儒烏風亭らでんは世界を蒐集する   作:今日も元気ですマン

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第二話 天音かなたと角巻わため、そっちはよろしく

 1994年9月18日

 09:54

 

 路地の先へ出ようとすると、耳元でルイが呼び止めた。

 

『はじめ、追う前に着替えよう。その服で表へ戻ったら、さっきの続きになる』

「服、そんなに覚えられてる?」

『商会の入口に、中の廊下。見られる機会は十分あった。顔はもう割れてると思うけどとりあえず服だけでも、三人とも』

 

 はじめは自分の袖を見た。

 頬を拭ったところに、薄く血がついている。

 あの応接室で座っていた時と同じ服。背中には同じリュック。

 おまけに、向こうが名前まで知っている二人と一緒だ。

 

「じゃ、着替えながら、そのあやめって人を探せる?」

『うん、こっちで探し中。商会の裏から出た車は、まだ追えてるから行き先まで確認するね。はじめはクロヱのところへ寄ろう。着替えは手配したから、ココにもらった番号へかけて、店の入口を聞いて』

 

 携帯と一緒にしまった紙片を取り出す。

 

 沙花叉クロヱ。

 

 今朝、二人から続けて、喧嘩をするなと言われた相手だ。

 

「かなたはその店、よく行くの?」

「必要な時はねー。僕らは初めてじゃないから、大丈夫だよ」

「初めてなの、はじめだけかあ」

「ちょっとお買物して帰るだけだよ」

 

 わためが紙片の下からのぞき込んだ。

 

「お菓子も売ってるかな?」

「そこまでは知らないなあ」

「急に普通の店として期待しないでよね!とりあえずまずは電話すっかぁ」

 

 かなたに促され、はじめは紙の番号を打ち込んだ。

 二度鳴ったところで、電話の向こうから、はいはーい、と声がした。

 

「轟はじめです。ルイ姉の手配で、着替えを受け取りに行くんだけど」

『あ、聞いてますよ。三人ね。今どこ?』

 

 薬局から曲がったところだと伝えると、相手は建物の角を二つと、古い煉瓦造りの建物を目印にした。

 

『正面から入って、受付の奥へ。洗濯機が並んでる区画の右を通ると、配送口って書いてある扉があるから。押して駄目なら引いて』

「引く扉?」

『引く扉。みんな最初押すんだよね』

「じゃ、引くって書いといてよ」

『書いてあるんだけどなあ』

 

 電話が切れた。

 思っていたより、話しやすい声だった。

 

     ◇ ◇ ◇

 

 10:05

 

 三人は大通りを避けて歩いた。

 途中で一度、ルイに止められ、酒屋の荷台の陰で車をやり過ごす。

 辿り着いたのは、古い煉瓦造りの建物だった。

 通りに面した窓は高く、玄関の上には、塗装の剥げた庇が張り出している。

 店の名前を大きく出した看板はなかった。

 両開きの扉から、男が一人、長いケースを抱えて出てくる。

 

 かなたに続いて中へ入った。

 石張りの床に靴音が響く。

 正面には小さな受付台。

 その奥に幅の広い廊下があり、両側の扉に、受取、処置、修理と短い札が掛かっていた。

 台車に載った衣類と、金具のついた運搬箱が、別々の部屋へ運ばれていく。

 

 受付の脇では、腕に包帯を巻いた男が順番を待っていた。

 その隣で、上着の裾から銃の握りがのぞいた。

 持ち主が布を被せ直し、何事もなかったように腰を下ろす。

 向かいの男はそちらを一度見たが、手元の受取票へ目を戻した。

 

「……ここ、何屋さん?」

「着替えとか、手当てとか。荷物を預けたりもできるよ」

 

 わためが、通りかけた台車へ道を譲った。

 

「この街、こういう場所が何ヶ所かあるんだよ。どこの組でも、用事があれば使えるの」

「商会の人も?」

「来るよ。ここに入ったら、抗争は持ち込まない。それが取り決め」

 

 かなたは受付の男へ軽く手を上げ、奥へ進んだ。

 わためも、さっきまで気にしていた背後から目を離す。

 はじめは二人に続きながら、待っている男たちをもう一度見た。

 誰も、こちらを追うために立ち上がらなかった。

 

 廊下の先には洗濯機が並んでいた。

 丸い窓の向こうで布が回り、乾燥機の熱と洗剤の匂いが流れてくる。

 その区画の右を抜けると、壁に小さな鈴のついた扉があった。

 配送口。ここがクロヱの部屋らしい。

 

 さっきの車と、待合の男たち。

 そちらへ気を取られて、電話での忠告を半分忘れていた。

 取っ手を押す。動かない。

 

「引くんだってば」

「いま思い出した」

 

 かなたに見られながら引くと、扉は軽く開いた。

 取っ手の上に、大きく『引く』と書いてあった。

 

「ほらね。沙花叉、ちゃんと書いてるじゃん」

 

 奥のカウンターから、黒い袖がひらひら振られた。

 白い髪に黒い髪が混じった女の人が、片手で布を畳んでいる。

 薄い手袋をつけていたが、口元を隠していたマスクは顎まで下がっていた。

 

