儒烏風亭らでんは世界を蒐集する   作:今日も元気ですマン

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第二十話 舞にして残す

 

 凝は使えるようになった。ただし一瞬だけ。

 目に集めたオーラはすぐ散る。

 それでも昨日より長く見えたという手応えが、らでんにはあった。

 

 冷えた朝、らでんはジンに報告した。

 

「昨日、三十秒くらい見えました」

「で?」

「三十秒ですよ?」

「だから?」

 

 ジンは時間を褒めない。

 らでんが言い返す前に、はじめが横から割り込んだ。

 

「うち四十」

「競うな!」

「どっちも、実戦ならその間、他がガタガタだろ」

 

 二人は黙った。図星だった。

 目に集めると腹が薄くなり、背中が散って他が手薄になる。

 

「見えたからって、使えると思うな」

「はい」

「はい……」

 

 らでんは話題を切り替えるように手を叩いた。

 

「今日も、方便から」

 

 点・舌・錬・発は一か月を過ぎても毎朝続けている。

 らでんが今日照合する聞き取りを口にすると、はじめは足を動かしながら自分の目標を決めた。

 

「今日、ヨウさんの話を、別の聞き取りと照合する」

「昨日の三歩、ちゃんと続けて歩けるようにする」

「それだけ?」

 

 ジンに問われ、はじめは少し考えて足を止めた。

 

「呼吸、崩さない」

「じゃ行け」

 

---

 

 調査開始から六週間が過ぎ、《灯渡り》の輪郭は少しずつ出てきた。

 山間の季節移動、修理、細工、交易、灯、宿、歩法、呼吸、そして一つまだ変なことがあった。

 

 《なぜ、それが村の祭りに残ったのか》

 

 《もともと別の集団で村人ではないのに、なぜ村が祭りに取り込んだのか》

 

  理由がまだ見つかっていなかった。

 

---

 

 昼、村外れの古い家を訪ねた。

 縁側から細く日が入り、畳には座布団が敷かれている。

 茶の匂いの向こうで、七十六歳になるサエが迎えてくれた。

 

 らでんが工事の古写真を見せる。

 

「この動き、見覚えありませんか?」

 

 サエは眼鏡を直し、写真を長く見た。

 

「……踊りじゃな」

 

 はじめが少し身を乗り出す。

 

「知ってる?」

「知っとると言っても、わしらの頃には、もう子供の踊りじゃった」

「子供?」

「祭りの前、学校帰りに、みんなでやらされた」

 

「どんな?」

「嫌じゃったなあ、長いし、同じこと、何回もやるし」

「何回?」

「さあ、でも、一区切り、いくつかあった」

「型?」

「型?」

「動きのまとまり」

 

 サエは「ああ」と指を折った。

 一、二、三。途中で手を止める。

 

「十二……」

 

 らでんのペンが止まった。

 

「十二?」

「多分。いや、最後に、もう一つ、あった気もする」

 

 はじめがらでんを見る。

 二人とも、続きを知りたい顔をしていた。

 

「見せてもらえます?」

「七十六の婆さんに、踊れって?」

「座ったままで大丈夫です!」

「手だけでも!」

 

 サエは二人の身の乗り出しように笑った。

 

「必死じゃな」

 

 座ったまま、サエは右手を前に、左手を胸に置き、一で掌を返し、二で身体を少し傾けた。

 畳が少し軋んだ。三まではヨウと同じだった。

 はじめの目が変わった。

 四は初めて出るもので、右手を一度低く回し、左手を添えた。

 五は両手が入れ替わった。

 

 入れ替わる瞬間、肘の向きが自然に変わった。はじめは思わず立ち上がる。

 

「もう一回」

 

 サエの手を追い、一、二、三、四、五。足が畳を擦り、呼吸が動きに追いつこうとした。

 

「違う」

「どこ」

「四つ目」

「手?」

「足」

 

 サエは座ったまま踵を浮かせた。

 

「ここで、踏み替える」

 

 右、左と重心を移すと、腕が自然に繋がった。

 

「……あ」

「そうそう」

 

 五つ目を終えても、はじめは止まらなかった。

 足を一歩出し、肩を抜き、呼吸を整える。身体が次を探している。

 壁に寄りかかって見ていたジンが、声をかけた。

 

「そのまま。纏」

「今?」

「今」

 

