儒烏風亭らでんは世界を蒐集する   作:今日も元気ですマン

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第二話 十一歳

 追加調査に合わせて、古層板の何人かが資料館へ集まることになった。小規模な勉強会だという。

 それについても誘いの書き込みがあった。

 

みずき堂

> よろしければ、来ませんか?

 

 らでんは即答した。

 

RDN

> 行きます!

 

 誰も年齢を聞かなかった。

 

---

 

 当日は朝から電車を一本間違えた。

 

 小柄な少女が肩から鞄を提げて資料館前まで走ってくる。駆けてきた息がまだ整わず、鞄の紐を握り直して立ち止まる。

 入口の前には、すでに数人の大人が集まっていた。発掘現場帰りのような風貌の男と、資料館職員の落ち着いた物腰の人物。

 その周りに、大学関係者や保存に詳しいらしい人たちが数人。

 みんなが周囲を見ながら「らでんはどいつだ?」という顔をしている。

 

 若い女性研究者? 違う。大学生らしい青年? 違う。

 少女は息を整えて、思い切って声をかけた。

 

「すみません、電車を一本間違えました。あの……古層板の方ですか?」

 

 沈黙。日焼けした男が短く答えた。

 

「そうだけど」

 

 少女がぱっと笑った。

 

「らでんです! 今日はよろしくお願いします!」

 

 沈黙。みずき堂が古狸を見る。古狸が少女を見る。

 

「……らでん?」

「はい!」

「RDN?」

「はい!」

「何歳?」

「十一です」

 

 誰も喋らなかった。らでんの表情が少し不安になる。

 

「……まずかったです?」

 

 みずき堂が頭を抱えた。

 

「まずいというか……」

 

 古狸が言った。

 

「大学院生だと思ってた」

「大学院?」

 

 らでんが笑った。

 

「そんなに大人っぽかったですか?」

「・・・いやぁ・・・びっくりだわ」

 

 資料館の入口で、古層板の面々がしばらく騒いだ。

 

---

 

 だが展示室へ入ると、十分もしないうちに、いつもの空気に戻った。

 みずき堂がケースの中の《渡り灯》を指す。

 

「写真だと分かりづらかったのですが、ここです」

 

 らでんがガラスへ顔を近づける。

 息でガラスが小さく曇り、指先は触れる手前で止まる。

 

「あっ!」

「近い近い」

 

 らでんが慌てて一歩引く。

 

「ここ削り直してません?」

 

 横から保存担当らしい参加者が覗き込む。

 

「よく分かったな」

「だって左右で刃物の入り方違いますよ」

「後補だと思う」

「ですよね! じゃあ祭りで使われてた途中で一回直したんですか?」

「可能性は高い」

「うわー、それ面白い!」

 

 そこから話が止まらなくなった。十一歳だからといって、誰も説明を簡単にはしなかった。

 らでんも、分からないところは普通に聞いた。

 

「それ、何です?自然に起きたものですか?」

「木材の乾燥割れだな。こっちは自然。こっちは人為的」

「違いどこです?」

「断面、収蔵庫にある。見てみるか?」

「入れるんですか!?」

「関係者立会いならな」

「やった!」

 

 古狸がふと小声で言った。

 

「……似てるな」

「何がです?」

「昔の変なガキに」

 

 古狸はそこで鼻で笑って、自分で打ち消した。

 

「いや、全然違うか。あいつなら説明聞く前に勝手に奥に行ってた」

「らでんは人の話を全部聞く」

「確かにな」

 

 しばらくして、らでんがこちらを振り向いた。

 

「何の話です?」

 

 古狸が答えた。

 

「昔、お前みたいな変なガキがいたって話」

「えっ、誰ですか?」

 

 古狸は少し考えた。口にしていい名前かどうか。

 昔から、本人は自分の情報が残ることを嫌った。

 写真も経歴も連絡先も、ネットに上がったものは気づけば消えている。

 古層板の古参ですら、本人について公に書くことはほとんどない。だから古狸は、名前だけを言った。

 

「ジン=フリークス」

 

 らでんは首を傾げた。

 

「……誰です?有名な人ですか?」

「遺跡ハンターだな。有名と言えば有名だが・・・調べても対した情報はでてこないぞ」

「なんでです?」

 

 古狸が短く言った。

 

「本人が全部消すんだよ」

 

 らでんの目が少しだけ大きくなった。

 

「自分で?」

「そういう奴なんだよ」

「へえ……」

 

 古狸には分かった。

 その「へえ」は危険だ。らでんが、何か面白いものを見つけた時の声だった。

 

---

 

 その夜。らでんは家へ帰ると、宿題を片付けてから一応、検索した。

 

《ジン=フリークス》

 

 ほとんど何も出ない。名前のない発掘写真。古い論文にある、「某ハンターの協力により」という記述。

 途中でリンクの切れている昔のページ。引用元だけ残り、元記事が消えている研究報告。

 

 不自然だった。これほど古層板の大人たちが知っている人物なのに、本人へたどり着く情報がほとんどない。

 らでんは、しばらく画面を眺めた。でも、すぐに検索するのをやめた。

 翌日。古層板へ書き込む。

 

RDN

> ジン=フリークスについて教えてください。

 

古狸@野良発掘

> ネットに書けることはあんまりない。

 

RDN

> じゃあ書ける範囲で。

 

古狸@野良発掘

> しつこいな。

 

RDN

> 気になるので。

 

古狸@野良発掘

> 遺跡を見つけるのが趣味。

 

RDN

> 趣味!?