「はじめちゃん? 沙花叉クロヱです。よろしくね。後ろの二人は、朝から元気そうで」

「元気じゃないと、ここまで来られないからね」

「かなたん、それはそうだけど」

 

 わためが内扉を閉めると、廊下の洗濯機の音が小さくなった。

 壁際には受取票をつけた衣類が掛かり、その下に持ち手のついたケースが並んでいた。

 洗剤の匂いの奥に、消毒液の匂いがする。

 カウンターの端だけが空いていて、椅子と、小さな処置台が置いてあった。

 

「ルイさんの分、こっち。服と、顔の傷ね」

「顔、分かるんだ」

「いや見れば分かるでしょ。それ以外に傷ある?」

「ない。壁がちょっと飛んできただけ」

「壁は普通、飛んでこないんだけど。はい、座って」

 

 リュックを下ろすと、クロヱの手が顎の下へ来た。

 顔を少し横へ向けられる。

 水を含ませたガーゼが頬に触れ、こびりついていた粉を拭い取った。

 

「っ、しみる」

「粉ついたまま擦るから。さっき袖で拭いた?」

「拭いた」

「素直で助かる。そっちの袖も着替えようね」

 

 すぐ脇で、かなたが用意された上着を持ち上げた。

 薄茶色の、ポケットの多い作業着だった。

 広げて、自分の肩へ当てる。

 

「これ、袖、長くない?」

「そこ折って。手が隠れる方がおしゃれ、みたいなのは今日やめとこ」

「最初からやってないっての!」

「わための、これ?」

 

 深緑の短いコートを、わためが胸の前で揺らした。

 クロヱは頬に当てるガーゼを替えながら、そちらを見た。

 

「そう。腰の紐はしまってね。引っ掛けたものまで持ってこられると困るから」

「そんなに持ってこないよ」

「少しは持ってくるんだ」

「かなたん、そこ拾わなくていいのに」

 

 はじめが笑いかけると、頬を押さえられた。

 

「笑うと動くんだってば」

「そっちが笑わせてるじゃん」

「沙花叉のせいになったんだけど」

 

 軽い声で返しながら、クロヱの指は迷わなかった。

 傷の縁を確かめ、薄い保護材を切って貼る。

 頬を引っ張られる感じは少なく、口を開けても邪魔にはならない。

 

「終わり。しばらく触らないこと。血が止まってても、治ったわけじゃないからね」

「ありがとう。……もっと、怖い人なのかと思ってた」

「本人の前で言う?」

「会う前に、みんなからすごく注意されたから」

「それで会いに来て、思ったより怖くないですねって? なかなかだね、はじめちゃん」

 

 怒ってはいないらしい。

 はじめが次に何を言おうか考えている間に、配送口の鈴が鳴った。

 

 入ってきた男は、右の手首を左手で支えていた。

 顔がこちらを向く。目が合った。

 階段の踊り場。その下の段から、銃を向けてきた男だ。

 手首を蹴り下ろした時の、腕の角度まで思い出せた。

 

「あ」

「……てめえ」

 

 男の左手が、上着の前へ動いた。

 はじめも椅子の下へ足を引く。立てば、一歩で届く。

 

「その手、しまっときなー」

 

 クロヱは使ったガーゼを捨て、手袋の口を外した。

 

「ここでやったら二人とも出禁ね。沙花叉、床も壁も今きれいにしたんだから」

 

 男の手が止まった。

 はじめは膝へ掌を戻す。

 横を見ると、かなたも上着を持ったまま、出しかけていた足を引いた。

 わためはカウンターに置いた水を、端から少し内側へ寄せている。

 

「……先にこいつらが」

「先に来たのはこの三人。あなたはあっちで待ってて。手、動かさない方がいいでしょ」

 

 男がしばらくこちらを見た。

 それから、壁際の椅子へ歩いた。

 腰の膨らみに手をやることもなく、右腕を腿へ載せる。

 

 何かをされた感じはしなかった。

 入ってきた扉も、鍵は掛かっていない。

 ただ、あの男も、かなたたちも、ここでは手を出さなかった。

 

 クロヱが、新しい手袋を引き出した。

 

「着替えるのはその奥。鏡もあるよ。脱いだ分は袋へ入れて置いといて。預かっておくから」

「……あの人も、治すんだよね」

「もちろん。そのために来たお客さんだし」

 

 男の方へ顎を向けず、クロヱはこちらを見た。

 

「はじめちゃんの傷も、今ちゃんと手当てしたでしょ」

「うん」

「はい。じゃあ、お互い続きを増やさずに帰ってください」

 

 カウンターから灰色の薄いパーカと、紺の帽子が渡された。

 はじめは両手で受け取った。

 自分だけを助けてくれる店ではない。

 それでも、今この椅子から普通に立って着替えに行けるのは、ありがたかった。

 

 奥の小部屋で上着とパンツを替え、携帯と紙片を新しい内ポケットへ移した。

 委任状も蝉の写真も、携帯の中にある。

 耳掛けの通信機はそのままに、帽子の縁が当たらないところへずらす。

 鏡に映る顔から、さっきの服の印象が消えた。

 髪を帽子の中へ収めると、遠目なら違って見える。

 よく見れば、はじめだった。

 

