第四話 仲間だー!
列車がロスカ市中央駅へ滑り込んだ。儒烏風亭らでんは窓の外に駅名を確認してから立ち上がり、鞄を背負って時計を見た。午前八時七分。
ハンター試験の開催案内に書かれていたのは、《午前九時までにロスカ市中央駅へ》ただそれだけだった。会場名も住所も、案内人についての説明もない。
初めてそのページを見た時、らでんは思った。(……絶対なんかありそう)
少し調べれば、毎年多くの受験希望者が会場へ辿り着く前に脱落することくらいは分かる。しかも会場は毎年変わり、前年度の情報を追っても意味がない。「中央駅へ来い」だけで終わるはずがなかった。
そこでらでんは開催案内のページそのものを調べていた。文章に不審なところはなかったが、一枚だけ貼られていたロスカ市の風景写真——一見何の変哲もない駅前の写真を保存してみると、画像の大きさに対してデータ量が不自然に大きかった。そこからだった。
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画像情報、埋め込まれたコメント、色データ、ファイル末尾。分からないものは調べ、意味不明な文字列が出れば並べ替えて変換した。一晩で解けたわけではなく、途中で何度も「これただのデータじゃない?」と思いながら、最後に二つの情報が残った。
一つ、《NOAH=GREY》ノア=グレイ。人名らしいが、街の著名人も施設名も調べても見つからない。
もう一つ、写真の色情報に意図的に埋め込まれた微細な点。六つ、四つ、五つ、三つ。その横の短い文章。《赤を分ける白い建物》、《四度、扉を呼べ》。
らでんはノートに書いた。
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【ハンター試験・会場関係?】
⚪︎ノア=グレイ 人名? 歴史上、地元の関係者での該当者なし
⚪︎赤を分ける白い建物 → 血? → 献血? → 病院? 診療所? 血液関係施設?
⚪︎6・4・5・3 何かの符号? 距離? カウント数?
⚪︎四度、扉を呼ぶ → 鍵? ノック?
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ただしこれだけではロスカ市のどこへ行けばいいのか分からない。病院だけでも複数ある。診療所、血液センター、大学病院、献血施設。「赤を分ける白い建物」が本当に医療施設を意味する保証すらない。つまり答えではなく〈ヒント〉だ。後は現地で探す。らでんはそのつもりで来ていた。
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駅を出ると、まず周辺を見た。朝の改札は通勤客で混み、掲示板の前では立ち止まる人と流れる人が重なっていた。街の案内図、イベント告知、公共施設の方向、交通情報。盤面だけなら頭に入る。問題は人の流れだった。大きな荷物を持つ者は旅行客に紛れ、鍛えた身体の人間は作業服に紛れる。一人ずつ見ても、荷物の大きさだけでは受験者と決められない。
「まあ、そうですよねえ」
そう呟いた時、駅前広場の端に妙な少女がいた。
らでんと同じくらいの年齢で軽装、動きやすそうな服。さっきから同じ場所を行ったり来たりしている。案内板を見て右へ行き、戻ってきて今度は左へ行き、また戻ってくる。観光客なら地図を広げるか誰かに聞くはずだが、その様子がない。迷っているのに探し方が定まらない。少し離れて確かめてから近づいた。
らでんが声をかけた。
「あの」
少女が振り返る。
「ん?」
らでんは声を落とした。
「もしかしてなんですけど、ハンター試験です?」
少女の目が見開かれた。一秒置いて、ぱっと笑ってらでんを指差した。
「お!」
「そっちも!?」
「はい!」
「仲間だー!」
いきなり肩を叩かれた。
「うわっ」
「よかったー! 全然わかんなくてさ!」
「私も場所そのものはまだです」
「え、知らんの?」
「知らないですよ」
「頼れるやつ見つけたと思ったのに」
「私も仲間を見つけただけです!」
