朝、らでんは昨日のノートを開いた。
『秋、十三人。翌春、十二人。継灯、シウ』
名前だけは見つかった。でも、ひとり減った理由は空白のままだ。
横から覗いたはじめが、写真の人物を指す。
「どう見てもこの人、なんかあったよね」
「うん」
「死んだ?」
「可能性はある」
「村に残った?」
「それも」
「結婚?」
「それも」
「全部あるじゃん」
「だから、調べるの」
はじめの挙げた可能性を、らでんはノートの余白に並べた。
どれも消せない以上、一つずつ確かめるしかない。
後ろで朝飯を食っていたジンが口を挟んだ。
「一個抜けてるぞ」
「何が?」
「記録が間違ってる」
らでんは止まった。
はじめが「あ」と声を上げる。
「シウって名前が本名とも限らねえ」
「……確かに」
「十三人、数え間違いかもしれねえ」
「それもある」
「灯ノ者。同じ集団かも分からねえ」
らでんはノートを見た。
仮説を確かめないうちに、事実みたいに扱いかけていた。
ジンは茶を飲む。
「だから、一個ずつ潰せ」
「はい」
方便の点は、シウが誰だったか確かめる。舌は、百六十二年前の記録を同時期の別資料と照合すると言葉にした。
決めたことをノートに書く隣で、はじめがジンを見た。
「うちは?」
「自分で決めろ」
はじめは写真に残る十三人目の姿を指でなぞる。
「十三人目が何してた人か身体の方から探す」
「じゃ行け」
らでんは紙を、はじめは動きを追う。
別々の手がかりを持って、二人は仕事に出た。
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役場の倉庫には古い戸籍に近い家別帳があり、税や婚姻や死亡や出生の記録があった。
全部が揃っているわけではなく、紙が擦れて薄くなり、綴じが緩んで順が乱れているものもあった。
らでんは一冊、次、さらに次とめくった。
埃の匂いの中で指先だけが進んだ。
百六十二年前の秋、村外の滞在者は十三人。別の帳面には十二人とある。
二冊を並べて日付を確かめると、九月は十三人、十月は十二人だった。
「一か月で一人減ってる?」
同じ秋でも、記録した時期が違った。
宿泊と配給の記録でも、米や塩や炭が十三人分から十二人分へ変わる。
その下に、食料とは別の一行があった。
『薬 一人分』
「……薬」
別帳の村医の記録には名前がなかった。ただ
『山客 一名。右脚 裂傷』とあった。
誰かは書かれず、部位と傷だけが残っていた。
「はじめ!」
外へ飛び出すと、はじめは模擬灯を使って十二の型を通していた。
呼吸を整えたところへ駆け寄る。
「右脚!」
「何?」
「山客一名、右脚に裂傷」
はじめが自分の右脚を見下ろした。
「シウ?」
「まだ分からない。でも」
記録を見せる。
九月に十三人、十月に十二人、薬が一人分、脚の怪我。
並べると結びつけたくなるが、まだ足りない。
「怪我で山を越えられなかったのかな?」
「その可能性あるかも」
近くにいたジンも、記録へ目を向けた。
「怪我の程度は」
「書いてない」
「なら、まだ何も分かんねえ」
「はい」
傷の深さも分からない。歩けなかったとは、まだ言えない。
はじめが模擬灯を持ち直した。
「じゃ、怪我した人がこの型できるか試す」
「どうやって?」
怪我に見立てて右脚にタオルを巻き可動域を減らした。そのまま体重を乗せずに踏み出す。
一で崩れ、二は無理で、三で止まった。
「全然ダメ」
「当たり前だろ」
「でも」
はじめは型の十二の最後だけを取った。
立ったまま腕を前に出し、灯を差し出す。
右脚はほぼ使わない。
「ここだけできる」
らでんはその姿を見た。
移動する型とは違って、渡すところだけなら歩けなくても出来そうだ。
「十三番目、歩かない役だった?」
「……待つ側?」
「それ面白いな」
ジンが二人の前へ寄った。
「継灯人がずっと先頭で運ぶ奴とは限らねえ。受け取って次に渡す役なら」
「一地点に残る人でも成立する?」
「かもな」
仮説が増えたまま置くしかなかった。
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午後、村の最古の墓地で家系を調べると、百六十年前と書かれた頁に、外から入った人が一人いた。
名前は『シウ』
「いた」
はじめの指が、らでんの止まった指の隣へ並んだ。