 一で纏をして、二で呼吸し、三で薄いオーラに身体を包む。

 四の踏み替えで一瞬乱れ、五で戻った。

 

「もう一回」

「分かった」

 

 息は上がっていたが、目は先を見ていた。

 

 らでんは凝のため、目に集めて見た。

 腹の薄さに気をつけながら、目へ寄せた。

 はじめの身体の周りのオーラが、一、二、三と進み、四で踏み替えた瞬間に右脚が厚くなり、次に腰、次に肩と動きに合わせて偏り、そして戻った。

 

「……すご」

「何が」

「オーラ、動きについていってる」

「身体動かしてんだから、当たり前」

「いや、でも」

 

 はじめの動きが止まる頃には、らでんの凝も切れていた。

 目を押さえる。

 

 目の奥がじんと痛んだ。自分は止まっていても、纏を保つことと見ることを別々に考えてしまう。

 はじめは纏を保ちながら、息も足も止めずに踊っていた。

 楽しいと思って繰り返してきたことが、念を覚える足場にもなるのだろうか。

 羨ましくなり、素直に誇らしくも感じる。

 見ていた違いを本人にも伝えたくなった。

 

「はじめ」

「何」

「纏、踊ってる方が、安定してる」

 

 はじめが自分の身体を見下ろした。

 ジンも頷く。

 

「ああ」

「何で?」

「余計なこと、考えてねえから」

 

 らでんはつい笑ってしまった。

 

「それ、はじめに合ってる」

「どういう意味!」

 

 サエが三人の顔を見回す。

 

「何の話しとる?」

「何でもないです!」

 

 二人揃って答えると、サエは昔の祭りの歌を口ずさんだ。

 低い単純な節が畳に響く。

 

「ヒトツ、灯を抱け。フタツ、風を背に。ミッツ、石を避け。ヨッツ、息を継げ」

 

 はじめは動きを、らでんはペンを止めた。

 

「……これ」

 

 声が重なる。

 

「何?」

「歌詞が、動きの説明になってる」

 

 らでんが顔を上げると、ジンも壁から背を離し、歌に耳を寄せていた。

 らでんは続けた。

「灯を抱く」は一の動きで、「風を背に」は身体を捻ることで、「石を避け」は踏み替えで、「息を継げ」は呼吸だった。

 はじめは四つを続け、ぴたりと合った。

 

「……ほんまじゃ」

 

 サエが目を丸くした。

 

 らでんは心拍が速かった。鼓動が耳の奥で響き、手が少し震えた。

 これは踊りだけじゃない。歌だけでもない。

 歌詞、動き、呼吸、灯の全部が一つだった。

 

「冗長化……」

「何」

「同じ情報を、いくつかの形で、残してる」

 

 ジンが口元を緩めた。

 

「お前、そういう言い方すんのな」

「だって、歌を忘れても、身体に残る。身体を忘れても、歌詞に残る。道具が残れば、持ち方が分かる。写真が残れば、姿勢が分かる。全部、お互いに、補完できる」

 

 はじめは自分の手と、らでんのノートを見比べた。

 

「すご」

 

 サエは膝へ手を置いた。

 

「ばあさんが、字は消える、紙も燃える、道もなくなる、と言っとった。でも身体に入れたもんは、生きとる間、持って歩ける」

 

 元は誰の言葉だったのか、そこまでは覚えていないという。

 らでんは書く手を止めた。

 ノートにはもう、足の運びも手の形も書いてある。

 それを後で読む自分は、はじめが今掴んだ動きまで分かるだろうか。

 書き取れたところで安心すると、書けなかったところを忘れてしまいそうだった。

 はじめの足に残った三歩を見て、もう一度ペンを動かした。

 

---

 

 その日の夕方、蔵で《渡り灯》の前に立った。土間の冷気が足元に残り、木の匂いがした。

 実物を使う代わりに、同じ長さと重さの木で作った模擬灯を用意した。

 ジンがそれを顎で示す。

 

「壊したら、お前が泣くからな」

「文化財だからです!」

 

 はじめが模擬灯を構え、らでんはサエ宅で録らせてもらった歌を流した。

 座敷で録った声は少し割れ、畳の軋みまで入っていた。

 

 一で灯を抱けと身体の内に入れ、二で風を背にと半身になり、三で石を避けと踏み替え、四で息を継げと吸い、五は知らないところで音源が止まった。

 歌が止まると、身体だけが残った。

 