少女は笑った。
「一緒じゃん」
「一緒ですね」
少女が手を差し出してくる。
「轟はじめ」
らでんも握った。
「儒烏風亭らでんです」
「らでん」
「はい」
「珍しい名前」
「はじめさんも結構ですよ」
「あ、確かに」
なんとなく二人で笑った。
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はじめが聞いた。
「で、どこ行く?」
「まず情報合わせません?」
「情報?」
「はじめさん、何か調べました?」
「ある」
「お、何です?」
「聞き込み」
「誰に?」
「駅員さんと、タクシーのおっちゃんと、売店のおばちゃん」
「結構やってる!」
「場所わかんないなら、人に聞くしかなくね?」
らでんは少し感心した。自分は開催案内のデータを解析した。この少女は現地に着いてから人へ聞きまくっていた。やり方が真逆だった。
「それで、何かありました?」
「最初は全然」
はじめが指を一本立てる。
「駅員さんは知らない」
二本目を立てる。
「売店のおばちゃんが、朝からやたら水とか携帯食買ってく変な旅行者が多いって」
三本目を立てる。
「で、タクシーのおっちゃん」
少し得意そうな顔になる。
「今日の朝だけで、でかい荷物持った変な客を何人か東港の方まで乗せたって」
らでんの表情が変わった。
「今日?」
「うん。今日」
「何人くらい?」
「その人だけで三人。他の運転手も似たようなの乗せたって」
「行き先は?」
「全員同じじゃない。でも東港地区」
「なるほど……」
はじめが続ける。
「あと、一人だけ『東港病院の健康イベントって今日だよな』って聞いてきた客がいたって」
らでんの指が止まった。
「……病院?」
「そう」
らでんはすぐに鞄からノートを取り出した。はじめが覗く。
「何それ」
「事前に開催案内のページを調べたんです。駅へ来いとしか書いてなかったけど、画像の中に情報が隠してありました」
「画像の中? どうやって?」
「いろいろ解析したんですよ。説明すると長いです」
ノートを開く。《赤を分ける白い建物》。はじめが読む。
「赤を分ける白い建物か。血のこと?」
「献血とか血液検査とかじゃないかと思ってました」
はじめが顔を上げる。
「病院じゃん」
「そうなんです」
らでんは駅で手に入れた市街地図を広げた。ロスカ市には医療施設が複数ある。
「でも、この情報だけだと病院までは絞れても、どこなのか分からなかった」
「東港に病院ある?」
「あります」
指を置く。ロスカ市立東港病院。
二人が地図を見る。らでんが言った。
「今日だけ東港へ向かう旅行者と、健康イベントの話と、私の暗号。三つとも東港病院で重なります」
はじめが笑った。
「繋がった?」
「かなり。調べる価値はあります」
「行こ!」
「行きましょう」
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東港へ向かう道は港へ向かって緩く下っていた。風にわずかに潮の匂いが混じる。二人は歩きながら分担した。らでんは街中の掲示物を見て、はじめは人へ聞く。
「東港病院ってこっち?」
「今日なんかやってる?」
「人多い?」
途中、街角の掲示板ではじめが先に気づいた。
「あ」
《東港病院 健康週間》。簡易健康診断、生活習慣相談、健康啓発展示、そして《献血協力会》二人が止まった。はじめが指差す。
「赤、分けてんじゃん」
「分けてますね」
らでんが笑う。
これで三つが揃った。開催案内に隠された暗号、今日だけ発生している不自然な人の流れ、そして現地で確認した献血イベント。どれか一つだけなら偶然かもしれない。三つ重なれば話は違う。
「ここですね」
「だな」
はじめがらでんの肩を軽く叩いた。
「うちら、結構いい感じじゃね」
「どうなんでしょう?まだ試験はじまってもないですし」
「でも一人だったら無理だったかも」
らでんは少し考える。
「私もそうですね」
暗号だけでは場所まで絞れないし、はじめの話だけでも辿り着けなかった。
「半分ずつですね」