ただし名字はなかった。百六十二年前の記録とは二年ずれるため、同じシウかはまだ確定できなかった。
出身は『山向。職は細工。そして没年は来村の三十七年後』とあった。
墓石の前で声が低くなった。
「死んでない」
「村に三十年以上いたことになる」
過ぎ去った過去の話なのに、怪我を悪くして死んだわけではなさそうだ。
不思議とほっとした。
墓は小さく、村人の墓の列から少し外にあった。でも外れてはいたが、背を向けられてはいなかった。
隣に別の墓があり、名字は村の家だった。
「結婚してる」
さらに子が二人いた。
「残ったんだ」
「うん」
残った年月の暮らしが石に刻まれていた。
でも、なぜだったのか。怪我だったのか。
恋だったのか。仕事だったのか。集団の解散だったのか。
理由だけは石にも紙にもなかった。
その隣の墓の家は今も残っていた。手がかりとして、その繋がりを追うことにした。
墓の現在の主は村の端の古い家に住んでいる。
七十九歳 男性 ハクだった。
事情を説明し、らでんは記録を見せた。
「シウさん、ご先祖にいらっしゃいます?」
ハクはしばらく首をひねった。
「シウ? 知らんな」
肩を落としかけたところへ、続きが来た。
「山の婆さんなら聞いたことある」
「山の婆さん?」
「うちのずっと昔の先祖、外から来た」
「女性?」
「そう聞いとる」
シウは名前だけでは性別が分からなかった。
らでんは文字の並びに勝手に男の姿を足していた。
また思い込みだった。
隣にいないジンを思い出すと、いたら絶対笑うと思った。
ハクは古い箱を出した。家が代々残しているもので、針や小刀や金具、そして細工道具が入っていた。
らでんの目が変わった。《渡り灯》の金具と同じ印があった。
道具の底に小さく刻まれた印だった。
「これ」
「何?」
「この印あれだ」
らでんは古い吊り金具の写真を隣へ置いた。
刻まれた印が一致する。
「へえ」
ハクは初めて気づいたようだった。
家にあり続けたのに、意味は伝わっていなかった。
箱の底には布の包みがあり、開くと小さい木札があった。
らでんは息を止めた。
角の線は《渡り灯》と同じ文様で、裏に古いが読める文字があった。
『シウ』
「本人のかな?」
「可能性は高いね」
持ち主とはまだ言えなかった。
ハクも木札を覗き込んだ。
「それ、そんな大事なもんだったのか?」
らでんは言いかけて止まった。
まだ調べ終えていないのに、値打ちを決めてしまうところだった。
「大事かどうか、今調べてます」
「そうか」
ハクの顔がほころんだ。
木札は借りず、その場で寸法や材や痕を記録した。
持ち出さず、ある場所で見たまま残した。
らでんは目にオーラを集めて凝で短く見た。
何も、残っていない?
いやほんの少し、木札の端に薄い《渡り灯》と同じ種類の感じがあった。
でももっと弱かった。すぐ凝を切った。
ジンの言葉を思い出した。
何でも念で見るな。
普通に見ると、側面の削れは片側だけだと指先で分かった。
紐の穴があった。
「これ」
はじめが自分の胸の前で、木札の位置を確かめた。
十二の型の一で灯を抱き、二で身体を捻っても、木札は邪魔をしなかった。
抱える腕の下に札が収まるようになっている。
「身分札?」
「役割札かも」
らでんには、何をする人かを示す方が動きに合う気がした。
「そういや」
ハクが箱へ目を落とした。
「婆さんの婆さんが言っとったらしい。うちには火を消しちゃならんって」
「火?」
「台所の火、昔はな。家にいつも種火残してたそうだ」
はじめも身を寄せる。
「何で?」
ハクは肩をすくめた。
「知らん」
理由は消えて、種火だけ残っていた。
らでんの目が変わった。
火と灯と継ぐがつながったように思えたが、証拠はなかった。
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その日の夕方、蔵の《渡り灯》の前で、らでんはハクの家の木札の写真を並べた。
同じ印、同じ細工、同じ残留で、離れた場所のものが同じ手に見えた。
「シウ、この灯持ってた人?」
「でも、何で置いてったんだろ」
はじめも写真を見比べている。
持っていたことと、置いた理由は別だった。
「今日、纏どれくらい切れた」
後ろから来たジンに、らでんは振り返った。
「今それ?」
「今」
役場で二回、墓地で一回。
ハクの家では木札を見つけた時に、完全に切れた。
