朝の光に透かしてみると、昨夜そぴあが書き足してくれた鉛筆の線は、らでんの引いた線より少しだけ濃くて迷いがなかった。
机の上に置いたままではまだ少し気恥ずかしいその一枚を、らでんは一と二を書いた普通の番号カードと一緒にそっとノートへ挟み込んだ。昨日、格好よく二つの輪郭を作って見せるつもりで、結局どちらも崩してしまった失敗の記録だ。
それでも、外から見ていたそぴあの図と、自分がどこへ力を回そうとしたかのメモが並んでいるのを見ると、ただの失敗では終わった気がしなくて、続きに使う白紙ももう一枚だけ重ねてから表紙を閉じた。
鞄の底には、昨夜から預かりっぱなしの短い巻尺がちゃんとおさまっている。
「それ、今日もそのまま持ってくの?」
上着に袖を通しながら、そぴあが後ろから鞄を覗き込んだ。
「うん、午後の点検でまた使うでしょ。それに、せっかくだからあの階段もちょっと見ておきたいなって」
「えー、お祭りの最中に巻尺なんか出したら、通る人の邪魔になっちゃうよ」
「測らないってば。昨日の絵、どのあたりに立って描いたのかなって確かめたいだけだよ。そぴあもちょっと気にならない?」
「なるけど、それなら絵の写しだけ上にしとこうよ。階段の途中でノートごと全部ひっくり返さなくて済むようにさ」
ほら、と差し出された一枚を受け取って、鞄の一番手前のポケットへ滑らせる。階段と布、その脇に立つ人。セザールが公の記録とは別に描き留めていた祭礼の習作だ。
昨日は紙の上で線を追うだけだった場所を、今日はそぴあと並んで歩けると思うと、それだけで足取りが少し軽くなる。
襟元を直した拍子に、服の内側で鋼の雪玉がことりと胸に触れた。冷たい丸みを指先で押し戻して落ち着かせ、肩紐を掛け直す。
「二人とも、朝ご飯はちゃんと食べたよね?」
戸口で待っていたピヨンが、カメラのストラップを指に絡めながら振り返った。
「はい、ばっちり食べましたよ」
「よし、じゃあ行こっか。私はね、団子が網の上で焼けるところから見たいんだよね」
「あ、それ、らでんも見たいです。あの甘いたれって、どのタイミングで塗るんでしょうね」
「そぴあはとにかく焼きたてがいいな」
「ふふ、焼けるのを近くで見てたら、そのまま列に並んで買うことになると思うよ」
宿の戸を引いて外へ出た途端、乾いた太鼓の音が朝の空気を揺らして届いた。
昨日歩いた坂道の先に、今日は白い布屋根がいくつも並んでいる。下から吹き上げてくる秋風には、もう甘い焦げ醤油の匂いが混じっていた。
◇ ◇ ◇
境内の端では、ミオが白い布を折り畳んでいた。
昨日は別棟の机で書類の束を抱えていた人が、今日は白衣に緋袴の姿で、台に下ろされた木箱へ手際よく布を重ねている。邪魔にならないよう少し手前で足を止めると、ミオの方が先に気づいて顔を上げた。
「あ、来てくれたんだね。ごめん、これだけ片付けちゃうからちょっと待ってて」
「はい、ゆっくりで大丈夫です。このあたりで見てても邪魔になりませんか?」
「その柱より手前なら平気だよ。これから階段の方へ箱を運ぶ人が通るから、そこだけ空けておいてもらえる?」
言われたとおり、そぴあと一緒に柱の脇へ寄る。歩いた拍子に上着の裾が鞄の留め具に引っ掛かっているのに気づいて引き抜きながら、らでんは改めてミオの手元を見つめた。あんなに広い白衣の袖をしているのに、片手で軽く押さえたまま、自分なんかよりずっと迷いなく布の角を揃えていく。
「巫女さんの格好、すごく似合ってるねえ。昨日の事務室とずいぶん雰囲気が違うや」
「ほんとだね。でも、どこに何があるか聞かれてすぐ指差せるところは、昨日とぜんぜん一緒だよ」
そぴあがくすっと笑うそばで、ミオはちょうど何かを探していたらしい氏子の人に台の下を教えていた。礼を言って階段へ戻っていくその人の肩越しに、見覚えのある金色の髪が揺れる。
「あれ、もう並んでるの?」
カエラだった。手にはまだ何も持っていない。
「いえ、ミオさんの手が空くのを待ってるところです。カエラさんも今来たんですか?」
「うん。団子を焼いてる場所は分かった。列の終わりがどこかも分かったよ」
「もう下見は済んでるんですね」
「あとは私の手に団子があればいいだけ」
「まだ朝ですし、きっとたっぷりありますよ」
そぴあが笑いながら隣を空けると、カエラも自然な足取りで柱の脇へ収まった。
そのすぐ前を、上の段から下りてきた人たちが通り過ぎていく。二人がかりで抱えた長い竿の先には、大きな布が幾重にも巻き付けられていた。後ろの人の肩をかすめる布の端が、朝の光を受けたところだけ鮮やかに赤く透ける。
らでんは反射的に鞄の口へ手を掛けかけて、いや、と先に隣のそぴあの袖をつまんだ。紙を出すより先に、今この色を見てほしかった。
