次の列車は、一本遅らせることにした。
十三歳になったらでんは、また一人で旅をしている。
山村へ向かった頃は、はじめと二人で地図を覗き込んでいた。
あれから少し時が経ち、今は行き先も、途中で足を止めるかどうかも、自分で決めている。
東行きの列車を降りたリーネの駅で、らでんは時刻表と案内図を見比べていた。
ここから先へも鉄道は延びている。早い便に乗れば、次の町には夕方までに着く。
けれど駅前の案内図には、見過ごせない文字があった。
リーネ市立美術館。
鞄からノートを出す。見たいものを書き留めた頁に、その名前がある。
図録で見つけた絵を、いつか本物で見たいと思って書いたのだった。
駅から歩ける距離だとは知らなかった。
一本遅い便でも、暗くなる前には着く。昼食をとる時間もある。
「よし」
誰に断る必要もなかった。切符を買う前でよかったと思いながら、大きな鞄を駅の預かり所へ預ける。
財布と端末とノートだけを小さな肩掛けに移した。急に軽くなった肩が少し落ち着かなかった。
美術館へ向かう途中、焼いたパンの匂いに一度負けた。
買ったものを広場のベンチで食べ、指を拭いてから入館券を買った。
思っていたより安かった。差額で帰りにも何か買える。
そう考えてから、まず売店に寄ってしまいそうになった自分を止めた。
今日は、本物を見に来たのだ。
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目当ての絵は、図録よりずっと大きかった。
遠くから見れば大きな服の襞に見えるところが、近づくと赤と青の短い線に分かれる。
人の指だと思っていた白い点は、手首につけた飾りだった。
らでんは前へ行き、後ろへ戻り、もう一度だけ前へ行った。
図録では気にしていなかった床の隅まで、しっかり絵が続いていた。
来てよかった。
それだけでも一本遅らせた甲斐はあったが、隣の部屋も、その隣も見たかった。
館内図に鉛筆で小さく印をつけてから、紙の作品が並ぶ部屋へ進んだ。
そこで足が止まった。
”額”だけが掛かっている、と思った。
細い金色の縁。その内側に広く取られた白い余白。
そして中央に、少し黄みを帯びた小さな紙が一枚あった。絵らしいものが見えない。
展示替えの途中かと考えたが、隣には普通に作品名と解説がある。
《消された素描》”リオ・セイル”
「消された」
小さく読み、もう一度紙を見る。確かに何かはある。
白ではない。中央より少し左に灰色の擦れがあり、右下には短い線が残っていた。
壁の解説には、有名な画家であるヴェル・タウが描いた素描を、セイルが本人の了承を得て消したと書かれていた。
セイルは最初から消すために絵を譲ってほしいと頼んだとのことだ。
タウはその目的を聞き、自分の素描を何枚か見返して、この一枚を選んで渡したという。
勝手に消したのではない。
その点にはほっとした。ほっとしたのに、今度は別のところが気になった。
「……渡したんだ」
自分が描いた絵を。しかも、消すと分かっている相手に。
タウの名前は知っている。あの人の素描なら、消す前にも見たかった。
館の解説には制作の経緯が続いていたが、元の絵が何を描いていたのかは載っていなかった。
紙へ視線を戻す。薄いものを見ようとすると、つい顔が前に出る。
けれど近づいた分だけ、保護ガラスに自分の顔が映った。
らでんは口を結び、身体を右へずらした。
今度は天井の光が白く重なった。
左へ戻ると、ガラスの端に誰かの袖が映っていた。
「邪魔だったかな」
声がした。横を見る。
黒い髪を後ろへ流した青年が、少し離れて立っていた。
額には暗い色の布を巻き、襟の開いたシャツに薄い上着を重ねている。
耳元の青い飾りが、顔の動きに合わせて小さく揺れた。
手には二つ折りの館内図があった。
「いえ、私が動きすぎてるだけです」
らでんは一歩戻った。
「ここ、何か残ってる気がして」
指は伸ばさず、自分の手元の館内図で紙の右下を示した。