「じゃあ仲間だー!」
「それ好きですね」
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病院は本当に普通だった。むしろ普段より明るい。正面玄関には健康週間の旗。消毒の匂いの下に紙コップのお茶の匂いが混じる。家族連れ、高齢者、看護師、献血受付、血圧測定、簡易検査、子供向けの健康クイズまである。マイクの案内が途切れると子供の笑い声が響く。ハンター試験会場とは到底思えない。
はじめが小声で言った。
「ここで合ってんの?」
「多分」
「普通に病院じゃん」
「だからでしょうね」
「?」
「今日は一般の人が大勢来ても不自然じゃない」
らでんは周囲を見る。受付の列も待合の椅子も埋まり、二人が紛れても誰も振り返らない。
「受験者が紛れて入っても目立たないんですよ」
「あー」
「しかも健康診断なら、奥へ案内されてもおかしくない」
「よく考えるなあ」
「作った人がですよ」
らでんは謎解きそのものを楽しんでいる顔だった。
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二人は簡易健康診断の受付へ向かった。受付の女性が笑顔を向ける。
「健康チェックですか?」
らでんは一瞬だけはじめを見て、「はい」と申込用紙を受け取った。氏名、年齢、簡単な項目。紙は薄く、ペン先が少し滑る。らでんは氏名欄を見つめる。本名は書かない。当たる保証はないが、他に当たる名前もない。ペンを走らせた。ノア=グレイ。
はじめが覗く。
「それ誰?」
「暗号に入っていた名前です」
「それ書くの?」
「たぶん」
「外れだったら?」
「普通に怒られますね」
「いいの?」
「良くはないです」
二人で少し笑う。
申込用紙を受付へ渡すと、女性が受け取った。ほんの一瞬目の動きが変わるが、笑顔は崩れない。
「お二人ですね」
「はい」
「少し詳しい検査が必要になります」
らでんとはじめが目を合わせる。女性が立った。
「こちらへどうぞ」
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一般の健康診断会場を抜ける。血圧計の音と看護師の声が遠ざかり、カーテンの向こうの気配が消える。廊下、さらに奥。蛍光灯の間隔が広くなり、人の足音が少なくなる。やがて一つの扉の前で止まった。受付の女性が「こちらです」とだけ言って戻っていった。
はじめが扉を見る。
「入れってこと?」
手を伸ばすのを、らでんが止める。
「待って」
「まだあんの?」
「もう一つ」
ノートを開く。《6・4・5・3》、そして《四度、扉を呼べ》。
はじめが覗き込む。
「あ」
「多分ここです」
「ノック?」
「だと思います」
「6、4、5、3回?」
「それぞれ間を空けて」
「長っ」
「らでんやって」
「なんでです?」
「暗号解いた人がやった方がいいじゃん」
「謎理論……」
らでんは扉の前へ立ち、一度息を整えた。そして。コン、コン、コン、コン、コン、コンと6回連続でノック そして間 その後同じように4回、間、5回、間、3回とノックをする。
静寂。何も起こらない。扉に添えた指先に、塗装の下の鉄の冷たさが残る。はじめが小声で言った。
「外した?」
「やめてくださいよ……」
数秒。ガチャ。扉が開いた。
中には白衣姿の男が一人いた。男が二人を見る。
「ノア=グレイ?」
らでんが答えた。
「はい」
男はしばらく二人を見てから部屋の奥を指差した。
「突き当たりを右。エレベーターがある。地下最下層まで降りろ」
はじめの顔が輝く。
「当たりだ!」
らでんも思わず笑った。
「当たりですね!」
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部屋の奥、職員用の通路をさらに進むと小さなエレベーターがあった。ボタンは一つだけ。地下。二人が乗ると扉が閉じて下降する。一階、地下、さらに下、さらに下。耳が少し詰まり、表示のない時間が長く続く。はじめが表示を見る。