「ねえ、あの布見て。巻いてある内側の暗いところと、端っこの透けてるところで全然色が違うよ」
「ほんとだ。あれ、全部広げたらもっと明るい赤になるのかな」
「広げるところ、あとで階段の上からも見たいんだよね。そぴあ、あとでちょっと付き合ってくれない?」
「いいよ。じゃあ、今ここから見た感じも覚えとこうよ。ほら、下から見上げると、布がたわんで竿がほとんど隠れてるじゃん」
そぴあの指差した先へ目を凝らすと、重たげにたるんだ赤い布の下に、竿を支える人の手首だけが覗いていた。段を下りて持ち直すたびに、その手首が布の陰から少し出たり隠れたりする。
昨日、セザールの習作の写しで見たときは、ただの乾いた一本の線だった。それが生きた人の手で運ばれると、こんなふうに重さや揺れを持った形になるのだと知って、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「お待たせ! 今ならうちもちょっと休めるよ」
袖口をぱんと整えながら、ミオが駆け寄ってきた。カエラの顔を見て嬉しそうに目を細め、それからすぐに屋台の並ぶ方へ首を伸ばす。
「あ、よかった、まだ列が短いね。売り切れてない」
「今年はちゃんと間に合いましたね」
「うん、去年は片付けのときまで匂いだけ嗅いでたから、今日は絶対先に食べるって決めてたの」
弾んだ声のミオに案内されて、五人で白い煙の上がる屋台へ向かった。
近くで見る焼き網の上では、白い団子が少しずつ焦げ目をつけていくところだった。
店の人が竹串をくるりと返すたび、裏側に香ばしい茶色が浮かび、刷毛で醤油を塗られた串からじゅうっと細い煙が立つ。そのすぐ隣では、焼き上がったばかりの串がとろりと光る甘いたれの壺へくぐらされていた。持ち上げられた団子から、琥珀色のたれが糸を引いて落ちる。らでんはその最後の一滴が壺へ戻るまで、つい瞬きも忘れて目で追ってしまった。
「甘いたれと醤油を、一本ずつお願いします」
頼んでから隣を見ると、そぴあも大きく頷いていた。昨夜、肉うどんを食べながら二人で決めてあった二本だ。差し出された串を受け取る手に迷いはなかったけれど、屋台の端に置かれた黒い胡麻だれの皿が、どうしても視界の端に入ってくる。
「……らでん、そっちの胡麻も気になってる?」
「え、そぴあ、なんで分かったの。見てたでしょ」
「らでんが皿に穴が開くくらい見てたのを見てたんだよ」
図星を指されて肩をすくめた後ろで、ピヨンが涼しい顔をして胡麻を一本頼んだ。すり胡麻の粒がたっぷり絡んだ黒いたれが、白い団子を半分ほど贅沢に覆っている。
「ピヨンさん、それ、あとでどんな味だったか教えてくださいね」
「いいよ。でも、感想を聞いたらたぶん余計に欲しくなると思うけどね」
ミオは甘いたれを一本、カエラは迷いなく甘いたれと醤油を一本ずつ受け取った。両手に一本ずつ串を構えたカエラの手元を見て、そぴあが自分の醤油団子と交互に見比べる。
「カエラさん、ほんとに一人で一本ずつ食べちゃうんですね」
「約束どおりだよ」
「誰とも半分こしない方の約束ですねえ」
「だって、途中で分けたら、また最初から列に並ばないといけないでしょ」
それもそうだと笑い合って、屋台の脇の腰掛けに並んで座った。鞄を足元へ下ろし、まずはそぴあと目を合わせて、自分たちの手にある一本目に口をつける。
最初に舌に触れたたれは、とろりと甘かった。けれどすぐその下で、網の跡がついた焦げ目に歯が当たると、香ばしい苦みがふわっと混じる。急がずによく味わおうと思っていたのに、焼きたての柔らかい餅が口の中でほどけて、あっという間に一つ目がなくなってしまった。
「ん、すごくおいしい。ねえそぴあ、これ、次のやつは焦げたところが多いから、たれと一緒に食べてみて」
「じゃあこっちも。一番上の端っこがちょっとカリッとしてて、醤油が染みてるよ」
そぴあから醤油の串を受け取り、代わりに自分の甘いたれを手渡す。たれが垂れないようにそぴあが串を少し傾けるのを見て、らでんも教えてもらった焦げ目を手前にしてかぶりついた。
歯を立てるより先に、香ばしい醤油の匂いが鼻へ抜けた。さっきの甘みが口の中に残っているせいで、きりっとした塩気がいっそう鮮やかに立つ。思わずそのまま二つ目へ口を開けかけて、あ、これはそぴあの串だった、と寸前で思い出した。
「……これ、醤油を先にして甘い方をあとにしたら、また違ったんだろうなあ」
「あ、そぴあも今まったく同じこと思った。しょっぱいのを食べたあとに甘い方を食べるとさ、もう一口しょっぱいのに戻りたくなるね」
「わかる。なんだか手元の串を戻したくなくなっちゃうね」
