儒烏風亭らでんは世界を蒐集する   作:今日も元気ですマン

1 / 16
オープニング
第一話 新入り


 その掲示板は、ひどく古かった。

 

 背景は薄い灰色で、文字は小さい。画像を一枚開くのにも妙に時間がかかる。

 最近の交流サイトのように、興味のありそうな話題を勝手に並べてくれることもない。

 

『東部山岳圏・第三期土器について』

『修復材の経年変化報告』

『南岸地方の葬送用織物』

 

 そんな題名が、黙々と縦に並んでいる。

 

 利用者も多くなかった。大学の研究者、地方資料館の職員、文化財の保存修復を仕事にしている人間、発掘現場を渡り歩く作業員。

 そして、仕事でもないのに何十年も古代史を追い続けている、筋金入りの物好きたち。

 彼らのあいだでは、正式名称の《古層文化資料交換板》よりも、単に「古層板」の名で通っていた。

 

 そこに、ある日、新しい名前が現れた。

 

《RDN》

 

 最初の書き込みは、挨拶ですらなかった。

 

RDN

> 第六層出土とされていますが、この把手の接合だけ第四期後半の様式に見えます。

> 写真の角度の問題でしょうか。

> 同遺跡47区画の整理報告に近いものがありました。詳しい方いらっしゃいますか?

 

 古参から最初に返信が来た。

 

古狸@野良発掘

> 47区画まで見たのか。

> よく見つけたな。

 

 RDNはすぐに返した。

 

RDN

> あ、やっぱり似てますよね!

> でも土の色が違うので混入なのかなと思って。

> 私、この地方はそんなに詳しくないです。

 

 そこへ別の利用者が入ってくる。

 

別の利用者

> 接合技法だけなら第四期寄り。

> ただし第六層からも類例は二点ある。

 

RDN

> 二点あるんですか!

> 論文あります?

 

別の利用者

> 古い。紙媒体。

 

RDN

> 読みたいです。

 

 古狸は、そのやり取りを見ながら思った。

 

――学生だな。

 

 大学生か、せいぜい大学院に上がったばかり。細かいところを見る目はあるが、知ったかぶりをしない。

 そして何より、返事が速い。教えれば教えただけ、翌日には周辺資料まで読んで戻ってくる。

 

 数週間後、古層板に変化が起き始めた。工芸品の写真が貼られると、問いかけがあった。

 

別の利用者

> この染め、どこだと思う?

 

 それを見た別の利用者が、短く付け足した。

 

別の利用者

> RDNが好きそう。

 

 別のスレッドでは、用途の分からない酒器らしい写真に、短い一言がついた。

 

別の利用者

> 酒器っぽいけど用途不明。

 

 それに別の利用者が応じた。

 

別の利用者

> らでん呼んでこい。

 

 いつの間にか、アルファベット三文字だった名前は「らでん」と呼ばれるようになっていた。

 本人も特に訂正しなかった。

 

 らでんは何でも知っているわけではなかった。

 古代文字の画像が投稿されたときなど、誰より早くこう書き込んだ。

 

RDN

> 全然読めません!

> これ何語ですか!?

 

 古代言語を専門にしている利用者が説明を始めると、らでんは食いついた。

 

RDN

> なるほど。

> じゃあ一行目と三行目で語尾が違うのは話者が違うんですか?

 

別の利用者

> そこを見るか。

 

RDN

> 面白いですねこれ。

 

 そこから三時間、スレッドが伸びた。

 

 らでんは自分の知らないことを恥じなかった。むしろ、知らないものを見つけると嬉しそうだった。

 誰かが専門分野について長々と書き始めても「長い」とは言わない。

 

RDN

> 続きあります?