青年も同じ場所へ目を向けた。
すぐには返事をしない。
少し顎を引いて見てから、立つ位置を変えた。
「線はあるね」
「ですよね。何の線だと思います?」
「今は、膝に見える」
「膝?」
言われると、曲げた脚のようにも見えた。
らでんは自分の膝をわずかに曲げ、すぐに戻した。
「……私は、取っ手かと思ってました」
「何の?」
「それが分からないから、困ってるんです」
青年の口元が動いた。
笑ったのだと分かって、らでんも少し笑った。
二人とも紙に戻った。
膝にも取っ手にも見える線は、どちらに決めるにも短すぎた。
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らでんは額から少し離れた。
離れると線が消える。紙が白くなり、額と余白の方が目につく。
紙の下、額の内側にも小さな銘があって、《消された素描》という題とセイルの名前が整った文字で記されていた。
「遠いと、ちゃんと何かが飾ってある感じがするんですよね」
「近いと?」
「頑張ったけど消しきれなかった紙です」
言ってから、少し失礼だったかと思った。
けれど青年は紙を見たまま、喉の奥で笑った。
「確かに、よく擦ってある」
「ここ。真ん中の、ちょっと白っぽいところ」
らでんが足を半歩ずらすと、青年も少し距離を空けて同じ側へ回った。
照明は動いていないのに、そこからだと紙の表面の荒れ方が見えた。
中央は周りより柔らかく毛羽立ち、下の方には押し潰されたような細い筋がある。
きれいな白紙を額へ入れただけなら、こんな表面にはならない。
青年は白くなった部分をしばらく見ていた。
「どこで手を止めたんだろうな」
らでんは元の線を探していた目を上げた。
「消した人が?」
「ああ。あそこはまだ残ってる」
さっきの短い線だった。
「消えなかったんじゃないですか」
「そうかもしれない」
青年はそこで言葉を切った。
らでんはもう一度、中央の毛羽立ちと右下を見比べた。
真ん中は、ずいぶん擦っている。そのまま続ければ、紙まで薄くなりそうだった。
右下にも同じことをすればよかったのか。それとも、もうやった後なのか。額越しの光だけでは、よく分からない。
らでんは自分のノートで字を消した時のことを思い出した。
間違った一文字を消すつもりで、その上の字まで薄くしたことがある。
そこだけ紙がへこみ、書き直しても鉛筆が引っ掛かった。
こっちは一枚全部だ。想像するだけで途中で嫌になりそうだ。
「私なら、ここでやめようって、何回も思います」
「ここまで来る前に?」
「来る前にも思います」
「だろうね」
「でも、ちょっとだけ残ると、それはそれで気になって。もう一回だけって擦って、紙を破りそう」
青年は銘に目を移した。
「破らずに、これを額へ入れた」
それで終わりにしたのだ。
元の絵が見えなくなったところで放り出したのではなく、残った紙を、こうして人が立ち止まる場所へ出した。
らでんは、今度は消えた線ではなく、擦った面の広さを見た。
あの面積を、一度に擦ることはできない。
紙を押さえる場所も、手首の角度も、少しずつ変えながら続けたはずだ。
自分でやるところを考えると、指より先に腕が疲れそうだった。
「何にもなくしたかったんなら、すごく面倒なやり方ですよね」
「白い紙なら、最初からあるからね」
「それはそうですけど」
らでんは笑い、それから口を閉じた。
元の絵が何だったか。そればかり知りたかった。
まだ知りたい。けれど、今はその絵を消した人も、少し気になっていた。
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入口から三人連れが入ってきた。
二人が並ぶと紙の正面を塞いでしまう。
らでんは少し横へ下がり、青年も場所を空けた。
一人は解説を読み、もう一人は紙を見て首を傾げた。最後の一人が先へ進みかけ、連れに呼ばれて戻ってきた。
