パリストンは優しい声で聞いた。
「それでも、ハンターになりますか?」
誰もすぐには答えなかった。
黒板には六人の名前に丸がつき、残りの五人が選外になっている。
さっきまでただの正の字だった票が、急に重みのあるものへ変わった。
会場の空気がざわつく中、最初に口を開いたのははじめだった。
「……意味分かんない」
「どこがです? 分かりやすいと思いますが」
「だって、うちらで決めろって言ったじゃん」
「はい、そのとおりです。で、最後に決めてもらおうと思って」
「これ、うちらが落としたってことになるの?」
「そう考えてもいいですね」
「何それ」
「だって、投票ってそういうものでしょう?」
はじめの顔が険しくなった。
「じゃあ、うちやめる」
パリストンは笑顔を深くした。
「やめちゃうんですか? ハンターになるのを?」
「その条件なら、やめる」
はじめは即答した。
「どうして? あなた上位六名ですよ?」
「別に、こいつら落としてまで受かりたいわけじゃない」
「あなた、ハンターになりたいんですよね?」
「なりたい」
「じゃあ、矛盾してません?」
「してない」
はじめはパリストンを真っ直ぐに睨んだ。
「なりたいのと、何してでもなりたいの違うだろ」
パリストンは少し目を細めた。
「なるほど、そうですか……メンチさんは?」
「……受からない」
「それは辞退されるってことですか?」
「そう」
「仲間思いですね」
「違う」
「ではなぜ?」
メンチは黒板をビッと指差した。
「気に入らない。この決め方」
「食材でも料理でも同じだけど、比べるなら同じ条件で比べる。今の票、見た行動の量が全員違う。一緒にいた時間も得意分野も違う。それを一列に並べて上から六人、はい終わり」
「最終試験がこんな雑な決め方であってたまるか」
メンチは明らかに苛立っていた。そこへパリストンがさらに踏み込む。
傍若無人。この程度で容赦するような人間ではなかった。
「でも、あなたも投票しましたよ?」
「した。ルールだから」
「じゃあ、投票はしたがその結果には従わないということです?」
「投票してそれで終わりだと思ってた。でも、こんな続きの質問があるとは聞いてない」
その言葉に、らでんの目がわずかに動いた。パリストンもこちらを見る。
「儒烏風亭さん。あなたはどう思います?」
らでんはすぐには答えなかった。黒板の六人と五人、それから教壇のパリストンを交互に見る。
頭の中で、この部屋へ入ってからの言葉を最初から辿り直す。一人選べ。六人選べ。話し合え。取引していい。嘘をついていい。票を集計し、上位六人。
そして今――。
『この五人は不合格になります』
一つだけ、引っかかることがあった。
「パリストンさん。質問していいですか」
「もちろんいいですよ」
「この投票で最終合格者を決めるって」
一拍置いて、言葉を切り出す。
「最初に言いました?」
部屋が少し静かになった。パリストンは笑顔のままだ。
「どうでしょう?」
「言ってませんよね」
メンチが顔を上げ、隣ではじめが「えっ」と声を漏らした。
らでんはそのまま続けた。
「六人選べとは言った。通したい人を選べとも言った。でも、得票上位六人だけが最終合格者になるとは言ってない」
「でも、メンチさんがこの票が合格者かって聞いた時、僕、そうですよって答えましたよ?」
「はい。言いました。だから私もそうだと思いました。でも」
眉をひそめて、目の前の試験官を見返す。
「今、わざわざ『それでもハンターになりますか』って聞いた」
パリストンは何も言わない。
「本当に、もう六人が合格で五人が不合格なら、その質問は必要ないですよね」
部屋の中の空気が張り詰める。
「これ、まだ試験ですよね?」
パリストンの笑顔が少し深くなった。
貼り付けた笑顔の裏から、ほんの少しだけ素の面白がる色が滲み出たように見えた。
パリストンは目を細める。
「やっと僕の言葉をそのまま信じなくなった」
そのまま「仮に」と一拍置いた。
「本当にあなたの合格と五人の不合格が交換条件だったら、どうします?」
「受かります。私が辞退して、他のみんなが受かるとは言っていません。私が落ちて、あの五人も落ちるかもしれない。なら辞退する理由がない」
らでんは腹の底から湧いてくる怒りを隠さずに言った。
「条件を出すなら正確に出してください。感情を煽って穴埋めさせるな」