「だめだよ、戻して。そぴあも醤油の焦げたところ、まだ食べたいもん」
しぶしぶ笑いながら串を交換し直す。手元に戻ってきた甘いたれの串は、もちろんさっきより一玉少なくなっていた。
今度はそぴあの言ったとおり、塩気の残る舌で甘い団子を食べる。さっきの一口目とは甘さの輪郭が違って感じられるのが可笑しくて、らでんは一度串を下ろして頬を緩めた。
「ね、最初から一人で二本買う理由、分かったでしょ?」
見れば、カエラはもう片方の醤油串をきれいに食べ終えたところだった。
「よく分かりました。でも、こうやってあっちこっち迷いながら食べるのも楽しいですよ」
「それはよかった。そして私の手元には、まだ甘い方がまるまる一本ある」
得意げなカエラの言い方に、隣でミオが吹き出しそうになって慌てて口元を押さえた。口の中の団子をなんとか飲み込んでから、ふう、と笑う。
「ほんとに、今日みんなと座って食べられてよかったよ。去年は片付けをしながら、風に乗ってくるこの匂いばっかり嗅いでたんだよね」
「ミオさん、このあともお仕事は長いんですか?」
「このあとは階段の上から道具を下ろすのを手伝って、それからお昼過ぎにもう少しだけかな。でもずっと詰めっきりじゃないよ、今年は交代で休めるようになってるから」
ミオの言葉に、らでんはさっき長い竿が運ばれていった階段の下へ目を向けた。並んだ布屋根の隙間から、あの赤い布の端だけがちらりと覗いている。
「さっきの赤い布も、これから広げるんですか?」
「うん、下の広場で使うんだよ。飾り台もこれから順番に下ろしていくから、階段のところで見るなら端に寄っててね。踊り場の途中で持ち替えるところが、ちょっと狭くなってるの」
持ち替える、という言葉に、自然とそぴあと目が合った。
「あの、午後は昨日の残りの設備を調べに戻ろうと思ってるんですけど、ミオさんはずっとこちらですよね」
「うん。だから別棟の管理担当の人に、もう話を通してあるよ。昨日の控えを持っていって、残りのどこを動かすか直接確かめてもらえる? 旧庫の鍵も、その人が一緒に行って開けてくれることになってるから」
「ありがとうございます。終わったところの記録は、またちゃんとお渡ししますね」
ミオは頷いて、串に残っていた最後の一玉を口へ運んだ。空になった竹串を指先でくるりと回しながら、名残惜しそうに屋台の暖簾を見つめている。
「……うち、帰りにやっぱりもう一本買って戻ろうかな」
「何味にするんですか?」
「今の二人のやり取りを見てたら、どうしても醤油の方が気になっちゃった」
◇ ◇ ◇
石段の途中まで上がってみると、広場へ運ばれた赤い布は、屋台の屋根よりもずっと高い位置に見えた。
ミオは交代の奉仕の人へ声を掛けて、上の社務所の方へ戻っていく。らでんは約束どおり階段の端へ寄り、鞄の一番上からセザールの習作の写しを取り出してそぴあと二人で覗き込んだ。二段ほど下にカエラが立ち、ピヨンは少し離れた手すりの外側からカメラを構える位置を探している。
こうして実物の前に立って見比べると、紙の中の階段は実際よりずいぶん急な角度で描かれていた。段数をわざと省いたのか、それとも下から見上げたときの迫るような印象を残したかったのか。らでんは手すりの折れ曲がる角を目印にして、自分の立つ位置を半歩ずつずらしてみた。
「そぴあ、紙のそっちの端、ちょっと持っててくれる? この高さから見るとね、下の赤い布と上の踊り場が、絵みたいに近く重なって見えるんだよ」
「こう? ……あ、ほんとだ。さっき柱のところで下から見てたときは、あんなに離れて見えたのにね」
そぴあが紙の端をピンと張ってくれたおかげで、空いた指で写しの線をなぞれるようになった。階段の上に立つ人と、その一段下で腕を伸ばしている人。二人の間に描かれた塊が、さっきの布なのか、それともこれから運ばれてくる品なのかは、粗い線の写しだけでは判別がつかない。
ただ、昨日旧庫の札でも見た「片隅の開いた四角印」が、この紙の上では品物だけでなく、人の脇にも小さく添えられていた。
これから目の前を通る祭具をその四角に当てはめれば、何か理屈がつくのかもしれない。
けれど、らでんが気になったのはそこではなかった。セザールが描いた階段の人たちは、上から下りてくる向きだけではなかったのだ。
「ねえ、この下の線の人、階段の上を向いて立ってるよね」
「ほんとだ。上から下ろす人じゃなくて、下で待ってる側の人を描いたのかな」
「それ、ありそうだなあ。セザールは階段の形と、ここで受け渡す人の動きと、どっちを先に描き留めたかったんだろうね」
もう一度写しの線へ吸い寄せられかけた目を、隣のそぴあの指がくいっと引いた。
「らでん、上から来たよ。今なら絵と実物、両方見比べられる」