「病院ってこんな地下ある?」
「普通はないと思います」
「やっぱ試験会場だ」
エレベーターはかなり長い時間下降し、やがて止まって扉が開いた。
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そこには全く別の世界があった。巨大な地下空間、数百人近い人間。大男、武器を持つ者、傷だらけの者、老人、若者。一目で普通ではないと分かる者たち。コンクリートの冷気と照明の白さが病院の明るさとは違う。二人が降りた瞬間いくつもの視線が向く。十二歳ほどの少女が二人。はじめが小声で言った。
「……強そうなのばっか」
らでんも声を落とす。
「ですね」
「帰る?」
「帰りませんよ」
「だよね」
顔を見合わせて笑う。
まだ出会って数時間も経っていない。それでも二人の間にはもう、ほんの少しだけ「一緒に来た」という感覚が生まれていた。
その時、横から人の良さそうな声がした。
「やあ」
振り向くと少し丸顔の中年男。手には缶ジュースが二本。にこにこと笑っている。
「初めて見る顔だね。今年が初受験?」
「はい」
らでんが答えた。
「おう」
はじめも続く。男の笑顔が少しだけ深くなった。
「やっぱり! いやあ、ここまで来るの大変だったろ?」
差し出されるジュースにはじめが反射的に手を伸ばす。
「お、ありが――」
その袖をらでんが引いた。
「待って」
「ん?」
らでんは缶を見て、男を見て、周囲を見た。男が今までどこにいたのか、誰と話していたのか完全には分からない。けれど古狸から以前言われたことがある。《治安の悪い土地で、知らん奴から貰った飲食物を何も考えず口に入れるな》
理由を聞いたら《文化財見る前に倒れたら終わりだろ》と返された。その時は少し笑った。今は笑う場面ではない。
らでんは言った。
「ありがとうございます」
缶を受け取った。指に冷たさが伝わる。喉の渇きを誘う冷たさだったが、すぐには開けなかった。プルタブに指をかけないまま、缶を手に持つ。男が聞く。
「飲まないの?」
「あとでいただきます」
はじめがらでんの顔を見てから自分のジュースを見た。
「……じゃ、うちもあとで」
男の目がほんの一瞬だけ細くなり、元の笑顔に戻る。
「慎重だねえ」
「そうです?」
「新人って、もっと緊張してるもんだからさ」
男は自分を指差した。
「僕はトンパ。この試験、結構長いんだ」
らでんが即座に反応した。
「何年くらいです?」
「え?」
「ハンター試験」
「……まあ、結構」
「毎年?」
「まあね」
らでんの目が少し輝いた。これは経験者だ。
「じゃあ今年の会場到達って、難しい方だったんですか?」
トンパの顔が少しだけ変わった。
「……どうして?」
「今年、暗号二つありましたよね」
はじめが横で頷く。
「二つあった」
らでんは指を二本立てる。
「申込とノック。二つとも」
トンパは二人を見て、少ししてふっと息を吐いた。
「あー、やっぱ今年ハズレ年だわ」
「ハズレ?」
はじめが聞く。トンパは地下会場を見渡した。
「見なよ」
二人も見る。広い地下空間、そこにいる受験者は二百人前後。蛍光灯の下でざわめきが反響し、壁際の荷物の列がまだ伸びている。らでんが事前に想像していたより少ない。
「例年ならもっといるんです?」
「年によるけどね」
トンパが肩をすくめる。
「入口の仕掛けが一つの年は、四百近く本会場まで来ることもある」
らでんが少し驚く。
「倍」
「そう」
トンパは実に残念そうだった。
「今年みたいに二段階でふるい落とすと、新人が消えちゃうんだよね」
「新人?」
「うん」
「……それの何がハズレなんです?」
らでんが聞いた。トンパは一瞬だけ止まった。
「あー、賑やかな方が楽しいだろ?」
らでんはトンパを見る。
「なるほど?」
納得したような、していないような返事だった。
――トンパは内心で舌打ちした。今年は確かにハズレだった。新人が少ない。しかも目の前の二人は入口の暗号を二つとも抜けてきた。こういう年は面白くない。新人というのはもっと何も知らず、緊張して、迂闊であるべきなのだ。