「ここから」

 

 はじめが次の動きを待つ。

 らでんは止まった録音を見た。

 

「別の人から、探す」

 

---

 

 次の数日、村で聞き取りをした。日差しの強い日も、雨で土がぬかるむ日も歩いた。

 八十二歳の男から五から七を、別の女性から八と九を、古い祭り記録から十を、そして十一と十二を少しずつ繋げた。

 教えてもらうたびに身体が増え、覚えるたびに息が合わなくなって直した。

 

 十二をはじめが全部通した。一、二、三と灯を守り、四で呼吸し、五で坂を下り、六で身体を低くし、七で方向転換し、八で足場の狭いところを通り、九で荷重を移し、十で灯を持ち替え、十一で呼吸を整え、十二で前へ差し出して終わった。

 

 通し終えた途端、蔵の中が静かになった。

 

 土の上で息を整えるはじめに、らでんは拍手しかけた。

 けれど、差し出された腕が戻らない。

 

「……違う」

「何が?」

「終わってない」

「十二まで、あるよ?」

「そうじゃなくて」

 

 はじめは最後の姿勢を取り直した。

 灯を前へ出し、腕を伸ばす。重心は前にあって、足もまだ次へ出せる。

 

「これ。終わる形じゃない」

 

 ジンが目を細めた。

 

「続ける形?」

「違う」

 

 少し考え、はじめはらでんの前へ模擬灯を差し出した。

 

「渡す形」

 

 らでんの手が自然に上がる。

 終わりではなく、継ぎ目の形だった。

 

「だから、灯渡り」

 

 ジンが灯を受け取り、胸へ寄せた。

 そのまま一の型に収まっている。

 

「確かにな」

「そう!」

 

 はじめの声に構わず、一歩、二歩。三、四と続く足にも迷いがない。

 

「ずる」

「何が」

「すぐできる」

「見りゃ分かる」

「禁止!!」

 

 らでんの声が蔵に響いた。

 でも十三はなかった。通しても、数えても十二で止まる。

 サエの「最後にもう一つ」という言葉だけが残った。

 

「十三番目が、渡すこと?」

「型じゃなくて?」

 

 二人に見られても、ジンは肩をすくめるだけだった。

 

「分からん」

「じゃあ、調べる」

 

---

 

 数日後、古い祭礼帳が出た。蔵の奥の箱に伏せてあり、開くと黴の匂いがした。

 破れと虫食いがあり、最後の数頁は文字が薄かった。

 触れると端が欠けそうで、指先に力を入れられない。

 

 らでんは凝を使わず、普通に照明の角度を変えて写真を撮り、画像の濃淡を調整して一文字、また一文字と読んだ。

 光を斜めにすると、沈んだ墨が浮いた。

 

 《十二の歩みを終え》

 

 その下にあった。

 

 《灯を次へ》

 

 さらにあった。

 

 《受くる者は》

 

 虫食いでその先はなかった。

 欠けた穴の白さだけが残った。

 

「はじめ!」

「何!」

 

 走ってきたはじめに、らでんは指で文字を示した。

 読み終えた顔に、ゆっくり笑みが広がる。

 

「合ってたよ」

「うん」

 

 後ろから覗き込んだジンも、その行を追った。

 

「で」

「で?」

「何でこんなもん、祭りにした」

 

 らでんは止まった。

 合った喜びの先に、まだ問いが残っていた。

 

---

 

 その夜、らでんは昼に聞いたサエの言葉をノートに書き直した。

 紙だけでは消えるものを、歌と身体に分けて預けたのかもしれない。

 けれど、誰が何のためにそうしたかはまだ分からない。

 はじめが廊下で三歩を踏む音を聞きながら、疑問符を残した。

 

---

 

 外でははじめがまた十二の型をやっていた。夜露の降りた土の上で、足音だけが響いた。

 一で纏をして、二で呼吸し、三で練をほんの少し入れた。

 

「練は入れんな」

 

 ジンの声に、はじめが足を止めた。

 

「何で」

「今は、踊り覚えてんだろ。念混ぜて、元の動き、変えんな」

「ん…」

「別々に覚えろ。混ぜるのは、両方、身体に入ってから」

 

 はじめは頷き、もう一回、念を使わず一、二、三と踏んだ。

 足音がはっきりした。

 