顔を上げると、白い布を掛けた細長い木の台が、ちょうど上の踊り場へ差し掛かるところだった。
前後を一人ずつが持って石段を下りてくる。前を行く人が踊り場の端で足を止め、後ろの人が台を少しだけ手前へ寄せた。掛けられた布の裾がふわりとたるみ、下から木の持ち手が現れる。踊り場の脇で待っていた交代の人がそこへ両手を出したが、すぐには持ち手に触れなかった。
先に、前を持っていた人が、とん、と一段下へ足を下ろしたのだ。
それで空いたわずかな隙間に、待っていた人の肘がすっと滑り込み、持ち手の下へ重さを移す。後ろから支えていた人は、交代相手の顔を見て、相手が頷くのを確かめてから静かに手を抜いた。細長い台は、一度も危うく傾くことなく次の人の手へ渡っていた。
らでんは、写しをつまんでいた指先に思わず力を込めた。今の、わずか数秒の動きを、巻き戻せるものならもう一度見たかった。
「そぴあ、今の見えた? 後ろの人、手を放す前にちゃんと相手の顔を見てたよ」
「うん、見えた。それに前の人が一段足を下ろすのも待ってたね。あそこが半歩空かないと、次の人が台の近くへ入れないんだ」
「ああっ、らでん、台と手元ばっかり見てて足元を見逃しちゃった。足の運び、もう一回見たいなあ」
「ほら、後ろから次のも来るみたいだよ。もう二段くらい下へ降りたら、踊り場の足元までちゃんと見えるんじゃない?」
そぴあが手早く写しを折り畳むのを手伝ってくれた。らでんはそれを鞄のポケットへ戻し、二人で石段を二段下りて手すり際へ身を寄せる。
次に上から運ばれてきたのは、白い包みを載せた四角い盆だった。今度は一人で両手に抱えている。同じ踊り場で下から上がった人へ盆を渡し、揺れた包みの角を片手でそっと押さえてから、ようやく両手を離した。
受け渡しが済んだ瞬間、二人が顔を見合わせて小さく笑う。太鼓や人のざわめきに紛れて声までは届かなかったけれど、その緩んだ目元と手の形だけは、どうしても今ここで留めておきたかった。
「そぴあ、今の人の手も描きたい。盆を渡したあとの方の手!」
「え、どっちの人? 上の段に残った方の人?」
「うん。もう盆は相手に渡してるのに、次の人が歩き出すまで、まだすぐそばに手を浮かせて残してたじゃん」
昨日の旧庫で、木の仮受けから読んだセザールの記憶がふいに重なった。額の支えを直したあと、手を離してもまだ指先をすぐそばに残していた、あの仕草。
らでんは鞄から小さなノートを引っ張り出し、踊り場の石の角と、盆を手渡した直後の腕の角度だけを大急ぎで紙へ走らせた。けれど、浮かんだ指先の丸みを描き足している間に、当の本人たちはそれぞれの持ち場へすたすたと歩いていってしまう。
「あーっ、もう間に合わない。人の手って、どうしてすぐいなくなっちゃうんだろうね」
「そりゃあ、生きて動いてる手だからね」
すぐ背中側から、面白そうなピヨンの声が降ってきた。振り返ると、片手でカメラを軽く持ち上げてみせる。
「最初の細長い台なら、持ち替えるところを撮っておいたよ。らでんが今描いてた盆の方は、写真の端っこに少し入ってるかもね」
「ほんとですか! あとでぜひ見せてください、端っこの方もトリミングしないでそのままで」
「いいよ。私はね、下の赤い布が一気に広がったところも一枚欲しいんだけどね」
ピヨンの視線を追って下を見ると、広場ではさっきの長い竿が横向きに置かれていた。結び紐を解いた人が布の端を持ち、もう一人が反対側へ大きく歩いていく。幾重にも巻かれていた赤い布が、秋の日の下へするするとほどけ出た。
まだたるんでいるところには深い茜色が残り、ピンと引かれたところから光を透かして朱色に近い明るさへ変わっていく。屋台の屋根の陰に隠れていた向こう端まで伸びきると、上から見下ろす広場に鮮やかな一本の帯が引かれたようだった。
「あ、ピヨンさん、今ちょうど広がりきりましたよ!」
「うん、見てる見てる」
そぴあと顔を見合わせて、慌てて手すり際を半歩空ける。ピヨンが軽い足取りで一段上へ移り、広場へ向けて立て続けにシャッターを切った。その横から、石段を上がってきたカエラがひょいとらでんのノートを覗き込む。
「あれ、さっきの団子の絵は?」
「あ、団子は描く前に食べちゃいました」
「お腹に入っちゃったら、もう描けないね」
「いえ、思い出して描こうと思えば描けますけど、今はこっちの手が先で」
「じゃあ、次の団子を食べるときは、食べる前に描けばいいね」
カエラの真面目な顔での提案に、横でそぴあがぷっと吹き出した。らでんもつられて笑いながら、描きかけの手のわきへ「盆を渡したあと、少し残る」と小さく書き添えた。
