儒烏風亭らでんは世界を蒐集する   作:今日も元気ですマン

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第五話 第一次試験 現場に着け

 開始の合図と同時にハンター試験受験者199名が一斉に坑道へ流れ込んだ。

 最初の数100メートルはほとんど競走だった。

 我先にと前へ出る者、後ろから押しのける者、最初から全力で走る者。

 らでんはその流れに乗らなかった。

 

「行かないの?」

「行きますけど、最初から飛ばす意味はないので」

「でも前の方が有利じゃね?」

「道が一本ならそうですけどね」

 

 らでんは前を見る。

 坑道の壁、床、天井、古い鉱山設備。

 まだ入口付近で、床は乾き、足音は高く響く。

 

「ツェズゲラさん、経路は自由って言ってましたし」

「うん」

「じゃあ、そのうち分岐があると思います」

 

 メンチが横から言う。

 

「無理して最初に走りすぎる奴、後で潰れそうね」

 

     ◇ ◇ ◇

 

 十分ほど走ると、最初の分岐が来た。

 右、左、正面の三方向。

 壁には古びた標識がある、文字は半分剥がれかけたものだ。

 受験者たちが一斉に止まりざわつき始める。

 

「どっちだ?」

「右だろ!」

「いや左!」

「正面が一番道の幅が広い!」

 

 何人かは考えずに走っていった。

 はじめがらでんを見る。

 

「どれがいいと思う?」

「ちょっと待ってね」

 

 らでんはすぐには答えなかった。

 壁に近づく。

 古い標識、矢印、記号、数字。

 灯りの届く範囲で縁の錆びと剥がれを確かめる。

 小声で呟いた。

 

「これ、採掘区画の番号かな……」

 

 メンチが聞く。

 

「わかるの?」

「おそらくですが。全部理解できてるわけではありませんが」

 

 らでんは床を見る。

 右は足跡が多い。ただし新しい。

 土埃の上に付いたばかりの靴跡で、つまり受験者が大量に流れただけだと予測する。

 左は古い台車跡で溝に錆が溜まっている。ここは古くて使われなくなった道だろう。

 正面は比較的新しい補修材で、壁の継ぎ目にまだ角が残っている。

 

「……行くなら正面かな」

 

 メンチが聞く。

 

「理由は?」

「この道、補修されてる」

 

 らでんは壁を指す。

 

「少なくとも近年まで人が通ってた痕跡がある」

 

 はじめが笑う。

 

「ここなら正解ってこと?」

「多分ですけど、私はここを選びます」

 

 真ん中の道を選んで進むことにした。

 

     ◇ ◇ ◇

 

 坑道は緩く下り、息の深さが少しずつ変わる。

 はじめは全く余裕そうだ。

 息も上がっていない。

 足運びも軽いままだ。

 らでんがちらりと見る。

 

「はじめさん、体力ありますね」

「どうだろ。まあまあだとおもってるけど」

「まあまあじゃないと思います」

「らでんも平気じゃん」

「まぁいろいろ鍛えましたから」

「どれくらい?」

「意識し出して1年くらいかな? 最低限フィールドワークに必要そうな分だけ」

 

 メンチが前を向いたまま言う。

 

「喋れるならまだ余裕ね」

 

     ◇ ◇ ◇

 

 一時間後、坑道の空気が変わった。

 頬に当たる風が湿り土の匂いが濃くなる。

 らでんが立ち止まる。

 

「待ってください。水が近いかも」

 

 遠くからごうごうという音。

 メンチが耳を澄ます。

 

「確かに音がする」

 

 前方から受験者が数人戻ってきた。

 

「この道はダメだ!水没してるぞ!」

 

 一人が叫ぶ。

 

「腰まで水が来てる!」

 

 逆に別の受験者が前に向かって走っていった。

 

「大丈夫だろ!!俺は泳いで行くぞ!」

 

 はじめがちょっと楽しそうな顔をする。

 

「うちらも泳ぐ?」

 

