このmamaではYouが非常ni
VeryVeryDANGERな状taiに」
「メニュー。ボディ変更時の調整。戦闘ボディへ変更」
私はOSに音声指示を出す。ようやく『まともな』表示が現れた。
「⚠警告(CODE:9999)異常なストレス値の上昇を感知しました。
メニューから戦闘ボディへの切替を行っていますか?」
「はい」
「戦闘ボディへの切替を確認しました」
私は一息ついて、状況を確認した。
テトラ製iDOLLシリーズのボディにはOS対応システムに「日常」と「戦闘」がある。
「戦闘」システムで日常生活を送るとボディに負荷がかかりすぎてしまう。
しかし「日常」システムでは戦闘時の精神的ストレスに耐えられない。
もし地上に出る前に切り替えを忘れると先ほどのようにMr.マスタングの肉声が流れエンターテインメント地獄に遭う。
『checkを忘れたAWAREなGIRL達への必要な演出DEEEATH』と社長が言ったらしい、というiDOLLシリーズなら誰もが知っている都市伝説がある。
数えきれないくらい地上へ出ている私だが、今回初めて切替を忘れていた。
またしても激しい銃撃音と遮蔽物で跳弾する金属音が響く。
私の傍らでは、ナオが時々呻き声をあげて地面に横たわっている。ボディスキャンの結果、コアの活動が弱まっている可能性が高く、非常に危険な状態だ。私の装備では限界があるため、早急に野戦リペアセンターに送る必要があった。
5分前、私たちは装甲車で移動中にラプチャーに遭遇した。たった1両の装甲車では複数のラプチャーに対抗できない。隊長は即座に、全員装甲車から降りて退避するよう命じた。
しかし装甲車を運転していたナオだけが逃げ遅れた。その時、ラプチャーのロケット弾が至近距離で爆発しナオを吹き飛ばした。退避中だった私は引き返し、ナオを道路わきの崩れかけた建物の中に引きずっていった。隊長と他のメンバーはここから200mほど退避し、ラプチャーと戦闘を始めた。
私ははるか後方にいる味方の射線に入らないよう注意しながら、建物のそばに転がっているトラックに身を隠してラプチャーの様子を窺った。
やつらは次第に距離を詰めている。他のメンバーから孤立した私とナオにラプチャーが接近する。
直接見たわけではないが、恐らくナオはロケット弾の爆風をまともに受けている。ナオは私たちのようなNIKKEではなくNIKKEのボディを流用したサポートNIKKE(AIアンドロイド)だ。もともと後方支援用に製造された彼女たちが『車両運転整備特技兵』として駆り出されるほど戦力は不足しているようだ。
私は緊急医療システムにアクセスし、もう一度ナオのボディスキャンを行った。しかし結果は5分前と全く同じだった。両脚の骨格は折れていて立ち上がることは出来ない。コアの反応は弱まっているが、ボディスキャンでは原因までは分からない。
200mほど西には隊長と他のメンバーがいる。
私とナオは味方と敵の真ん中で孤立している。
そして後方からラプチャーに応射する射撃音が聞こえる。恐らくミシェルとハンナだ。
時折ミーシャの大型スナイパーライフルが轟音を響かせる。
しかし私たちの火力の中心である機関銃手のエヴリンはいま戦闘から離脱している。
戦闘開始から2分後、エヴリンの重機関銃がラプチャー1体を撃破。
しかしその直後、爆発が起きて彼女の悲鳴が聞こえた。
エヴリンの重機関銃は反動が強烈だ。負傷したまま撃ち続けられるものではない。
それ以降、重機関銃の唸るような銃声は聞こえなくなった。おそらく隊長が無理矢理にでも戦闘から離脱させたのだろう。
いつまでもトラックの後ろにいると味方の射線に入る恐れがある。私はナオのいる建物へ入った。
そもそも、私たちの第1小隊は単独行動を想定されていない。
他の小隊の助けがなければ地上の移動も難しい。しかし今回は軍の補給スケジュールの遅れから第1小隊だけの移動を余儀なくされた。恐らく特殊大隊の作戦を優先したとかそんなところだろう。単独行動は今回が初めてではなかったが、今までは幸運にもラプチャーに遭わなかっただけだ。
そしてこの辺りはエブラ粒子が異常に濃く、救援要請すらできない。
逃げることも
立ち向かうことも
助けを呼ぶことさえも
出来ない。
私たちは小隊全滅の危機に瀕していた。
私はこの小隊で働く衛生兵。
テトラ社製
量産型NIKKE iDOLL-オーシャンタイプ登録番号Tet-OCN2160-ME73S4823
名前はない。
兵器に名前は要らない。
『戦闘開始2日前 6月22日午前9時 第244中隊 駐屯地』
発 第8軍司令部
宛 第244中隊本部
6月22日0900時発令
6月23日1700時を以て第8軍第8機械歩兵連隊第244中隊の第1、第2、第3、第4の各小隊は第8駐屯地へ移動を開始し、同月24日0600時迄に同駐屯地第8エレベーター守備隊と合流せよ。
司令部から出撃命令が出たので、私は必要な医療キットを医療装備課に受け取りに行った。そして受け取った後はチェックが欠かせない。これを怠ると戦場でひどい目に遭う。
以前、未開封の抗生物質の箱になぜか感染症のワクチンが入っていたことがあるし、封を切ったばかりのガーゼがカビだらけだったこともある。新品と書かれているレーザーメスの5割はバッテリーが切れているかバッテリー自体が装着されていない。
その日は準備と装備のチェックに追われた。
翌日。
慌ただしく準備を進める私たちに、再び呼集がかけられた。
嫌な予感がした。
第2話へ続く