「ルイ姉。着替えた。灰色のパーカに、紺の帽子」

『了解。外へ出たところで確かめる。傷は?』

「貼ってもらった。喋っても平気」

『なら、もう大丈夫そうだね。喋れる方は』

「元から喋れたよ」

 

 着替えを袋にまとめて戻ると、わためは髪を一つにまとめ、コートの襟を直していた。

 かなたも作業着に替わり、折った袖口を指で押さえている。

 はじめのリュックには、目立たない布のカバーが掛けられていた。

 

「それも手配のうち。元の色のまま背負ったら、惜しい感じになるから」

「ありがと。服の方ばっかり考えてた」

「靴は?」

「これがいい。足に合ってるから」

 

 つま先を床へ置き、踵を上げる。

 パーカの裾も、膝も、動きを止めない。

 クロヱは一度だけ足元を見た。

 

「じゃ、それで。履き慣れない靴で転ばれても困るし」

 

 壁際の男は、手首を台へ載せていた。

 クロヱが軽く指に触れると、顔をしかめる。

 その左手は、もう上着へ動かなかった。

 はじめは視線を外し、リュックを背負った。

 

「お代は、ルイ姉の手配分でいいんだよね」

「うん。追加の買物がなければ、それで終わり。ほかに要る物ある?」

「お菓子は?」

 

 かなたがこちらを見た。

 

「そこ、本当に聞くんだ」

「売ってるなら聞いとこうと思って」

「売物はないねえ」

 

 クロヱがカウンターの下から、小袋を三つ出した。

 

「沙花叉のおやつならあるけど。ビスケットでいい?」

「いいの?」

「さっきから三人で、お腹すいたみたいな話するから」

「はじめだけじゃなかった?」

「かなたん、お昼まだだもんねえ」

「まだ十時なんだけど!」

 

 わためと顔を見合わせて笑ってしまった。

 クロヱは男の手首へ巻く布を取りながら、空いた方の手で追い払うように振る。

 

「はいはい、元気な方は出発。包み紙は外へ捨てないでね」

「それは捨てない。ありがとう、クロヱ」

「どういたしまして。次はもうちょっと静かに受け取りに来てね」

「今日も、そういう予定だったんだけどなあ」

 

 取っ手へ手を掛け、今度は書かれた文字を確かめてから開けた。

 廊下には、洗濯物を抱えた女の人がいて、はじめたちが出るのを普通に待っていた。

 受付を通って玄関へ戻る。

 外の風が頬に当たって、乾燥機の熱から離れたと分かった。

 

     ◇ ◇ ◇

 

 10:42

 

 清掃所を出て通りを一本離れたところで、かなたの携帯が鳴った。

 画面を見るなり、かなたが二人を手招きする。

 店の荷物の邪魔にならない壁際へ寄ってから、音を外へ出した。

 

『行き先、つかめたよ』

 

 ルイの声だった。

 はじめは、しまいかけたビスケットの袋をそのまま握った。

 

「見つかった?」

『商会の裏から出た車を追ってた。十時十分過ぎ、東の保管地区。赤煉瓦の保管棟で降りて、小さいケースを持って裏口へ入った。引継ぎの「あやめ」は、あの人だと思う』

「蝉のケース?」

『大きさは合う。中までは見えないから、そこは行って確かめて』

 

 金庫から出たのは九時四十分。

 そのあと、ケースを持って保管棟へ入った。

 つながりそうではある。

 まだ、中身を見た人はいない。

 

『それと、相手は百鬼(なきり)あやめの可能性が高い。白い髪に赤い目、和装の小柄な子。裏じゃ凄腕の用心棒で通ってる』

「金庫より安全って、そういうこと?」

『うん。商会の組員じゃなくて、腕を買われて呼ばれた人。注意してね』

 

 はじめはビスケットの袋を畳んで、ポケットへしまった。

 蝉だけ見て飛び込むのはなし。

 まず、持ってる人の動きを見よう。

 

「その人、今もいるの?」

『入るところまでは見た。出てきた姿はまだ見てない。裏口は押さえてるから、ほかの出口も順に確かめるね』

「うん。その場所、教えて」

『地図と、手元の建物資料を送る。外階段の横に、灰色の扉がある建物。ココにも知らせておくね』

 

 通話が切れ、少ししてかなたの携帯に地図と写真が届いた。

 赤煉瓦の壁に、錆の浮いた外階段。

 灰色の扉には荷受け用の小さな庇が出ている。

 人は写っていなかった。

 

「はじめちゃんにも送った」

「ありがと。じゃ、ここへ行けば、受け取れるかもしれないんだ」

「気持ちはもう受付だね」

「今度こそ受付で終わってほしいもん」

 

 かなたが、自分のビスケットを作業着のポケットへ入れた。

 わためも水の蓋を締める。

 

『三人とも、道は見た。高架沿いから東へ行こう。保管棟の中までは見えないけど、入口へ近づくところは見ておける』

「じゃ、そこまでお願い。中は自分たちで見る」

 

 はじめは地図の印を確かめ、携帯をしまった。

 蝉の写真と、受け取りに行く場所の写真。

 ようやく、二つを近づけられそうだった。

 

     ◇ ◇ ◇

 

 11:34

 