「そうですか。では、この条件が本当なら?」
「五人が落ちることを、私たち六人が選んだ結果だとは思いません。六人選ぶことはやりました。その結果、票も出た。そこまでは私たちの判断。でも、その票を合格不合格にどう使うかは試験官の判断です」
「僕のせいってことですか?」
「せいっていうか、担当です。あなたは試験官じゃないですか。責任から逃げないでください」
周りの受験者たちが頷いた。らでんは言葉を継ぐ。
「だから、もし本当にこの五人を落とすなら私は嫌です。でも、私が辞退すれば救えるって条件じゃないなら、辞退はしません」
「なるほど。ずいぶん冷静ですね」
「さっきまでめちゃくちゃにされたので、ちょっと慣れました」
パリストンは一度だけ声を出して笑った。
はじめがそれを見て「なんかこいつ喜んでる」と顔をしかめ、メンチが「最悪」と吐き捨てた。
らでんが言い終えると、誰もすぐには口を開かなかった。
パリストンは手元の紙を机に置いて言った。
「いやー。皆さんとご一緒できて楽しかったです。ありがとうございました」
室内がざわつく。それを気にする様子もなく、パリストンは机の上の用紙を片付け始めた。
メンチが身を乗り出して声を荒らげる。
「どうなんの。何が。合格?! 試験は?」
「気になります?」
「当たり前だろ!」
パリストンは立ち上がり、黒板の前へ歩み寄った。
六人の丸を見て、五人の選外を見てから、黒板消しを手に取る。全員の視線がその手元に集まった。
パリストンはまず六人の丸を消し、次に正の字の票数を消していく。
黒板には、十一人の名前だけが残った。
「何してんの?」
パリストンは振り返った。
「最終試験、これで終わりです」
沈黙が落ちた。
「……は?」
パリストンは黒板の十一人の名前を示した。
「279期ハンター試験、最終試験、合格者。十一名」
誰もすぐには理解できない。
「……十一?」
「はい」
「全員?」
「はい。皆さん合格です!」
「……六人は?」
「何の話です?」
メンチが机を叩き、叫んだ。
「お前えええええええ!!」
「おおっ、怖いですね」
口ではそう言っているが、ちっとも怖がってなどいない。
むしろ人を逆撫でするのを面白がっているだけに見えた。
「六人しか受からないって!」
「僕、そんなこと一度も言ってませんよ?」
「言っただろ! この票が合格者って!」
「それは第二段階における暫定合格枠として六人を出しました。最終合格者が六人とは言ってません」
「詐欺師!!」
「困りますね。言葉は正確に使ってます」
「もっと悪い!」
らでんは頭を抱えた。
「五人が不合格になりますって言ったの、あれ何だったんです!?」
「言いました」
「あれは嘘じゃないですか!」
「仮定です。その後」
「『それでもハンターになりますか?』って”質問”したでしょう?」
らでんは言葉に詰まった。たしかに、最後は宣告ではなく質問の形をしていた。
「最悪だ……」
「ありがとうございます」
「褒めてません!」
その時、部屋の扉が開いた。
「そこまでじゃ」
聞き覚えのある老人の声が響く。
全員が振り返ると、入り口にネテロが杖を片手に立っていた。
ネテロは部屋の中を見回し、黒板とパリストンと受験者たちの顔を順に見比べて、やれやれと息を吐いた。
「お主、随分遊んだのう」
「遊んでませんよ。試験です」
「嘘つけ」
メンチが「会長!」と声を上げた。
パリストンは「あ」と受験者たちへ向き直る。
「すいません! 皆さんに紹介してませんでしたね」
「せんでよい」
「まだ少し質問したかったんですが」
「駄目じゃ」
「どうして?」
「顔を見ろ」
十一人は黙りこくったまま、じっと二人を見ていた。
「これ以上やると、試験ではなくお主の趣味になる」
「線引き難しいですね」
「お主の場合は簡単じゃ」
メンチがネテロへ噛みついた。
「最初から合格させるつもりなら、やめさせなさいよ!」
「嫌じゃ」
ネテロもにやりと笑って言う。
「面白かったし」
「会長もこっち側か!!」
隣ではじめが爆笑し、らでんはもう誰にどう怒ればいいのか分からなくなった。
ネテロは少しだけ表情を引き締めた。
「最終結果は本当じゃ」
そのまま十一人全員をぐるりと見渡す。
「第三次試験までで、必要な能力は十分見せてもろうた。あとは自分で引き受けるかどうかじゃ。正解を当てる試験ではない」