セザールも、こんなふうに目の前から消えてしまう動きが惜しくて、あの習作の紙に人の姿を足したのだろうか。石段や飾り台なら、明日見に来ても同じ形をしている。けれど、今ここで包みを押さえて笑い合った顔と、宙に少しだけ残った手は、もう二度とまったく同じ形では現れない。だからこそ、公の記録からこぼれ落ちるその一瞬を、自分の手で拾い集めて残しておきたかった。
らでんはノートの余白に、次に通る人のための場所を空けた。
「らでん、上からもう一つ運んでくるみたいだよ」
そぴあの声に、鉛筆の先を止めて顔を上げる。
「うん。今度はらでん、先に足元の方を見るね。そぴあは手元の動きを見ててくれる?」
「いいよ。見終わったら、らでんのその絵に横から描き足していい?」
「お願い! さっきの盆の人が、踊り場のどこに足を置いてたかもあとで教えてよ」
開いたままのノートを片手に、二人でぴったり肩を並べて上の踊り場へ向き直る。
下の広場では、広がったばかりの赤い布が秋風をはらみ、太鼓の音の合間に大きく一度ふくらんだ。
◇ ◇ ◇
石段を下りて屋台の通りへ戻った頃には、行き交う人の数が朝よりずいぶん増えていた。
お昼代わりに香ばしい焼きおにぎりを買い、紙コップの温かいお茶と一緒にベンチで食べる。そぴあは海苔の端が風でめくれないよう指で押さえながら、もう片方の空いた指先で、さっきノートに書き足した踊り場の線を宙でなぞっていた。
らでんは焼きおにぎりを食べ終えるまで、ノートは鞄にしまっておくことにした。うっかり紙の端に醤油の染みでもつけたら、それまで記録の一部になってしまいそうだ。
隣でカメラを点検していたピヨンが、「あ、そうそう、朝の胡麻だれは甘すぎなくておいしかったよ」と教えてくれた。それを聞いたそぴあがピタッと動きを止めて屋台の方を振り返ったので、らでんも笑って立ち上がり、結局最後にもう一本だけ胡麻の串を買って二人で半分こした。粒々の胡麻の香りが濃くて、確かにお昼のあとでもぺろりと入る味だった。
二人が最後の一玉まで食べ終えるのを満足そうに見届けてから、カエラは午後は工房へ戻ると言った。
「午後もずっと、あちらで作業ですか?」
「うん。もう少しで仕上がりそうなのがあるから、今日のうちにそっちを片付けておくよ」
「わかりました。らでんたちは午後、記念館の別棟へ戻りますね。ピヨンさんの写真、また夜にでも一緒に見ましょう」
「いいね。赤い布が広がったところ、私もあとで見たいな」
ピヨンがカメラのボディを軽く指で叩いて請け負った。境内の分かれ道でカエラと手を振り合い、三人になってから記念館の別棟へと向かう。
歩きながら、らでんは鞄の一番手前に入れていた祭りの習作の写しを少し奥へ差し直し、代わりに昨日の旧庫の点検記録を手前へ引き出した。
あの三連作の絵に添えられていた、姉を探す手紙。その返事や受取の記録が郵便の控えに残っていないかは、まだミオの探索待ちで分からないままだ。
けれど、返事を待つ間にも、あの絵と設備を正しく残すために今日確かめられることがある。昨日は途中までしか辿れなかった外枠の続きを、図と実物の両方でちゃんと見ておきたかった。
別棟の事務室へ入ると、机の上には昨日の綴りと並んで、紙筒から出されたばかりの新しい図面が用意されていた。
ミオから引き継ぎを受けていた管理担当の職員が紙を広げると、長いあいだ丸められていた両端がくるりと戻ろうとする。すかさずそぴあが左端を押さえ、らでんは鞄から出したノートを右端の重し代わりに置いた。
「昨日見ていただいた取扱い図とは別の束で保管されていた配置図です。同じ整理番号の一覧表も、こちらにありました」
新しく出てきた配置図には、旧庫の箱と三連作、白い柄の刀、そして奥の低い台をそれぞれ囲む三組の外枠が描かれていた。添えられた別紙の一覧にも、三枚の対応札と所蔵品の番号が三行だけ並んでいる。
一行目の箱と三連作の番号は、昨日実際に抜いて確かめた札の番号とぴたりと一致した。らでんは控えの紙のそこへ昨日の記録番号を書き添えてから、残る二行を指差した。
「今日は、残っているこの刀の側と、奥の低い台の二組を確かめたいです。こちらで動かすのは、昨日と同じで図にある小さい覆いと短い桟、それから対応札だけにして、刀の刃や箱の蓋、品物そのものの支えには一切触りません」
昨日ピヨンが撮った写真を取り出して札の溝の位置を示し、点検後に元の刻線へ戻す手順も合わせて説明した。管理担当は図面と写真を交互に見比べる。
「接触板とあるのは、この手前の平たい部分ですね。戻すときの目印も、昨日の枠と同じ刻線ですか」
「はい。二つの刻線が重なる位置と、札の収まる深さを一つずつ確かめます。もし図面と実物の形が違っていたり、予定外の部材が動いたりしたら、その時点で手を止めてご相談しますね」