 高架へ戻るまでに、閉まりかけのシャッターを三つ見た。

 店の中に客を入れてから下ろす店と、外の荷箱を急いで運び込む店がある。

 遠くで鳴った銃声に、台車を押す男の足が速くなった。

 

「さっきの商会から、けっこう離れたよね」

「向こうも人を呼んでる。商会の建物の前だけで終わるとは思ってないけど」

 

 かなたが通りの先へ顔を向けた。

 角に停まった車の横で、二人の男が話している。

 こちらを見た一人に、はじめは帽子のつばを少し下げた。

 三人とも足を止めず、荷物を運ぶ人の後ろを通る。

 呼び止められなかった。

 

「着替えてよかった」

「まだ、よかったまま行こうね」

 

 わためが、はじめの肩を軽くつついた。

 その先で道が開けた。

 

 円い交差点だった。

 中央の交通島に太い高架柱が立ち、その足元を低い植込みが囲んでいる。

 車道は島の周りに二列。三人が来た通りのほかにも、左右から車が入り、行きたい道へ出るためにぐるりと回っていた。

 柱の右脇、向こう側の歩道に、細い側道の入口が見える。

 

『保管地区へ行くのは、向こうの側道。右の歩道を回って、間の道路を渡ろう』

「柱の横に見えてる、細いやつ?」

『そう。抜けた先でまた案内する』

 

 はじめが右へ足を向けた時、前から歩いてきた男が、携帯から顔を上げた。

 こちらではなく、かなたを見る。

 携帯。かなた。今度はわため。

 

 男の口が開くより先に、かなたが小さく舌打ちした。

 

「商会の集金のヤツ」

「……天音! そいつらだ! 服は違うけど、三人!」

 

 男が車道へ手を振った。

 後ろで、エンジンの音が急に近づく。

 

『後ろから来てる!黒い車!』

 

 はじめは車道から身体を引いた。

 来た道から曲がってきた乗用車が、三人の脇へ鼻先を入れる。

 縁石へタイヤが擦れ、後ろの扉が開いた。

 降りるより先に、男の腕と銃が出てくる。

 

 はじめは扉の外側を押した。

 車内へ戻された腕が、扉との間に挟まる。

 銃口が足元へ下がったところへ踏み込み、手首を押さえたまま男の肩を座席へ突き返した。

 銃声が一つ。路面から欠片が散る。

 

「近い近い!」

 

 銃をもぎ取り、足元へ落として車体の下へ蹴り込む。

 はじめは身を低くした。前の扉が頭の上を開き、運転席から男が降りてくる。

 立ち上がりかけた膝の裏へ、自分の膝を入れた。

 男が座席の縁へ尻を戻す。

 襟首を引き下げ、ハンドルへ押しつけたところで、クラクションが長く鳴った。

 

 反対側から回ってきた男は、かなたの前で腕をつかまれた。

 上着を取るつもりだった手を、そのまま車の屋根へ押さえつけられる。

 腰を折った背中が、わためへの道を塞いだ。

 

「はじめちゃん、前!」

 

 声を掛けたわための向こうで、集金の男が懐へ手を入れた。

 はじめは開いた前扉を足で押し、その縁を男へ向けた。

 ぶつかる寸前、男が肩を引く。

 銃を抜く方の肘が上がった。

 空いた腹へ、短く拳を入れた。

 息を詰まらせた男の横を抜ける。

 

 これで、前へ行ける。

 

 そう思った先を、別の車が横切った。

 右の道路から入ってきたワゴンだった。

 窓が下がり、助手席の男が身を乗り出す。

 その手の中に、また銃があった。

 

『どんどん増援が来てる! 中央の島へ移動して! 歩道の先は塞がる!』

 

 はじめは右へ出かけた足を引き戻した。

 ワゴンは外側の車線を回りながら、こちらへ寄せてくる。

 背後の乗用車と挟むつもりだ。

 はじめは中央へ向きを変え、車道に一歩だけ出た。

 助手席の腕が追ってくる。

 それを見て、すぐに止まった配送車の陰へ入る。

 

「そっちへ逃がすな!」

 

 後ろで怒鳴ったのは、さっき腹を打った男だった。

 はじめを追い、乗用車の鼻先から車道へ出てくる。

 ワゴンの運転手が、遅れてそちらを向いた。

 

 ブレーキの音が響いた。

 鈍い音に、男の身体がボンネットへ跳ね上がる。

 ワゴンが横を向き、その肩から路面へ落ちた。

 はじめは配送車の角へ手をつき、反対側へ回った。

 白い車体の向こうで、ワゴンが最初の乗用車へぶつかった。

 開いたままの扉が潰れ、助手席から銃を出していた男が窓の内側へ消える。

 

「どこみてんだ!味方だろうが!」

「飛び出してくんじゃねえ!」

 

 怒鳴り合いは聞こえたが、戻って確かめる気にはならなかった。

 今、巻き込まれるところだったのは、こちらも同じだ。

 

「わためちゃん、かなたちゃん!」

「いる! 島まで渡れる!」

 

 配送車の前で、かなたが手を上げた。

 急停車した運転手が、ドアを開けたまま固まっている。

 わためが車道とは反対側を指し、歩道の奥へ下がるように促した。

 