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トンパがらでんを見る。
「でも、よく二つとも分かったね」
「一個目は事前に、ファイルサイズが変だったので」
トンパが黙る。はじめがなぜか少し得意そうに言った。
「らでんはすごいよ。画像の中から名前とノックの数当てたんだもん」
「はじめさんの聞き込みがなかったら病院までは絞れてません」
出会ったばかりの二人なのに、妙に噛み合っている。トンパは少しずつ嫌な予感がしていた。
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別の声がした。
「ねえ」
少女だった。年齢はらでんたちとそう離れていないように見える。髪をまとめ、軽装。片手には紙袋。何か食べながらこちらを見ている。袋の底には油染みが広がり、揚げた匂いが少しだけ漂う。
少女はらでんの手元を指差した。
「そのジュース」
「はい?」
「飲まない方がいいよ」
トンパの笑顔がほんの少し固まった。はじめがすぐ少女を見る。
「やっぱ?」
「知らないけど」
「知らんの!?」
「でも怪しいじゃん」
少女は平然としている。
「そいつ、新人にしか配ってない」
らでんがトンパを見る。トンパが笑う。
「いやいや、たまたまだよ」
少女が言う。
「じゃ、自分で一本飲めば?」
沈黙。はじめもトンパを見る。らでんも見る。トンパはにこにこしていた。
「僕はいま喉乾いてないから」
少女は「ふーん」とだけ返した。もう興味を失ったらしい。
紙袋から小さな焼き菓子を取り出す。一口、噛む、顔をしかめる。
「まず」
らでんが思わず反応した。
「まずいんですか?」
「油が古い」
「分かるんです?」
「分かる」
少女はもう一口食べた。はじめが笑う。
「まずいのに食うんだ」
「食べ物捨てる方が嫌」
「へー」
「何」
「いや、なんか面白い」
少女の目が細くなった。
「そっちも変な喋り方だけど」
「そう?」
「そう」
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らでんが尋ねる。
「あなたも初受験ですか?」
「そう」
「私たちもです」
「見れば分かる」
「そんなに新人っぽいです?」
少女はトンパを指した。
「そいつに真っ先に声かけられてる時点で」
「ちょっと待ってくれないかな」
トンパが口を挟む。少女は無視した。
「メンチ」
「え?」
「名前」
「ああ」
らでんも名乗る。
「儒烏風亭らでんです」
「轟はじめ」
メンチが二人を見る。
「変な名前」
らでんが即座に言った。
「メンチさんに言われたくないです」
「何よ」
「いや、メンチも結構――」
はじめが続けようとする。メンチが睨む。
「何?」
「なんでもない」
引くのが速かった。
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らでんが聞く。
「メンチさんは何ハンターを目指してるんです?」
メンチは迷いなく答えた。
「グルメハンター」
「おお」
「世界中の食材を食べる」
「全部?」
「できるだけ全部」
「危険な場所にしかない食材も?」
「だからハンターになるんでしょ」
らでんの顔が嬉しそうになる。
「なるほど!」
「何?」
「いや、私も似たような理由なので」
「食?」
「文化」
「広っ」
はじめが横から言った。
「らでんって好きなもの多いよね」
「まだそんな話してないでしょう」
「移動中ずっと聞いた」
「そんなに喋りました?」
「喋った」
メンチが少しだけ笑った。
「じゃああんたは?」
はじめを指す。
「何ハンターになるの?」
はじめは少し止まった。
「……わかんね」
「は?」
「だから来た」
メンチが眉を寄せる。はじめは別に恥ずかしそうでもなかった。
「何したいか分かんないから、ハンターになったら探せるかなって」
メンチはしばらくはじめを見る。
「変なの」
「そう?」
「普通、逆じゃない?」