 らでんはそれを見て、少し不思議に思った。縁側から漏れる光に照らされた背が、昼より大きく見えた。

 それは念修行と同じだった。

 最初は考えて何度も身体に入れ、考えなくなったとき初めて自分のものになる。

 文化を残すことと念を覚えることは違うはずなのに、身体を通る点で似ていると気づきかけていた。

 

---

 

 二か月目に入った。朝晩の空気が少し変わり、土の匂いが濃くなった。

 はじめはまだ十二の型が完璧ではなかった。

 足の運びは揃っても、呼吸が遅れるところが残っていた。

 らでんの凝はまだ三十秒程度で、絶はまだ一分が怪しく、練は疲れ、纏は会話するとたまに切れた。

 

 保てる時間は延びたが、崩れるきっかけは同じだった。

 でも一か月前にできなかったことが今は毎日少しずつ身体の中に残っていた。

 

 出来る日と出来ない日を繰り返しながら、戻る場所が少しずつ後ろへ移り、消えかけた誰かたちの歩みも同じように戻り、次へ渡す手が増えていた。

 

---

 

 その頃には、方便もすっかり朝の日課になっていた。

 

 点・舌・錬・発を、もうジンが毎回聞かなくても、二人で段取りを始められるくらいには身体に入れていた。

 

 ある朝、はじめが切り出した。

 

「今日は十二の型、山で全部試す」

「私は型と旧道の地形を照合する」

 

 らでんもノートを開く。

 朝飯を食べていたジンが、箸を止めた。

 

「何で」

「何でって?」

「何で山でやる」

 

 はじめは少し考えた。

 

「……山歩くための動きだから」

「なら、何見る」

 

 今度はらでんが先に口を開いた。

 

「動きが実際の地形に対応してるか」

「そうか」

 

 はじめがジンの顔を覗く。

 

「今日、一緒に来る?」

「気が向いたらな」

「来ないやつだ」

 

 らでんはノートへ目を戻した。

 

---

 

 その前夜、らでんは一つ引っ掛かっていた。

 十二の型のことだった。

 古老のサエが言った。

 

 『十二……いや、最後にもう一つあった気もする』

 

 でも、復元できた動きは十二だった。

 言葉だけが残り、身体が追いついていない感じが消えなかった。

 

 さらに古い祭礼写真をらでんが拡大し、人を数えた。

 

「一、二、三……」

 

 横からはじめが覗き込む。

 

「何してんの」

「人数」

「十二?」

「……十三」

 

 二人で写真を見直した。

 

 灯を持っている人が十二人いて、その奥にもう一人いた。

 その人は何も持っておらず、列にも入っていなかった。十二人と向かい合うように立っていた。

 

「見物人?」

「なら、何でここ?」

 

 写真の端ではなく、十二人が進む先の正面で一人が待っていた。

 だから見物人では説明がつかなかった。

 らでんはノートに書いた。

 

 『十二の型』『灯持ち十二名』

 

 写真には十三人その下に

 

 『十三人目は何をしている?』 と書き続けた。

 

---

 

 そして朝、旧道に入った。念の稽古もこちらも続いていた。

 纏は、はじめが動いている時にはかなり安定し、らでんも静かな作業の時にはかなり安定した。

 でも注意が移るとすぐに崩れる。

 絶は一分を越える日が増えた。ただ緊張すると漏れる。

 

 練は、はじめが量を、らでんが安定を伸ばしている途中だった。

 凝はまだ短い

 初めに比べれば緩くなったものの、続けると目が痛くなり、目へ寄せた分だけ腹と背の覆いが薄くなった。

 この癖はジンにはあっさり見抜かれた。

 

「凝を切れ」

「まだ見えます!」

「だから切れ」

 

 派手ではなかったが、伸びない日も切らさないことだけが積み重なっていた。

 

 はじめは模擬灯を背負った。本物は使わない。

 背にのしかかる木枠の重量や持ち手を、できるだけ《渡り灯》に近づけたものだった。

 重さがあるからこそ身体の動きが変わる。

 制作はカルドに頼んだ。これなら踊るときに使っても本物を傷めずに済む。

 

 型の一は、『灯を抱け』はじめは灯を身体に近づけ、枝が多いところで角型の灯をぶつけないようにした。

 抱えが浅いと枝に引っかかるので、胸に寄せる意味がすぐ身体で分かった。

 らでんはノートに書きつけた。

 