さっきまで自分たちがいた場所へ、別の靴が並ぶ。
らでんは壁際のベンチに腰を下ろした。青年はその端に館内図を置き、上着の袖口を直していた。
歩き回った脚を休めるには、ちょうどいい場所だった。
ベンチからは細かな擦れが見えない。金色の額が、ぽつんと明るかった。
「私、頼まれたら、何を渡すかな」
口にしてから、自分のことを考えていたと気づいた。
青年が顔を向ける。
「消すための絵?」
「はい。描いた方の人です。わざわざ何枚か見て、選んで渡したって」
青年は作品ではなく、壁の解説へ目をやった。
らでんはノートを開きかけ、やめた。頭の中で、自分が絵を描いているところを想像する。
気に入った絵。うまくいかなかった絵。どちらも何枚かあるとして、その中から一枚を選ぶ。
「最初は、失敗したやつを渡すかなって思ったんですけど」
「それなら、惜しくない?」
「たぶん。でも、向こうは消すのを作品にするつもりで来てるんでしょう。それで、本当にそれでいいのかなって」
紙の前にいた客の一人が、解説を指して何か話した。
らでんたちには聞こえなかった。
「逆に、一番消しにくそうなのを渡すかも」
らでんが言うと、青年が小さく笑った。
「困らせたいの?」
「ちょっと」
答えてから、らでんも笑った。
「でも、それだけなら、最初から断ってもいいですし。何でこの絵にしたのかなって。選んでる時、どんな顔してたんでしょうね」
青年はすぐには何も言わなかった。客が離れるのを待って、もう一度解説の前へ行った。
目が文章の途中で止まり、それから紙へ動いた。
らでんも立ち上がった。
「ここだね。自分で選んで渡した、か」
青年は短い解説を読み直していた。
「俺は、頼みに行った方の顔ばかり考えてた」
「そっちも、すごい顔してそうです」
「真面目だったかもしれない」
「真面目な顔で言われる方が、困りません?」
「冗談にされるよりは、通じそうだけど」
「通じますかね。『絵をください』『何に使う』『消します』って」
らでんは途中で笑いそうになった。口にすると、思っていた以上に変なお願いだ。
青年も笑っていたが、紙へ目を戻すと少し首を傾けた。
「それで、渡した方も選び始めたんだな」
さっきまで青年が見ていたのは、消し終える場所だった。
今は擦れた紙の端から端まで、視線がゆっくり動いていた。
らでんもつられて見た。いくつもあった素描の中から、消すために選ばれた一枚。
消した人だけでなく、渡した人も、この紙の前にいた。
右下の線が、急に惜しくなった。
元の絵を全部見られたら、何を選んだのか分かるだろうか。どうして選んだのかも、少し分かるだろうか。
ひょっとしたら、見てもやっぱり困るだけかもしれない。
それでも見たかった。
「元の絵、見たことあります?」
らでんが聞くと、青年は首を振った。
「ないよ」
「ですよね。解説にもないし」
「描いた方の絵は、別のものなら見た」
「私、画集でしか知らないんです。線がいっぱい重なってるのがあって。ああいうのだったら、消すの大変そう」
青年は右下の残った線を見た。
「これは、そういう絵だったのかな」
二人でしばらく眺めたが、分からなかった。
やがて、らでんが小さく息を吐いた。
「膝、なくなりました」
「取っ手に戻った?」
「いえ。今は、何でもない線です」
さっきまで見えていた形が、どこかへ行ってしまった。一度そうなると、膝にも取っ手にも戻せない。
青年はもう一度顎を引いて見て、それから笑った。
「俺には、まだ膝だ」
「ずるい」
「ずるくはないだろう」
らでんは口を押さえた。美術館で、何の言い合いをしているのだろう。
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額の隅を見直しているうちに、らでんは妙なことに気がついた。
さっきまでは、もっと小さな額でもよさそうだと思っていた。