「車から離れてね。走らなくていいから、あっちへ!」

 

 男が降りたところで、かなたとわためが先に車道を渡った。

 中央の島までは、配送車の鼻先から数歩。

 はじめも続こうとしたが、後ろのワゴンから男が降り、その腕が角の向こうへ出てきた。

 かなたたちを狙う高さだった。

 

 はじめは引き返す代わりに、配送車の足掛けへ乗った。

 窓枠に手をつき、屋根の縁へ片足を掛ける。

 下から上へ狙いを変えるより先に、男の肩の上へ落ちた。

 銃を持つ手首へ踵を当て、体重を載せ切る前に反対の脚を伸ばす。

 男の胸を蹴った反動で、はじめの身体が車道の方へ離れた。

 

 足元へ、白い帯が伸びてきた。

 

「左、おいで!」

 

 わためが島の縁で腰を落としていた。

 片手は低い石囲いへつき、もう片方から編んだオーラを斜めに広げている。

 手元まではほんの数歩。帯の中央が、はじめの腰の後ろへ回った。

 沈む。車道へ落ちかけた重みが、長い面に分けて受けられた。

 

 はじめは背中を固めず、沈んだ方へ身体を預けた。

 わための肘が曲がり、張った帯が島の内側へ寄る。

 踵が石の縁に触れたところで、膝をゆるめて立ち上がった。

 

「ありがとうわため! 助かった! 今の、すぐ次いける」

「うん。地面に降ろすより近かったから」

 

 わための手から、白い編みがほどけて戻った。

 かなたはその向こうで、追ってきた男を島の外へ押し返している。

 倒れたところへもう一人がぶつかり、縁石の手前で足が詰まった。

 

「こっち来るなら、順番にして!」

「順番だったらいいの?」

「来なくていい!」

 

 かなたが顔を上げる。

 はじめも笑いかけたが、島の反対側でタイヤが鳴った。

 

 左の道路から、箱型の車が入ってきた。

 事故で詰まった右の車線は使わず、中央の島へ近い方を回ってくる。

 運転席の横から腕が出て、こちらを指した。

 

「桐生んとこの二人も一緒だ! 気をつけろ!」

 

 はじめは二人と柱の裏へ入った。

 直後に、柱の角が弾けた。

 コンクリートの粉が頬のすぐ脇を落ちていく。

 さっき貼ってもらったところへ、手をやりたくなる。

 やめた。触っている場合ではない。

 

 商会から遠く離れても、終わっていなかった。

 車の窓を閉めて逃げていく人と、窓から銃を出して近づいてくる人が、同じ交差点にいる。

 歩道では店主が客を建物へ押し込み、車の流れはもう途切れていた。

 動いているのは、商会の車ばかりになっていく。

 

「蝉一匹で、何台来るの」

「”抗争”だからね。商会はうちに殴り込まれたと思ってる」

「実際、入ったしねえ」

 

 箱型の車の扉が開く音がした。

 柱の左からのぞくと、男が二人、車道を渡ってくる。

 その後ろでも誰かが降りかけていた。

 

『はじめ、側道の入口が見える方へ回って。向こうの歩道に一人、車の前に隠れてる。そっちを見ておくから、柱の近くは自分たちで』

「分かった。二人とも、右から向こうへ抜けよう。入口に一人いるって」

「じゃ、僕は後ろ。先、見てきて」

 

 かなたは、いま渡ってきた二人へ身体を向けた。

 先頭の男が棒を振りかぶる。

 かなたは振り下ろされる前に一歩詰め、棒を握る腕を下から持ち上げた。

 大きく開いた脇へ肩が入り、男が後ろへよろめく。

 

 そこまでは見た。

 はじめはわためと柱の右へ回り、側道までの間を確かめた。

 こちらの縁石。二列の車道。向こう側の歩道。

 その奥に、保管地区へ抜ける入口。

 止まった小型の配送車が、入口の左半分を隠している。

 車の前輪の近くから、一瞬だけ男の靴が見えた。

 

「いるね」

「はじめちゃん、左の石の上なら、こっちから支えられるよ」

 

 わためが柱の角へ立ち、手を広げた。

 はじめは低い植込みの石囲いへ乗った。

 枝のない縁を選んで二歩。そこから配送車の横へ渡れれば、隠れている男の腕が上がる前に入れる。

 

 背中側で、かなたの靴が大きく鳴った。

 振り向くと、棒を持っていた男の襟首を、かなたが左手で押さえていた。

 もう一人が横から抱きつき、二人分の重さを一度に預けている。

 かなたは倒れていない。

 ただ、押し返すために置き直した踵が、石囲いの端を外れた。

 

「かなたん、後ろないよ!」

 

 わための手がそちらへ変わった。

 右手から編んだ幅広の帯が、かなたの背中の下へ入る。

 わためは石囲いに踵を当て、身体を前へ倒した。

 張った帯に支えられて、かなたが片足を島へ戻す。

 

 その時、柱の左から、三人目が出てきた。

 かなたの背中へ向いた銃が、白い帯に気づいて少し横へ振れる。

 わための両足は、踏ん張る位置にあった。

 動けば、かなたの支えも動く。

 