 『ここなら意味ある』

 

 型の二は、『風を背に』尾根に出ると風が強かった。

 はじめは身体を半身にし、灯を風下にした。

 風に灯をさらさない向きにすると身体も安定した。

 

「二個目」

「まだ偶然」

 

 型の三は、『石を避け』崩れた岩場で足を斜めに踏み替えた。

 まっすぐ踏むとぐらつくので、斜めに逃がすと足が残った。

 はじめが笑って振り返る。

 

「三個目」

「まだ、頑固」

 

 型の四は、『息を継げ』急坂が終わると小さい平場があり、湧水があった。

 登り切ったところで息が切れ、水がある場所で止まる流れが自然だった。

 

「休憩場所……?」

 

 らでんが地図を広げる横で、はじめは呼吸を整えた。

 

「これ、道に合わせてる?」

「逆かも」

「何が」

「型を道に合わせたんじゃなくて、この道を歩くために型が出来た」

「当たり前だろ」

 

 振り返ると、ジンがいた。

 

「気が向いたんですね」

「暇だった」

 

 型の五は坂で荷重を移し、六では身体を低くする。

 けれど、はじめは立ち止まった。

 

「……ここ?」

 

 普通の道だった。木は高く、屈む必要もない。

 らでんは古地図へ目を落とした。

 

「六番だけ合わない」

「じゃ、何でだ」

「地形が後から変わった?」

「例えば?」

 

 はじめが斜面を見上げた。

 

「土、増えてる?」

「どこを見た」

「生えてる木」

 

 上の太い古木と、下の細い若木を順に指す。

 

「ここ、一回崩れた?」

「…あっ」

 

 らでんは記録を思い出した。

 四十七年前に大崩落があり、道はその後に作り直されている。

 今の道で六の意味が見つからないのも、それなら説明がつく。

 

「元の道、探せ」

 

 十五分後、斜面の下からはじめの声がした。

 

「らでん!」

 

 土に半分埋まった石が、一直線に並んでいた。人の手で置かれたものだ。

 らでんはしゃがんで、土から覗く並びを確かめた。

 

「石積み」

 

 さらに奥では地面が今より一メートル低く、その上に岩が張り出していた。

 はじめが普通に歩くと頭をぶつけた。

 

「……六」

 

 身体を低くして通り直すと、ぴったりだった。

 らでんの腕に鳥肌が立つ。

 

「型が、昔の道覚えてる」

 

「面白えな」

 

 いつの間にか、ジンは岩の上にいた。

 

「そういう時だけ出てくる!」

 

 七は急な曲がりで身体を方向転換し、八は細い岩棚、九は沢渡り、十は灯の持ち替え、十一は長い上りだった。

 十二を終えて峠に出た。小さい平場で道が二つ交わっていた。

 はじめは最後に灯を前へ差し出して止まった。

 

 静かだった。

 

 差し出した先に道が開けているのに、渡す相手がいない止め方だった。

 

 らでんは周囲を見た。石が並んでいた。

 一、二、三と、小さい平石が円に沿って並んでいた。

 

「……十二」

「また?」

 

 らでんは顔を上げた。

 平石十二の輪の外、向かい側の少し離れたところにもう一つ大きい石があった。

 

 十三だった。

 らでんは黙った。

 

「何」

 

 ジンの声に、らでんは輪と大石を指した。

 

「十二と一」

「十二人と一人」

 

 はじめも写真を思い出したらしい。

 らでんはしゃがみ、石の表面を見比べた。

 十二の石は足場のように同じくらい磨耗している。離れた一個だけは、位置が違った。

 ノートに『十二の型』『十二の灯持ち』『十二の平石』『+一人』『+一石』と並べる。

 

「十三」

 

 はじめは小さく黙った。

 まだ意味は分からなかった。

 でも偶然と言うには数が多かった。

 数が重なるたびに偶然では片づかなくなっていた。

 

 さらに地面を見ると、円の踏み跡は中心になく、外側で繰り返されていた。

 そして大きい一石の前には、向かい合うようにもう一つ深い足跡の跡があった。

 はじめがそこに立った。

 

「ここ、一人待つ場所?」

「かもな」

「十三人目」

 

 その言葉が初めて口に出た。

 でも何をするのか。宿か。見張りか。儀礼役か。

 指導者か。名前がついただけで中身はまだ空だった。

 

