儒烏風亭らでんは世界を蒐集する   作:今日も元気ですマン

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ハンター始動編
第十五話 二人一緒に


 翌朝、試験会場前の空は高かった。

 昨日まであれだけ長く感じた場所が今日はもうただの建物に見えた。

 十一人は荷物を持ち、それぞれ行き先も違っていた。

 

 はじめは鞄の肩紐を掛け直し、皆が出てくるのを待っていた。

 最初に出たのはガロだった。大きな鞄を肩に掛ける。

 

「じゃあな」

「短っ」

「何が」

「もっとないの?」

「例えば?」

「今までありがとうとか、無事でとか、また会おうとか」

 

 ガロは少し考えた。

 

「生きてりゃ、そのうち会う」

 

 ガロはらでんを見る。

 笑って、ガロは背を向け歩き出した。

 

 次はミナが出発した。

 出ていく際に二人を見た。

 まずははじめに言った。

 

「しばらくちゃんと寝て休んでね。試験が終わったからって、すぐ無茶しない」

「そこまで言う?」

「言う。らでんも」

 

 ミナは試験中のことを気にかけていたようだ。

 

「肩、診てもらってね。数日で痛みは引くと思うから」

「はい」

 

 メンチは荷物を背負った。

 

「じゃ、私は行く」

「もうですか?どこへ?」

「港」

「その後?」

「まだ決めてない」

 

 はじめが首を傾げる。

 

「しばらくは美味しい料理を食べて回ろうかな」

「何食べるの?仕事は?」

「適当に探す」

 

 歩き出しかけたメンチは、振り返って言った。

 

「面白い食べ物見つけたら連絡して」

「わかりました。そっちも何か見つけたら教えてください」

「いいよ」

「うちにも送って」

「美味しそうなのだけね」

「それでいい!」

 

 いろはも出てきた。

 二人に軽く会釈した。

 

「では、また」

 

 はじめが返事をする。

 

「次会う時は取り返すから。強くなって」

「こちらももっと強くなっておくでござる」

 

 らでんも一言。

 

「また連絡します」

「うむ」

 

 いろはは歩き出した。

 はじめは手を振り上げる。

 

 「またなー!」

 「またでござる!」

 

 一人また一人いなくなり、そして残ったのはらでんとはじめだった。

 

 はじめは空を見た。

 

「みんな行ったな」

「行きましたね」

 

 少し間が空く。

 

「らでんは?」

「何が?」

「次、どこ行くの」

 

 らでんは鞄を抱えた。

 

「一旦、仕事探そうかなって思ってます」

「もう?」

「せっかくハンターになったし」

「文化財って言ってたやつ?」

「うん」

「遺跡とか祭りとか?」

「行きたい」

「博物館や美術館も?」

 

 らでんが顔を上げる。

 

「めちゃくちゃ行きたい」

「楽しそう」

「楽しいと思う」

 

 今度はらでんが聞く。

 

「はじめさんはどうするんです?」

「んー」

 

 少し考えた。

 

「まだ何したいか分かんない」

「そっか」

「とりあえず休む」

「うん」

「そのあと考える」

 

 また少し静かになった。らでんは元々一人で帰って仕事を探すつもりだった。でも…

 

 らでんは少し考えた。

 

「……はじめさん」

「何?」

「私たちってもう友達ですかね?」

 

 はじめはきょとんとした。

 

「え?」

「いや、確認」

「何で確認?」

「何となく!」

 

 らでんを見て、はじめは笑った。

 

「もちろん!」

 

 らでんは一瞬何も言わず、少し肩を落とす。

 

「……そっか」

「ていうか今さら?」

「今さらです」

「仲間だーって何回も言ったじゃん」

「それと友達はちょっと違うかなって」

「違う?」

「……もういい!」

 

 はじめが笑い、らでんもつられた。

 

 らでんは呼んだ。

 

「じゃあ、はじめ」

「……お」

 

 言ってから少し照れた。はじめが聞く。

 

「何」

「敬語やめた、友達だから」

 

 はじめがくすりと笑った。

 

「いいじゃん」

「…いいかな」

「もう一回」

「何を」

「呼んでみて」

「はじめ」

「おお」

 

 らでんは気恥ずかしそうに言った。

 

「何その反応」

「なんかいい」

「変なの」

 

 少し柔らかくなった声で言った。

 

「ねぇ」

「何?」

「はじめ」

「うん」

 

 らでんは一瞬言葉に詰まる。ちょっと緊張。

 でも言った。

 

「次に行くとこ決まるまで___一緒にいない?」

 

 はじめが目を少し大きくした。

 

