開始の合図と同時にハンター試験受験者199名が一斉に坑道へ流れ込んだ。
最初の数100メートルはほとんど競走だった。
我先にと前へ出る者、後ろから押しのける者、最初から全力で走る者。
らでんはその流れに乗らなかった。
「行かないの?」
「行きますけど、最初から飛ばす意味はないので」
「でも前の方が有利じゃね?」
「道が一本ならそうですけどね」
らでんは前を見る。
坑道の壁、床、天井、古い鉱山設備。
まだ入口付近で、床は乾き、足音は高く響く。
「ツェズゲラさん、経路は自由って言ってましたし」
「うん」
「じゃあ、そのうち分岐があると思います」
メンチが横から言う。
「無理して最初に走りすぎる奴、後で潰れそうね」
◇ ◇ ◇
十分ほど走ると、最初の分岐が来た。
右、左、正面の三方向。
壁には古びた標識がある、文字は半分剥がれかけたものだ。
受験者たちが一斉に止まりざわつき始める。
「どっちだ?」
「右だろ!」
「いや左!」
「正面が一番道の幅が広い!」
何人かは考えずに走っていった。
はじめがらでんを見る。
「どれがいいと思う?」
「ちょっと待ってね」
らでんはすぐには答えなかった。
壁に近づく。
古い標識、矢印、記号、数字。
灯りの届く範囲で縁の錆びと剥がれを確かめる。
小声で呟いた。
「これ、採掘区画の番号かな……」
メンチが聞く。
「わかるの?」
「おそらくですが。全部理解できてるわけではありませんが」
らでんは床を見る。
右は足跡が多い。ただし新しい。
土埃の上に付いたばかりの靴跡で、つまり受験者が大量に流れただけだと予測する。
左は古い台車跡で溝に錆が溜まっている。ここは古くて使われなくなった道だろう。
正面は比較的新しい補修材で、壁の継ぎ目にまだ角が残っている。
「……行くなら正面かな」
メンチが聞く。
「理由は?」
「この道、補修されてる」
らでんは壁を指す。
「少なくとも近年まで人が通ってた痕跡がある」
はじめが笑う。
「ここなら正解ってこと?」
「多分ですけど、私はここを選びます」
真ん中の道を選んで進むことにした。
◇ ◇ ◇
坑道は緩く下り、息の深さが少しずつ変わる。
はじめは全く余裕そうだ。
息も上がっていない。
足運びも軽いままだ。
らでんがちらりと見る。
「はじめさん、体力ありますね」
「どうだろ。まあまあだとおもってるけど」
「まあまあじゃないと思います」
「らでんも平気じゃん」
「まぁいろいろ鍛えましたから」
「どれくらい?」
「意識し出して1年くらいかな? 最低限フィールドワークに必要そうな分だけ」
メンチが前を向いたまま言う。
「喋れるならまだ余裕ね」
◇ ◇ ◇
一時間後、坑道の空気が変わった。
頬に当たる風が湿り土の匂いが濃くなる。
らでんが立ち止まる。
「待ってください。水が近いかも」
遠くからごうごうという音。
メンチが耳を澄ます。
「確かに音がする」
前方から受験者が数人戻ってきた。
「この道はダメだ!水没してるぞ!」
一人が叫ぶ。
「腰まで水が来てる!」
逆に別の受験者が前に向かって走っていった。
「大丈夫だろ!!俺は泳いで行くぞ!」
はじめがちょっと楽しそうな顔をする。
「うちらも泳ぐ?」
らでんは即答しない。
近くの壁を見る。
苔の帯、水滴、さらに天井近くの黒ずみ。
腰の高さの濡れ跡とは別に、頭の上にも古い水位の跡が残っている。
「さらに水位変動があるかもしれません。痕跡があります。そうなると危険です」
はじめが少し真面目な顔になる。
「じゃあ別ルート探す?」
「そうですね。探しましょう」
近くにいた受験者が笑った。
「怖気づいたのか?」
はじめが振り返るのを、らでんが先に言う。
「そのまま進むのは危ないかもしれませんよ」
男は鼻で笑う。
「多少の危険は承知!ハンター試験だぞ」
「だからこそですよ」
◇ ◇ ◇
三人は来た道を少し戻った。
脇道、古い保守通路。
入り口は低く、中は狭くて暗い。
だが頬に触れる空気は動いている。
はじめが先を覗く。
「こっちから行けないかな」
らでんが止める。
「足場みてください」
灯りを寄せると、床の一部だけ色が違う。
周囲より黒ずみ、縁がふやけている。
はじめがつま先で軽く押す。
《ミシッ》
澱んだ音が短く返る。
「うわ」
「危なそうですね」
「見えてた?」
「色が違いました」
はじめが感心したように笑う。
「らでんは便利だなぁ」
「人を道具みたいに」
「褒めてる」
「雑だなぁ〜!」
はじめが前に出た。
「じゃあここ、うちがチェック担当するよ。確認する」
一歩ずつ足場の感触を確かめる。
つま先、踵、重心、軋み、反発。抜ける板を避け、梁のある列を選ぶ。
「ここダメそうでぇ、そこは行けそう。次は右に進んで」
身体感覚で通れる場所を選ぶ。
らでんはその背中を見て後ろから追い、メンチは呼吸の乱れを見ながら続く。
三人の役割は、誰が決めるまでもなく分かれていた。
◇ ◇ ◇
二時間目、最初の検査所。
小さな地下施設。
湿った空気が一度切れ、乾いた灯りの下で試験官補助員が一人、通過者の札に印を押している。
らでんたちは無事に一つ目の印を得た。
インクの匂いがかすかに残る。補助員が言う。
「残り五時間」