 型の十二をはじめがもう一度やり、灯を前へ差し出して止まった。

 らでんは写真を見た。百年以上前、十二人が灯を持ち、一人が待っていた。

 今、はじめが灯を前に出し、大石一つが正面にあった。

 昔と今が同じ構図で重なった。

 らでんは大石の前へ立った。

 

「ここ?」

「多分」

 

 らでんは灯を見た。

 差し出された灯を受け取ると、はじめが息を呑んだ。

 

「あ」

「何?」

「そのまま、動かないで」

 

 らでんは止まった。右手で灯を受け取り、左足が半歩後ろに下がり、身体が自然に半身になり、灯が胸に近くなった。意識しなくても足と身体が抱える向きに入っていた。

 

 一の型、『灯を抱け』だった。

 

 受け取っただけで始まりの姿勢になっていたからこそ静かになった。

 

「そういうことか」

 

 ジンの声に笑いが混じった。

 はじめは十二の終わりを、らでんは一の始まりを見た。

 終わりと始まりが人の手でつながっていた。

 

「十三番目」

 

 らでんは抱えた灯を見た。

 はじめも、差し出していた手へ目を落とす。

 

「型じゃない」

「多分な」

 

 ジンの相づちに、らでんは顔を上げた。

 

「人だ」

 

 十三番目、それは十三の型ではなく、十二を終えた人から灯を受け取る『次の人』だった。

 

 はじめが写真の十二の灯と、向かいで待つ一人を指した。

 

「だから、写真」

「だから、石」

「だから、向かい合った人」

 

 らでんも十二の平石と、離れた一石を見渡した。

 

「だから、サエさん、十二の後に、もう一つあった気がするって」

 

 動きではなく、受け渡しそのもの。儀礼の一工程だった。

 サエの言葉が動きの数ではなく人の数だったからこそ三つが合った。

 

 ジンが模擬灯を取り、はじめは最後の姿勢を作った。

 ジンが受け取ると、自然に一の型へ収まった。

 

「それ!」

 

 はじめの目が開いた。

 ジンが一歩進んで二、三と続けると、一回見ただけで自然だった。

 はじめの「ずる」にジンがいつもの調子で返し、らでんが一言でたしなめた。

 でもまだ仮説で、身体の感じだけでは決められなかった。

 

 平場の端に一つ石柱があり、薄い刻みがあった。

 端末で撮った石柱の写真の角度や光を変えると、差し出す手と受け取る手の図が浮いた。

 その下に古い文字があった。

 山から宿舎に戻ったその夜、画像を拡大し、資料と照合すると一文字ずつ読めた。

 

「継」、次に「灯」、最後に「人」。『継灯人』

 

「灯を継ぐ人」

 

 はじめの声に、らでんは頷いた。ジンも写真を覗き込む。

 

「十三人目」

「継灯人?」

「かもな」

 

 そこからさらに古記録を探すと、祭礼帳の端に薄い書き込みがあった。

 『舞手十二』その下は虫食いで一文字だけ残っていた。

 

 『受――』

 

 次は消えていた。

 虫食いがちょうど受け取る側を隠していた。

 らでんは欠けた行を指で追った。

 

「受ける」

「人?」

「かもしれない」

 

 さらに家系帳の百六十二年前の欄外に『「秋、灯ノ者十三名滞在」』とあった。

 

「十三はこれ?」

 

 指を止めた行の下に、『「継灯 シウ」』とあった。

 

「名前?」

「多分」

 

 別頁の翌春には『「灯ノ者十二名」』とあった。

 二人は黙った。秋に十三人、翌春に十二人、そして継灯のシウの次の記録はなかった。

 

「十三人目」

「この人かもしれない」

 

 来た数と残った数の差だけが残り、理由は書かれていなかった。

 

 らでんはノートを開いて新しい頁に『十三番目は「受け取る人」』と書き、その下に『継灯人シウ』と書き続けた。

 

 さらに『なぜ、シウだけ戻らなかった?』

 

 最後に『《渡り灯》がこの村に残ったことと関係する?』と書いた。

 

 少し離れたところからジンが二人を見ていたが、何も言わなかった。

 らでんは頁を閉じた。

 

「調べる」

「うん」

 

 十二の型と十三番目の人、そして一基だけ残った《渡り灯》

 三つがようやく同じ線に乗り始めた。

 まだ線だけで、結び目は先に残っていた。

 

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