鉛筆が紙を擦る音が、こんなに嫌な音になるとは思わなかった。
十一人が同じ机を囲み、誰も喋らない。
さっきまでなら、はじめが何か言い、メンチが文句を言い、あの少女が「ござる」と口を滑らせた。
今は誰も、誰かの顔を見ようとしない。見ると名前を書けなくなる気がした。あるいは、もう名前を書いたことが顔に出る。
らでんは紙を見ていた。
《ハンターにしてはいけないと思う者》
その一名と理由。
困る。本当に分からない。
ガロは強くて冷静だが、冷たく切れる人ではない。
ミナは助け、観察し、必要な時は止める。
メンチは激しいが、自分の興味だけで他人を踏みつける人ではない。
はじめは無茶をするが、信頼できる人物だ。
残りの受験者は断片しか知らない。
それで誰かの資格を否定する。無理だった。
でも、白紙ならパリストンの言う通り「判断しなかった」と取られる。
だから、らでんは一人だけ書ける名前を書いた。
《儒烏風亭らでん》
理由を少し考え、続ける。
《他の人について十分な判断材料を持っていない。自分についてなら、少なくとも不足している部分を知っているから》
書き終えて鉛筆を置いた。紙からすぐには目を離せなかった。
隣ではじめがまだ書いていない。鉛筆を指で回して「……」と黙り、一度らでんを見た。
目が合い、すぐ逸らす。それだけでらでんの胸が妙にざわついた。
『私?』
そう思ってしまった。思った自分が嫌だった。
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十分ほどして、パリストンが手を叩いた。
「はい。時間です」
「時間あるなんて言ってなかったでしょ」
「今決めました」
「……ほんと嫌い」
紙が回収され、十一枚が集まった。
パリストンは一枚ずつ見て、読み終わると束を揃えて机に置いた。誰も反応しない。
「では、まず結果だけ先にいいますね。票数を見た方が早いでしょう」
パリストンは紙を見た。
「最多得票。三票」
部屋の空気が固くなる。
「轟はじめさん」
はじめが止まった。らでんははじめを見た。はじめは笑わなかった。
「……三?」
と小さい声で聞いた。
「はい。十一人中三人があなたをハンターにすべきではないと判断したようですよ」
三人。誰。らでんは反射的に周囲を見そうになってやめた。
でもはじめは見た。メンチ、少女、ガロ、ミナ、らでん。順にほんの一瞬ずつ。
その目がらでんと合う。らでんの胸が痛い。
”私じゃない”
言いたい。でも今ここで言ったら別の誰かを疑えと言うのと同じだった。
「気になります?」
「……別に」
「嘘ですね。今、全員の顔を見ましたよ」
「見ただけ」
「誰が書いたんだろうって?そう思いませんでした?」
はじめは答えない。
「三日間、命を預けた人たちですもんね」
メンチが「さっさと読め」と言い、パリストンは「はい」と一枚目を取った。
「轟さんへ投票した一人目」
皆が少し身構える。「受験番号――」と名前を呼んだ。第五チームの細身の青年が顔を上げる。
理由をパリストンが読む。
「”目的がないままハンターになろうとしているから” だそうですよ。まぁそういう人もいるでしょうね」
はじめの目が少し動いた。
青年が口を開き「俺は」と言いかけると、パリストンは
「弁明は後で個別に対応をお願いしますねー。えーと次の方は」
二人目は第六チームの別の受験者だった。
「感情を優先しすぎる。崖での判断は、結果が良かっただけに見える」
はじめの拳が少し握られた。
そして三人目。パリストンは紙を見て、少しだけ間を置いた。はじめが顔を上げ、らでんは嫌な予感がした。
「三人目。轟はじめさん」
沈黙が落ちた。はじめは肩を震わせている。
空気が変わる。メンチも少女もらでんもはじめを見た。
パリストンが理由を読む。
「まだ何をしたいか分からない。誰かを落とさないと受からないなら、今の自分は他の人よりハンターになる理由が弱いと思う」
らでんの息が止まり、はじめは目を伏せた。
パリストンは紙を見たまま、
「じゃあ、どういうつもりです?」パリストンははじめに近づき、目を伏せたはじめの顔を覗き込もうと少し前屈みになった。
「他人には自分を必要としてほしい。でも、自分自身は自分を必要としてない?」
らでんが「それは――」と口に出すと、パリストンはすぐ見て笑顔を浮かながら「儒烏風亭さん!」と呼んだ。
「今、助けようとしました?」
らでんは黙った。パリストンはニヤニヤしながら、それ以上を言わず、次の紙へ目を落とした。
この人、本当に嫌だ。心底嫌いだ。
「では次いきますね」
とパリストンは何事もなかったように紙を変えた。