「え?」

「私もまだ仕事決まってないし」

「らでん帰らないの?」

「急いでないし」

「仕事探すんでしょ」

「電脳ページあればどこでも探せるし」

「じゃ、うちも一緒に探そっかな」

「そうしよ。二人の方が楽しいと思う」

 

 二人で笑った。

 

「それはそう」

「じゃ決まり」

 

---

 

 その日の午後、らでんは協会の医療施設で肩を診てもらった。

 大事はなく、重い荷物を無理に持たないよう注意された。はじめと宿へ戻り、二人で次の行き先を探すことにした。

 

 宿での生活は試験中とはまるで違った。

 朝はゆっくり食事をし、昼には募集情報を読み、夜は何も起きなかった。

 

 最初の二日ほど、はじめは何も起きないことに落ち着かなかった。ベッドに寝転んで、天井を見上げる。

 

「暇だ」

「いいことじゃん」

「何も起きなくてつまんない」

「贅沢」

 

 らでんは椅子にもたれ、端末へ目を戻した。

 

 宿へ戻って二日目の夜、寝る前に端末を開いて、ふと手が止まる。

 

「……あ」

「何?」

「忘れてた」

「何を」

「報告」

 

 開いたのは古層板だった。

 試験へ出る前の夜、そこで「行ってきます」と書いたきりになっている。

 はじめがベッドから身を起こした。

 

「何それ」

「掲示板。文化財の話をするところ」

「友達?」

「友達……というか、先輩? 先生? 知り合い? 変な大人? 色々」

「最後のいる?」

「いる」

 

 長かった試験をどこから話すか。

 投稿欄の前でしばらく迷い、結局、一番短い報告を選んだ。

 

RDN

> ハンター試験、受かりました。

 

 五秒後。

 

古狸@野良発掘

> は?

 

 らでんは吹き出した。はじめが肩越しに画面を覗く。

 

「何?」

「来た」

 

みずき堂

> 何にですか?

 

RDN

> ハンター試験です。

 

古狸@野良発掘

> 待て待て待て。

> あのハンター試験か?

 

RDN

> 他に何があるんですか。

 

古狸@野良発掘

> なんで受けてるんだ!!!!

 

RDN

> 申し込んだので。

 

古狸@野良発掘

> そういう意味じゃねえ!!!!

 

「めっちゃ怒られてる」

「想定内」

 

 はじめは笑いながら、画面の続きを待った。

 

版木屋

> え、らでんさん十二歳ですよね?

 

石室のひと

> ログ追ったけど「受けようかな」じゃなくて本当に受けてたの?

 

RDN

> はい。

 

みずき堂

> 怪我は?

 

 らでんは肩を見た。診察で言われたことを確かめてから打つ。

 

RDN

> 肩を少し。でも診てもらって、大事ありませんでした。

> 今は友達と宿で、仕事を探しています。

 

 返信が一度止まった。

 

みずき堂

> 友達?

 

古狸@野良発掘

> 友達できたのか。

 

RDN

> そこそんな驚くところですか?

 

古狸@野良発掘

> いや。

> ハンター合格の次くらいには。

 

 はじめが声を上げて笑った。

 

「何この人、好き」

「笑うな!」

 

みずき堂

> お友達も合格者ですか?

 

 らでんは、はじめを見た。

 

「はじめのこと、ちょっと書き込んでもいい?」

「いいよ」

 

RDN

> 同期の女の子です。

 

古狸@野良発掘

> 年は近いのか?

 

らでんははじめをチラッとみた。

「十二」とはじめが答える。

らでんはそのまま打った。

 

RDN

> 同い年です。

 

古狸@野良発掘

> 今年どうなってんだ。

 

 らでんが「他にもメンチといろは」と言いかけると、はじめが首を振った。

 

「全部説明すると長いから、今度」

「……そうだね」

 

 そして、当然の問いが来た。

 

古狸@野良発掘

> で、何やった。

 

「何やった……」

「いっぱい。いっぱいだね」

 

 二人で笑った。らでんは、思いついた順に書いてみる。

 

RDN

> 走りました。

 

古狸@野良発掘

> うん。

 

RDN

> 石を見ました。

 

古狸@野良発掘

> 試験で?

 

RDN

> 護送の試験もありました。

 

古狸@野良発掘

> 話飛んだな。

 

RDN

> 崖から落ちかけました。

 

 返信が止まった。

 

みずき堂

> 今度直接聞きます。

 

古狸@野良発掘

> 他は。

 

 らでんは少し迷う。はじめが画面を見て言った。

 

「書けば?」

 

RDN

> クレーン使って道を塞ぎました。

 

 一分ほど、誰も書き込まなかった。

 

「止まった」

 

 はじめがうなずいたところで、ようやく返事が来る。

 

古狸@野良発掘

> 何で?