管理担当が控えの用紙に今日の実施範囲を書き留め、現地でも一緒に立ち会って確認してくれることになった。作業中の連絡もこの別棟で受けられるとピヨンが確認すると、担当は机の引き出しから旧庫の鍵束を取って立ち上がった。
「あの、念のため伺いたいんですが、この一覧にある対応札は、全部でこの三枚だけですね?」
らでんが尋ねると、管理担当は配置図の隅にある見出しを指で示した。
「ええ、ここに描かれた保管設備の系統については、その三組と三枚で全部です。もちろん、ほかの通常の棚に付いている収蔵札や、記念館全体の目録とは別になりますが」
そぴあが、三組の設備を囲む外枠の線を自分の図面へ手早く写し取っていく。図の上では、三つの外枠の足元から延びた細い部材が、一番奥の低い台の下へとつながっていた。昨日、箱の側を覗いたときには奥が暗くて途中までしか見えなかった線だ。
らでんはその細い線を指先で辿り、隣のそぴあへ少し紙の向きを回した。
「ねえ、この下を通ってる線、今日実物でもどこまで続いてるか見ておきたいんだけど。奥の台を動かさずに、横から目で追えそうかな」
「台の横が空いてるなら見えるかも。もし脚の陰になって見えないところは、無理に覗かずに『ここから先は未確認』って図に残そうよ」
そぴあの落ち着いた声に頷く。紙の上で一本の線につながって描かれていても、実物の台の下まで自分の目で確かめたことにはならない。らでんは今日実際に手で動かす二箇所の覆いと桟だけを丸で囲み、足元を長く続く線の方には「触れずに見える範囲だけ確認」と書き添えた。
◇ ◇ ◇
山側の入口から短い連絡廊下を渡り、ひんやりと乾いた古い廊下を奥へ進んで右へ折れる。通路の左手にある低い点検口には触れずに通り過ぎ、管理担当が旧庫の重い扉の鍵を開けた。
中へ入ると、らでんはまず昨日点検した箱と三連作の前へ足を向けた。
足元の小さな覆いはぴたりと閉じ、脇の溝に収まった対応札の下端には、昨日浮かび上がった細い横線が一本だけそのまま残っている。昨日撮った写真と並べて見比べても、札の入っている深さ、覆いの縁、そして上の割れた額と左右の受けの位置に、一晩で変わったところはなかった。
今日はこの一組には手を触れず、変化がないことを確かめた写真と記録だけを昨日の頁へ書き足す。
続いて、白い柄の刀が置かれた棚の前へ移った。こちらにも箱側と同じ形の接触板と小さな覆い、そして溝に収まった細長い札がある。棚の収蔵札と一覧表の番号を照合する横で、そぴあが身をかがめて横から覗き込み、刀を載せた受けと手前の外枠の間にちゃんと隙間があることを確かめた。
「今日動かすのは、この手前の外枠の小さいところだけです。昨日の額の受けと同じで、刀を載せている支えの方は動かしません」
管理担当に指差して伝えてから、最後に一番奥の低い台の前へ回った。
低い台の上には、浅い蓋付きの箱が載っている。表面は鈍い色合いで、角のあたりだけわずかに明るく擦れていた。閉じた蓋の上からでは中身が何かまでは分からないが、箱の寸法と置かれた位置、脇の収蔵札の番号は今日の一覧表とぴったり合う。
手前の外枠には、三枚目の対応札が収まっていた。平たい接触板は、台の手前右寄りに付いている。らでんは床に膝を曲げ、管理担当と一緒に覆いと短い桟の位置を指で確認してから、接触板の両脇へ視線を落とした。
そこには、昨日箱の側では見かけなかった細い帯金が、台の下から接触板のすぐ横まで低く伏せるように通っていた。さっき別棟で見た配置図の線と位置が重なる。ただ、そこから奥へ続く後ろ半分は、低い台の脚に隠れて見えなかった。
「そぴあ、やっぱり台の脚の向こう側までは見えないね。図の方の線も、見えてる途中までにしとこうか」
「うん、そうしよう。手前に出てる端っこの形だけ、横からの図にも残しておくね」
そぴあの紙に、低い台の側面と帯金の端が描き加えられる。らでんは今日動かす短い桟とは別に、その低く伏せた帯金の位置も忘れずに写真へ収めておいた。
残る二組の現物と動かす範囲を一通り確認し終えると、管理担当は鍵を持って別棟へ戻っていった。作業がすべて終わったら連絡して、また施錠してもらう手筈だ。ピヨンが旧庫の扉を閉め、室内に三人だけになってから、らでんはもう一度二つの接触板へ向き直った。
「……念は、やっぱりこちらの二組にも残ってますね」
《凝》で目を凝らすと、刀の側も奥の低い台も、接触板の浅いへこみから外枠の内側へ、細い糸のようなオーラが途切れずに続いていた。昨日、箱の側で見たのと同じ残り方だ。ピヨンにも両方を見てもらってから、記録用紙の余白へオーラの位置を書き足す。