 はじめは石から降りるのをやめた。

 縁を蹴り、植込みを斜めに越える。

 

「そっち、そのまま!」

 

 わためがこちらを見た。

 帯は離さなかった。

 

 銃口より外側へ足をつき、伸びた腕を肘の下から跳ね上げる。

 弾は頭の上を抜けた。音が耳の奥で潰れ、はじめは男の懐へ肩から入った。

 拳へ寄せたオーラが、腹の奥へ届く。

 男の息が止まり、柱へ背中が当たった。

 落ちた銃を踵で遠ざけると、手から別の黒い物もこぼれた。

 

 無線機だった。

 

「はじめちゃん、後ろ!」

 

 わための声で膝を折る。

 さっきまでいた高さを、男の腕が通った。

 かなたがその腕をつかんだ。

 身体ごと引き戻された男が、もう一人の胸へ横向きにぶつかる。

 二人が石囲いの外へ転がったところで、わための帯がゆるんだ。

 

「こっち、戻れた。ありがとう!」

「かなたも! いま横、全然見てなかった」

「こっち向かせたの僕らだからね。フォローは任せときなー!」

 

 かなたの作業着の襟が、片側だけめくれていた。

 本人は気にせず、次の足音へ顔を向けている。

 はじめも立ち上がった。

 空いた右側から、今度こそ向こう岸へ――。

 

『……聞こえてる? はじめちゃんは生きて連れてきてね』

 

 足元で、明るい声がした。

 落ちた無線機からだった。

 

『あの子、顔いいし、可愛いし、よく動くんだよね。デスゲームの目玉にできると思うんだ。顔はなるべくそのままでお願い』

 

 はじめは、思わず無線機を見下ろした。

 莉々華。

 お茶を勧めたのと、同じ調子だった。

 

 かがんで拾い、横の送信ボタンを押す。

 

「出ないけど」

 

 指を離した。

 一拍の雑音のあと、向こうの声が高くなる。

 

『はじめちゃん!? あんたなんでそれ持ってんの!』

「持ってたヤツ、もう喋れないから」

『ほんっと、余計なことしかしないなー、あはは……』

 

 かなたが柱の左をのぞき、すぐに頭を戻した。

 その足元を弾が叩く。

 はじめも無線を持ったまま、柱の右へ移った。

 わためは二人の間で、白い編みを手へ戻している。

 

「受け取りに来ただけだったのに、そっちが渡さないからでしょ」

『だからって、事務所めちゃくちゃにしていいとは言ってないよねえ。今さら謝っても、もう許さないから』

「謝りにかけたんじゃないよ。早くあやめって人に頼んで蝉を返して」

 

 ボタンを離し、はじめは石囲いから側道の方を見た。

 配送車の前にいた男が、車体に沿って後ろへ移っている。

 入口を通ろうとするこちらを、横から狙うつもりらしい。

 

『そういう反応もいいんだよなあ。絶対お客さん喜ぶもん。これが泣き叫んで命乞いするような舞台でもっと――』

 

 無線機を足元へ落とした。

 

 踵を叩きつけた。

 

 黒いケースが割れ、莉々華の声が雑音ごと潰れた。

 かなたの肩が一度だけ揺れた。

 

 わためが、側道へ向けて指を二度振った。

 先へ行こう。はじめも頷いた。

 割れた無線機を置いたまま、石囲いの右へ身体を向ける。

 

「ルイ姉、次は?」

『捕まらずに終わらせよう。側道の左、車の後ろへ回った男がいる』

「見えてる。そいつ、はじめが止める」

 

 かなたが左から近づく足音を確かめ、わためが右の車道へ目を向けた。

 はじめは石囲いの上へ足を戻した。

 配送車まで飛んでしまえば、次に踏める場所がある。

 そこから入口へ。

 

 右の車線から、エンジンが吠えた。

 

「オラァ、車ぶつけるぞ! 三人とも轢いちまえ!」

 

 詰まったワゴンの内側を、新しい乗用車が抜けてきた。

 曲がり切るつもりがない。

 前輪が島へ向き、低い縁石を踏み越える。

 その先にいたのは、柱と石囲いの間のわためだった。

 

 はじめは石から降り、わための上腕をつかんだ。

 柱の後ろへ引けば、二人とも外せる。

 

「わためちゃん、こっち!」

 

 わための足が動く。

 同時に、薄茶の背中が前へ出た。

 

「二人とも、そこ下がって!」

 

 かなたが車へ向き直った。

 前の足を低く置き、後ろの足を石囲いの根元へ踏む。

 膝が沈んだのに、上半身は逃げなかった。

 肩を包んでいたオーラが腕へ厚く回り、その下で腰も脚も一緒に固まる。

 

 はじめは、わためを引いた手を離さなかった。

 

 車がぶつかった。

 

 先に潰れたのは、車の方だった。

 かなたの両掌が当たった正面で、グリルが折れた。

 ボンネットの中央が盛り上がり、前の車輪が車体へ押し込まれる。

 甲高い音に混じって、足元から別の音がした。

 かなたの後ろの靴が、路面を削っている。

 石囲いの根元に亀裂が走り、踵の下から砕けた舗装が噴き出した。

 

 止まった、と思った。

 違った。

 