額の中の余白が広すぎて、肝心の紙が小さく見える。紙の縁に、もっと近いところで囲ってもいいのに。
けれど今は、その余白が少しありがたかった。
周りにほかの絵や字がすぐ迫っていたら、この薄い線をこんなに長く見ただろうか。
らでんは館内図を開いた。何も印刷されていない端を自分の胸の前に出し、額と交互に見る。
「何をしてるの?」
「白いところだけ、見てます」
青年が館内図を覗いた。
「そっちは、本当に何もないね」
「裏、案内図ですけど」
「そうだった」
館内図の白い端を見ても、何かを探したくはならなかった。らでんはそれを畳んだ。
あの紙には元の絵があったと、もう知ってしまっている。そのせいもあるのだろう。
見た目だけの違いを探そうとしても、うまくいかなかった。
「もし題が『朝』とかだったら、私、違うものを探してたかもしれません」
「窓とか?」
「あ。窓、探しますね。あと太陽とか」
青年が笑った。
「また取っ手が出てきそうだ」
「今やっと諦めたんですから、増やさないでください」
笑いながら、らでんは額の内側の銘を読んだ。
《消された素描》”リオ・セイル”
小さな文字なのに、これを読んだ時から、ずっと消す前を探していた。
青年は消し終えたところを気にしていた。同じ題を読んだはずなのに。
「この作品、好きですか」
らでんが聞いた。
「好きだよ」
青年の返事は早かった。
「来るたび、つい見てしまう」
「何度か来たことがあるんですね」
「この町に寄った時はね。ほかの展示のこともあるけど」
「今日は、この部屋が空いていてよかった」
らでんもそう思った。
急いで次へ行く必要があったら、まだ何も描いていない紙だと思って、そのまま通り過ぎていたかもしれない。
「君は?」
聞かれて、返事に困った。
面白い。それはもう間違いない。
けれど好きかと言われると、最初に見に来た絵の方が好きだった。
あの大きな服も、床の隅も、もっと眺めていたい。
こっちは、何があったのか気になって離れにくい。
「……まだ、ちょっと悔しいです」
「悔しい?」
「見たいものがあるのに、ないので」
青年は紙を見ていた。
らでんも隣で、さっきまで線を探していた場所を眺めた。
「でも、白紙に替えられたら嫌です」
青年が笑った。
「俺も、そっちには用がないな」
気持ちが同じなのは、そこだけかもしれなかった。
青年は今の紙を気に入っている。らでんは、まだその前も見たがっている。
それでも隣にいて、別に困らなかった。
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青年が時計を見た。
「そろそろ行くよ」
らでんも端末を出した。思ったより時間が経っていたが、列車まではまだ余裕がある。
奥の部屋を一つ見て、売店へ寄るくらいはできそうだった。
「私は、もうちょっと見ていきます」
そう言ってから、もう十分見たのではないかと思った。
青年にも同じことを思われたらしく、紙と自分を順に見られた。
「まだ何かありそう?」
「ありそうというか、どこでやめればいいか分からなくなりました」
青年が笑った。らでんも、言ってから気づいて笑った。
見る方まで、やめどころが難しい。
青年はベンチに置いていた館内図を取り、ポケットへしまった。らでんは額から一歩離れて、もう一度だけ青年の顔を見た。
話し始めた時は目が合っていたのに、その後はほとんど二人とも紙ばかり見ていた。
「面白かったです。ありがとうございます」
「こちらこそ」
青年は一度、解説札へ目を戻した。
「渡す絵を選ぶ方も、迷っただろうな」
「何なら、その人が迷った残りの絵も見たいです」
「増えたね」
「増えちゃいました」
二人とも声を出さずに笑った。
青年は軽く片手を上げ、部屋を出ていった。
廊下の明るさの中で耳飾りが一度光り、すぐに見えなくなった。
らでんは作品へ向き直った。
同じ額だった。同じ紙で、同じ照明。右下には、まだ短い線が残っている。