 

古狸@野良発掘

> 趣味みたいなもんだ。

 

 別の古参らしい利用者が入る。

 

別の利用者

> 十代の頃から遺跡掘ってた。

 

RDN

> 十代!?

 

別の利用者

> しかも掘った後、修復、保存までやってたな。

 

RDN

> なんで?

 

古狸@野良発掘

> 残さなきゃ意味ないからだと。

 

 そこで、らでんの書き込みが止まった。数分。十分。そして。

 

RDN

> 見つけるだけじゃないんですね。

 

古狸@野良発掘

> ああ。

> 保存して、公開して、地元に管理を任せられるところまでやった。

 

RDN

> 面倒くさいところまで全部?

 

古狸@野良発掘

> むしろそっちの方が長い。

 

 また沈黙。らでんの机の上には、以前撮影した《渡り灯》の写真があった。

 名前を失っていた物。人に忘れられれば、物はそこにあっても、意味を失う。

 

 らでんはキーボードを打った。

 

RDN

> その人、どうやってそういう仕事するようになったんですか?

 

古狸@野良発掘

> ハンターだから。

 

RDN

> ハンターって、遺跡掘る仕事なんですか?

 

古狸@野良発掘

> 違う。

 

RDN

> じゃあ何する人?

 

 しばらくして、答えが返ってきた。

 

古狸@野良発掘

> 好きなものを追いかけるために、世界のどこへでも行く連中だ。

 

 らでんは、その文章を何度も読んだ。そして別の窓を開いて検索欄へ入力する。

 

《ハンター試験》

 

 今度は、情報が山ほど出てきた。

 

 ならばハンターとは何なのか。調べてみる。

 遺跡ハンター。美食ハンター。幻獣ハンター。賞金首ハンター。財宝ハンター。

 一口にハンターと言っても、追いかける対象はまるで違った。

 共通しているものもある。普通なら入れない場所へ行く。普通なら手に入らない情報へアクセスする。

 

 そして、自分が追いたいものを、本当に追いかけていい。

 

 らでんの指が止まった。

 

「……何これ」

 

 さらに読む。ハンターライセンス。各種施設の利用。渡航。融資。立入制限区域へのアクセス。特殊な情報網。

 

「いやいやいやいや」

 

 思わず椅子から身を乗り出した。

 

「こんなん文化財見るための最強カードじゃないですか」

 

 だいぶ偏った理解だったが、らでんにはそこが大きかった。

 行きたい場所へ行き、見たいものを見て、それを仕事にしていい。

 

 その夜。古層板に新しいスレッドが立った。投稿者はRDN。題名。『ハンター試験について』

 

 最初に反応があった。

 

古狸@野良発掘

> なんで急に。

 

RDN

> 受けたいです。

 

 しばらく返信が止まった。次に書き込みがあった。

 

みずき堂

> 待ちなさい。

 

RDN

> なんでです?

 

古狸@野良発掘

> お前いくつだ。

 

RDN

> 11です。

 

古狸@野良発掘

> だよな。

 

みずき堂

> だよな、じゃないです。

 

RDN

> ジンさんもかなり若い時にハンターになったんですよね?

 

古狸@野良発掘

> あれを基準にするな。

 

みずき堂

> 本当に参考にしてはいけない人です。

 

RDN

> でも受かってる。

 

古狸@野良発掘

> そういう問題じゃねえ。

 

RDN

> どういう問題です?

 

 古狸からの返事は短かった。

 

古狸@野良発掘

> 危険すぎる、下手すりゃ死ぬぞ。

 

 そこで、らでんの指が止まった。

 

---

 

 調べ直した。ハンター試験。死亡者。重傷者。失踪。年度によって全く異なる内容。

 学力試験とは違う。過去問題集も意味がない。知識だけで突破できるものではない。

 

 数日後。

 

RDN

> 思ってたよりかなり危ないですね。

 

古狸@野良発掘

> だから言った。

 

RDN

> でも受けたいです。

 

古狸@野良発掘

> お前、人の話聞いてるか?

 

RDN

> 聞いた結果です。

 

みずき堂

> どうしてそこまでしてハンターになりたいの?

 

 らでんは少し考えた。それから書く。

 

RDN

> 行けないところに行きたいです。

> 見られないものを見たいです。

> 知らないものを知りたいです。

 

 少し間を置いて、もう一行。

 

RDN

> あと、面白かったものを誰かに話したいです。

 

 古層板が静かになった。古狸が最後に、

 

古狸@野良発掘

> ……そうか。

 

 とだけ返した。賛成ではない。

 だが、否定もしなかった。

 

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