らでんも、はじめも、メンチも、第六チームの少女も、全員が黙ってその言葉を聞いた。
ネテロが杖の石突きを床に一度、こつんと鳴らした。
「279期、最終合格者、十一名」
今度こそ誰も疑わない。いや、念のため少しだけ疑ってパリストンを見る。パリストンはにこにこと笑った。
「本当ですよ」
「お前が言うと怪しい!」
「ひどいなぁ」
はじめが隣のらでんを見た。
「……受かった?」
「受かった」
「ほんと?」
「会長が言いました」
「じゃ、ほんとだ」
そして一秒、二秒、三秒。ようやく胸の奥まで実感が追いついてきた。
はじめがぱっと両手を突き上げた。
「やったああああああ!!」
メンチは椅子の背もたれへどさりと倒れ込む。
「終わったああ……」
第六チームの少女も大きく息を吐いた。隣の大柄な男がその肩を叩く。
「全員だな」
「はい」
少女は少し目を潤ませながら笑った。ガロは目を閉じて長く息を吐き、ミナは両手で顔を覆う。
「もう患者以外見たくない……」
らでんはすぐには声が出なかった。受かった。ハンターだ。
これで、今まで本や掲示板や地図や画面の向こうにしかなかった場所へ行ける。見たいものを、自分の足で見に行ける。
「らでん!」
顔を上げると、はじめがこちらへ拳を突き出していた。
「受かったな!」
らでんは少し笑って、自分の拳をこつんと合わせた。
「受かりましたね」
「もうこれでずーっと仲間だ!」
らでんは一瞬だけ動きを止めた。最初の日、駅のホームで知らない子に突然言われた軽い言葉。
それが崖の上で重くなり、今日ここまで続いてきた。
らでんははじめの顔を見返して笑った。
「……今度はかなり重いですね」
「だな!」
こうして279期ハンター試験は、第三次試験から最後まで残った十一人が全員合格した。
◇ ◇ ◇
最終試験が終わり、十一人は再び説明会場へ集められた。
さっきまでなら、別の部屋へ案内されるたびに次は何をさせられるのかと身構えていた。
今はもっとひどい。扉が開いただけで、十一人全員の視線が一斉にそちらへ突き刺さった。
「……皆さん?」
入ってきた人物が、少し困ったように眉を下げた。緑色の肌で豆のような頭をした小柄な男、ハンター協会会長秘書のビーンズだ。
その腕には細長いケースがいくつも抱えられている。ビーンズが戸惑いながら口を開いた。
「どうされました?」
メンチがずいと歩み寄って聞く。
「試験じゃないのよね?」
「終了しています」
「本当に?」
「はい」
「誰か一人とか、六人とか選べと言わない?」
「言いません」
「途中で条件変わったりは?」
「しません」
らでんも一言だけ確かめた。
「嘘は?」
ビーンズは少し考えた。
「……パリストンさんはおりません」
室内の全員が露骨に胸を撫で下ろした。ただ、らでんだけはその微妙な言い回しに引っかかったが、黙っておくことにした。
「皆さんすごい顔ですが、パリストンさんが最終試験官を担当されてましたよね。いったい何をされたんですか……」
その瞬間、半開きの扉の隙間から金髪がひょこっと覗いて、「皆さん、先ほどは――」と言いかけた。
メンチが「閉めて!!」と叫ぶと、バンッという小気味よい音とともに協会職員が無言で扉を閉め切り、部屋の中に拍手が起きた。
ビーンズは咳払いを一つして、机の上へ十一個の薄いケースを並べた。
「279期ハンター試験合格者の皆さんへ、正式にハンターライセンスを交付します」
らでんは自分の名前が記されたケースを受け取り、そっと蓋を開けた。中には一枚のカードが収まっている。
思っていたよりずっと地味で、光りもせず、金色でもなく、宝石もついていない。指先でつまみ上げると、拍子抜けするほど軽かった。
「……これが」
らでんが慎重に表裏を確かめる横で、はじめはもう無造作にカードを裏返していた。
「普通のカードだ。もっとこう、すごいカード感ないの?」
「見た目以上に価値があります。絶対になくさないでください」
ビーンズに釘を刺され、何人かがカードを持つ指先に少し力を込めた。
ビーンズはそのまま説明を始めた。
「ハンターライセンスを持つプロハンターには、一般の方には認められていない多くの権利と信用が与えられます」
民間人では入国できない国の約九割、一般人が立ち入れない地域の約四分の三はライセンスの提示で入域への道が開くこと。公的施設のほとんどが無料になること。銀行では一流企業並みの信用で融資を受けられること。