「次は?」
らでんが聞く。
「自分で探せ」
「ですよね」
ここから道はさらに複雑になった。
上る道、下る道、古い台車線、崩落した採掘区画。
風の強い通路では埃が頬を叩き、酸素の薄い場所では呼吸が浅くなる。
らでんは自分が知っていることを使った。でも何でも分かるわけではない。
「古い換気記号かもしれません。風が来てるか確かめます」
はじめが前へ出る。
「じゃ、うちが見る」
らでんが即座に言う。
「一人で行かない。見える範囲だけ」
「分かった」
三人は少しずつ慣れてきた。
その時だった。前方で悲鳴が上がった。
「うわっ!」
人影が崩れた足場から落ちかけている。
受験者の一人、片腕だけで縁にぶら下がっていた。
下は暗い縦坑、深さが見えない。
灯りが届かず、落とした小石の音も遅れて返る。
近くの受験者は止まらない。時間が惜しい。
はじめが一瞬で動いた。
「掴まれ!」
腹ばいになって腕を伸ばす。
縁の砂が崩れ、肘の下が沈む。
らでんもすぐに腰を支える。
靴底を床の継ぎ目に食い込ませ、後ろへ引く。
「メンチさん、後ろ!」
「分かってる!」
三人で男を引き上げる。
男は息を切らしていた。
「助かった……」
「よかったな」
◇ ◇ ◇
四時間目、第二検査所。
通過者はすでに半分以下になっていた。
補助員が札に印を押す。
「残り三時間」
はじめが言う。
「まだ三時間もあんの?」
メンチが返す。
「もう三時間しかないのよ」
らでんは坑道の傾きと水の跡を思い返す。
「たぶんこの先が出口に近い。ここまで下ってきたし、風が外へ抜けてる気がする」
「確かか?」
「ざっくりです。現場で見た感じだけ。出口付近で確かめます」
第二検査所を過ぎてからが、一番きつかった。
疲れで判断が鈍り、灯りの間隔が長く感じられる。
足音だけが重くなる。何人かはそこでミスをする。
らでんも一度だけ足を滑らせた。
浮いた砂利に靴が乗り、身体が沈む。
はじめが腕を掴む。
「らでん! 大丈夫!?」
「大丈夫です」
「ほんと?」
「ほんと」
はじめはしばらく手を離さなかった。
掴んだ指に力が残っている。
らでんが笑う。
「大丈夫ですよ」
「ならいい」
手を離す。その瞬間、らでんは少しだけ思った。
この子、ほんとに反射で助けるんだな。
◇ ◇ ◇
残り四十分、出口が見えた。
坑道の先に細い光が差し、外気の匂いが一気に濃くなる。
受験者たちが一気に速度を上げる。
はじめも走ろうとする。
らでんが止める。
「待って」
「なんで!?」
「最後ほど罠じゃないけど、事故る」
「罠ないって言ってたじゃん」
「だから事故!」
三人で笑う。でも最後まで足場を確認して進む。
割れた枕木を避け、濡れた段差を声に出して越える。
そして出口、外、光。広い採石場跡。
眩しさに目を細めると、ツェズゲラが腕を組んで待っていた。
「札」
一人ずつ確認、二つの印。
「合格」
短い、それだけ。
はじめが思わず声を上げる。
「よっしゃ!」
メンチも少しだけ笑った。
らでんは大きく息を吐く。
「終わった……」
ツェズゲラが三人を見る。
「何が一番危なかった」
らでんは少し考えた。
「分かったつもりになることです。鉱山記号も、現場の風や足場を見て確認しました」
はじめは言う。
「行けそうだから行くこと。だいたい行けるけど、たまに行けない」
メンチは続けた。
「他人のペースに合わせること。限界は同じじゃないから」
ツェズゲラは短く頷いた。
「そうだ。今日学んだことを覚えておけ」
第一次通過者、九十一名。
百九十八人から半分以下になった。
トンパもしっかり残っていた。
はじめが少し驚く。
「トンパのおっちゃんもやるじゃん」
「おっちゃん言うなよ」
トンパが笑う。
怪しい人物だが、試験に来続けられるだけの実力は本当にあるようだ。
ツェズゲラが通過者全員を前にする。
「よく残った。ただし今ので満足するな。現場は毎回同じじゃない」
そして全員へ告げた。
「次の試験へ進め」
らでんは自分の札を見る。
一つ目、突破。
指先の土とインクの跡が残っている。
はじめが肩をぶつけてくる。
「やったな」
「やりましたね」
メンチが前を歩きながら言う。
「まだ一次だけだから」
「分かってるって」
はじめが笑う。らでんもつられて笑った。
まだ出会って一日。
それでも三人で走った距離はもう何十キロにもなっていた。
序盤を読むうえで、少しでも気になった点はありましたか?
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特に気にならなかった
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物語が動くまでが長い
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設定や説明が多い
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H×H要素が見えにくい
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1話あたりが長い