 かなたが吹っ飛ばしていた。

 

 深く曲がった膝が伸びる。腰が上がり、肩が前へ出た。

 肘だけで車を返すのではなく、踏んだ地面から上へ、身体が一つの形のまま動いた。

 車の鼻先が浮いた。

 後輪が地面を擦り、続いて離れる。

 

 はじめの目の前を、車の底が斜めに向いた。

 

 かなたが肩を横へ送った。

 車体が右の車線へ弾かれ、側面から路面へ落ちる。

 割れた硝子が広がり、その向こうで、後続の車が急停止した。

 前へ出ようとしていた商会のワゴンまで、横になった車に塞がれた。

 

 さっきまで動いていた道が、止まっていた。

 柱の右から向こうの歩道まで、車の通らない隙間が開いている。

 

 はじめは、車と、かなたを順に見た。

 

「……すっご、流石握力五十キロ?」

「今それ聞く?」

「五十キロどころじゃない!」

「いや今そもそも車握ってないし!」

 

 いつもの声で返ってきた。

 かなたは砕けた舗装から後ろの足を抜き、二人へ手を振った。

 

「はい、開いた! さっさと行きなー!」

 

『入口の男、出る!』

 

 ルイの声が重なった。

 はじめは、もう車を見なかった。

 

 向こう岸の配送車。

 その後ろへ回っていた男が、車体の端から銃を出す。

 ここから走って近づけば、かなたたちにも銃口が向く。

 だから、狙っている高さへは行かない。

 

 石囲いの縁を踏み、車道へ飛び出した。

 低い配送車のボンネットへ片足をつく。

 薄い板がへこんだところを踏み続けず、すぐに窓枠の角へ足を移す。

 男の腕が上を向いた。

 その頃には、はじめは屋根の反対側から降りていた。

 

 肩へ手を掛け、伸びた腕の外へ身体を入れる。

 銃を持つ手を車体へ押しつけながら、膝の外側を払った。

 男が崩れたところで、オーラを寄せた掌を胸へ当てる。

 背中が配送車の側面へぶつかり、息を吐いたまま、ずるりと座り込んだ。

 開いた指から、銃が落ちる。

 

「こっち、通れる!」

 

 振り向くと、わためが車道を渡ってきた。

 かなたはまだ島の縁にいる。

 柱の陰から出てきた男の腕を押し退け、追ってくる二人を正面にまとめていた。

 こちらへ走るには、一度背中を向けなければならない。

 

「かなたん、こっちまで飛んで!」

 

 わためが、向こう岸の縁石へ足を掛けた。

 はじめはその背中へ回り、コートの上から肩を支える。

 自分の踵は、側道の入口に立つ車止めへ当てた。

 

「こっち持ってる。受けていいよ」

「うん!」

 

 わためが手を差し出す。

 右手から続く白い編みが、道路の上へ短く広がった。

 

 かなたは近い男を、もう一人の方へ押した。

 その一歩分だけ背を向け、縁石を蹴る。

 島と歩道の間へ身体が浮いた。

 

 銃声がしたが、かなたは車道の同じ場所にいなかった。

 伸びてきた帯へ腰から入り、わための腕が重みを受けて沈む。

 はじめの掌にも、その重さが届いた。

 足を固めて待つのではなく、わためと一緒に膝を曲げた。

 帯の沈む分だけ、かなたがこちらへ近づく。

 

 靴が歩道を擦った。

 わためが編みを開く。

 かなたは着いた足で、そのまま前へ走った。

 

「ありがと、二人とも!」

「今度はこっちが受け取り!」

 

 はじめもわための肩を離した。

 配送車の陰から側道へ入る。

 すぐの角を曲がると、背後で銃声が壁に跳ね返った。

 

『そのまま進んで。次、左。表へは戻らないで』

 

 かなたが先に角を確かめ、わためが続く。

 はじめは最後に曲がった。

 高架柱の足元も、ひっくり返った車も、壁の向こうへ消える。

 まだ敵はいる。車から降りて追ってくる足音も聞こえる。

 それでも、三人分の道は開いた。

 

     ◇ ◇ ◇

 

 12:11

 

 二つの路地と、荷運び用の細い通路を抜けた。

 ルイに止まれると言われたのは、閉まった荷捌き場の壁際だった。

 交差点はもう見えず、聞こえてくる怒鳴り声も、どちらからかすぐには分からない。

 

『今見える範囲では、後ろについてきてない。少し息を整えて。次の曲がり角はこちらで見る』

「うん。……ありがとう、ルイ姉」

 

 壁へ背中をつけ、水を取り出した。

 一口飲むと、喉の奥に残っていた粉っぽさが流れた。

 足はまだ走るつもりでいて、止まった地面が少し変な感じだった。

 わためも隣で息を吐いている。

 かなたは靴底を縁石に擦りつけ、挟まった小石を落としていた。

 

「かなたさぁ」

「はいはい。どしたー?」

「かなた轢こうとした車、飛んでったよ」

「まぁね。つか見てたでしょ」

「見たから言ってるんだよ。あんなにぶっ飛ぶと思わないじゃん」

「僕って頑丈だからね。それに二人が避けると、あそこ塞がるし」

 