 らでんは即答しない。

 近くの壁を見る。

 苔の帯、水滴、さらに天井近くの黒ずみ。

 腰の高さの濡れ跡とは別に、頭の上にも古い水位の跡が残っている。

 

「さらに水位変動があるかもしれません。痕跡があります。そうなると危険です」

 

 はじめが少し真面目な顔になる。

 

「じゃあ別ルート探す?」

「そうですね。探しましょう」

 

 近くにいた受験者が笑った。

 

「怖気づいたのか?」

 

 はじめが振り返るのを、らでんが先に言う。

 

「そのまま進むのは危ないかもしれませんよ」

 

 男は鼻で笑う。

 

「多少の危険は承知!ハンター試験だぞ」

「だからこそですよ」

 

    ◇ ◇ ◇

 

 三人は来た道を少し戻った。

 脇道、古い保守通路。

 入り口は低く、中は狭くて暗い。

 だが頬に触れる空気は動いている。

 はじめが先を覗く。

 

「こっちから行けないかな」

 

 らでんが止める。

 

「足場みてください」

 

 灯りを寄せると、床の一部だけ色が違う。

 周囲より黒ずみ、縁がふやけている。

 はじめがつま先で軽く押す。

 

 《ミシッ》

 

 澱んだ音が短く返る。

 

「うわ」

「危なそうですね」

「見えてた?」

「色が違いました」

 

 はじめが感心したように笑う。

 

「らでんは便利だなぁ」

「人を道具みたいに」

「褒めてる」

「雑だなぁ〜!」

 

 はじめが前に出た。

 

「じゃあここ、うちがチェック担当するよ。確認する」

 

 一歩ずつ足場の感触を確かめる。

 つま先、踵、重心、軋み、反発。抜ける板を避け、梁のある列を選ぶ。

 

「ここダメそうでぇ、そこは行けそう。次は右に進んで」

 

 身体感覚で通れる場所を選ぶ。

 らでんはその背中を見て後ろから追い、メンチは呼吸の乱れを見ながら続く。

 三人の役割は、誰が決めるまでもなく分かれていた。

 

     ◇ ◇ ◇

 

 二時間目、最初の検査所。

 小さな地下施設。

 湿った空気が一度切れ、乾いた灯りの下で試験官補助員が一人、通過者の札に印を押している。

 らでんたちは無事に一つ目の印を得た。

 インクの匂いがかすかに残る。補助員が言う。

 

「残り五時間」

「次は?」

 

 らでんが聞く。

 

「自分で探せ」

「ですよね」

 

 ここから道はさらに複雑になった。

 上る道、下る道、古い台車線、崩落した採掘区画。

 風の強い通路では埃が頬を叩き、酸素の薄い場所では呼吸が浅くなる。

 らでんは自分が知っていることを使った。でも何でも分かるわけではない。

 

「古い換気記号かもしれません。風が来てるか確かめます」

 

 はじめが前へ出る。

 

「じゃ、うちが見る」

 

 らでんが即座に言う。

 

「一人で行かない。見える範囲だけ」

「分かった」

 

 三人は少しずつ慣れてきた。

 その時だった。前方で悲鳴が上がった。

 

「うわっ!」

 

 人影が崩れた足場から落ちかけている。

 受験者の一人、片腕だけで縁にぶら下がっていた。

 下は暗い縦坑、深さが見えない。

 灯りが届かず、落とした小石の音も遅れて返る。

 近くの受験者は止まらない。時間が惜しい。

 

 はじめが一瞬で動いた。

 

「掴まれ!」

 

 腹ばいになって腕を伸ばす。

 縁の砂が崩れ、肘の下が沈む。

 らでんもすぐに腰を支える。

 靴底を床の継ぎ目に食い込ませ、後ろへ引く。

 

「メンチさん、後ろ!」

「分かってる!」

 

 三人で男を引き上げる。

 男は息を切らしていた。

 

「助かった……」

「よかったな」

 

     ◇ ◇ ◇

 

