追加調査に合わせて、古層板の何人かが資料館へ集まることになった。小規模な勉強会だという。
それについても誘いの書き込みがあった。
みずき堂
> よろしければ、来ませんか?
らでんは即答した。
RDN
> 行きます!
誰も年齢を聞かなかった。
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当日は朝から電車を一本間違えた。
小柄な少女が肩から鞄を提げて資料館前まで走ってくる。駆けてきた息がまだ整わず、鞄の紐を握り直して立ち止まる。
入口の前には、すでに数人の大人が集まっていた。発掘現場帰りのような風貌の男と、資料館職員の落ち着いた物腰の人物。
その周りに、大学関係者や保存に詳しいらしい人たちが数人。
みんなが周囲を見ながら「らでんはどいつだ?」という顔をしている。
若い女性研究者? 違う。大学生らしい青年? 違う。
少女は息を整えて、思い切って声をかけた。
「すみません、電車を一本間違えました。あの……古層板の方ですか?」
沈黙。日焼けした男が短く答えた。
「そうだけど」
少女がぱっと笑った。
「らでんです! 今日はよろしくお願いします!」
沈黙。みずき堂が古狸を見る。古狸が少女を見る。
「……らでん?」
「はい!」
「RDN?」
「はい!」
「何歳?」
「十一です」
誰も喋らなかった。らでんの表情が少し不安になる。
「……まずかったです?」
みずき堂が頭を抱えた。
「まずいというか……」
古狸が言った。
「大学院生だと思ってた」
「大学院?」
らでんが笑った。
「そんなに大人っぽかったですか?」
「・・・いやぁ・・・びっくりだわ」
資料館の入口で、古層板の面々がしばらく騒いだ。
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だが展示室へ入ると、十分もしないうちに、いつもの空気に戻った。
みずき堂がケースの中の《渡り灯》を指す。
「写真だと分かりづらかったのですが、ここです」
らでんがガラスへ顔を近づける。
息でガラスが小さく曇り、指先は触れる手前で止まる。
「あっ!」
「近い近い」
らでんが慌てて一歩引く。
「ここ削り直してません?」
横から保存担当らしい参加者が覗き込む。
「よく分かったな」
「だって左右で刃物の入り方違いますよ」
「後補だと思う」
「ですよね! じゃあ祭りで使われてた途中で一回直したんですか?」
「可能性は高い」
「うわー、それ面白い!」
そこから話が止まらなくなった。十一歳だからといって、誰も説明を簡単にはしなかった。
らでんも、分からないところは普通に聞いた。
「それ、何です?自然に起きたものですか?」
「木材の乾燥割れだな。こっちは自然。こっちは人為的」
「違いどこです?」
「断面、収蔵庫にある。見てみるか?」
「入れるんですか!?」
「関係者立会いならな」
「やった!」
古狸がふと小声で言った。
「……似てるな」
「何がです?」
「昔の変なガキに」
古狸はそこで鼻で笑って、自分で打ち消した。
「いや、全然違うか。あいつなら説明聞く前に勝手に奥に行ってた」
「らでんは人の話を全部聞く」
「確かにな」
しばらくして、らでんがこちらを振り向いた。
「何の話です?」
古狸が答えた。
「昔、お前みたいな変なガキがいたって話」
「えっ、誰ですか?」
古狸は少し考えた。口にしていい名前かどうか。
昔から、本人は自分の情報が残ることを嫌った。
写真も経歴も連絡先も、ネットに上がったものは気づけば消えている。
古層板の古参ですら、本人について公に書くことはほとんどない。だから古狸は、名前だけを言った。
「ジン=フリークス」
らでんは首を傾げた。
「……誰です?有名な人ですか?」
「遺跡ハンターだな。有名と言えば有名だが・・・調べても対した情報はでてこないぞ」
「なんでです?」
古狸が短く言った。
「本人が全部消すんだよ」
らでんの目が少しだけ大きくなった。
「自分で?」
「そういう奴なんだよ」
「へえ……」
古狸には分かった。
その「へえ」は危険だ。らでんが、何か面白いものを見つけた時の声だった。
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その夜。らでんは家へ帰ると、宿題を片付けてから一応、検索した。
《ジン=フリークス》
ほとんど何も出ない。名前のない発掘写真。古い論文にある、「某ハンターの協力により」という記述。
途中でリンクの切れている昔のページ。引用元だけ残り、元記事が消えている研究報告。
不自然だった。これほど古層板の大人たちが知っている人物なのに、本人へたどり着く情報がほとんどない。
らでんは、しばらく画面を眺めた。でも、すぐに検索するのをやめた。
翌日。古層板へ書き込む。
RDN
> ジン=フリークスについて教えてください。
古狸@野良発掘
> ネットに書けることはあんまりない。
RDN
> じゃあ書ける範囲で。
古狸@野良発掘
> しつこいな。
RDN
> 気になるので。
古狸@野良発掘
> 遺跡を見つけるのが趣味。
RDN
> 趣味!?