「二票。儒烏風亭らでんさん」
今度はらでんの身体が固まり、はじめが見た。
本当に怖い。体が凍りつくように感じた。
「一票目」
投票者は別チームの受験者だった。
「戦闘能力が残存者の中で低い。現場で他人に守られる場面が多かった」
らでんは分かる。事実だ。かなり。理由も納得できるものだ。
そしてガロやミナ、そしてはじめでなくて、心底ほっとしている。
「二票目。儒烏風亭らでんさん」
はじめが目を見開いてらでんを見る。
「理由は”他の受験者について十分な判断材料を持っていない。自分についてなら不足している部分を知っているから”」
パリストンは紙を置いた。
「責任を取りたくない。そう思ったんですよね? 自分の知り合い以外から適当に選べば良かったのに。夢見たハンターも、自己保身のために簡単に捨てれるんですね」
「だから白紙にはしませんでした」
「その代わり自分を選んだ。誰も傷つけない。誰にも嫌われない。ルールにも従った。百点満点の逃げですね!」
「違います。他の人を判断する材料が本当に足りない。だからそれ以上のことは言えません」
「自分のことなら分かるということですか?」
「全部ではないです」
らでんは紙のない机を見て、そして「……それでも」と顔を上た。
「分からないのに分かったふりするよりはいいと思ってます」
パリストンはほんの少し目を細めた。「なるほど」とそれだけ言って次へ進んだ。
「一票。メンチさん」
メンチが「あたし?」と聞く。
投票者は第六チームの一人だった。
「”自分の興味が強すぎて、危険な時に目的を見失う可能性がある”」
「何よそれ。わけわかんない」
このあとも、嫌な投票結果についてどんどん読み上げられていった。
どんな内容だったのか、詳しく聞き取る気力はもうなかったし、聞きたくもなかった。
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十一枚の内訳ははじめ三票、らでん二票、メンチ一票、残り五名へ各一票で計十一票になった。
らでんは視線を落としたまま動かなかった。
十一枚が全て読み終えられた。投票は散り、誰か一人へ圧倒的に集まったわけではない。最多ははじめの三票で、そのうち一票は自分だった。
パリストンは紙をまとめた。
「皆さん、本当にお疲れさまでした!」
はじめが「終わり?」と聞くと、「第一段階はね」と返ってきた。
全員が嫌な顔をした。パリストンはにこにこ笑った。
「安心してください!次はもっと簡単です」
「もうその言葉信用しない」
パリストンは紙を配った。今度書いてあるのは別の文章だった。
《自分を除く残存受験者から、ハンターになるべき者を六名選びなさい》
はじめが読んで「……六人?」と聞き、らでんもメンチも少女もガロもミナも見た。
残り全部で自分以外十人。その中から六人。
「今回は落とす人ではありません。通したい人を選んでください!」
「そして、投票前に自由に話し合って構いません!お願いしても、取引しても、約束しても、説得しても。もちろん」と一拍置き
「嘘をついても構いません」
ガロの目が細くなり、メンチが「……最悪」と呟き、少女が「なるほど」と言い、らでんは紙を見て、はじめが「もうやだ」といった。
「では、三十分以内に投票お願いします。どうぞ!」
誰もすぐには喋らなかった。さっきの投票が尾を引いており、とても話し合える雰囲気ではない。
その直後に今度は六票が欲しい。自分も誰かへ六票を渡す。
パリストンは椅子に座り、足を組んだ。
「僕は口出ししません」
「絶対嘘」
「本当ですよ。ただ」
「見てます」
パリストンの最終試験。第二段階。
今度は
《誰を落とすかではなく、誰を選ぶか》
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三十分。自由に話していい。お願いしても、取引しても、約束しても、嘘をついてもいい。
そして自分以外の十人から六人を選ぶ。一見さっきより簡単だった。少なくとも「一人落とせ」よりは。
でも誰もすぐには動かなかった。
最初に口を開いたのはメンチだった。
「人数差あるでしょ」
「ありますね」
「チームで票固めたら四人残ってるチーム有利なんだけど」
第四チームは四人、第六チームは四人、メンチの第五チームは三人だ。
例えば第四と第六が互いのメンバーへ票を入れれば、それだけで八人の間に大量の票が回る。
三人しかいない第五は明確に不利になる。
「そうかもしれませんね」
「そうなるようにした?」
「どうでしょう」
「した顔してる」
「僕はいつもこの顔ですよ」
「…ほんっと腹立つ!」