「……四回」
「うち三回」
「じゃ、明日は二回以下な」
「文化財の大発見中なんですけど!」
「だからだろ」
ジンの視線が《渡り灯》へ移る。
「面白いもん見つけたり、油断した時ほど他が全部抜ける」
言い返せなかった。
「念能力者相手ならそこでやられるぞ」
「はい」
らでんは、身体の周りへ意識を戻した。
翌日、らでんは方便の点 シウ、舌 なぜ村に残ったのか。錬 追い、発 今日も動く。
問いは一つに絞られ、足は記録へ向かった。
念の纏は仕事をしながら切らさないようにした。
絶は夜に一分、練は五十秒、凝は二十秒だった。
毎日切らさず続ける。
そして数日後、村医の古記録の別頁をらでんが見つけた。
『山客 右脚裂傷』
その下の続きは、今まで紙が貼りついて見えなかった行だった。慎重に剥がすと文字が出た。
『歩行困難』さらに『同行十二名、冬前につき出立』とあった。
はじめは息を止めた。
らでんが最後を読むと『患者、当地ニ残ス』とあった。
傷と人数と残すことが一頁にそろった。
静かだった。
十三人と十二人、その理由がようやく一つ繋がったように見えた。
「置いていかれた?」
はじめの声に、らでんは首を振った。
「まだそうは言えない。残されたのか、自分で残ったのか、託されたのか」
ジンが頁の先へ指を進める。
「次」
「何が?」
「十二人がその後戻ったか」
二人は止まった。残った理由だけでは終わらない。
翌春の十二人が同じ十二人なのか、シウを迎えに来たのかも分からなかった。
らでんはノートを開いて『シウは負傷し、冬前に村へ残った』と書いた。これは記録の上ではかなり強いものだ。
その下に『しかし、なぜ《渡り灯》も残った?』
さらに『シウは継灯人だったのか?』
最後に『灯は「預けられた」のか?』と書いた。
記録で確かめられたことと、まだ分からないことを分けて書いた。
「だいぶ近づいたね」
「うん。でも」
らでんは頁を見直した。
「一番知りたいところ、まだ分かんない」
百六十二年前の冬、記録の上では十二人が山を越え、一人が残り、一基の灯も残った。
その二つが偶然なのか、意味があったのか。
答えはまだ山の向こう側に残っていた。山を越えないと届かない問いになっていた。
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旧道では十二の型を、はじめはもう全部繋げられた。完璧ではなかったが、止まらなかった。止まらないことが身体に入った証しだった。
一の抱えから十二の前への渡しまで、足と息が順を覚えていた。
そして十三番目に当たる、次の人へ渡すところまで含めて、止まらず通せた。
今日はその道を本当に山向こうまで通すことにした。試しではなく、通って確かめる日だった。
カルドが必要な許可を取り、ジンが装備を確認した。
はじめは模擬灯を背負い、らでんはノートと端末を持った。背負うものと書き残すものとが分かれていた。
はじめは脚に問題がなかった。
らでんは纏を保つのを忘れないまま、調査へ気を取られていた。
「凝、無駄に使うなよ」
「分かってます」
「絶、一人でやるな」
「はい」
ジンの目がはじめへ移る。
「練、山ん中で遊ぶな」
「はい」
らでんは隣の素直な返事に眉を上げた。
「はじめの方が素直」
「お前がいちいち聞き返すからだろ」
「確認です!」
朝七時に出発した。旧道の途中の崩落では、今まで復元した六の型を使った。
身体を低くして岩の下を抜けた。頭をぶつけずに通れたことが、復元の正しさになっていた。
はじめが先で、らでんが後ろだった。
「ほんとにこれ、道そのものだね」
「うん、身体の地図」
「それいい」
「何が?」
「あとで書く」
らでんは止まりかけた足を進めた。今は歩く方へ意識を戻す。
さらに尾根では風が強かった。
二の型で模擬灯を風下にする。本物の灯はなくても、風に合わせて半身になる意味を身体で確かめられた。
後ろからジンの声が届く。
「型覚えるだけなら別に山来る必要ねえ」
「うん。でも何のための動きか分かると全然違う」
「そういうもんだ」
峠の十三番目の場所を越えると、そこから先は未知だった。
足が覚えた道が終わり、紙も途切れた。
「ここから向こうの記録ほとんどない」
らでんは古地図を確かめた。
事前にカルドへ聞いたところ、昔の集落に残る家は三軒だけだという。