 四時間目、第二検査所。

 通過者はすでに半分以下になっていた。

 補助員が札に印を押す。

 

「残り三時間」

 

 はじめが言う。

 

「まだ三時間もあんの?」

 

 メンチが返す。

 

「もう三時間しかないのよ」

 

 らでんは坑道の傾きと水の跡を思い返す。

 

「たぶんこの先が出口に近い。ここまで下ってきたし、風が外へ抜けてる気がする」

「確かか?」

「ざっくりです。現場で見た感じだけ。出口付近で確かめます」

 

 第二検査所を過ぎてからが、一番きつかった。

 疲れで判断が鈍り、灯りの間隔が長く感じられる。

 足音だけが重くなる。何人かはそこでミスをする。

 らでんも一度だけ足を滑らせた。

 浮いた砂利に靴が乗り、身体が沈む。

 はじめが腕を掴む。

 

「らでん! 大丈夫!?」

「大丈夫です」

「ほんと?」

「ほんと」

 

 はじめはしばらく手を離さなかった。

 掴んだ指に力が残っている。

 らでんが笑う。

 

「大丈夫ですよ」

「ならいい」

 

 手を離す。その瞬間、らでんは少しだけ思った。

 この子、ほんとに反射で助けるんだな。

 

     ◇ ◇ ◇

 

 残り四十分、出口が見えた。

 坑道の先に細い光が差し、外気の匂いが一気に濃くなる。

 受験者たちが一気に速度を上げる。

 はじめも走ろうとする。

 らでんが止める。

 

「待って」

「なんで!?」

「最後ほど罠じゃないけど、事故る」

「罠ないって言ってたじゃん」

「だから事故!」

 

 三人で笑う。でも最後まで足場を確認して進む。

 割れた枕木を避け、濡れた段差を声に出して越える。

 そして出口、外、光。広い採石場跡。

 眩しさに目を細めると、ツェズゲラが腕を組んで待っていた。

 

「札」

 

 一人ずつ確認、二つの印。

 

「合格」

 

 短い、それだけ。

 はじめが思わず声を上げる。

 

「よっしゃ!」

 

 メンチも少しだけ笑った。

 らでんは大きく息を吐く。

 

「終わった……」

 

 ツェズゲラが三人を見る。

 

「何が一番危なかった」

 

 らでんは少し考えた。

 

「分かったつもりになることです。鉱山記号も、現場の風や足場を見て確認しました」

 

 はじめは言う。

 

「行けそうだから行くこと。だいたい行けるけど、たまに行けない」

 

 メンチは続けた。

 

「他人のペースに合わせること。限界は同じじゃないから」

 

 ツェズゲラは短く頷いた。

 

「そうだ。今日学んだことを覚えておけ」

 

 第一次通過者、九十一名。

 百九十八人から半分以下になった。

 トンパもしっかり残っていた。

 はじめが少し驚く。

 

「トンパのおっちゃんもやるじゃん」

「おっちゃん言うなよ」

 

 トンパが笑う。

 怪しい人物だが、試験に来続けられるだけの実力は本当にあるようだ。

 

 ツェズゲラが通過者全員を前にする。

 

「よく残った。ただし今ので満足するな。現場は毎回同じじゃない」

 

 そして全員へ告げた。

 

「次の試験へ進め」

 

 らでんは自分の札を見る。

 一つ目、突破。

 指先の土とインクの跡が残っている。

 はじめが肩をぶつけてくる。

 

「やったな」

「やりましたね」

 

 メンチが前を歩きながら言う。

 

「まだ一次だけだから」

「分かってるって」

 

 はじめが笑う。らでんもつられて笑った。

 まだ出会って一日。

 それでも三人で走った距離はもう何十キロにもなっていた。

 

序盤を読むうえで、少しでも気になった点はありましたか?

  • 特に気にならなかった
  • 物語が動くまでが長い
  • 設定や説明が多い
  • H×H要素が見えにくい
  • 1話あたりが長い
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