第六チームの少女が紙を見ながら「ただ、六人選べるのであれば自分のチームだけでは枠が余ります」と言った。
ガロが「ああ」と頷いた。
第四なら自分以外のチームメンバーは三人で、あと三票。第六も同じ。
第五はチーム内二票で、あと四票だ。
完全なチーム投票だけでは成立しない。
必ず外へ票を出す必要がある。
らでんはそこまで聞いて嫌なことに気づいた。
「これ」と言うと全員が見た。
「さっきの第一段階、効いてますね」
「何が?」
「誰が誰を落とそうとしたか」
さっき投票結果を全て晒された。本人の前で。
そして今、票を渡す。
たった数十分前に「ハンターに向いてない」と言った相手へ、今度は票を入れられるのか。
逆もある。
自分を否定した相手へ票を渡すのか。
「……性格悪い」
パリストンはにこにこと笑っている。
残り二十八分。
誰もまだ「票をください」とは言わない。
言えば自分が必死に見える。でも言わなければ選ばれないかもしれない。
その空気をパリストンは見ている。
ガロが最初に現実的な提案をした。
「俺は取引はしない」
全員が見る。
「俺はこの三日で見た行動だけで選ぶ。票をくれるかどうかは考慮しない」
「それ、信用しろって?」
「しなくていい」
「俺もお前らがそうするとは思ってない。俺がそうするだけだ」
ミナが頷いた。
「私もそれでいいかな」
はじめも続いた、
「うちも」
パリストンが言う。
「皆さん、真面目ですねえ」
「何だと?」
「いえ、ルールで許されている交渉を使わない方が公平だと思ってるのかなって」
「何が言いたい」
「例えば、票が欲しい人が自分の強みを説明する。それも交渉ですよね。それを禁止したら、自己主張の上手い下手ではなく、あなたたちが偶然見た範囲だけで決めることになる。それって公平ですかね?」
ガロは黙った。パリストンは続けた。
「取引をしない。一見綺麗です。でも、話し合っていい時間に話さないことを選ぶのも立派な戦略ですよね?」
メンチが髪を掻いた。
「あーもう!何やっても言うのねあんたは!」
「試験官なので」
「絶対楽しんでる!」
「もちろん。楽しんでますよ」
誰も笑わなかった。
らでんは言った。
「では、自分の話をします。私は…昔のものが好きです」
「遺跡、工芸、芸術、お祭り、言い伝え。誰が何のために作ったのか、どう使ったのか、どうして残ったのか。逆にどうして消えたのか」
「そういうものを見たい、調べたい。残せるものは残したい。だから」と一拍置き、
「文化や美術ハンターになりたいです」
「戦う力は弱いって先ほど指摘されてましたけど?厳しくないですか?」
「戦うためになりたいわけじゃないので」
「でも危険は?」
「強くなります」
「簡単に言いますけど、本当に大丈夫なんですか?」
「十二歳なので」
パリストンは少し止まった。
「まだ時間ありますし」
はじめが笑い、メンチが「それいい」と言い、笑った。
その笑いで空気がほんの少し軽くなった。
メンチが「じゃ次あたし」と前に出た。
「料理。食材。食文化。そういうのを追う。珍しいものは食べたい。美味いものも食べたい。消える料理があったら多分残したい」
パリストンが「絶滅危惧種は?」と聞くと、メンチは即座に「お前は黙ってろ!」と返した。
笑いが今度少し大きくなった。
「答えはまだ分かんない」
「でも、分からないから見に行く。食べるかどうかも、残すかどうかも現地見て決める。以上」
ガロは短く自分の経験を話し、ミナも救命の現場やライセンスがあれば行ける場所、助けられる人の話をした。
ほかの受験者も少しずつ何をしたいか、何ができるかを言った。
さっきは弱いところの言い合いだった、今度は強いところ。
でも一度弱みを全部見られているから、強みだけ話すことが妙に難しかった。
そしてはじめに視線が集まった。メンチが言う。
「せっかくだしあんたも売り込みなさいよ」
「うち?」
「何ができるか?」
「そう」
はじめは考えた。
「走るの速い、身体動かすの得意、人の動き見るのも」
ガロがいう
「かなりな」
らでんも頷いた。はじめは「あと」と言って止まった。
何をしたい。そこがまだない。パリストンは見ているが、今度は何も言わない。だからはじめ自身が続けた。
「まだ何のハンターになるか分かんない。さっきも言ったけど探す。それで」と少し笑い、
「今はそれでいいと思ってる」
らでんははじめを見たまま頷いた。飛行船の夜、”うち、ダンス好きなのかも”と笑った顔を思い出す。
”一個見つかりましたよね”
パリストンが尋ねた。
「異常ですか?」
「以上」
「票くださいとか言わないんですか?アピールできるところですよ?」