 かなたが、水のボトルへ手を伸ばした。

 普通に蓋を開ける。

 はじめはその手を見かけて、やめた。

 握ってはいない、という返事まで、もう聞いている。

 

「おかげで先、行けた。ありがと」

「僕も入口のヤツ、止めてくれて助かったよー。あそこで正面から撃たれてたら、二人を出す方まで手が回らなかった」

「そっち向いてたからね」

「うん。だから、任せた」

 

 かなたがボトルを持つ方の手で、こちらを少し示した。

 はじめは水を飲みかけたまま、笑った。

 

 わためが、コートのポケットからビスケットを出した。

 袋の中で、丸いのが二つに割れている。

 

「食べやすくなったねえ」

「よかったことにするの、早い」

「お腹に入ったら一緒だよ。はじめちゃんのは?」

 

 内ポケットを探る。携帯の脇に、ちゃんと袋があった。

 こちらも、一枚だけ割れていた。

 

「一緒」

「じゃあ勝ち負けなしだね」

「いつ勝負してたの」

 

 かなたが笑いながら、自分の袋も開けた。

 甘いものを噛むと、さっきまでとは違うところに力が戻る感じがした。

 

「わためも、車のとこありがと。道路に落ちると思ったら、下に来てた」

「はじめちゃんも、柱のとこ。あの時、手を離さなくて済んだよ」

「うん。かなたにもお願いしたかったから」

「それ、僕もお礼言うとこだったんだけど」

 

 はじめが顔を上げると、かなたは袋の底に残った欠片を口へ入れていた。

 

「後ろ向かないで、前の二人をどかせた。あれ、かなり助かった」

「じゃ、両方もらっとく」

「お礼、二人分?」

「うん。働いたから」

「それなら、わためも二人受け取った分で」

「じゃあ僕は道を開けた分。……もう、全員でいいじゃん」

 

 たしかに。

 はじめは笑いながら、空いた包みをポケットへ戻した。

 わためもそれを見て自分の包みをしまい、かなたが水を飲み終わるのを待った。

 

 携帯を開く。

 保管棟の写真は、ちゃんと残っていた。

 外階段の横の灰色の扉。あそこまでの道も、見失っていない。

 

「ルイ姉。ここから、あとどっち?」

『次の角を右。保管棟へは、そこから近づける。ただ、中の人が動いてないか、ココ側の連絡も確認してからね』

「うん。今度こそ、持ってる人に会おう」

 

 わためへ水のボトルを渡し、はじめはリュックの肩紐を直した。

 その途中で、かなたの携帯が鳴った。

 十時四十四分。

 かなたは画面を見て、さっきと同じように音を外へ出した。

 

「ココ? 抜けたよ。いま三人一緒。保管棟の手前まで来た」

『そうか。三人とも、よく抜けたね』

「すごかったよ。車がどんどんきてさぁ――」

『ごめん、それは戻ってから聞かせて。はじめも、そこにいるんだね』

 

 はじめは携帯の方へ顔を寄せた。

 

「いる。蝉はまだだけど、ここから取りに行く」

『悪い、一度事務所に戻って。確認したいことがある』

 

 わためが水のボトルをリュックの脇へ戻してくれた。

 隣で、かなたが携帯を持ち直す。

 

「今朝の事務所でいいの?」

『そう。かなた、わためも一緒に。あやめのところは、こっちで見張らせておく』

 

 はじめは、自分の携帯に映る灰色の扉を見た。

 次の角を曲がれば、保管棟の方へ行ける。

 はじめはそちらへ出しかけた足を、いったん戻した。

 


 

 鷹嶺ルイ(放出系能力者)

 

 遠隔地から状況を見極め、現場で動く者へ必要な情報を渡すオペレーター。

 得られた景色から誰を追い、どの道を選ぶかを判断するのは、ルイ自身の観察力と経験である。

 

《鷹の眼(ホークアイ)》

 

【基本性能】

 瞳状のオーラによる観測点を、最大三つまで屋外へ送る。

 主視界は切り替えられるが、三つの景色を同時に細かく読み取れるわけではない。

 観測点は屋外の経路を移動し、壁や屋根を透過しない。

 建物の奥、遮蔽物の向こう、暗さや煙に隠れたものは見えない。

 


 

 天音かなた(強化系能力者)

 

 桐生組の戦闘員。保持、支持、重量物の扱いに秀でる。

 その怪力は腕だけのものではなく、身体全体を一つの支えとして使う技量によって発揮される。

 

《天使の握力(おらくる)》

 

【基本性能】

 身体強化を徹底して伸ばしたことによる念。

 高水準の《堅》で全身を守り、《流》で力を受ける部位へ体幹を中心にオーラを配分する。

 指、腕、肩、背中、腰、脚、足裏を連動させ力へつなげる。

 構えと支持点が整うほど、大きな荷重へ効率よく力を伝えられる。

 かなたが重さや衝撃に耐えても、足場や掴んだ物まで耐えるとは限らない。

 


この作品を「続きも読みたい!」と強く感じたのは、どのあたりからでしたか?

  • 冒頭1〜3話
  • ハンター試験・裏試験編
  • 発の習得編
  • 事件録に入ってから
  • まだ判断中
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