古狸@野良発掘
> 趣味みたいなもんだ。
別の古参らしい利用者が入る。
別の利用者
> 十代の頃から遺跡掘ってた。
RDN
> 十代!?
別の利用者
> しかも掘った後、修復、保存までやってたな。
RDN
> なんで?
古狸@野良発掘
> 残さなきゃ意味ないからだと。
そこで、らでんの書き込みが止まった。数分。十分。そして。
RDN
> 見つけるだけじゃないんですね。
古狸@野良発掘
> ああ。
> 保存して、公開して、地元に管理を任せられるところまでやった。
RDN
> 面倒くさいところまで全部?
古狸@野良発掘
> むしろそっちの方が長い。
また沈黙。らでんの机の上には、以前撮影した《渡り灯》の写真があった。
名前を失っていた物。人に忘れられれば、物はそこにあっても、意味を失う。
らでんはキーボードを打った。
RDN
> その人、どうやってそういう仕事するようになったんですか?
古狸@野良発掘
> ハンターだから。
RDN
> ハンターって、遺跡掘る仕事なんですか?
古狸@野良発掘
> 違う。
RDN
> じゃあ何する人?
しばらくして、答えが返ってきた。
古狸@野良発掘
> 好きなものを追いかけるために、世界のどこへでも行く連中だ。
らでんは、その文章を何度も読んだ。そして別の窓を開いて検索欄へ入力する。
《ハンター試験》
今度は、情報が山ほど出てきた。
ならばハンターとは何なのか。調べてみる。
遺跡ハンター。美食ハンター。幻獣ハンター。賞金首ハンター。財宝ハンター。
一口にハンターと言っても、追いかける対象はまるで違った。
共通しているものもある。普通なら入れない場所へ行く。普通なら手に入らない情報へアクセスする。
そして、自分が追いたいものを、本当に追いかけていい。
らでんの指が止まった。
「……何これ」
さらに読む。ハンターライセンス。各種施設の利用。渡航。融資。立入制限区域へのアクセス。特殊な情報網。
「いやいやいやいや」
思わず椅子から身を乗り出した。
「こんなん文化財見るための最強カードじゃないですか」
だいぶ偏った理解だったが、らでんにはそこが大きかった。
行きたい場所へ行き、見たいものを見て、それを仕事にしていい。
その夜。古層板に新しいスレッドが立った。投稿者はRDN。題名。『ハンター試験について』
最初に反応があった。
古狸@野良発掘
> なんで急に。
RDN
> 受けたいです。
しばらく返信が止まった。次に書き込みがあった。
みずき堂
> 待ちなさい。
RDN
> なんでです?
古狸@野良発掘
> お前いくつだ。
RDN
> 11です。
古狸@野良発掘
> だよな。
みずき堂
> だよな、じゃないです。
RDN
> ジンさんもかなり若い時にハンターになったんですよね?
古狸@野良発掘
> あれを基準にするな。
みずき堂
> 本当に参考にしてはいけない人です。
RDN
> でも受かってる。
古狸@野良発掘
> そういう問題じゃねえ。
RDN
> どういう問題です?
古狸からの返事は短かった。
古狸@野良発掘
> 危険すぎる、下手すりゃ死ぬぞ。
そこで、らでんの指が止まった。
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調べ直した。ハンター試験。死亡者。重傷者。失踪。年度によって全く異なる内容。
学力試験とは違う。過去問題集も意味がない。知識だけで突破できるものではない。
数日後。
RDN
> 思ってたよりかなり危ないですね。
古狸@野良発掘
> だから言った。
RDN
> でも受けたいです。
古狸@野良発掘
> お前、人の話聞いてるか?
RDN
> 聞いた結果です。
みずき堂
> どうしてそこまでしてハンターになりたいの?
らでんは少し考えた。それから書く。
RDN
> 行けないところに行きたいです。
> 見られないものを見たいです。
> 知らないものを知りたいです。
少し間を置いて、もう一行。
RDN
> あと、面白かったものを誰かに話したいです。
古層板が静かになった。古狸が最後に、
古狸@野良発掘
> ……そうか。
とだけ返した。賛成ではない。
だが、否定もしなかった。