「今日も、接触板へオーラを流すのはらでんがやっていいですか? もし昨日と違う動き方をしたときに、流す人を替えたせいなのかどうかで迷いたくないので」
「うん、そうしよう。私は外から全体を見て、時間と記録を付けるね。もし図面にない場所が少しでも動いたら、その時点で止めよう」
「そぴあは、今日も位置の確認をお願いしていい?」
「いいよ。らでん、預けてた短い巻尺、出してくれる?」
鞄の底から巻尺の袋を取り出して渡すと、そぴあは早速刀の台と外枠の間へしゃがみ込んだ。昨日の観測記録と並べて、今日の欄には巻尺で測った距離と、目で確かめた目印の位置を書き込んでいく。
「昨日みたいに細かい速度までは測れないけど、桟を戻すときの刻線はここからはっきり見えるよ。刀の受けがずれないかも、こっちの角度でずっと見てるね」
「ありがとう。ねえ、そぴあがどこを目印にして見てるか、らでんの図にも教えてよ。あとで紙を見返したときに、どこからの向きか迷わないようにしたいから」
そぴあは巻尺の端を当てた台の角を指差し、らでんの持っていた図面にも小さな丸印を入れてくれた。
その手元を覗き込もうとして、ふと上の白い刀の柄に目が留まる。昨日、金の蔓の象嵌が一本の光につながる角度を、そぴあに案内して見てもらった刀だ。今日は反対に、そのすぐ下の支えの見方をそぴあに教えてもらっているのが嬉しくて、自然と口元が緩む。
「この図、あとで昨日の刀の写真と一緒に並べて置こうよ。刀身の金の模様と、それを下から支えてる構造と、ページを開けば両方一緒に見られるようにさ」
「いいね。じゃあ、らでんが昨日書き込んだ『ここから見ると光がつながる』って立つ場所の矢印も、ちゃんと一緒に残そうよ」
そんな話をしながら、点検前の二枚の対応札をカメラで撮り、記録番号を控えた。どちらの札の下端も、今はまだ短い横罫が引かれているだけで、その下の履歴欄は白いまま空いている。細い線が一本入っているのは、昨日終えた箱側の一枚だけだ。
まずは手前の刀側から始めることにした。
らでんは右手の指先を接触板のへこみへ置き、昨日と同じように通常のオーラを少しずつ流し込んだ。
かちり、と小さな音がして覆いの端が持ち上がる。右手の供給はそのまま保ち、空いた左手で脇の対応札をつまんで抜き、用意した支持紙の上へ置いた。
中から現れた短い桟の戻し刻線は、こちらも桟の下側についていたが、すぐ上の刀の受けが落とす影に重なって少し見づらい。どうしようかと思った瞬間、左側からそぴあが小型の灯りをすっと寄せてくれた。斜めからの光に照らされて、固定された脚側の刻線がくっきりと浮かび上がる。
「ありがとう、そぴあ。そこから照らしてくれるとすごく見やすいや」
「うん。桟を動かす間は、このままここで照らしてるね」
左手で短い桟を手前へ引いた。重なっていた二つの刻線がすうっと離れ、図面に示された点検位置でぴたりと止まる。そぴあの当てた巻尺の目盛で六ミリほど。そぴあは先に印をつけた刀の受けへ顔を寄せ、ピヨンは反対側から外枠の奥へと目を凝らしていた。
「刀の受けは、今見ている目印の線から少しもずれてないよ」
「外枠の奥の方も、連動して動いてるところは見えないね。桟の下の刻線、今のうちに写真を撮るよ」
ピヨンが接合部を写真に収めるのを待ってから、らでんは短い桟を奥へ押し戻した。指先に引っ掛かりはなく、動く側の刻線が脚の刻線へと近づいて、綺麗に一本に重なる。そぴあが「そろったよ」と頷くのを聞いてから、左手で対応札を取り、元の溝へまっすぐ差し込んだ。
札の下端が決められた深さに達したところで、横罫の下に、すっと細い線が一本浮かび上がった。
「ピヨンさん、こちらも札を戻したところで線が一本出ました」
「うん、撮れたよ。札の番号と今の操作の記録に付けておくね」
札の深さと桟の刻線が動いていないことをもう一度目で確かめてから、右手の指先から流していたオーラを止めた。開いていた小覆いが降りて、足元の縁に収まる。
昨日と同じように、そのまま一、二、三、四、五秒と心の中で数えてから、右手の指を接触板から離した。
指先は、何の抵抗もなくすんなりと板から離れた。一度軽くグーパーと指を曲げ伸ばししてから、膝の上へ戻す。二人が復帰後の位置を確かめる間も、刀の受けや外枠に新しい動きは起きなかった。
「……よし、刀側もこれで終わりましたね」
「うん。オーラを切ったあとも、札の線は消えずに残ってるね」
ピヨンが示した履歴欄の線を写真に残し、らでんは立ち上がって最後の奥の低い台へと移った。
昨日の一組目も、今の二組目も、手順どおりに動かしてオーラを止めれば、小覆いが閉じて普通に手を離せた。最後の台でも、戻しの刻線と供給を切ったあとの状態を、同じように確かめて終える。