 

 らでんは声を出して笑った。

 

 そこから質問と注意が続いた。本当に合格したのか。

 ライセンスは受け取ったか。

 そして写真を上げるな、番号を載せるな、保管場所も書くな。

 

みずき堂

> ライセンスの画像は絶対に投稿しないでくださいね。

 

 ちょうどケースへ伸ばしかけていた手が止まる。

 

RDN

> 載せようとしてました。

 

みずき堂

> でしょうね。

 

古狸@野良発掘

> ハンター試験には受かるのに何でそこが危なっかしいんだよ。

 

 はじめが腹を抱えた。

 

「めっちゃ分かってる」

「はじめは今日からこの掲示板見るの禁止」

「何で!」

 

 しばらくして、画面に新しい二行が現れた。

 

古狸@野良発掘

> まあ。

> おめでとう。

 

みずき堂

> おめでとうございます。

> 本当に無事でよかったです。

 

 ほかの利用者からも「すごい」「今度話聞かせて」「現場で会えるな」と書き込みが続く。

 

 らでんはしばらく画面を見ていた。

 

「嬉しい?」

「うん」

 

 受かった時とは違う、本当にハンターになった感じがした。

 

---

 

 合格報告のあとも、宿で数日を過ごした。

 らでんは毎日、文化財や遺跡、民俗や祭礼に関わる仕事を探す。

 はじめも最初は暇つぶしに、横から募集画面を覗いていた。

 

 二人でいることにも、少しずつ慣れた。

 らでんが本を読めば、はじめは「何それ」と聞く。

 説明の途中で眠ってしまい、「聞いたくせに」と起こされる。

 逆に、らでんが端末へ向かう間、はじめは音楽を流して指で机を叩いた。

 

 ある午後、らでんは画面から顔を上げた。

 机を叩く指と、揺れる肩。足まで音を追っている。

 

「はじめ」

「何?」

「またやってる」

「何を」

「踊ってる」

 

 はじめは自分の手と足を見た。

 

「……勝手に」

「飛行船の時もそうだった」

「あったな」

「やっぱ好きなんだね」

 

 はじめはしばらく音楽を聞いた。

 今度は意識して指を動かし、肩を入れる。

 座ったままリズムを取ってから、答えた。

 

「……うん。好き」

「身体動かすの?」

「それも」

「踊るの?」

「うん。もっとやりたいかも」

「じゃあやればいいじゃん」

「ハンターは?」

「ハンターしながらでもできるでしょ」

「そういうもん?」

「知らない」

「知らないんだ」

「でも、今無理に決めなくてもいいと思う。好きなの見つかっただけでも進んでるし」

 

「……そっか」と言って、はじめはまた音を取った。

 

 募集画面へ目を戻す。

 山村の民俗調査、旧鉱山町の建物記録、石造遺構の測量補助。

 はじめは一件ずつ指して尋ねた。

 

「これ何すんの?」

「測量は、長さ測ったり位置取ったり、荷物運んだり」

「山歩いたり?」

「すると思う」

 

 はじめは少し考えた。

 

「それなら、うちもできる?」

「調査?」

「手伝い」

「何で?」

 

 すぐには答えず、はじめは流れていく募集を見た。

 

「うちさ、まだ何のハンターになるか分かんないから」

「うん」

「ハンターが実際何すんのかも、試験しかわからない。だから、一回らでんの仕事見てみたい」

「私の?」

「らでん、試験受ける前からずっとこれやりたかったんでしょ」

「……うん」

「じゃあ、何がそんなに面白いのか見たい」

 

 はじめは一度言葉を切った。

 

「あと、山歩くならうち役に立つと思う。荷物運ぶとか、足場見るとか、身体使うことならできるし」

 

 少し照れくさそうに、画面から目を逸らす。

 

「色んなこと見てたら、うちもやりたいものもうちょい見つかるかもしれないし」

「じゃあ、一緒に探そう」

「仕事?」

「それも。はじめのやりたいことも」

 

 はじめは笑って「うん」と答えた。

 

 その時、一つの募集が目に留まった。

 山間集落の古い祭祀施設を保存修復する事業。

 倉庫収蔵品の再整理、祭具の目録づくり、周辺旧道の遺構確認、高齢住民への聞き取り。

 らでんは画面に顔を寄せる。

 

「それ、何か気になる?」

「めちゃくちゃ」

「じゃ、それにすれば」

「簡単に言うなあ」

 

 募集要項の下には「現地調査補助 若干名」とある。

 求められるのは野外活動経験、資料整理、運搬、測量補助、安全管理。

 プロハンターは歓迎とあった。

 