ただ、寺には資料がある。
「顔に出てるぞ。分かりやすいな」
ジンに笑われても、地図から顔を上げずにはいられなかった。
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昼過ぎに山向こうの小さい集落に着いた。
本当に家が三軒と寺が一つだった。歩いてきた道の先に暮らしがわずかに残っていた。
住職は八十歳だった。
カルドが話を通しており、らでんが《灯渡り》や渡り灯やシウや十三人や十二人を説明した。
話を聞いていた住職が、寺の奥へ目を向けた。
「ああ」
「ご存じですか?」
「名前は知らん。ただ、山越えの衆来とった記録ならある」
名前ではなく来たことが残っていた。
古い帳面は保存が悪くなく、寺が代々記録を丁寧にしていた。
紙が割れず、文字が沈んでいなかった。慎重にらでんが開いた。指先で頁を支えないと閉じてしまうほどだった。
百六十二年前の秋に『山越衆 十三』とあった。
「十三だ」
はじめの指した行に、らでんも頷いた。
村側と同じ数が山向こうにも残っていた。
その下に『灯 一』、さらに『西里へ』とあった。人数と灯と行き先とが一行ずつ並んでいた。
同じく次を見ると冬の記録はなかった。越える季節には誰も動いていなかった。
そして翌春の部分、らでんが指を止めて『山越衆 十二』を見つけた。
「ここだ」
はじめが息を詰めた。
らでんが次を読むと『西里へ向かう』とあった。静かだった。
「戻ってる」
らでんは顔を上げた。秋だけでなく、春にも西へ向かっている。
記録の上では、十二人が次の春、山をもう一度越えて、シウが残った村へ戻ったように読めた。
向かった先が西里で一致したからだった。はじめの声が明るくなる。
「じゃ、迎えに来た?」
「可能性」
そう答えるらでんも、嬉しさを抑えられなかった。
頁をさらに見ると一週間後にまた記録があった。
読んでらでんは止まった。『山越衆 十二』とあった。
「……十二?」
らでんは頷いた。『東へ発つ』とあり、その下に小さい薄い書き込みがあった。
光を変えてらでんが『一名、戻らず』と読んだ。
はじめの声が小さくなる。
「シウ」
名前はなかった。それでも、数のずれが頭に浮かんだ。
迎えに来たようにも見えたのに、記録の上ではシウは戻らなかったことになっていた。
戻った数と戻らなかった一人の差だけが残っていた。
らでんは胸が少し熱くなった。
戻ってきた事実があるから、少なくとも置き去りではなかったように見えた。
横から帳面を覗いたジンに促される。
「次」
「分かってます」
なぜ戻らなかったのか? 戻ったのに残った理由だけが残った。
さらに頁を調べると、翌年は山越衆が十一、その次も十一、さらに数年で九、七、そして記録が消えた。
らでんは指を止めた。
「減ってる」
「集団が?」
「多分」
何年もかけて少しずつ来る人数が減り、ある年は最後に『山越衆 三』 その次はなしだった。
紙の上では来ないことが消えることだった。
住職も帳面へ目を落とした。
「昔ばあさんから聞いたことある。山の人ら最後の方はもう仕事なかったらしい」
「仕事が?」
「鍋も刃物も村で直すようになった。道も新しい道が出来た。行商も町から来る」
生活が変わり、技術が要らなくなり、道が使われなくなり、仕事が消え、集団が散った。
ただ時代が変わり、要らなくなってほどけたのだった。
「……そっか」
はじめは少し寂しい顔だった。
「だいたいこういうもんだ」
ジンも帳面を見ていた。
「何が?」
「文化の滅び方」
一拍置き、消えた記録の先へ目をやる。
「殺されるとか焼かれるとかそんなんより、使わなくなって覚える奴いなくなってそのまま消える」
らでんは何も言わなかった。それが一番怖かった。
誰も悪くないから止める相手がいないことが一番重かった。
---
帳面をさらに調べると、百六十二年前の春、十二人が戻ったその日の寺の別帳に寄進の記録が一つあった。
『灯油 一樽』寄進者は『山越衆』だった。
「灯油?」
「この時代だと灯明用のことだ」
住職の答えを聞き、もう一度その行を見た。
その下に別の書き込みがあった。
『西里ノ継灯へ』
らでんは止まった。行く先ではなく人に宛てられた行だった。
はじめも覗き込んだ。
「継灯」
シウのことかもしれないと思ったが、文字が同じでも人が同じとは言えなかった。