さっきより少し遠いところに立つ。細かな痕が見えなくなる寸前で足を止めた。そこからだと、白く擦れた中央と、そうでない端とが一枚の中に収まっていた。
もう少し近くで見たいと思った。けれど今度は、すぐには動かなかった。
何もないと思って立ち止まった時と、同じ距離だった。
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売店で、らでんは所蔵作品の図録を探した。
《消された素描》は載っていた。
紙面では小さく、さっき見た毛羽立ちはよく分からなかったが、解説は壁にあったものより長かった。
前後の頁も確かめる。消す前の絵は見当たらない。
係の人に尋ねると、別の薄い冊子も出してくれた。
こちらにも制作の話は載っていたが、消去前の図版はなかった。
「今、こちらでご案内できるのは、この二冊ですね」
「そうですか。ありがとうございます」
ないと言われると、ますます見たくなる。でも店にないものをせがんでも仕方がない。
らでんは図録を戻し、薄い冊子の方を開き直した。
こちらなら買えた。
目当てだった大きな絵の絵葉書と、薄い冊子。入館券で浮いた分はきれいになくなり、帰りに食べるつもりだったパンは一つになった。
それでもいいと思えたので、財布を出した。
外へ出ると、広場の石がまだ温かかった。
駅へ戻り、荷物を受け取り、切符を買ってからベンチに座る。
発車までにはもう少しあった。鞄を置くと、預ける前と同じ重さが肩から抜けた。
ノートを開いた。
まず、美術館の名前に丸をつけた。行きたかった場所が一つ、行った場所になった。
それから新しい頁に、作品名と二人の画家の名前を書いた。
忘れないよう、額と紙の大きさの違いも簡単に描く。
四角を二つ描くだけならすぐ終わった。
だが紙の中へ灰色の痕を書き込むと、全然違うものになった。右下の線に至っては、本当に取っ手のようになってしまった。
「違うんだよなあ」
描き直そうとして鉛筆を止める。
これを何度直しても、あの紙にはならない。
図の脇に「右下に短い線。形はよく分からない」と書き添えた。
その下へ、見ながら気になったことを書く。
消す前には、何が描かれていたのか。
まず一つ。これは最初から知りたかったことだ。
それから鉛筆を動かした。
なぜ、描いた人はこの一枚を選んで渡したのか。
消した人は、どこで終わりにしたのか。
その先にも何かありそうだったが、今は言葉にならなかった。
らでんは少し間を空けて、続きを書けるようにした。
水の入ったグラスを前に、物の昔を、と言いかけた。
あの時の気持ちは今もある。今日、あの紙を見ても思った。
消される前の絵が、見たかった。
でも、それが見つかったら、もう調べることはないだろうか。
ノートの三行を見た。
多分、終わらない。
絵を手に持って選んだ人がいて、それを受け取った人がいる。
擦って、手を止めて、額へ入れて、題を書いた人もいる。
今までひとまとめに昔と思っていたところに、いろんな人の手があった。
どこまで分かるだろう。
そんなことを考えていると、列車の到着を知らせる放送が流れた。
らでんは顔を上げた。ノートを閉じ、冊子と一緒に鞄へ入れる。
行きたい場所の名前には、まだ丸のついていないものがたくさんあった。
その中に、リーネ市立美術館をもう一度書いておいてもよさそうだった。
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その日、夜のテレビニュースが、一人の男の殺害を伝えた。
画面には顔写真と、財団理事長という肩書が映っていた。
『リスノース氏が殺害された事件で、犯人はまだ逮捕されていません』
読み上げる声は淀みなく、やがて画面が切り替わった。
参考とさせていただいたアート
Robert Rauschenberg
《Erased de Kooning Drawing, 1953》