奥の低い台の前でも、最初に確かめる手順はまったく同じだった。
浅い箱の蓋は閉じたまま。台に載っている位置も、そぴあが最初に描いた角の目印と合っている。外枠の札、棚の収蔵札、一覧表の番号が三つとも揃っているのを確かめ、点検部のすぐ手前に支持紙を広げた。らでんは低い台の前に膝をつき、作業の邪魔にならないよう右手の袖口を肘のあたりまでまくり上げた。
そぴあはらでんの左側にしゃがみ、桟の下側が覗ける高さに灯りを構える。ピヨンは右側に立って、記録板を片腕に載せたまま対応札へカメラを向けていた。鞄は足元に引っ掛からないよう、らでんの左後ろへ寄せてある。
「そぴあ、手元のその図、もう少しだけこっちへ向けてくれる? 桟を戻したときの下の線を、図の向きと一緒に見たいんだ」
「こうかな? これで見える?」
「うん、ばっちり。ありがとう」
笑って礼を言い、らでんは右手の指を台の手前右寄りにある接触板へ置いた。
指先から通常のオーラを流す。小覆いが持ち上がって開く。左手で三枚目になる最後の対応札を溝から抜き取り、脇の支持紙へそっと載せた。それから短い桟を図面の点検位置まで手前に引き、左からそぴあに下側の刻線を見てもらう。
離れた二つの刻線の位置は図面と合い、台の下から横へ延びているあの細い帯金も、上の浅い箱もピクリとも動いていない。灯りで接合部の奥まで照らし、三人で照合を済ませた。あと少し、これを元へ戻せば今日の点検はすべて終わる。
「ここも図面どおり確認できました。じゃあ、元へ戻しますね」
らでんは左手の指で、短い桟を奥へ押し戻した。
動く側の刻線が、固定された脚の刻線へと滑らかに近づいていく。二本の線がぴたりと重なったところで左手の指を止め、下から覗き込んでいるそぴあを見た。
「うん、そろったよ。ちょうどそこ」
そぴあの声に頷いて、短い桟から左手を離す。
右手はまだ接触板の上に置いたままだ。供給を一定に保ちながら、開いた小覆いの脇の溝へ、左手で最後の対応札を運んだ。
上端の番号をもう一度だけ確かめて、札の両縁を溝へ合わせる。傾かないように指先を添えて、すうっと下へ滑らせた。
札の下端が、決められた深さにコトリと収まる。
三枚目の札にも、細い線が一本浮かび上がった。
ピヨンがシャッターを切った。その音に重なって、低い台の縁の奥で、かちりと別の小さな音がした。
「……今、どこか動いた?」
「真ん中。覆いの向こうから、薄いものが出てきたよ」
そぴあの灯りが、らでんの右手の少し左奥へ向いた。図面になかった浅い受け口から、白く滑らかな札が一枚、すうっとせり出している。
点検用の細長い札より幅がある。薄い罫線で区切られた面が三つ。どの面にも、文字は一つも浮かんでいなかった。
らでんは、戻したばかりの対応札と、その白い一枚を見比べた。
幅も、区切り方も違う。点検の履歴を重ねる欄がなく、いちばん下には何か一つを書き入れるらしい長い空欄がある。品物の名と由来を記す札に似ているのに、どの品へ辿る番号もない。
「ピヨンさん。これ……どの品物の札ですか」
隣から覗いたピヨンの目が、白い札と、三枚目の対応札との間を素早く往復した。カメラを下げた手が、そこで止まる。
「……図面にないね。触らないで、らでん。供給を切って、今日はここまでにしよう」
らでんは短く頷いた。
箱にも、刀にも、奥の浅箱にも、対応する札はもうある。
では、この一枚には、何の名前を書くのだろう。
らでんの頭に、一抹の不安がよぎった。
ゴシカ・シティ編、最後までお付き合いいただきありがとうございました! さて、十老頭入りを果たした桐生組。となれば、気になるのは、その武力を担う念能力者集団――《陰獣》です。 皆さんは、誰に陰獣の一員として登場・活躍してほしいですか? 今後の構想の参考にさせていただきます!
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桐生組直参 天音かなた
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桐生組直参 角巻わため
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ベルベット商会 フィクサー 一条莉々華
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ゴシカでは掃除屋が陰獣を兼ねるしきたり
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その他新規で別のホロメン