十二人は戻り、シウは記録の上では戻らなかったのに、灯油一樽が『西里の継灯へ』とあった。
戻らなかった人のところへ灯りの元が向かっていた。
「置いてったんじゃない」
はじめの声に、らでんは頷いた。記録を指で追いながら、言葉を探す。
「むしろ続けてる」
シウは山越衆をやめたように見えたが、継灯ではなくなってはいなかったように読めた。
らでんは立ち上がった。村側の紙を、今すぐ確かめたい。
「村に戻って確かめたい」
「暗くなるぞ」
ジンの声に足が止まった。暗い山を急ぐわけにはいかない。
「……明日」
「そうしろ」
夜は寺に泊めてもらい、眠れずにらでんはノートを見た。
十三と十二、その間にシウの名前がある。人数の違いを追っていたはずなのに、今はその人が残った理由を知りたくて仕方がない。
迎えに来たのなら嬉しかっただろうと考え、そこで止まった。
自分がそうあってほしいだけかもしれない。灯油の記録へ目を戻すと、隣の布団ではじめが寝返りを打った。
「ねえ」
「何」
「シウ怪我して歩けなくなって。でもみんな迎えに来て、それでも残ったんだよね」
「そう見える」
「何でだろ」
「分かんない」
しばらく、紙をめくる音もしなかった。
「でも継灯はやめてない」
らでんは頷いた。その読み取りが、今は救いだった。
翌朝、方便の点でらでんは「シウが何を継いだのか確かめる」と一つ立て、はじめも「灯の続き探す」と立てた。残った問いを分けて持った。
「じゃ行け」
ジンに送り出され、二人は荷物を持った。
---
帰りは峠の十三番目の場所で、はじめが止まって模擬灯を持ち、十二を前へ差し出した。
らでんが受け取り、一の形で灯を抱いた。けれど、今日はそこで足が止まる。
「もし次へ渡さなかったらどうなるんだろ」
はじめは少し考えた。
「その人が持ってる」
「ずっと?」
「次が来るまで」
「来なかったら?」
後ろを歩くジンの声に、二人とも黙った。道が消えても、持つ人がいなくならなければ灯は残る。
らでんは腕の中の模擬灯を見た。
「だから残った?」
その日のうちに村に戻ると、らでんとはじめはすぐハクの家へ行った。確かめたい歌が残っていたからだった。
「昔、家の火を消しちゃいけなかった」とハクが言っていたことだった。
「その話、他に何かありませんか」
らでんの問いに、ハクは首をひねった。
「さあ」
「歌なら」
奥から妻の声がした。らでんは振り返った。
「歌?」
「子供寝かす時、婆さんが歌っとった」
覚えるための歌ではなく、寝かせる歌として残っていた。
短い子守歌で意味はほとんど分からなかったが、でも最後だけ残った。
『灯を抱いて、道を待つ、道が絶えても、灯を消すな』
らでんは動かず、はじめは息を止めた。
抱いて待つことが歌になっていた。
らでんはもう一度歌ってもらい、端末で録音した。
『道が絶えても、灯を消すな』
強く残った。
らでんは蔵を見た。そこに《渡り灯》があった。百六十二年残ったものだった。
次へ渡すはずが、相手が減って来なくなったのかもしれなかった。
だから消さずに残したのかもしれない。
「シウが預けたのかもしれない」
はじめの言葉を継ぎ、らでんは灯を見た。
置いたというより、消さないために残したように思えた。
まだ証拠は足りないが、でも初めて全部が同じ方向を向いたように見えた。
怪我と村の残留と十二人の迎えと本人の戻らずと西里ノ継灯と灯油と家の種火と子守歌、『道が絶えても、灯を消すな』
ばらばらだったものが灯を残す方へそろった。
蔵の入口にジンがいた。
「ジンさん」
「何」
「これ祭具じゃない」
「うん」
「移動道具だけでもない」
「うん」
らでんは一拍置いた。
「たぶん、約束」
次の人が来なくなっても、灯を消さない。
そのために残したものに見えた。
ジンも《渡り灯》へ目を向ける。
「じゃ、最後の仕事だ」
「最後?」
「その約束。誰に返す」
らでんは止まった。
村か、シウの子孫か、山越衆の子孫か。
そもそも、今は誰の物なのか。
「物見つけて話分かって終わりじゃねえだろ」
らでんは《渡り灯》を見た。
文化財ハンターの本当の仕事はここからだ。
最高峰の念使いであるジンを登場させているにもかかわらず。民俗文化財の保存というマニアックな題材で申し訳ありません。
ここまで読みすすめていただきありがとうございます。