 らでんが「若干名」を指す。

 はじめも同じところを見た。

 

「一人じゃない」

「応募する?」

「うちも?」

「正式に」

 

 はじめは一瞬驚き、それから笑った。

 

「する」

 

 二人はそれぞれ応募書類を開いた。

 らでんは希望業務に「収蔵品整理・来歴調査・聞き取り補助」と書く。

 横で、はじめが手を止めた。

 

「何て書けばいい?」

「できること」

「身体動かす」

「もうちょっと仕事っぽく」

 

 はじめは考えて、「現地移動補助」「資材・機材運搬」「測量補助」「危険箇所確認」「野外作業全般」と書いた。

 

「いいんじゃない?」

「最後の便利屋感すごい」

「新人だからね」

「らでんもだろ」

 

 笑って、二人とも応募を送った。

 

 数日後、採用通知が二通届いた。

 儒烏風亭らでん、採用。轟はじめ、採用。

 

「お」

 

 はじめの声に、らでんも画面を覗き込む。

 

「二人とも!」

 

 はじめの通知には、野外班補助、資材運搬、測量作業補佐、調査地間の移動安全確認とある。

 

「ちゃんと仕事ある」

「当たり前でしょ」

「らでんの荷物持ちだけじゃなかった」

「それも頼むけど」

「やっぱあるじゃん!」

 

 その夜、らでんはまた古層板を開いた。

 

RDN

> 初仕事決まりました。

 

 三秒で返事が来る。

 

古狸@野良発掘

> どこ。

 

 募集ページを貼る。今度は返事が遅い。

 

「怒られないね」

「そこ基準なの?」

 

古狸@野良発掘

> そこ選んだのか。

 

RDN

> 知ってるんですか?

 

古狸@野良発掘

> 昔ちょっとな。

 

RDN

> 何があるんです?

 

古狸@野良発掘

> 行って見ろ。

 

RDN

> なんで教えてくれないんですか。

 

古狸@野良発掘

> 調査に行く奴に、最初から答え教えてどうする。

 

 らでんは顔をしかめた。

 はじめが横で笑う。

 

「正論?」

「正論」

「じゃ、いいじゃん」

「気になるの!」

 

 そこへ、みずき堂も書き込んだ。

 

みずき堂

> 一点だけ。

> 現地の収蔵品は、古い記録ほど名称と由来を鵜呑みにしないでください。

 

RDN

> どういう意味です?

 

みずき堂

> それも現地で。

 

「みんな同じこと言ってる」

 

 はじめが笑った。

 もう一度画面を見ると、古狸から続きが来ていた。

 

古狸@野良発掘

> らでん。

> ハンターになったんだろ。

> 見たいものがある場所まで、今度は自分で行け。

 

 らでんは少し黙った。

 足りないものを書き出し、一つずつ集めてきた。

 自分の足でそこへ行くためだった。

 

RDN

> 行ってきます。

 

古狸@野良発掘

> 行ってこい。

 

---

 

 出発の日。山間部へ向かうローカル線の窓から、街が少しずつ遠ざかる。

 畑が増え、山が近づいた。

 はじめは向かいの席で脚を伸ばし、窓の外を眺めている。

 

 はじめが、らでんを見た。

 

「楽しみ?」

「めちゃくちゃ」

 

 らでんが即答すると、はじめが笑った。

 

「やっぱり」

「はじめは?」

「うち? 仕事はまだ分かんないけど……」

 

 はじめは窓の向こうの山を見た。

 

「らでんがそんなに好きなもの、どんな感じなのかはちょっと楽しみ」

「じゃあ、ちゃんと見てね」

「何を?」

「全部」

「広っ」

 

 列車がトンネルに入った。

 車窓が暗くなり、ふたたび光が差すと、谷の向こうに山腹の古い集落が見えた。

 らでんは窓に近づく。

 

「あれかな」

「どれ?」

「山の中腹」

「あ」

 

 屋根が点々と続き、その奥には森と山が重なっている。

 調査対象の古い祭祀施設に何が残っているのか、まだ二人とも知らなかった。

 

---

 

 そして同じ頃、その山のもっと奥で男が一人崩れた石積みの上にしゃがんでいた。

 手に土がつき、服が汚れ、近くには正式な調査道具があるが、本人はそれをほとんど使っていなかった。

 石を一つひっくり返して下の苔を見て、次に山を見て独り言を言った。

 

「……こっちじゃねえな」

 

 立つと地図を畳み、道ではない斜面をそのまま登っていった。

 

 ジン=フリークス

 

 らでんが何年もネットで探して断片しか拾えなかった男だった。

 

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