 

 と聞く。その性格が、古層板の古参たちには妙に好かれた。

 

 ある夜、書き込みがあった。

 

みずき堂

> 最近の若い方にしては珍しいですね。

> 飽きずに聞けるんですね。

 

古狸が返す。

 

古狸@野良発掘

> 年寄りかもしれんぞ。

 

 別の利用者が笑う。

 

別の利用者

> 文章が若い。

> 学部生くらいじゃないか。

 

 誰も正解を出さなかった。

 

 そのころ、画面の向こうで、らでんは椅子の上に膝を抱えて座っていた。

 机の横には学校の鞄。翌日の宿題は、まだ半分残っている。

 

 年齢、十一歳。本人は、掲示板の誰にもそれを言っていなかった。

 聞かれなかったからである。

 

---

 

 収蔵庫の整理写真を投稿したのは、地方資料館の職員のみずき堂だった。

 

みずき堂

> 収蔵庫整理中。

> 登録名「木製装飾具」。詳細不明。

> 受入簿が切り替わるよりずっと前からあるらしい。

 

 古びた収蔵写真だった。棚、箱、番号札。その中央に、黒ずんだ木製品が置かれている。

 鳥とも魚ともつかない奇妙な形だった。

 

 古参たちはそれぞれ意見を書いた。祭祀具、船飾り、家屋装飾、玩具。

 みずき堂はひとつひとつに短く礼を返しながら、どれにも決めかねているようだった。

 

 数時間後、らでんが書き込んだ。

 

RDN

> これ、装飾品じゃなくないですか?

 

 みずき堂が返した。

 

みずき堂

> どこでそう思われましたか?

 

RDN

> 下側の擦れ方です。

> 立てて飾ったならここ削れない気がします。

 

 さらに数分して、らでんの書き込みが続いた。

 

RDN

> あと、ちょっと待ってください。

 

 十分、二十分。四十分後、らでんが戻ってきた。

 

RDN

> ありました。

 

 古い地方誌のページ番号、祭りの記録、白黒写真。

 そこに、よく似た木製品を持った男が写っていた。

 

RDN

> これじゃないですか?

> 北西沿岸部の「渡り灯」っていう祭具。

> 舟を出す時に先頭の人が持つみたいです。

 

 みずき堂が応じる。

 

みずき堂

> 地域が違いますね。

> うちにある理由が分からなくなりますが。

 

RDN

> そうなんです。

> だから何でこの資料館にあるのか分からないです。

 

 そこへ古狸が入った。

 

古狸@野良発掘

> 同じ意匠の可能性は?

 

RDN

> あります。

> でも写真の右側見てください。紐通す穴の位置まで同じです。

 

 そこから、古層板総出の調査になった。

 みずき堂が収蔵庫を探し、古狸が古い新聞記事を確認する。

 別の利用者が沿岸地域の郷土誌を取り寄せ、保存修復の心得のある利用者が木材の種類について意見を書いた。

 らでんはそのあいだも、聞かれたことには答え、知らないことには質問を返しながら、地方誌の記述を一字ずつ追っていた。

 

 三日後、一枚の古い受入台帳が見つかった。

 

 五十七年前。沿岸部を巡回していた民俗調査員からの寄贈。

 登録時、担当者が用途を確認できず、「木製装飾具」として処理されていた。

 

 それだけだった。盗まれたわけでもない。陰謀もない。大発見でもない。

 ただ、名前を失っていた。

 

 それが、五十七年ぶりに戻った。

 

---

 

 数週間後、みずき堂が掲示板へ写真を投稿した。

 展示ケースの中、小さな説明板。そこにはこう書かれていた。

 

**沿岸送舟祭具《渡り灯》**

 

 らでんは、しばらく返事をしなかった。

 

 古狸が書く。

 

古狸@野良発掘

> らでん?

 

 数分後、返事が来た。

 

RDN

> すみません。

> ちょっと嬉しくて。

> ネットで写真見てただけなのに、ちゃんと名前戻ることあるんですね。

 

 みずき堂が返した。

 

みずき堂

> あなたが気づかなければ、ずっと「木製装飾具」のままでした。

> 擦れに目を留めたのは、あなたですよ。

 

RDN

> いやいやいや!

> 皆さんが調べたからですよ!

 

 古狸が短く締めた。

 

古狸@野良発掘

> 最初に引っ掛かったのはお前だ。

 

 らでんは画面を見た。展示ケースの写真。その向こうには、実物がある。

 誰かが作った物。誰かが使った物。誰かが大切にした物。

 それが五十七年間、意味の分からない木片として眠っていた。

 そして、知っている人間が集まれば、意味を取り戻せる。

 

 十一歳のらでんにとって、それは、かなり大きな出来事だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。