ビーンズが順番に挙げるのを聞きながら、らでんは目を輝かせ、ぐっと身を乗り出した。
「立入禁止区域って、遺跡とかもですか?」
「場所によりますね。ただ、申請は大学教授レベルの専門家として受理されるようになります」
「保護区域は?」
「各国や地域の法令次第ですが、協会を通して特務の外交官や準軍人としてねじ込んだ事例もありますね」
「博物館の非公開収蔵庫は?」
「ライセンスを見せれば何でも見られるというものではありませんが……」
ビーンズはそこで一拍置き、釘を刺すように続けた。
「ただし、一般人では申請資格そのものを持てない調査でも、プロハンターなら審査対象になれる場合があります」
「それです!」
思わず声を弾ませたらでんの横で、メンチが手を上げた。
「希少食材の採取区域は?」
「それについても同様です」
「一般人立入禁止でも?」
「ハンター資格を前提とした許可制度は各地に存在します」
続けて、はじめも手を上げた。
「うちは?」
「……何をされたいんです?」
「まだ分かんない」
「でしたら、見つけてから使ってください」
「そっか」
はじめはあっさり頷いて、カードを指先でくるりと回した。
ビーンズが説明を続ける。
「このライセンスには、それ自体にも非常に高い価値があります。売れば、普通に暮らすだけなら人生を何度やり直しても働かずに暮らせるだけのお金を得られるでしょう」
十一人は一斉に手元のカードへ目を落とした。はじめがちらりとらでんを見る。
「……売る?」
「売らないよ!!」
メンチが吹き出して言った。
「今ちょっと考えたでしょ」
「あなたも言いますか!」
そこでビーンズが声の調子を変えた。真剣な顔つきになる。
「ただし、ハンター協会はライセンスを再発行しません」
「……なくしたり盗まれたりしたら、どうなるの?」
「再発行されません」
「売ってしまった場合は?」
「戻ってこない限り同じです」
十一人の手つきが急に変わった。はじめは机の上へそっとカードを置き、メンチはすぐさまケースへ戻し、らでんはもう鞄のどこへ隠すか目算を立て始めていた。
「統計では、ハンター試験合格者のおよそ五人に一人が、一年以内に何らかの理由でライセンスカードを失っています」
「ですから、プロになった皆さんの最初の試練はこのカードを守ること、そう考えていただいてもよいでしょう」
らでんは自分のカードを見つめた。
三日間走り続け、崖から落ちかけ、証人を守り、クレーンの吊荷を下ろし、パリストンの試験に散々振り回されて、ようやくプロハンターになった。
その最初の試練が、《カードをなくすな》ということだった。
メンチが尋ねる。
「紛失だけじゃなくて、盗難もあるんでしょ」
「はい。ライセンスの価値を知る者は、当然皆さん以外にもいます。不用意に見せない、必要以上に所在を教えない、自分に合った方法で管理する。そこまで含めてプロハンターです」
らでんは膝の上で鞄を開き、内ポケットのさらに奥にあるファスナーを見つめて「ここかな」と呟いた。
横からはじめが覗き込んでくる。
「もう考えてる」
「当たり前じゃないですか」
「うちのも入れといて」
「それは嫌すぎる」
「何で?」
「二枚まとめて盗まれたら終わりですよ!」
「らでんなら大丈夫そう」
「その信頼の使い方おかしい!」
はじめはけらけらと笑った。
ビーンズは次に、薄い冊子を一人一冊ずつ配った。《新人プロハンター向け案内》と題されたそれには、協会の窓口や依頼、銀行や交通、宿泊や情報収集、通信についての案内が並んでいた。
◇ ◇ ◇
らでんは冊子をぱらぱらとめくり、途中のページで指を止めて「……あ」と声を上げた。
はじめが横から覗き込むと、らでんは顔を上げて尋ねた。
「はじめさん、ホームコードは?」
「何それ」
らでんは数秒ほど固まった。
「スマホ持ってます?」
「ある」
「電脳コードは?」
「何それ」
らでんは頭を抱えた。
「よく一人で試験会場まで来られましたね……」
「まぁね」
「呆れた!」
冊子には、新人ハンターが持っておくと便利なものとして《ホームコード》《スマホ》《電脳コード》が挙げられており、ハンターの間では通信系三種の神器と呼ばれることもあると書かれていた。