「言わん」
「どうして?」
「欲しいけど、それで入れてもらってもなんか違う」
「じゃあ、選ばれなくてもいいんですか?」
はじめは少し止まって「嫌だけど」と言い、その後続けて、
「それはそれでしょうがない」
残り十二分。ここから会話が少しずつ変わった。
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第五チームの男が第六チームの男へ「俺はお前に入れる」と言った。
全員が少し見る。「最後、橋で助けてもらった。だから」。
第六チームの男が「それだけで?」と聞くと、「それだけじゃない。それも含めて」と返ってきた。
別の者がミナへ「俺も入れる。治療してたの見た。自分のチームじゃない奴にも」と言い、ミナは「ありがとう」と答えた。
一つ一つ票の行き先を口にする者が出始めた。「あなたに入れる」と言われた者は、相手の顔を見て黙った。次に口を開くまで少し間があった。
メンチがらでんへ「私はあんた入れる」と言った。
らでんが「え」と返すと、「クレーン。面白かったから」と続けた。
「それ理由です?」
「あと、試験の時に石の時も知らないって素直に言ったでしょ」
第二試験のビスケの原石のことだ。
「知ったかしない奴、嫌いじゃない」
「ありがとうございます」
「票返せとは言ってないから」
らでんの顔が止まった。メンチはにやっとした。
「今、入れなきゃって思った?」
「……ちょっと」
「ほら」
「性格悪くなってません?」
「こいつに影響された」とパリストンを指した。
「僕の影響ですか! 嬉しいです」
「黙れ!」
第六チームの少女がはじめへ「私は」と少し言いづらそうに「そちらに入れる」と言った。
はじめが答える。
「うち?」
「はい」
「なんで」
「……強かったから」
「勝ったのそっちじゃん」
「だから」
少女は少し笑った。
「次、もっと動き良くなってそう」
はじめの顔が明るくなった。
「マジ?」
「…正直センスあると思うでござる」
「えー」
はじめが少女を見て「じゃ、うちも入れる」と言った。
少女は一瞬驚いて「票返し?」と聞き、「違う」と返ってくると「なら?」と続けた。
はじめは即答で「戦って面白かった」と言い、少女は少し笑って「同じでござるな」と返した。
らでんは紙の上で鉛筆を止めた。助けてもらった顔が浮かぶ。鉛筆先が名前の上で迷う。
残り五分。パリストンが「あと五分です」と告げ、部屋がまた緊張した。
らでんは六人を決めた。はじめ、メンチ、ガロ、ミナ、少女。あと一人。
最後に迷う。第五チームの男、第六チームの大柄な男、ほか。
自分が直接見た行動を思い出す。最終護送圏で第六チームの大柄な男が負傷した仲間を支え、最終局面ではガロの脇を抜けようとした敵を押し戻した。
派手ではないが必要だった。そこを選ぶ。
一分。パリストンが「はい」と手を叩き、「終了です」と言った。紙十一枚が回収された。
今度集計に少し時間がかかった。パリストンは紙を一枚ずつ見ながら票を黒板へ書いた。
十一人の番号に正の字が増え、誰へどれだけ入ったか全員に見えた。
一票、二票、三票、四票。票差が開いていく。はじめは座ったまま自分の票数を見た。
一、二、三、四、五、六と増え、「六……」と呟いた。
らでんは自分が七、メンチが八、ガロが七、ミナが七。ほかは大柄な男の六、五、五、四、三とばらける。
最後の一枚。パリストンが読み、書き、集計が終わった。
「はいお待たせしました。決まりました」
誰も息をしない。上位六名に黒板で丸が付いた。
《メンチ 8票》《儒烏風亭らでん 7票》《ガロ 7票》《ミナ 7票》《第六チームの大男 7票》 そして最後に《轟はじめ 6票》
はじめは自分を見て「……入った」と呟いた。らでんの顔が緩み、本当にほっとした。
そして次に選ばれなかった五人を見た。
部屋は静かだった。
「これで六人。決まりですねー!」
「待ってこの票、合格者?」
「そうですよ」
はじめの喜びが消えた。ガロもミナもらでんも誰も素直に喜べない。
パリストンは選外の五人を見渡し、それから六人を見た。
メンチは黙った。誰も素直に喜べないまま、沈黙が落ちた。
「では最後の質問いきましょう!選ばれた六人へ質問します」
嫌な予感がまた来た。パリストンは六人を見た。メンチ、らでん、ガロ、ミナ、第六チームの大男、はじめ。
「あなたたちの合格と引き換えに、この五人は不合格になります」
誰も動かない。
「それでも、ハンターになりますか?」
「……は?」
パリストンは笑っている。この男がそのまますんなりと終わらせてくれるはずはなかった。