らでんが横から言う。
「でも、そういう受け方もあるんじゃないです?」
「まあね」
メンチはそれ以上何も言わなかった。
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開けていない二本の缶だけを壁際の荷物置きへ置いた。口をつけずにその場に残し、鞄と道具は背負ったままにした。缶の冷たさが指から離れるのを確認してから、二人は壁から離れた。
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その間も受験者は増えていた。エレベーターの扉が開く。一人、二人、時々数人まとめて。しかし午前九時五十五分、受験番号はまだ二百に届いていなかった。中央駅への案内は九時までだったが、地下会場の締切は十時だった。駅から東港へ動いて探す時間は、その差の中にあった。トンパがその数字を見ている。やはり少ない。第279期ハンター試験。トンパにとっては紛れもなくハズレ年だった。
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午前十時。最後のエレベーターが閉じた。ほぼ同時に地下会場の空気が変わった。奥、巨大な鉄扉が開く。ざわめきが少しずつ消える。一人の男がこちらへ歩いてきた。三十代から四十代ほど。鍛えられた身体。派手さはない。実用的な服。靴も荷物も必要なものだけ。男は受験者たちの前へ立った。視線が鋭い。一人一人を見るというより、集団全体を一つの現場として確認しているようだった。
「百九十八名」
男が言った。声は大きくない。それでもよく通った。
「難しくした割には残ったな」
トンパが小さく呟く。らでんが聞く。
「うわ、知ってる人です?」
「まあね」
男は続ける。
「第279期ハンター試験。第一次試験を担当する」
少し間を置いた。
「ツェズゲラだ」
周囲の何人かが反応した。名前を知っているらしい。らでんは知らなかった。はじめも多分知らない。メンチは名前だけ聞いたことがあるような顔をした。
ツェズゲラはそんな反応を一切気にしない。
「最初に言っておく」
受験者を見渡す。
「俺の試験で見るのは、お前らがどれだけ強いかじゃない」
一部の受験者が怪訝そうな顔をする。
「現場に投入して、生きて帰ってこられるかだ」
らでんの目がわずかに変わった。その言葉は古狸から何度も聞かされたものとよく似ていた。知識があっても、現場に着けなきゃ意味がない。
ツェズゲラが背後の巨大扉を指す。扉が開き、その先には暗い坑道が続いていた。
「目的地は、旧ゴラン鉱山・第七搬出口」
ざわめきが起きる。
「制限時間、七時間。経路は自由。途中二ヶ所に検査所がある。両方の通過印を持って出口へ来い」
一人の受験者が手を上げる。
「地図は?」
「ない」
別の声が飛ぶ。
「一本道か?」
「違う」
「最短距離は?」
「自分で調べろ」
「罠は?」
ツェズゲラは少しだけ眉を動かした。
「鉱山に罠なんてない」
そして淡々と続ける。
「あるのは水没、崩落、酸欠、老朽化した足場、行き止まり、それから、お前ら自身の判断ミスだ」
地下会場が静かになる。
「最短経路が最善とは限らない。安全な経路が、時間内に終わるとも限らない。情報を拾え。体力を使え。危険なら退け。それでも時間内に着け」
ツェズゲラが腕時計を見る。
「以上」
らでんは少しだけ笑っていた。はじめが気づく。
「何?」
「いや、これなら準備してきたこと、ちゃんと使えそうだなって」
鞄の紐を握り直す。はじめも笑った。
「それならよかったじゃん」
「はじめさんは?」
「走るのは得意」
メンチが横から言う。
「二人とも油断しないでよ。まだ何も始まってないんだから」
トンパは三人を見て、内心で思う。
(まあ。そう簡単にいくなら苦労しないんだけどね。)
ツェズゲラが一歩横へ退いた。
「開始」
百九十八人が一斉に動き出した。儒烏風亭らでん。轟はじめ。メンチ。そして何十回目かの挑戦になるトンパ。第279期ハンター試験。最初の本試験が始まった。