ホームコードは自分専用の連絡窓口で、留守中の伝言を集めて外から確認できるもの。ケータイ電話は移動中や現地での連絡用。電脳コードはネットワーク上の情報収集ややり取り用、と説明が並んでいる。
はじめも自分の冊子に目を落としていたが、明らかに文字の上で目が滑っていた。
「……つまりどういうこと?」
「もういいですよ。端末貸してもらえます?」
「何で?」
「設定するから」
手を差し出したまま答えると、はじめは素直に端末を渡してきた。
らでんは慣れた手つきで画面を操作していく。
「まずここ、連絡先の同期。次、ホームコード取る。これパスワード、忘れないでください」
「ディスコやラインでいいのにー。もうこれらでんが覚えといてー」
「自分で覚えないと意味ないでしょ」
メンチが横から手元を覗き込んで言った。
「詳しいわね」
「こういうのは好きなので」
そこで思い出し、らでんは顔を上げた。
「メンチさん、ホームコードあります?」
「ある」
「電脳は?」
「一応」
「じゃ、交換しましょう」
「いいよ」
その場でメンチと連絡先を交換し、続けてガロとミナとも、三日間一緒に証人を護送したチームとして連絡先を交換した。
ガロは端末をしまいながら言った。
「何かあったら、連絡しろ」
「そっちもですよ」
ミナとも画面を合わせて登録する。
「特に怪我したら、私に連絡してね」
「そうする」
一通り済んだところで、はじめが周りを見回し、第六チームの少女に目を留めた。
少女の腰袋には、あの三日間の試験中ずっと持たれていたはじめの受験札がまだ入っている。
はじめがぐっと身を乗り出した。
「ねぇねぇ」
「何でござるか」
「そっちの名前と連絡先教えてよ」
少女は一度目をぱちぱちとさせ、それから少し笑った。
「そういえば、名乗っていなかったでござるな」
「うちは轟はじめ」
「それは知っている」
「何で」
「最終試験で散々名前を呼ばれていたでござる」
「あ」
「こちらもたまに呼ばれたり黒板に書かれていたり……しかし、あの試験中にそこまで気を配る余裕はなかったようでござるな」
少女は少し姿勢を正し、ケータイではなく懐へ手を入れた。取り出したのは小さな白い紙――名刺だった。
はじめとらでんの声がほぼ同時に重なる。
「名刺!?」
「連絡先を交換するのであろう?」
「そうだけど」
「何かおかしいでござるか?」
「いや」
はじめと、近くにいた全員がその名刺を受け取った。
厚みのあるしっかりした紙に、端正な文字で名前と連絡先と必要事項だけが記されており、余計な装飾はほとんどない。
《風真いろは 護衛・用心棒 承ります――御用の際はお気軽にお声掛けください》
「改めて、よろしくお願いするでござる」
いろはは今度はらでんを見て、「そちらも」と言った。らでんは「はい」と答えた。
「儒烏風亭らでんです」
「それも知っているでござる」
「ですよね」
らでんは自分の端末を取り出した。
「じゃあ、せっかくだし登録しておきますね」
「お願いする」
「ホームコードは? 電脳コードは?」
「……」
いろはがぴたりと黙った。はじめの顔がぱっと明るくなる。
「仲間だ!」
「恥ずかしながらこういうのに疎くて……ケータイはあるでござる!」
結局、らでんはいろはの名刺にある番号を端末へ登録した。
一通りのやり取りが落ち着いたところで、ビーンズが最後に十一人を見渡した。
「試験を突破したこと、それ自体を目的にしないでください。皆さんが本当にプロハンターとして評価されるのは、これから何を成すかです」
らでんは手元のカードを見て、隣のはじめを見た。メンチも、ガロも、ミナも、いろはも、ここを出ればそれぞれ違う場所へ行くことになる。
見たい場所なら、いくつも浮かんだ。けれど、そこへ何をしに行くのかは、もう少し考えなければならない。
名前を失った物がまた見つかったとして、写真を掲示板へ持ち帰るほかに、今の自分なら何ができるだろう。
カードをケースへ収めても、その問いは消えずに残った。
隣で端末の画面を見ていたはじめが、一番上にあるらでんの名前を指差した。
「これでいつでも呼べる?」
「まあ、そうですね」
「用事なくても?」
「……たまになら」
はじめはにやっと笑って「了解」と言った。
プロハンター十一人が認定され、最初に覚えたことは、カードはなくさないこと、そして連絡先を交換しておくことだった。